はこちん!   作:輪音

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今回は四五〇〇文字ほどあります。



CCCⅩⅠ:おっさん提督、退院す

 

 

 

検査入院は順調だ。

暗殺者は来ないし。

変質者も来ないし。

部下たちが突撃してこないことに一抹のさみしさを感じつつ、のんびり大部屋で過ごす。

すっかり彼女たちに慣れ親しんでいることをひしひし感じた。

それは家族に対する感情なのか。

身内に対する親愛なのか。

それとも……。

頭を振った。

折角のご縁だから彼女たちを大切にしよう。

大切にしない輩の好きにさせてなるものか。

あいつらめ。

人間じゃないモノを夜間に見たようだが、やはり生きている人間の方が数段おそろしい。

刺客に注意せよとのお達しが冗談だったらいいのに。

撲殺絞殺刺殺毒殺。

どれも厭で御座る。

この病院でもナースコール絡みの怪談があったり、感じる患者や看護師はいるとかなんとか言うらしい。

そういう話をちらりと聞いたが、そんなに頻繁には発生しないようだ。

ただまあ、痛みはありますかあったらすぐに薬をお持ちしますよ、と看護師が事ある毎に当たり前のように言ってくるのにはほとほと参った。

薬に依存させるつもりなのだろうか。

薬漬け生活も厭で御座る。

 

 

とある地方都市には、阿漕(あこぎ)な眼科医の親子がいるらしい。

患者が訪れる度に同じ検査を繰り返し、不安感をあれこれ煽っては何度も何度も来院させるという。

しかも検査の前にきちんと説明がされることは無く、同意を得る手間さえ省いてしまっているのだ。

説明と同意、って重要じゃないのかな?

信頼感を損なったり失ったりすることは、なんでもないことなのかな?

インフォームドコンセントとやらは、何処へ行ったのだろうか?

つまり、了承も合意もなしに医療行為を行っていることになる。

ホントかよ、そいつら最低だな。

同じ部屋の人が、そこへ何度も行く破目になったと怒っていた。

おかしいおかしいとはうっすら思っていたそうだが、普通、看護師が変で医師も変だとはなかなか思わないことだろう。

四度目の時にとっくによくなっていたことを看護師へ言ったそうだが、念のために検査しましょうと言うばかりで全然取り合ってもらえなかったそうだ。

医師は処方した目薬が切れたらまた来てくださいと言ったそうだけど、彼はそれ以降別の病院を見つけてそちらへ通っているそうな。

 

ジェネリック医薬品という先発医薬品のパチもんの薬が危ないやらうさんくさいやらとの話も散々聞かされ、あんなものを認可する厚生労働省はよほど献金されているのだろうと憤(いきどお)ってさえいた。

実際、後発医薬品を服用して体調がおかしくなった経験さえあるという。

薬品は気を付けないとなあ。

とある薬局では、そこの女の子がしつこくジェネリック医薬品を勧めてきたそうだ。

後発医薬品は厭だ厭だと言ったにもかかわらず、くどいくらいに口説いてきたらしい。

人の話を聞かないのはなあ。

相手の事情の斟酌(しんしゃく)くらいはして欲しいものだ。

複数の薬局に於いて国から指導が入っているのか、他人に聞かれたくない個人情報を毎度毎度根掘り葉掘り聞かれるという。

他の客がいても平気の平左だとか。

うっとうしくしつこいそうだけど、それを聞く彼らは国の方針に従っているだけとの思考停止に陥っているのかもしれない。

ああ、やだやだ。

不快感と不信感が激増するぞよ。

 

どことなくなんとなくとある軽巡洋艦に似た看護師がそれを聞いて、ひっそりと苦笑いしていた。

 

 

 

先生が明日で退院にしましょうか、と言った。

わかりました、と受諾し退院準備を開始する。

看護師がやって来て、聞いていないと言った。

報連相があんまり出来ていないみたいだ。

どうしてすぐに退院するの、と言われる。

どうしてもなにも、仕事に差し支えるからだ。

 

病院内をうろつこうとしたら、重巡洋艦ぽい看護師に止められた。

今日一日は安静にしてください、と言われる。

別に病気でもなんでもないのに理不尽だ。

次から次へと看護師がやって来ては、体温を計ったり菊門に座薬を挿入しようとしたり全身くまなく拭こうとしたりした。

入れ替わり立ち替わり彼女たちが病室に来るので、見舞いに来た友人と奥方は目を丸くしていた。

しかし、看護師たちは何故友人の奥方を見て緊張していたのだろうか?

