今回は、全体的に太宰治の『走れメロス』を下敷きにしています。
字数ですが、二四〇〇文字ほどあります。
「キメタワ。」
元仲魔の残せしウスイホンを読んでいた彼女は決心した。
必ず、かのエロくて暴虐なまでにむにゃむにゃな提督と結ばれねばならぬと決意した。
「ワタシ、テイトクとケッコンカッコカリスルワ。」
彼女には艦娘がわからぬ。
彼女は深海の戦士である。
敵対者に砲弾を放ち、イ級と遊んで暮らしてきた。
けれども異性に対しては、人一倍に敏感であった。
「サア、ステキなテイトクがワタシをマッテイルワ。」
本日未明に彼女は拠点を進発し、波涛(はとう)を越え海域越え、遠く離れたこの函館市にやって来た。
彼女には父のような相手も、母のように思う相手もいない。
ちなみに、旦那もいない。
内気な人型深海棲艦と二名で辺境の拠点を守ってきた。
この娘は既に拠点を離れ、或る律儀なテイトクを陥落せしめて既にケッコンしているという。
彼女には竹馬の友があった。
今は函館に住む戦艦棲姫だ。
その友に、彼女はよさそうなテイトクを紹介してもらうつもりなのだ。
「残念だけど、私の提督を含めて誰も紹介出来ないわ。」
戦艦棲姫は冷静な声でそう言った。
「ナゼ、ショウカイデキナイノ?」
「貴女は、深海棲艦としての癖が強すぎるからよ。」
「エッ?」
「提督とエロい関係になることだけを考える子に、あの人を紹介なんて出来ないわ。ましてや、薄い本だけの知識で動くような子にはね。」
それを聞いて、彼女は激怒した。
「ナンテコト! ワタシはタダ、テイトクとケッコンシタイダケナノニ!」
彼女は、ケッコンカッコカリを単純に考えていた。
結局、海沿いで提督を探すべく飛び出していった。
より艦娘っぽく見せかける姿にしてもらった後で。
礼を言って勇んで発進した彼女は、程なく巡視していた大湊(おおみなと)の艦娘に捕まってしまった。
たちまち手早く調べられ、彼女の懐中からはウスイホンが出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。
彼女は、大湊の提督の前に引き出された。
「君はこの薄い本で、一体なにをするつもりだったのかね?」
やや背が低く小太りで眼鏡をかけた彼は、静かにされど威厳をもって問いただした。
「テイトクとケッコンカッコカリスルノ。」
彼女はなんら悪びれもせず、そう答えた。
「君がかね?」
提督は苦笑いした。
「君には、提督の孤独がわかるまい。」
「ソンナコト、イッチャダメナノヨ!」
彼女はいきり立って反駁(はんぱく)した。
「オンナのコイゴコロをウタガウノハ、モットモハズベキアクトクヨ!」
「恋心? 君が?」
「ナニカモンクデモアルノ?」
「人の心とは、あまり当てにならないものだよ。人間は元々私欲の塊さ。」
提督は落ち着いて呟き、そしてにやりと嗤(わら)った。
「ソレデモ、ワタシはテイトクとケッコンカッコカリスルノ。」
その異様な気配に内心怯えつつも、彼女はキリッとした顔で言った。
それを聞いて、提督はそっと微笑む。
「では、行ってみるといい。君を受け入れてくれる男がいるといいのだがね。」
「キット、イルワヨ。」
「では、この通行手形カッコカリを発行してあげよう。但し、こいつは三日間限定だから気をつけたまえ。」
「オンニキルワ。」
彼女は推進機を吹かし、すぐに出発した。
早春、満天の星の中。
彼女は一睡もせずに沿岸部を急ぎに急いで駆け抜け、提督を見つけんと欲(ほっ)した。
陽は既に高く昇っているが、海沿いの人家は大抵人の気配すらないか、どこかしら崩れているか、窓ガラスが割れたままになっている。
男は、一切見えない。
提督はどこにいるの?
漁港のある場所には必ず一名かそれ以上の艦娘がいて、彼女を容赦なく追い払った。
中には、「私の司令官は絶対、絶対にあげないんだからね!」と怒鳴る娘さえいた。
彼女がかつての仲間である深海棲艦の元に辿り着いた時、その元仲間の娘は疲労困憊(ひろうこんぱい)した彼女の姿を見て驚いた。
そうして、彼女に質問を幾つも浴びせた。
「ナンデモナイワ。」
彼女は無理に笑おうと努めた。
「なんでもなくは見えないわ。」
カンムスになんとなく見えないでもない元仲間は、すぐにやり返した。
「ワタシのテイトクをサガシニキタノ。ジカンがナイカラ、マタスグニシュッパツシナクテハナラナイノヨ。」
そう言いつつも彼女は間もなく民家改造型基地の応接間の床に倒れ伏し、深い深い眠りに落ちてしまった。
目覚めたのは夜更けだった。
彼女は起きてすぐ、そばにいた元仲間の夫へ話しかけて未婚の提督を紹介して欲しいと頼んだ。
その提督は驚き、それはいけない、こちらには未だなんの支度も出来ていない、春の人事異動の季節まで待ってくれと答えた。
彼女は待つことなど出来ぬ、どうかすぐに教えて欲しいと懇願した。
律儀な提督も頑強であった。
なかなか承諾してくれない。
夜明けまで議論を続け、やっと、どうにか彼をなだめすかして説き伏せた。
彼女はひた走る。
明けゆく海原を。
紹介された基地の近くへ着いた頃、黒雲が空を覆ってぽつりぽつりと雨が降りだした。
やがてそれは大雨となったので、彼女はなにやら不吉なものを感じないでもなかった。
それでも気持ちを引き締めて、小声で歌をうたいながらその基地前へと進んでいった。
呼び鈴を鳴らす。
間もなく、寝起きらしい中年男が彼女の眼前に現れた。
炊きたてのご飯のにおいがする。
おみおつけのかおりもしてきた。
それは生活の証。
生きている証だ。
その男からは酷く不器用な感じを受けた。
背はさほど高くなく、ぶっちゃけ男前な感じでもない。
腹は出ていないが、体が引き締まっている訳でもない。
民間出身の提督であることは明らかだ。
平々凡々な雰囲気の中年男性であった。
だが出会った瞬間、彼女は心臓をズッキューンと撃ち抜かれたかに思えた。
一生、このままここにいたいとさえ思い込んだ。
このよき人と生涯暮らしていきたいと願う程だ。
ずぶ濡れになった彼女は、ケッコンを決意する。
と、その時。
家の奥からなにやらかそけき音が聞こえてきた。