今回は二八〇〇文字あります。
天使のきざはしが見える極地。
氷上を舞う、二名の深海棲艦。
急遽あつらえられた特設会場。
人型の異形がひしめいている。
殆どのモノが嬉しそうな表情をしていた。
絢爛豪華な雰囲気と衣装で二名が魅せる。
一幅(いっぷく)の絵画のごときセカイ。
吹雪の止んだ、天然の舞台で美しき異形が優雅に踊る。
その麗しき様子に、幹部たちはただただため息を吐く。
そんな有り様に、護衛棲水姫は苦々しい表情となった。
(マルデ、ニンゲンミタイジャナイカ)
そう、思う。
なんの余興のつもりかわからぬが、深海氷祭と題して上司の趣味を見せつけられる部下の気持ちも考えて欲しい。
氷翔王女と氷上棲姫とによる華麗な四回転とイナバウアーが圧倒的技術で行われ、それに魅せられた姫鬼級の割れんばかりの拍手で舞台は幕を閉じた。
武闘派として知られる戦艦級の娘たちが喜悦の表情を浮かべる様子に、護衛棲水姫は呆れ返ってしまう。
北方棲姫は別にいい。
彼女は別枠なのだし。
ぴょんぴょん跳ね回る様は実に可愛い。
あんなに可愛い存在をいじめる艦娘滅ぶべし、慈悲はない。
(マッタク、オメデタイヨ)
周囲が大興奮し、まだまだ万雷の拍手が聞こえる中、冷めた彼女は内心嘆息する。
あまりにもニンゲンくさい。
なんだこの茶番劇はと思う。
それでも一応、拍手はした。
なんとか、顔を取り繕って。
早く終わんないかなー、と考えつつ。
「貴女。」
興奮冷めやらぬ中、氷翔王女が洗練された所作で護衛棲水姫を指差した。
複数の視線が一斉に彼女へ殺到した。
不意を突かれた彼女はどぎまぎする。
「ワ、ワタシデスカ?」
「そうよ。」
ゆっくりと、生きる伝説が首肯した。
百花繚乱の笑みを浮かべて指示する。
「人間のいる鎮守府か泊地に行って、潜入任務をしていらっしゃいな。」
「エッ? エエエッ!?」
嫌も応もない。
続けての一撃。
「じゃ、早速イきなさい。」
「エ、アッ、ハ、ハイッ!」
それがとどめとなった。
指名された彼女はなにがなんだかよくわからないままに今一つ目的不明な密命を帯びて、人間の待つ基地へと単独航行するのだった。
ベーイ、ベーイと時折ぼやきながら。
ムリムリムリと呪詛(じゅそ)のように嘆きの言葉を吐きながら。
浮き輪さんたちにやさしく慰められつつ。
「ケイクウボノ『ガンビア・ベイ』デス。ヨロシクオネガイシマス。」
肌も服もツインテール状の髪も真っ白けなメリケンの軽空母が、とある泊地に着任した。
気づいたら洋上に浮かんでいたと、彼女はそう主張した。
艦載機を飛ばしていたらこの基地を見つけたので、それでここへ来たのだと言った。
別段矛盾点は見当たらなかったので、泊地の面々はその話にすんなり納得した。
彼女は腰回りのベルトに、三つの浮き輪を付けている。
あれはなにかの装備なのだろうか?
