作戦は成功した
だが
提督には意外な弱点があった
深海棲艦の捕虜を得て
函館の混沌は継続する
誰がそれを望んだのか
誰もその答を出せない
今はただ戦士となって
駆け抜けねばならない
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
※今回は三一一一文字あります。
夕陽を受けた波間に沈みゆくのは深海棲艦たち。
呪詛(じゅそ)、もしくは怨み悲しみ嘆き哄笑(こうしょう)を吐き散らしながら彼女たちは海の底へと没してゆく。
駆逐級も、鬼級も、姫級さえも。
皆等しくミナモトへ帰ってゆく。
苦闘は終わりを告げたのだ。
この海域は完全解放された。
横須賀呉舞鶴佐世保の合同作戦による連合艦隊の苦労が、結果としてようやく結実したのだ。
海上自衛隊の艦艇に回収され、人心地つく戦士たち。
艤装を外して傷だらけの身体。
それは誉れ。
勇気の証だ。
満身創痍な者さえ存在していて、そういった娘は入渠設備で身体を癒していた。
また、函館や大湊(おおみなと)などの艦娘が艦艇群の周辺で警戒態勢にある。
後は帰るだけ。
あの人の待つ、箱庭に戻るだけ。
それぞれの船内の大広間では、艦娘百景が出現していた。
男子禁制の女の園。
ジャージやパジャマなどに着替えた娘もちらほらといる。
お喋りに興じる娘。
だらだらとする娘。
トランプで遊ぶ娘。
おやつを食べる娘。
仲間に密着する娘。
提督を罵倒する娘。
それをなだめる娘。
ツンデレ無双な娘。
エッチな話に花を咲かせる娘。
何故か鼻からオイル漏れしている娘。
提督に思いを馳せる娘。
湿った恋文は思い悩んだ気持ちの表れ。
提督との夜を思い出す娘。
こっそりと手洗い場に向かう娘。
提督になにかを期待する娘。
ひたすらぐーすか眠る娘。
戦闘日報を詳細に書いている娘。
ちっこい妖精たちは、彼女たちより更に自由奔放にその周辺を駆け回ったり跳ねたり遊んだりしていた。
その中に一名、白い娘がいる。
あきつ丸ではない。
伯爵でもない。
捕虜だった。
厄介極まる。
そんな存在。
投降した敵。
降伏したからには、処刑する訳にもいかない。
騙し討ちなど言語道断。
苦々しい気持ちになりながらも、受け入れねばならなかった。
ちらちらと彼女を見る娘もいれば、敢えて無視する娘もいる。
憎しみの目で睨み付ける娘もいた。
そんな少女の周辺でも、お構い無しに妖精たちがはしゃいでいる。
そして、夜は更けてゆく。
投降したのは、艦娘にどことなくなんとなく似通った深海棲艦。
駆逐艦めいた姫級。
無傷の状態で彼女は白旗を上げ、彼女以外は逃亡するか海の藻屑と化した。
作戦終了前に虜囚になることを選んだ彼女は、或いは殿軍(しんがり)だったのかもしれない。
彼女への対応を慎重にしたことが、結果的に深海棲艦が逃げてゆく状況を生み出したのだから。
追撃や殲滅(せんめつ)の機会を失ったとも言える。
美しき捕虜と共に熱い素うどんをすすりながら、艦娘たちは複雑な思いに囚われるのであった。
差し入れられた函館間宮謹製の羊羹に舌鼓を打ち鳴らし、艦娘たちは惑いの夜を過ごしてゆく。
今度の休暇は北の港町で取ろうと、ウルトラの星に誓う艦娘が続出したのは当然かもしれない。
呉にいる先輩が作戦終了に伴って配下や配下でない艦娘たちを連れて函館へやって来たのは、吹雪の激しい朝のことだった。
あ、吹雪といっても自然現象の方である。
お間違えなきよう。
先日の作戦に参加した艦娘の多くがここへやって来たかに見える。
全員に自作の甘酒と富山は氷見(ひみ)産のはと麦茶を振る舞う。
ホッと一息する一行。
今の寒い時期は、最高気温が氷点下のことも少なくないからなあ。
最低気温マイナス八度、最高気温マイナス三度、という日もある。
見慣れない艦娘がいた。
新規に建造された子か?
それとも、海域回収(ドロップ)した子かな?