 

 

食事は強制的に病室で摂ることになり、あーん攻勢をしのぐので精一杯となった。

今晩はきのこご飯と肉じゃが。

鶏肉や豆も入っている具沢山のご飯はなかなかおいしく、馬鈴薯と玉葱と人参が殆どの肉じゃがも味付けが上手だ。

旨し。

 

 

消灯時間のニイニイマルマル。

ようやく、騒動が沈静化する。

やれやれだ。

 

深夜。

添い寝を懇願(こんがん)するナースキャップの看護師に手こずり、なんとか帰っていただく。

あれ?

ナースキャップにスカートの看護師って……ま、いっか。

 

ロクマルマル。

朝駆けするは水雷戦隊……じゃなくて看護師たち。

早速、体温計を脇の下に突っ込まれる。

朝食でもあーん攻勢にさらされた。

その内容は、やわらかご飯と玉葱及び馬鈴薯の味噌汁とふりかけと牛の乳。

やっぱり、この病院にナースキャップとスカートを標準装備した看護師はいないそうな。

 

 

 

一階の入退院センターで入院費を払い、てくてく通路を歩く。

なんだか視線をあちこちから感じるが、多分気のせいだろう。

熱心に看護してくれた看護師が、隣にいるせいかもしれない。

どことなくなんとなくどこぞの軽巡洋艦級艦娘ぽい彼女は私との別れを惜しみ、なかなか手を離してくれなかった。

 

「もう、大丈夫よ。」

 

彼女はやさしく微笑みながら、別れ際にそう言った。

 

 

 

乗合自動車に乗って駅舎へ到着し、横浜行きの特別急行列車に搭乗する。

新幹線が走らない時間の隙間を補填する形で走行しており、車内はけっこう混雑していた。

指定席が取れてよかったと思う。

今から向かうと横須賀は夕方か。

大本営に顔を出し、今宵は西洋旅籠(はたご)に投宿しよう。

翌朝は帝都から新潟方面行きの特別急行列車に乗車し、そこからは寝台特急の日本海に乗って青森に向かおうか。

関東圏から北海道へ向かうためには東北本線か新幹線を使うのが基本的だが、少し迂遠な進路を取ろう。

事前に想定していた経路ではなく無作為に行動せよとのお達しがあったので、趣味に走らせてもらおう。

ほんの少しばかり。

切符は一度目の変更に関し、手数料が一円もかからないのもいい。

青函連絡船に乗れば、我が鎮守府の艦娘の付き添いで函館入りだ。

駅舎の中のパン屋にて購入した、餡パンとクリームパンを食べる。

少しパサついている感じもするが、甘さに薬くささが無いのはありがたい。

それらは段々戦前に近い味へと戻ってきているように感じられた。

もっと菓子パンや惣菜パンの種類が増えるようになるといいなあ。

 

車内販売の売り子はどことなくなんとなく艦娘ぽい感じがしたけれども、気のせいだろう。

代用珈琲を頼んだ。

少し焦げくさい味。

深煎りし過ぎぜよ。

 

 

大船駅から在来線の鈍行に乗り換え、本店のある横須賀へと向かう。

駅舎に着くと何故か瑞鶴がいて、私に随伴してくれることになった。

彼女曰く、丁度時間の都合がついたとか。

 

大本営での手続きはあっさりしたもので、今回は誰も殺られなかったそうな。

まあ、前々々回や前々回みたいになったらしっちゃかめっちゃかになるしな。

提督の適性者が次から次へといなくなったら流石に大本営も困ると思われる。

悪党がはびこるのも厭だし、そいつらが幅を利かせるのは更によろしくない。

良心的な提督が成果を出せているかというと、そうとも言い切れぬのが現状。

痛し痒しで御座るよ。

敵は国内にあり、か。

世知辛いものだすな。

 

瑞鶴と喫茶室でお茶。

女性で賑わう場所だ。

国産紅茶で喉を潤す。

丸子(まりこ)の紅茶かな?

