はこちん!   作:輪音

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動乱の食の都函館を眼下にして
ビスマルクの心は逸(はや)る
ヴルストは無事か
鉄の艦隊に翼つけ
荒ぶる魂がテイクオフ
北の国の夜明けに
真実の料理は食えるか

Not even justice,I hope to get to truth.

真実の灯りは見えるか





今回の主な元ネタ(順不同)

◎沈夫人の料理人
◎孤独のグルメ
◎ミスター味っ子
◎シグルイ
◎げんこうしえんかんたい
◎機動戦士ガンダム
◎獄門島



ヤマザキマリ氏の随筆も参考にしました。

今話は三四〇〇文字ほどあります。





CCCⅩⅥ:おいしさは幸せのあかし

 

 

 

 

「私たちが欲しいのは、なんといっても先ずはヴルストよ。」

 

開口一番、日本生まれのドイツ戦艦はそうのたまった。

随伴する他のドイツ艦艇も即座にその意見を首肯する。

場所は執務室。

外は冬の景色。

雪の舞う午後。

外気は氷点下。

ここ数日、北の国の天候は荒れるらしい。

吹雪く中をやって来た面々は、期待に溢れた顔で私を見つめていた。

全員が決意のみなぎった表情をしている。

それは決死の覚悟さえ思わせる程だった。

ヴルスト。

つまり、ドイツ語で言うところの腸詰めだ。

それらを彼女たちは切実に欲したのである。

何故、ドイツ艦艇はここ函館までそれを要求しに来たのだろうか?

軽井沢や鎌倉といった場所に於いても、それらを入手出来るのではなかろうか?

何故、彼女たちのそばに大本営の赤城と瑞鶴が当然のようにいる?

謎だらけだ。

今日の秘書艦の大鷹(たいよう)も困惑している。

彼女が作ったおやつのバウムクーヘンを、ドイツ艦や日本の正規空母たちは旨そうに食べていた。

しっとりしていて甘くやさしく口内を満たしてゆく、ドイツの菓子である。

焼き加減が絶妙だ。

ドイツ国内では一般的な菓子でないらしいが、日本ではよく知られている。

日本を訪れて初めて食べたと、旧東ドイツ出身の料理人が先日話していた。

なんとも不思議な気持ちになってくる。

 

「あと、純粋なビールと新鮮なじゃが芋とザウアークラウトも必要よ。これらは譲れない。そう、ドイツの艦艇として譲れない条件なの。パンは焼きたてで、みっしりずっしりが基本原則。フランスパンやイギリスパンみたいに、中身がすかすかなのは駄目ね。基本的な要求はそれくらいかしら。」

 

連撃的第二撃が届いた。

成程、それならば北の国を選ぶ気持ちが分からないでもない。

長崎もじゃが芋の生産量は全国第二位と多い筈だが、そういう話ではないのだろう。

 

「ビールは勿論、サッポロね。丁寧に醸された地ビールもいいと思うわ。」

 

北の国で呑むビールならば、やはりサッポロだろう。

地ビールも旨いのがある。

わかっているじゃないか。

函館で生ビールを呑む快感は実に素晴らしいほどだ。

すっと溶け込むように喉から胃に流れ込んでゆく、黄金の液体。

嗚呼、羊の肉と共に食べたくなってきた。

私の顔を見て微笑むはドイツの戦艦。

まるで慈母の如くに笑みを浮かべて、彼女は至極論理的に結論を述べ去っていった。

 

 

 

そういう訳で、羊と豚と馬鈴薯とビールとキャベツの調達を行うことになった。

東奔西走してゆく部下たち。

私も指示のために動き回る。

拘束具で全身覆われた小太りの人物を引き摺る海防艦たちに、私は話しかけた。

彼女たちは『T.S.F.』の腕章を左腕に附けた猛者であり、陸上に於いて無類の強さを発揮する。

ちっこい勇者たちだな、まるで。

……君たち、その人はなんだね?

えっ、豚?

