あったのかもしれない未来
進んでいたかもしれぬ将来
川の流れはせき止められることもなく
日々激しい奔流が本流を貫く
あり得たかもしれないセカイ
道化師が巡る巡るこのセカイ
ひたすらくるくる踊り続けて
ネジが切れたら、さようなら
次回『舟は異なる支流をつたって』
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
今回は第一話の別展開版です。
いわゆる、if展開なのです。
もし、おっさん提督が大淀に出会っていなかったらこうなったかもしれないというお話に再構成してみました。
今回は二六〇〇文字程あります。
此処は横須賀鎮守府。
大本営に隣接する、人類の最終防衛拠点のひとつ。
工廠にある艦娘生成器を見学した私はそこから出た後、なにかを間違えた気がした。
なんだろう?
よくわからないな。
おそらくは気のせいだろう。
妖精たちからの要請に従って短期集中養成機関で即席提督になった私だが、着任予定基地は今のところ未定だ。
着任出来る艦娘がまだ少なめらしいし、養成機関での教官たちはすこぶる親切だったが、戦艦級、正規空母級、重巡洋艦級の彼女たちがもし私の配下になったとしても新人提督であるからして運用そのものに支障をきたすことは間違いない。
着任する基地次第だが、実際は難しいものとなるであろう。
元帥の訓示が始まる。
型通りの言葉ばかり。
定型表現が滑るのみ。
人類は本当に……いや、艦娘は本当に深海棲艦を打破出来るのだろうか?
そもそも、我々提督は艦娘をきちんと導けるのだろうか?
元帥の訓示が終わった。
後は大本営のあるこの横須賀で使いっぱしりをしながら、どこかの基地に着任可能かどうかをうかがう日々が到来する。
私のような即席提督では、四大鎮守府に着任するなど夢のまた夢。
小さな屯所(とんしょ)で、一名の駆逐艦と膝突き合わせてやってゆくのが関の山。
まあ、それはそれで悪くないかもな。
大湊(おおみなと)の提督が颯爽と目の前を通り過ぎてゆく。
眼鏡をかけた司令官は、存外小柄で豊かな肉付きだ。
彼のそばにいるあの艦娘は、あきつ丸とかいったか?
提督と恋人繋ぎをしながら、るんるんと歩いている。
なんだか、もやもやしてきた。
もう一度、工廠に行ってみようかな。
忘れ物があるように思えてならない。
なんだ、この気持ちは?
ん?
工廠の隅から何名かの声が聞こえてくる。
誰だ?
すると、暗がりから女の子たちが現れた。
「ちょっと、あんた。提督でしょ?」
「え?」
可愛らしくてしっかり者みたいな娘が話しかけてきた。
駆逐艦の子だ。
声が震えている。
よく見れば、足も同様だ。
なんだか限界にさえ見える。
彼女が着用しているのは確か朝潮型の制服だったっけ?
かなり酷い状態になっているのだけど。
「ええ、先程正式に提督となりました。」
「私の名は霞。朝潮型の駆逐艦よ。あんた、私たちを助けなさい。」
「はい?」
「鈍いわね。私たちの姿を見て、どう思う?」
物陰から現れた数名の艦娘は、いずれもぼろぼろな姿だ。
これは……どういうことだ?
「とても……ぼろぼろです。……もしかして、大破手前?」
「そうよ。それにね、私たちは勝手に高速修復材を使う訳にいかないの。」
「高速修復材?」
「妖精たちが今、提督の足元に三つバケツを置いたでしょ。それを私たちにざばーとぶっかけるの。わかったわね。あんたのソレを早く私たちにかけて。今すぐいっぱいかけて。」
「あ、はい。」
私はバケツの中に入っている緑色の液体を勢いよく、深く傷ついて見える彼女へぶっかけた。
シュウシュウと音を立てながら、損傷が目に見えて癒されゆく。
まるで魔法だ。
次々に液体を少女たちにぶっかけて、当座の問題は解決された。
私は三名の艦娘と共に、頼れる先輩の元へと向かう。
所用で横須賀に来ていた呉第六鎮守府の提督の元へ。
工廠にいた艦娘たちは一様に青白い顔をしており、全員が不安に満ちた表情をしていた。
抱きつかれたままで歩くのは少しやりにくかったが、どうにかこうにか目的地まで歩く。
先輩は手早く秘書艦の鳳翔に新人提督との臨時会議を開くという名目で第七会議室を押さえさせ、我々はその部屋で引率してきた艦娘たちの訴えを聞くことにした。
彼女たちは、完全に消耗品扱いを受けながらも生き残った猛者たちだった。
仲間たちのためにと、とある提督を人間性から戦術に至るあらゆる面について叱咤激励していたらそれがまるまる逆効果となってしまい、逆ギレされて激務へと追いやられた駆逐艦の霞。
とある提督の艦隊運用について意見を具申し、彼のつたない戦術を論破したら、激怒した意識高い系の彼によって激務へと追いやられた軽空母の龍驤(りゅうじょう)。
とある提督の駆逐艦への性的嫌がらせをいさめたり、彼の指揮能力の低さを指摘したら、ぶちギレた提督によって激務へと追いやられた駆逐艦の曙。
複数回の命懸けな状況で戦って瀬戸際ながらも勝利した彼女たちは大破しつつ、幸運にも先程ぎりぎりで帰投したらしい。
生還出来たこと自体はよかったのだが、とある提督の指示によって彼女たちは絶賛放置中だったという。
よく死ななかったものだ。
「そのとある提督って、もしかすると同じ人ですか?」
私の問いに対し、気まずそうにする三名の艦娘たち。
確定か。
うーん。
と、その時、先輩が口を開いた。
「鳳翔。」
「はい、提督。」
「すぐに書類の改竄(かいざん)じゃ。」
「わかりました。少々お待ちください。」
先輩と鳳翔の阿吽(あうん)の呼吸。
流石、ケッコンしているだけのことはある。
彼女は素早く、会議室を出ていった。
書類の改竄。
そういうのもあるのか。
少し時間が出来たので、目の前の艦娘たちと交流すべく会話を試みた。
途切れ途切れのぎこちないやり取りが延々と続いてお互いに少々気まずくなってきた頃、鳳翔が戻ってきた。
先輩の目がなんだかとてもやさしく見えたけど、気のせい気のせいきっと気のせい。
よかった。
女の子と付き合ったことのないおっさんには、今はこれで精一杯だ。
先輩と鳳翔が上手く立ち振舞ってくれたお陰で、三名の艦娘たちと私は無事にとある海岸沿いの屯所(とんしょ)へ着任することと相成った。
その陰でとある提督が閑職へと追いやられたみたいだが、まあ、我々には全然ちっとも関係ないな。
さて、と。
新しい海へ行こう。
戦いの海へ行こう。
明日からは、この私も一国一城の主だ。
それがたとえ、民家改造型の小型基地だとしても。
築三〇年超えの古びた建物だとしても。
周囲に住んでいる人が誰もいなくとも。
向こうへ行く前に、横須賀鎮守府の近くにあるドイツ料理店へ行こう。
名店の『鉄の森』。
今晩の予約をしなくっちゃ。
彼女の作るケルシーのケーキは是非とも食べないといけない。
すももの爽やかな酸味と甘味。
屯所に詰めることになっても、時折は行きたいものだと思う。
こうして、私たちは新たな時を生きるための一歩を踏み出した。
さあ、行こう。
きっと明日はよい一日になると信じて。