すっかり夏模様の空。
海は変わらず美しい。
青い空。
白い雲。
青い海。
小笠原鎮守府は今日も賑やかだ。
なんちゃって鎮守府な民家の窓からは、余所の艦娘たちと巌流島対決みたいなことをしているオクラホマが見えた。
二丁手斧のメリケン戦艦娘やその対戦相手を声援する、自衛官たちや米軍関係者たちも見える。皆ノリノリだなあ。
あれはどこの天龍だろう?
剣捌きが美しい。
大湊(おおみなと)か?
小樽か?
龍田や日向や伊勢や木曾や叢雲もいる。
武技武術に熱心というかなんというか。
この後、バナナのタルトでも焼こうか。
どこかの青葉が嬉々として、そのなんとなく覚悟完了で不退転戦鬼でシグルイっぽい死合を撮影していた。
確かに絵になる。
念の為、高速修復材を用意しておこう。
自衛官たちや米軍関係者たちと朗らかに交流している、セクシーな水着姿の魅力的なフェニックスや如月が見えた。
先日から父島へ来て鎮守府の運営を手伝ってくれている元艦娘たちは、軍人たちから必死の勢いで口説かれている。
なにこの混沌。
あんたら、休日をそんなことに使って楽しいんかい?
小笠原へ着任後間もなく自衛隊が全面的な協力を表明してくれたのは、強力な知己を得たことになるし大変嬉しい。
嬉しいのだが、なんとなく釈然としない。
在日米軍も積極的情熱的に接近してくる。
気にしたら負け、というアレなのかなあ?
俺のとこには誰も来ない。
来たら来たでこわいがな。
口説かれるのも厭だしね。
函館鎮守府の提督から電話が来たのは、その日の午後だった。
「そっちに初期艦や大淀さんが送られない理由が判明した。」
「そうか、教えてくれ。」
「余所の鎮守府の提督を含む勢力から圧力がかかっていた。」
「はい?」
「お前の書類上の立場が柱島の副司令のままだったから、転属扱いではなくて超長期出張扱いになっている。これじゃ、いつまで経ってもどこからも艦娘を受け入れられない。」
「な、なんだって!?」
「似たような被害を受けている鎮守府が複数あったから、うちの大淀さんを派遣して天下りの奴らや癒着している連中を火星に代わって折檻してもらっておいた。」
「助かるよ。」
「どういたしまして。しかし、『魚は頭から腐る』って小樽の提督が言っていたけど、まさにその通りだべや。」
「んだな。」
「丁度転属希望申請を出していた南方の大淀さんがいたから、書類をちょちょいと書き換えてそちらに赴任出来るように手を打っておいた。」
「お前はマッコイ爺さんかっ!」
「くくく、金さえ出せばクレムリンだって持ってきてやるぜ。」
「クレムリンより駆逐艦だよ。」
「転属してくる大淀さんが、誰かと一緒に着任するだろうさ。」
「いつ来るんだい?」
「明日。」
「えっ?」
「明日。」
「今日明日明後日の明日?」
「イエス!」
「田口トモロヲ?」
「トゥモーローね!」
「なんで、もっと早く言ってくれなかったんだ!?」
「大本営に潜入したのが一昨日の夜だったからさ。」
「はい?」
「陽動作戦でロッタとアマーリエと島風に暴れ回ってもらったから、後始末の方がずっと大変だったのはここだけの話だ。」
「この回線、盗聴されていないだろうな?」
「大丈夫、秘匿回線を利用しているから。」
「そうか。」
「そうさ。」
「ならいい。」
「ところで、柱島時代に艦娘たちから嫌われていた件が引っ掛かっていたから、こちらで調査してみた。」
「えー、別に聞きたくない。」
「薬品と暗示を使っていた。」
「はあっ?」
「あの提督よりもお前の方が、本当はずっと好感度が高かったそうだ。」
「それ、冗談なんだろう?」
「冗談なんかじゃないぞ。」
「そ、そんなことをいきなり言われても……。」
「つまり、お前さんが艦娘に抱いていたものは、意図的に作られていたものだということだ。」
「そ、そんな……。」
「よかったな。これで艦娘とラブラブハッピーエンドが成立する。」
「今更そんなことを言われても……。」
「あー、もうやっ……。」
「フェニックスにはなにもしていない!」
「誰もなーんもゆーとりゃーせんがね。」
「あうう。」
「まさか……。」
「如月ともしていない!」
「じゃけえ、なんもゆうとりゃせんが。」
「二名とは毎晩添い寝しているだけだ!」
「……なん……だと?」
「おい、パンデミック野郎。お前の方こそ滅茶苦茶やっとるや内科医外科医。全国各地の鎮守府から転属希望が殺到した件を、忘れたたあ言わせねえぞコラ。」
「あー、確かにあの時は大変だったな。」
「他人事みたいに言ってんじゃねえぞ!」
「毎晩業務終了後に、使用済みの……。」
「あー、なんか厭な話になりそうだから言わなくていいや。」
「なんでこんなものを送らなきゃならないのかと思いつつ。」
「言わんでいい。悪かった。」
「レターパックプラスは全国共通料金で大変便利だった。」
「具体的な名称を出すなよ! 今後、連想しちゃうだろ!」
「なにを?」
「ううう。」
「ヘタレ誘い受けか。」
「やめろよ、そういうこと言うの!」
「斑目さん。」
「やめんか。」
「マララメさん。」
「噛んだな。」
「カミマミタ。」
「可愛くない。」
「神は死んだ。」
「ウドの街にいた鉄騎兵かよ。」
「なあ、呉から二〇名くらい引き受けないか?」
「やめれ! 許容量を遥かに超えとるやんか!」
「おみゃーさんなら出来るがね。」
「無理だ! 柱島でも苦戦していたんだから。」
「それは作られた状況だったからだ。今度は大丈夫。刺されないようにしろよ。」
「確定路線みたいに言うな!」
「じゃ、五名ほどでいいや。」
「そうやって波状攻撃を仕掛けるつもりだろう。」
「なんのことかな?」
「第一次、第二次、と次々艦娘を送り込むつもりなんだろ?」
「もーやだなー。私がそんなことをする訳ないじゃないか。」
「なんか今少しいらっとした。」
「すまん、悪かった。」
「礼は言っとく。ありがとう。」
「おっ、到頭デレ期が来たか。」
「あのなー。」
「冗談だ。今度七飯町産のななつぼしの新米を送るから許してくれ。」
「よかろうなのだ。」
「じゃあな。」
「ああ。」
通話を終えた俺はフェニックスと如月を捕まえて、小笠原産のラムとバナナでタルトを作った。
蒲公英(タンポポ)珈琲は悪くない味だったが、小豆の代用珈琲の評判は今一つな感じだった。
人間と艦娘が多数入り交じるお茶会みたいになって、呉の先輩から貰った尾道紅茶も喜ばれた。
明日には大淀が着任する。
どんな性格の子だろうな?
あれは函館の大淀だろうか?
青いドレスに胸当てと手甲と脚甲を付けた眼鏡っ子軽巡洋艦が、大剣を引っ提げ雄叫び上げつつオクラホマへ突撃するのが見えた。
あれって、特殊な近接戦闘用艤装なのだろうか?
今度、函館の提督にその辺りを聞いてみようか。
フェニックスと如月が俺を呼んでいる。
俺をいざなう声。
遠い遠いあの声。
眩しすぎる笑顔。
堕ちてゆくのか?
でも、彼女たちの手を放すことはしたくない。
一緒に一緒に、この戦局を突き抜けてゆこう。
空を見上げる。
そこには、青い青い空。