豚と呼ばれたい人?

早く返してきなさい。

彼をどこかで見た気もするが……気のせいだな、きっと。

 

 

 

食文化に関して言えば、日本人ほど多彩な国々のそれを貪欲に吸収しようとする国民は殆どいないんじゃなかろうか?

米国にもほんのり近い感覚はあるけれど、庶民にも異国情緒溢れる食べ物を受け入れ浸透していく素地があるという点では世界随一じゃないかと考える。

我が鎮守府に限っても、鳳翔間宮を中心とする料理上手の艦娘が日々しのぎを削っている。

『食は函館にあり』とのことで日本各地並びに外国からも料理名人たちが続々集結していて、旧東ドイツのパン作りを学んだ料理人やらフランス各地の郷土菓子を作る菓子職人やらイタリア料理に魅せられた料理人やらも日々研鑽している。

また、李さんは素朴な外見ながらも料理の腕は全体の中でも突出しており、彼の作り出す中華料理は至極の逸品と言っても過言でないだろう。

実際、函館鎮守府の料理上手が要人接待で使われることもたまにある。

うちは料理店じゃないんだけどな。

ホテルや料亭や料理店の料理人がここで修行に来たいと、そうした要望が現在も殺到しているらしい。

うちは一応軍事基地なんだけどな。

日本人はなんと食への飽くなき追及にひたむきなのだろうか。

たぶん、我々は世界に冠たる食いしん坊なのだろう。

 

 

 

幸い、ドイツ娘たちの胃袋は我々の提供した料理を無事に受け入れてくれた。

飛び交うジョッキ。

山盛りのヴルスト。

山盛りのじゃが芋。

山盛りのキャベツ。

他の鎮守府から来た艦娘も加わり、状況は宴会の様相を呈してゆく。

ヴルストをちゃっちゃっと備前刀的鍛造的ペティナイフにて斬り刻んでフライパンで炒め、少量の醤油が加えられた溶き卵を投入してさっと焼く。

軽く焼いてちゃっちゃと形を整えたら、簡単オムレツの完成。

オムレツの上には、イタリアの料理人が作ったトマトソース。

まっこと旨いぜよ。

そういう一品料理を作ったら、ひたすら作らされる羽目に陥った。

むう。

広島大阪お好み焼き対決が行われ、賑わう声が厨房に届いている。

焼売や焼き餃子や水餃子も平行して大量に作られ、それを狙う酒好きの艦娘が厨房に乱入して来る。

困ったものだ。

だが、そうした闖入者(ちんにゅうしゃ)たちは海防艦によって編成された『とうこうしえんかんたい』に随時無力化されていく。

ちっちゃな艦隊は『T.S.F.』の腕章をきらめかせつつ、大型艦を次々撃破していった。

圧倒的じゃないか、彼女たちは。

歴然の武勲艦があっけなく轟沈してゆく。

やってくれた喃(のう)、やってくれた喃。

 

ようじょ、つおい。

ああ、君たち、油性マジックは止めてあげなさい。

 

出来立ての潰しじゃが芋や揚げじゃが芋を口に入れてもらいながら(何故か順繰りで彼女たちは私の口に食べ物を詰め込んでゆくのだ)、オムレツを幾つも作った。

翡翠色の水餃子を李さんから貰って食べると(流石に彼からは『あーん』がない)、皮のもちもち感と中身の海老のぷりぷり感とでまことに旨い。

八戸(はちのへ)の特別純米酒と五島列島のあら塩で下ごしらえされた海老のうまみが、じんわりと口の中へ染み込んでいった。

それが、気持ちを幸せで満たしてゆく。

うまいぞおっ!

目からビームが飛ばせそうな気もする。

鳳翔と間宮が焼き餃子をあーんしてくるので、作業をしながら食べさせてもらった。

行儀が悪いんじゃが仕方ない。

こちらも出来立てのオムレツを提供する。

我があーん返しを喰らうがいい!

