今回は二一〇一文字あります。
個人的に、剣埼ホテルの味を堪能してみたいものです。
函館の提督は日々迫りくる艦娘たちの大攻勢に対して難攻不落を誇るナヴァロンの要塞やセヴァストポリ要塞の如く、今もって尚堅牢極まる墨守を貫いているという。
なかなか出来ることではない。
大抵は、既に何名もの艦娘と関係を持ってしまうだろうに。
もしくは、関係性に失敗してオサラバしてしまうだろうに。
秘匿されてはいるが、複数の部下と関係を持つ上司などマスメディアの恰好の餌食になる未来しか思い浮かばない。
彼らに倫理観など期待する方が間違っているし、一旦食らいつかれたら骨の髄までしゃぶられることは間違いない。
えげつないからな、彼らは。
特にアレとかアレとか、あそこもしつこいなあ。
一度カストリ雑誌みたいな三流週刊誌の記者に三ヵ月ほどまとわりつかれて実にまいったが、いつの間にかいなくなっていた。
あの脂ぎったおっさんがねちこく絡んでくる姿には時折殺意を覚えた程だったけれども、だからといってどうなってもいい話にはならない。
ムカつくことはムカついたが。
たぶん、どこぞのアイドルか俳優か歌舞伎役者が不倫だか二股だか三股だかなにかをやらかしたのだろう。
そうした輩を取材しに行ったんだと思いたい。
後、めんどくさい感じできゃんきゃん喚く女性記者に取材という名のしつこい業務妨害をされたことも何度かあったが、彼女も程なく見えなくなった。
…………。
たぶん、よそのもっと金になりそうなところへ取材に行ったのだろう。
そうに違いないさ。
マスメディアの人間が多数行方不明になっているとの不確定情報を函館の提督から聞き、なんとなくゾッとした。
まさか……いやいや、まさか。
ロシアのとある大統領が就任した時のアレじゃあるまいし。
ガセネタだ、ガセネタ。
私はダメな提督だ。
重巡洋艦と軽空母の魅力に抗(あらが)えず、出会って半年であんなことをしてしまった。
世界の平和を守るために戦う彼女たちに対し、あんなことを何度もしてしまった。
国防のこと、世界平和のこと、それらの達成に全力を注がなくてはならないのに。
最近は、巨乳駆逐艦の子も私を意味ありげにちらちら見ていることが増えている。
「雨の名前の駆逐艦群ってお洒落よね。」
無造作に抱きつかれたことも何度かある。
幼いのか、無邪気なのか。
やめてくれ、そのやり方は私によく効く。
不味い。
非常に不味い。
こんなに意思の弱い私が、あの子の魅力に抗しきれるだろうか?
いやいや、ここはなんとか最終防衛線を堅守すべく頑張らねば。
ちらちら見えてくるものに内心興奮している場合ではないのだ。
「提督、お茶です。」
「ありがとう。」
古鷹がやさしく微笑む。
彼女は今日の秘書艦だ。
祥鳳と村雨は他所の助っ人として、本日は出払っていた。
駆逐艦が一名二名、或いは軽巡洋艦が精々の沿岸屯所まみれな近隣。
私の屯所の艦娘はまさに引っ張りだこなのである。
この民家改造型のなんちゃって基地が村雨だけになりやすい状況ではあるのだけども、古鷹と祥鳳がそれを極力阻止しようとしているみたいにも思える時すらある。
まさかな。
彼女たちがそんなことをする筈などない。
……疲れているのかな?
私の左手の甲をなめらかに撫で回す古鷹。
それは合図だ。
何度も何度もふんわりと撫でる重巡洋艦。
大天使の、とろけてしまいそうな微笑み。
幾つも重ねた夜を思い出し、私の単装砲がトランスフォーマーしてゆく。
いかん。
これではいかん。
過ちを何度も何度も繰り返してはいかんのだ。
我が頬を撫で回す古鷹。
顎の古傷を愛おしそうに撫でる少女。
にっこり微笑み、すっと離れる彼女。
思わず、あっとなってしまう。
「提督……。」
せつなそうに潤んだ瞳で見つめてくる重巡洋艦。
致し方なし。
ここまでされてやらないは、彼女を辱しめてしまう行為だ。
やるとするか。
帰投した祥鳳にはすぐにバレてしまった。
何故だろう?
私がわかりやす過ぎるのか?
彼女に激しく求められ、女の子慣れしていない中年提督たる私の城は呆気なく陥落した。
……我ながら情けない。
「私の居住性は上々なんですよ。」
ああ、知っているよ。
「『剣埼(つるぎざき)ホテル』の実力をお見せしましょう。」
君の肉じゃがやカレーは絶品だよ、祥鳳。
皆で彼女の作る料理に舌鼓を打った。
これ程のものが食べられるなんて幸せだ。
その後、彼女と眠れぬ夜を過ごした。
ある休みの日。
私たちは駄作と言われる映画群の鑑賞に突入した。
彼女たちと何度も何度も眠れぬ夜を過ごした原因。
何故か何作も何作も続けて見てしまう。
魅入られたかのように複数見てしまう。
監督脚本演出主演助演エキストラなどに悪態をつきながら。
それはある意味、業の如く。
中毒症状に陥ったのように。
薄暗い部屋で固まりながら。
四名でじっくり見てしまう。
画面の向こうで美人の絶叫がほとばしる。
彼女の最大の魅力を引き出せる死に際だ。
情緒なく冗長な演技力が嘘みたいな迫力。
ようやく、この作品も終わりに近づいた。
これ、まだまだ絶叫し続けるんだっけか。
もう少しの我慢、我慢ナリ。
そう思っていたら、私は不意を突かれた。
ぎゅっと腕を掴まれたのだ。
やわらかな膨らみが腕に押し付けられる。
すぐ隣の彼女が耳許で囁く。
なんでもないことのように。
「今、穿いていないんですよ。」