何故やってくれないんですか、と駆逐艦が問う
それは業務外のこと故にです、と提督が答える
しかして
人が言葉を得てより以来
問いに見合う
答えなど存在しないのだ
問いが魚雷か
答えが楯か
果てしない砲雷撃戦に
散る火花
その瞬間に刻まれる陽炎にこそ
真実が潜む
『冬期コミケットに於ける小冊子の附録について』
愛に飢えたるモノは
常に問い
答えの中にはいつも罠
「いいじゃないですか、提督。」
陽炎型に属してはいるものの、夕雲型にも属しているかに見える駆逐艦が話しかけてきた。
外は雪景色。
冷える函館。
寒波の影響。
師走の午後。
明け方の雪掻きは盛況だった。
吹雪く中ではっやーい、と島風が吹雪と競争して負けず嫌いの艦娘たちと合戦じみた戦いを繰り広げていた。
作業後に飲んだ甘酒は、生姜の風味が程よく効いていてなかなかよかった。
執務室では古いイタリアのオイルヒーターがほんのりと室内を温めている。
あまり温かいと眠くなるし、これくらいがいいのだろう。
問題は目の前の秋雲だ。
大本営に於いて広報活動を積極的に行っている彼女が、くりくりした目をぴかぴか光らせながら私に迫っている。
別名、マスター・オータムクラウド。
数々の提督を煙に巻きながら、薄い本を描き続けている。
大和の声色を真似るのが得意な彼女は、時にラヂオで代役を行うことさえ有るという。
「ちょこっと映像作品の主役になるだけのことじゃないですか。」
「役者でもないのに、有名になんてなりたくありませんからね。」
「ちぇーっ、ケチですね、提督は。」
「ケチでけっこう。私は提督です。」
「提督たるには、艦娘たちの願望を叶える義務もあるんじゃないですか?」
「それなんて聖杯ですか。アンリ・マンユになってしまうかも知れない。」
「いいですね、衣裳を用意しましょう。」
「やりませんからね。」
「ケルトの英雄なんて如何でしょうか?」
「青タイツはちょっと……。」
「提督、やりましょう! 剣の英霊役は私がやりますから!」
「落ち着きなさい、大淀さん。」
傍らに控えていた軽巡洋艦が何故か興奮し始める。
「ほら、大淀さんも乗り気じゃないですか。」
「下手に煽らないでください。」
「まあ、それは次善策として。」
液晶ペンタブレットを小脇に抱えつつ、闇色めいた瞳で私を覗き込んでくる。
私が彼女を見つめる時、彼女もまた私を見つめているのだ。
瞳の中のアクトレス。
その左手には、飲料水のマッスルドリンコやモロナミンGやカロリーメンバーや美肌青汁や活性青汁や温泉青汁の入った紙袋を持っている。
「本命はこれです! 異世界転移したおっさんがチートなスキルに目覚めて、ハイパーなステータスを基に最強で無双で奴隷ハーレムを築きつつ成り上がるお話ですよ! 絶対受けますって! それに、奴隷役になりたい艦娘がこんなにもいますし! 婚約破棄された悪役令嬢とツンデレな妹を加味したら、更にウハウハです!」
その手に企画書と書類の束を持ちつつ、熱弁し肉薄してくる少女。
君、瞳孔が開いているよ。
「冬期コミケットで販売する小冊子の、附録になる特典映像作品なんですよね?」
「ええ、毎回力を入れていますから。」
「もう脱ぐのは厭ですよ。」
「ええ! いいじゃないですか! 私も脱ぎますから!」
「そう言って、いつも人が入浴していると乱入してくるじゃありませんか。」
「別に、いいじゃないですか! 今のところは、どこも触っていませんし!」
「お触りはあきまへんえ。」
「ねえ、お願いしますよ。」
「君はホントに物怖じしませんねえ。」
「戦艦にも重巡にも出来ないことをするのが、この秋雲の本領ですから。」
そう言って、彼女は誇らしげに微笑んだ。
業務があると、返事を保留にしつつ迎えた夕食。
さあて、今日も鍋を振るうか。
ん?
何故か食堂の雰囲気がピリピリしている。
片時も離れなかったマスター・オータムクラウドが何気なくさりげなく、やわらかな声音で私に問いかけてきた。
「ところで提督は結局、どの子が一番好きなの?」