主に駆逐艦たちにまとわりつかれながら、甘酒を振る舞ってゆく。
キミたちがギュッと抱きついてきたら非常に苦しいから、程々にしてくんなまし。
さっきから、あばら骨がミシミシ鳴っているザンス。
武蔵さんや。
おじさんを背中から抱き締めるもんじゃありません。
「可愛い後輩に頼みがあるんじゃ。」
隣に鳳翔を伴った先輩が話しかけてきた。
ニタニタしている。
これは無茶振りの予兆だ。
「いつもの無茶苦茶なアレでなかったら、喜んで。」
「なんも無理じゃねえけえ、心配はいらんのじゃ。」
本当かなあ?
「あそこの娘を函館で預かってくれるだけでええんじゃ。」
肌の白い娘が一名、ぽつんと立ち尽くしたままこちらをじっと見つめている。
どうも、悪い子ではなさそうだ。
「いいですよ。」
「そうか。これでワシの肩の荷も降りるゆうもんじゃわ。」
「そんな、大袈裟な。」
「ある意味、函館に向いとる娘じゃろうな。のう、鳳翔。」
「はい、あなた。」
両名とも、ニコニコしている。
彼女、最新艦娘じゃないのか?
なにかが心の中で引っ掛かる。
…………まっ、いっか。
半世紀ほど昔、恒点観測員が地球に於いて死闘を何度も何度も繰り返した。
その迫力ある姿を撮影した人たちが何人もいた。
重傷者や時には死者も出たそうだが、はかなくなっても彼らは写真機やビデオカメラを強く抱き締めていたという。
そんな彼の度重なる戦いを撮影した映像の集大成たる、大容量光記録媒体を先日入手した。
そしてその鑑賞会を、鎮守府の講堂で催すことになった。
実録映像には淡々とした進行的語り付き。
分厚い資料集や写真集まで附録にあった。
このご時世に豪気なことだ。
映像の初っぱなは神戸に於ける激戦で、当時を知る人たちへの取材と実録映像が交互に画面へ現れる。
その後も鬼気迫る戦いが映し出された。
侵略者を倒すために奮闘する赤い巨人。
傷つきながらも、けして戦うことを止めない真の闘士。
額のカラーランプから放たれるは、緑色の光線。
敵対者を必ず討ち果たすための宇宙ブーメラン。
そうした超兵器を幾つも駆使しつつ、彼は警務隊や自衛隊などと共に地球の平和のために尽力する。
それが、宇宙から訪れた勇者。
不屈の闘志を備えた光の戦士。
彼自身が戦えない時に代役として獅子奮迅の戦いを繰り広げた、使役怪獣も忘れてはいけない。
野牛の戦士。
金属の戦士。
俊足の戦士。
倒れても倒れても、何度も立ち上がって戦う光の戦士。
傷つき、苦しみながらも敵と戦い続けるのを諦めない。
自然と沸き起こる拍手。
万雷の拍手。
鳴り止まぬまま、やがて鑑賞会は盛況の内に幕を閉じた。
夜更け。
明日に向けての仕込みに入ろうとしたら、厨房に灯りがともっていた。
誰もいない筈なのに。
出入口の下を見やる。
張っておいた糸は切れていた。
少なくともうちの子じゃない。
念のため、腰に装備した半自動式拳銃の撃鉄をハーフコックにし、素早く射てるように準備した。
高速型九ミリパラベラムなら、そこそこの防弾チョッキも貫けるだろう。
弾頭の先端に超硬質合金の被膜と呪印が施されている、対魔戦闘武器だ。
めっちゃ高い弾丸なんで、なるべく使うなって言われているんだけどな。
擬似オリハルコンとかヒヒイロカネなどと言っているが、眉唾物な感じ。
賊でないことを祈るばかりだ。
射撃はあまり得意じゃないし。
と。
煮炊きの匂いが鼻をくすぐる。
どうやら、夜食を作っているみたいだ。
工作員とかそういう類ではないようだ。
鼻歌が聞こえてくる。
イエライシャンか。
懐かしの曲だな。
厨房に入ると、振り向いた娘が一瞬の驚きの後に満面の笑みを浮かべる。
拳銃を構えたまま入らなくてよかった。
菜っ葉のおむすび及び大根と菜っ葉のおみおつけが眼前に運び込まれた。
葡萄酒色のセーターに辛子色の洋風前掛けといった姿の、白い新着艦娘。
髪は栗色、長い二房のお下げ。
震える胸は豊穣のアヴァロン。
なんてな。
ぎこちない敬礼をしながら、肌のやたら白い娘ははにかむように言った。
「ワタシ、さっきまでテイトクさんのヤショクを作っていました。」
「それはありがたいことです。」
「アサシオ型駆逐艦のミネグモ、粉骨砕身のカクゴでテイトクさんのリョウリを作っていきますね。」
料理好きというだけあって、彼女の手料理はなかなか旨かった。