はこちん!   作:輪音

286 / 347



ゆるりるり
ふわふわふわり
彼女は今日も
あちこちの基地で
お手伝い
パチリパチリパチパチ
撮影もお手の物です
ツアイスのレンズは
標的を逃しません
ゆるりるりるり
ゆるりるり
お仕事お仕事
お手伝い
いつもにこにこ
にっかにか

誰でもあり
誰でもない彼女は
何処へでも
現れるのです



今回は二二〇〇文字ほどあります。


CCLⅩⅩⅩⅥ:なりきりサーキュレーション

 

 

 

雪降る海。

あと一撃。

その瞬間、大本営から新しい派遣の指示が来ました。

『椿姫ジュリアーナ』の着信音からその情報が届いたことを知った私は、瀕死の深海棲艦にとどめの魚雷を喰らわせます。

今の私は心身共に練達熟練の軽巡洋艦。

俯瞰(ふかん)的な視点と主観的視点。

二つの視点で自分自身を眺めるのです。

心身共になりきった今ならば、目の輝きが異なる強力な相手だろうと必殺の技を叩き込めます。

徐々に心が駆逐艦へ戻ってゆき、私は漣(さざなみ)ちゃんに指示があったことを伝えました。

愕然とした表情の彼女。

気持はよくわかります。

この海域には、常時駆逐艦一名しかいないのですから。

 

毎度毎度突発的に指示が来ることには閉口しますけれども、これでようやっと寝不足の日々から開放されます。

流石に毎日仲良きことを見せつけられるのはうんざりしてくる状況ですから、正直なところ、ホッとしました。

名残惜しそうな彼女に敬礼し、吹雪く海を独り巡航速度で進みます。

気分は、はっやーい駆逐艦です。

南へ、南へ。

はぐれらしき深海の駆逐艦を道々撃破しつつ、暗い海を進みました。

気分は、戦闘妖精な駆逐艦です。

 

 

なりきったり、戻ったり。

誰ともわからぬ、駆逐艦。

誰にもなりうる、駆逐艦。

それが、私。

壊れた、私。

いつ駄目になるかわからないまま、様々な場所を巡ります。

 

 

途中の夕暮れ、深海棲艦の艦隊に遭遇しました。

通常ならば逃げの一手しかないところですが、幸い私には特殊能力があります。

気持ちを急速に戦艦へと切り替えて、大口径砲の重い攻撃を敵にぶつけました。

私は幻想の巨人に抱き抱えられながら、幻覚の砲弾を敵対者群へ叩きつけます。

驚きの表情で固まったまま、ほとんど無抵抗のまま吹き飛ばされるは白い娘たち。

彼女たちの幻視する姿はおそらく仲間の上位者故に、逆らえる道理がありませぬ。

不憫(ふびん)ではありますが、これも浮き世の定め。

ならば、沈んでいただきましょう。

あの暗い海の底へ。

なにが起こったのかよくわからないであろうままに、倒されてゆく深海の娘たち。

泡をぶくぶく吐きながら、静かに波間へ消えてゆきました。

私の得たものは呆気ない完全勝利。

それははかない淡雪のようでした。

ダイヤルを動かすように、気持ちを変更してゆきます。

今は合計六チャンネル。

 

 

 

戦時中に民間の商船が多数徴用され、奮闘の挙げ句殆ど沈んだことはなかなか語られません。

この静かな海の底には、何隻も何隻も多くの人に知られないまま撃沈された船が存在します。

敵味方関係無く。

しかも、現在進行形でまた船が何隻も何隻も沈んでゆきます。

負の連鎖は断ち切られるのでしょうか?

仮に深海棲艦との戦いに決着がついたとしても、それから人間は互いに手を取り合って生きてゆけるのでしょうか?

壊れた私には、まるでわかりませんが。

 

 

 

やがて、気温が格段に違ってきました。

寒さが薄らいで、暖かく感じられます。

そして、海の色も段々変わってきます。

あの寒々しく、せつなく美しい色から。

海のにおいもどんどん違ってきました。

漁業船団と護衛の艦娘たちが見えてきたので、防水仕様の写真機でパチリパチリと撮影します。

気分はとある重巡洋艦です。

広報用の写真に使うのです。

二名の駆逐艦に守られた、日本の漁船群。

近隣の国々の漁船は其々の国の海軍が護衛しているそうですけれども、沈没率も高いのだとか。

艦娘の派遣を要請する声もありますが、現状ではとても無理だと思います。

今の日本に於いてさえ、四大鎮守府と大湊(おおみなと)と函館以外は艦娘の確保に苦心しているのですから。

艦娘のような武装少女を試験運用している国もあるようですが、あまり上手くいっていないみたいです。

漣ちゃんは海上でたまに艤装らしきモノの残骸を拾うことがあるそうで、金髪や赤毛やブルネットなどが絡みついていることもあるとか。

処分が面倒なので、発見次第おろしあ軍に提供しているそうです。

そのお陰やらなんやらでおろしあの軍関係者は友好的に振る舞ってくれると、漣ちゃんの提督が言っていました。

 

 

船上で新鮮な刺身をいただき、津軽海峡冬景色を越えて日本海に面した警備府へ到着します。

駆逐艦一名、提督一人の小さな基地。

民家をほんの少しだけ改造した基地。

日本にはそんな基地が幾つも幾つもあります。

広報用の写真を撮らせてもらいつつ、お手伝いに励(はげ)みます。

お手伝い。

お手伝い。

ちょっこしじれったい感じだったので、秘技を駆使してくっつけちゃいました。

このクピドの矢は誰をも外しません。

 

 

一仕事終え、雪降る海を北上します。

そう。

函館鎮守府でちょっこし休暇を取るためです。

谷地頭(やちがしら)温泉に行くのもいいですね。

鎮守府発着の観光バスもありますし、なによりおいしい食事は明日への活力です。

 

誰ともわからぬ私をあたたかく迎えてくれる提督。

貴方に名前を呼ばれるだけで、私の気持はふわふわしてきます。

嗚呼。

貴方が私の提督だったらよかったのに。

 

 

温泉で肌艶もよくなり、おいしい食事で気合いも十分高まりました。

大本営からの指示に従って、また新しい派遣先へ向かわねばなりません。

それがほんのり残念です。

 

 

出立する日の朝。

鈍色(にびいろ)の空が周囲を覆う朝。

さあ、今日も張り切って参りましょう。

気持を塗り替え。

思惑を塗り潰し。

宛の無い今日を、明るくさ迷いながら。

果ての無い明日へなにかを求めながら。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。