泊地は現在、初めてのメリケン艦娘着任に沸いていた。
なんせ、現在着任が確認されているのは函館と小笠原だけなのだから。
空母系艦娘が少ない関係もあり、彼女は熱烈歓迎を受けたのであった。
この泊地では正規空母一名、軽空母二名、航空駆逐艦一名となっているが、これで戦術的選択肢が増えると。
駆逐艦の安全性がより高められると、提督も大喜びであった。
(チョロイナ、コイツラ)
彼女はにやりと嗤う。
『ガンビア・ベイ』に偽装しているつもりがさほどでもないように見えて、意外と擬態が上手くいっているかに見える護衛棲水姫だった。
手に持ったベニヤ板は飛行甲板を模したもので本来の性能など望むべくもないが、飾りなので一切問題ない。
割れたら木工ボンドで直せばいいし、壊れたら適当なものにペンキを塗ればいいさね。
ぎこちない日本語も、メリケン艦娘だからという理由で疑念すら持たれなかった。
ちょろい。
なんともちょろい。
護衛棲水姫は泊地の面々が少し可哀想に思えてきた。
その娘を見た時、提督は心臓がどきどきばっくんするのを止められなかった。
護衛棲水姫改め『ガンビア・ベイ』もどきにズキューンと心を撃ち抜かれ、そして童貞提督の初恋が始まる。
艦娘に感じるのとは異なるときめき。
何故彼女を見たら、心がこんなに震えるのだろうか?
『ガンビア・ベイ』をもてなすための酒宴が始まった。
どんちゃん騒ぎをしたくてもなかなか出来ない状況故に、こうした正当な理由があるとそりゃあもう本気で楽しむのだ。
酒の大好きな軽空母と重巡洋艦が音頭を取り、賑やかに宴が開催される。
料理上手の軽空母が函館の同姿艦から直伝された業を振るい、次々においしい料理を作り上げてゆく。
手伝う駆逐艦たちも手慣れたもので、下ごしらえをしたり、料理を運んだり、洗い物をしたり、とお手のものだ。
その去就が注目されている提督は、新任の軽空母にデレデレだった。
何名かの艦娘が怪しく目を光らせている。
重婚になるのか、ならないのか。
取材記者魂溢れる重巡洋艦はどきどきしながら、事態の推移を見守っている。
防水機能を施された写真機で提督を激写しながら、特ダネを狙ってさえいた。
オイル漏れする鼻腔を時々拭い、愛する彼の魅力を切り取らねばと奮闘する。
あの提督はいい男だ。
特に美形という訳でもないが、気配り目配り心配りの三拍子が揃った提督は稀少な存在である。
彼を慕って幕下(ばっか)に加わった艦娘も少なくない。
そのため、新しい娘はぎらつく艦娘たちの視線にさらされ、時折武者震いのように震えるのだった。
そんな彼女をやさしく撫で、浮き輪さんたちはつぶらな瞳で白い異形を見つめた。
『ガンビア・ベイ』が着任して以来、交戦した深海棲艦の逃亡率が格段に上昇した。
それに比例して、艦娘たちの被弾率が低下している。
彼女がいると、戦闘に至った敵さんが早々に撤退するのだ。
仕留めきれないという問題が発生してはいるものの、安全海域が拡大されることは好ましいとされた。
敵駆逐艦群の撃沈数に於いては彼女が開幕雷撃でぶちかましまくっているので、現在はトンカツ大好き系重巡洋艦や戦闘機械系空母と戦績争いを繰り広げている。
提督に誉められた彼女が、頬を染める場面も増えている。
頭を撫でられ、うっとりする潜入者。
浮き輪さんたちは、生暖かい視線を姫級深海棲艦へ投げかけるのだった。
密やかに逢瀬を楽しむ二名。
女と男。
ほんの僅かな時間。
一秒さえもいとおしい。
ほんの数秒二つの影が接触し、またすぐに離れる。
物理的な距離はなかなか近づけなくとも、心の距離は近づきつつある。
浮き輪さんたちは、茂みに隠れて写真機を向ける艦娘にウィンクした。
翌日。
壁新聞に密会の記事は掲載されなかった。
ほの暗い提督私室。
二つの影が激しく揺らめいた。
ぎこちない動きで。
それは何度も何度も形を変え、影絵のように壁へ模様を描いてゆく。
「イクノ? ワタシヲノコシテ、サキニススンデシマウノ?」
提督に寄り添いながら、彼女はそう言った。
なんとか再装填しようと試みる彼は、ひたすら白い娘に溺れる。
彼らを静かに見守りながら、浮き輪さんたちはやさしくやさしく微笑んだ。