なんてな。

 

 

 

大淀が書類作業の督促(とくそく)に来るまで延々と玉子料理を作ったら、彼女から微妙な顔で注意されてしまった。

反省しよう。

 

 

 

 

夜。

鎮守府の大半が寝静まった時間。

あの天敵たる、とうこうしえんかんたいもぐっすり眠る夜更け。

書類作業を終えた提督がひっそりと執務室から出て来て、厨房へ向かい始めました。

索敵機から送られてくる映像を確認し、私は瑞鶴と一緒に厨房へと向かい始めます。

さて、今宵の提督はなにを作られるのでしょうか。

わくわくしてきました。

ずいずいダンスを踊りながら、瑞鶴は軽やかに厨房へと向かいます。

私も見よう見まねでずいずいダンスを踊りつつ、提督を追いました。

 

提督が厨房に入った後、私たちは時間を見計らって顔出ししました。

苦笑する彼。

でも無問題。

やさしい提督は、私たちの分も作ってくれることになりました。

ふふふ。

 

昆布だしのおつゆ。

斬り刻まれるネギ。

ぱらぱらとお湯に投入される乾麺。

さっと作られた品が、私たちの眼前に提供されます。

うどん。

拉麺(ラーメン)と蕎麦が圧倒的に強い函館ではあまり勢力を伸ばせていないようですけど、関東圏や西国では割と食べられている麺類です。

添えられるのは京都の七味唐辛子。

ではさっそくいただきましょうか。

 

先ずは、おつゆを飲んでみました。

やさしい風味が口内に拡がります。

昆布だしになにか足していますね。

魚のあごみたいな感じがしました。

ふむふむ。

麺をすすると、おつゆやネギの香りを伴った風味がおいしく舌に伝わります。

ちゅるんとした喉ごしを楽しみ、更におつゆを飲みました。

とてもいいじゃないですか。

こういうのがいいんですよ。

 

提督と夜食を楽しんでいたら、ドイツの皆さんがやって来てなにやらドイツ語で騒ぎだしました。

苦笑しながらも、再度うどん作りのために腰を上げる提督。

異国の艦艇は、提督の料理をどのように評価するのでしょうか。

彼女たちは麺をきちんとすすることが出来るのでしょうか。

最後の一滴までおつゆを飲み干した私は、興味津々の瑞鶴と共にその様子を見つめることにします。

さて、どうなることやら。

 

 








【オマケ】




陸上自衛隊函館駐屯地。
その一角で、水兵服に身をつつんだ幼い少女たちによる落下傘部隊さながらの訓練が行われていた。
『T.S.F.』の腕章を左腕に附けた、『とうこうしえんかんたい』の面々がその正体である。
ラペリングと呼ばれる懸垂下降から落下傘を使った降下訓練、果ては室内突入の訓練まで行われていた。
小学校の精々中学年くらいにしか見えない彼女たちは、陸上に於いてまさに精兵と言える動きを見せる。
各々の連携力も高く、習志野から来た教官も内心舌を巻いていた。
彼女たちは総じて小柄だが、そのちっちゃさを利用した戦術は熟練の自衛隊隊員が感服する程であった。

とはいえ、現世に肉体を得て顕現したものの彼女たちはやはり少女。
甘いものに目がない。
それは当然の帰結だ。
故に函館の提督が労(ねぎら)いに訪れたならば、その元へ殺到するのも必然的であって致し方ないことだ。
鳳翔間宮李さんといった手練れから提督に至る様々な菓子。
洗練された品から素朴な品まで多種多様。
きらめくそれらを納めた匣(はこ)は宝箱であり、宝石箱。
あどけない表情できらきら輝きつつ、娘たちは舌鼓を打つ。

提督をにこやかに見送った少女たち。
振り向いた海防艦たちを見て、近場にいた自衛官たちは全員戦慄する。
戦鬼。
それに相応しい顔立ちであった故に。



その日、歴戦の屈強な隊員たちは輝きと共に突撃してくる女の子たちに苦戦必至であったという。


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