はこちん!   作:輪音

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いっちばーん!

今回は二四〇〇文字ほどあるよ!
みんな、私の活躍を見てねーっ!



CCCⅦ:東京都台東区山谷のとんかつライス

 

 

 

 

新しく開設するための屯所候補地として南三原や千歳の駅舎辺りに格安のよい物件があるというので下見に行ったが、それは予想を遥かに上回るボロさであった。

人間による改修も、妖精による改修も、あれでは上手くいかまいて。

海の潮に手酷くやられたのか屋内はかなり湿気ていて、錆びやカビが酷い。

まったくの無駄骨で無駄足だった。

 

しかも、追い打ちをかけるように雨が降り出す。

泣きっ面に蜂だ。

行きに外房線を使った私は、帰りは内房線を使って帝都に向かった。

関東圏も社会的な復興に向けて力を尽くしているとは思うのだが、まだまだ環境は厳しいようだ。

平日の昼前だからか車内はがらんとしていて、私の乗る車輌では老人が数名見えるくらいである。

車輌内の吊り広告も、二枚あるきり。

二枚ともに旧國鐵の関連。

なんともわびしい風景だ。

雨に濡れる街を汽車が走る。

警笛鳴らしてひたすら走る。

 

西船橋から新木場と八丁堀を経由して日比谷線に乗り、南千住へと向かった。

昔、その辺りの定食屋で食べた料理が旨かったという記憶に従って向かった。

今日の昼食はそこで摂ろう。

なに、大本営には夕方着けばいいだろう。

南千住駅を降りて、ぶらぶら歩き始める。

人々が小走りで雨の街を走り去ってゆく。

その流れに逆らうが如く、のんびり歩く。

 

 

 

腹が、減ってきた。

 

 

 

てくてく歩いている内、ようやく目的地の定食屋が見えてくる。

ここだ。

ここで食べるぞ。

大和がアイロンを当ててくれたハンカチーフで髪や服など拭きつつ入ると、帽子をかぶった中年男性や初老の男性で店内は混雑していた。

眼鏡をかけ、真っ昼間から麦ジュースをうはうはとのむ男性もいる。

 

オムライスにナポリタンに、とんかつ。

壁に書かれている献立が私を迷わせる。

……焦るんじゃない。

私は腹が減っているだけなんだ。

はてさて、今日の昼はどれにしようか?

ふと周りを見渡すと、客の多くがとんかつをわしわし食べている。

ならば、その流れに乗るも一興。

 

「さぁーて、張り切っていっちゃいますか。てい……お客さん、なに食べる?」

 

元気いっぱいな感じの女給が注文を取りに来た。

どこかで見たような娘だが、深入りしない方が無難だろう。

愛想がよくって、元気で可愛らしい。

それ以上、なにを求めるというのか。

さあ、注文しよう。

 

「とんかつとライスとおしんこをください。」

「おっけー。おしんこはなににする?」

「そうですね、なにがあります?」

「えーと、茄子と胡瓜があるわ。」

「では両方とも。それととん汁。」

「わっかりました。あっ、そうだ。てい……お客さん、お芋食べる? 少しならわけたげるよ。」

「ではそれも。」

「まっかせなさーい!」

 

店にいる男性客たちが全員にこにこしながら彼女を見ている。

彼らからすると、娘か孫のように見えているのかもしれない。

何故だか、北信の定食屋で元気に働く元霞を思い出した。

 

「いらっしゃい。食べてくの?」

 

店に新たに入って来た初老の男性へ、少女がにこやかに話しかけた。

 

「持ち帰りでライスととん汁。」

「まっかせなさーい!」

 

持ち帰り!

そういうのもあるのか。

 

注文を素早く捌(さば)く少女。

その姿はてきぱきしていて、実に小気味いい程だ。

 

「はーい、お待ちどうさま。」

 

そして。

飯が、来た。

 

 

 

【提督'sセレクション】

 

〈茄子のおしんこと胡瓜のおしんこ〉

それぞれほとんどまるまるひとつ分

 

〈麦茶〉

ジョッキにたっぷり

 

〈とん汁〉

豆腐と豚肉の具沢山

汁はたっぷり

 

〈とんかつ〉

揚げたてのとんかつと横に多量のキャベツの千切り

練りがらしを乗せて召し上がれ

 

〈ライス〉

麦入りで量多し

 

〈お芋〉

ほっくほくのふかしたもの

おいしいよ

 

 

 

うーん、とんかつととん汁とで豚がかぶってしまった。

ああ、この定食屋ではとん汁とライスで十分だったな。

久々だったから、量を間違えた。

まっ、いっか。

 

 

うん、旨い。

やはり、この店、正解。

 

さくさくした衣のとんかつは、肉汁がじわりと口中に広がって心地よい。

とん汁も豊かな慈味を感じる。

麦飯との相性はどちらもバッチリだ。

このおしんこが絶妙な漬かり具合と思う。

豚尽くしの中でとっても爽やかな存在だ。

このお芋もほくほくしていて甘くて旨い。

 

店内の客のほとんどが、日中から酒をかっくらっているようだ。

赤ら顔のおっさんまみれで、女性は彼女しかいない。

女給の少女は、おっさんたちを程よくいなしていた。

すいすいと男の海を泳ぐかの如くに、注文を取ったり皿を器用に下げたりしていた。

 

 

ふう、旨かった。

 

 

支払いを済ませると、くりくりっとした眼を輝かせながら少女が至近距離で話しかけてきた。

 

「梅雨があければ、夏だよね。海開きでは、いっちばんに泳ぎたいな。ね?」

「泳げるといいですね。」

「あっ、なんか他人行儀だ。」

「そもそも、他人でしょう。」

「袖すり合うも多生の縁、って言うじゃない。」

「若いのによくご存知で。」

「いっちばーんになるためには、教養も必要なのよ。」

「成る程。」

 

海開き、か。

栃木、群馬、埼玉の各県からは要望が相次いでいるという。

不定期解放ではなく、夏場は常時解放して欲しいのやもしれぬ。

景気回復策というほどではないにせよ、安全性が確保されているならば泳ぎたい人もちらほら出てくるのかもしれない。

人が動けば、景気も動く。

政治家たちも暗躍していることだろう。

私たちはただただ海を安全にしてゆくだけだ。

それが我らの使命。

それこそが、我らの生きる道。

 

 

外に出ると、雨が止んでいる。

 

「止まない雨はないのよ。なんちて。」

 

いつの間にかすぐ後ろにいた娘が、はにかみながらそう言った。

 

 

「まいどありー♪ また来てねー!」

 

少女は店先まで出て来て、ぶんぶんと手を振ってくれた。

ありがたい。

また来よう。

そう思った。

 

 

さて、横須賀に向かうか。

ようやく明治通りに出た。

タクシーが来れば乗ろう。

来なければ、歩いて地下鉄日比谷線の三ノ輪駅に出ればいい。

私は得体の知れない奇妙な満足感を味わいつつ、新たな屯所候補地に思いを馳せた。

 


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