彼女の愚痴を聞いた。

話は延々と終わらぬ。

休暇が欲しいわと嘆く彼女。

また函館にいらっしゃいと言っておく。

口説いても駄目よ、と正規空母は笑いながら言った。

あちこちから視線を感じるのだが、瑞鶴は感じないのだろうか?

ええと、ケーキに集中しよう。

このショートケーキにはサッカリンやアステルパームのような人工甘味料を使っていないみたいで、薬くさい甘さが無くてすこぶるうれしい。

間宮かな?

伊良湖かな?

もしかして鳳翔?

うちの子たちはいつもいいものを作っているんだとしみじみ思う。

 

 

世話好きの正規空母と別れる。

駅舎までてくてく歩いた。

監視はされていないようだ。

停車場は割かし混雑している。

無事に乗れたのでよかった。

車窓から見る風景は悪くない。

復興支援は充分機能している。

北の国にも同様にして欲しい。

少しばかりもやもやする。

汽車は順調に横浜駅に着いた。

 

 

それにしても、腹が、減ってきた。

 

 

よし、駅弁を買おう。

幟(のぼり)が見えている。

風雲告げるは我が胃袋ナリ。

パンジャンドラムの響きあり。

いざ参らん、この抑えきれない欲望を満たすために。

スパゲティモンスター教の加護があらんことを。

関東うまいものフェアとやらがこの近くで開催されているらしく、売り子が元気に客へ声をかけている。

よきかなよきかな。

では行ってみよう。

 

さて、私の胃袋はなにを求めているのか?

魅力的な駅弁が幾つも並び、どれにしようかと迷ってしまう。

 

「て……旦那さん、これらがいいよ!」

 

若々しい娘がぐいぐいそばにやってきて、三つの弁当箱を渡してきた。

ちょっと多いんじゃないかな?

どれ。

いざ拝見させてもらいまする。

 

先ずは、神奈川県は大船軒が販売している『大船軒サンドウヰッチ』。

日本初の駅弁サンドウィッチで、鎌倉ハムのボンレスハムを挟んだ品が四切れ。

スライスチーズを挟んだ品が二切れ。

ハムにからむ粒マスタードが味の相乗効果を醸し出し、幅広い層から長らく愛され続けている傑作だ。

明治三二年からずっと販売されていることは、激動するが如くに変わり続ける社会にあって一服の清涼剤にも思えてくる。

 

続いては、千葉県は万葉軒が販売している『トンかつ弁当』。

このご時世に低価格を貫く、素晴らしい駅弁だ。

掛け紙はレトロな黄色い紙で、料理人姿の豚がフライパンを動かしている。

大きめのロースカツにタケノコの煮付け、胡麻昆布、しば漬けが入っていて白飯に寄り添っている。

豚カツにはソースが染み込んでおり、添付されたソースを追加するもよし、かけぬもよし。

昭和四〇年代から売られ続けている、至れり尽くせりの傑作だ。

 

最後は我らが崎陽軒(きようけん)のシウマイ弁当。

この地に来たなら、これを買わねばな。

横濱ならではの幕の内弁当、それがシウマイ弁当だ。

六〇年あまりの時代を駆け抜けている、傑作弁当だ。

干し帆立の貝柱、玉葱入り焼売、鶏の唐揚げ、玉子焼き、鮪(まぐろ)の漬け焼き、タケノコの煮付け、そしてとどめに杏(あんず)。

この弁当には小宇宙(コスモ)を感じる。

 

いずれも私好みの弁当だ。

私の嗜好は基本的に保守的で、老舗を好む傾向にある。

ほほう、いいじゃないか。

それを迷いなく渡す彼女。

ただ者ではない。

 

「て……旦那さん、お茶は土佐のおいしいのがあるよ!」

「それももらおうか。」

 

高知はお茶の名産地なのだ。

むむむ、この娘、やりおる。

 

よいものが買えてよかった。

 

 

さて、明日は浅草だ。

なにを食べようかな。

 


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