はこちん!   作:輪音

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CCCⅩⅩⅡ:「あら、来たのね。」とその子は言った

 

 

 

 

人類が深海棲艦とやらと戦い出して、既に何年も経過した。

最初はある程度楽観的だった政府やマスメディアも年を追うごとに表現が猫の目の如くに変化してゆき、新宿や池袋などで暴れまわる連中が出てきたり、様々な意見が電脳上や紙面を今も荒々しく駆け巡っていて落ち着くのにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

ここ最近はようやく原油高騰の傾向が落ち着きを取り戻しつつあるらしく、私のような貧乏人でも車をそれなりに動かせるくらいにはなってきていた。

現在住んでいる古い集合住宅の一室は敷地の取り方が昭和の高度経済成長期頃のままで、洒落てはいないけどゆとりがある。

建物は二棟あり、周辺はことごとくが露地で庭仕事のはかどりそうな雰囲気さえ醸し出していた。

そこに野草を植えたり、近くに自生している野草を摘んだりして加工し食卓の彩りに加えている。

食べられる野草は意外に多いものだ。

それに、食卓の豊かさは生活の豊かさに繋がるからな。

 

あーあ、それにつけても、可愛い彼女が欲しいものだ。

 

 

世の中に金と女はかたきなり

どうぞかたきに巡りあいたし

 

 

今日は休日。

働く日よりも休みの日が多い生活になっていようとも、休日は休日である。

たまには出かけないと、息が詰まってくる。

押し込められるような生活にはうんざりだ。

すっかり古ぼけてきた愛車を走らせてしばらくすると、海が見えてくる。

青い海。

きれいな、きれいな、とてもきれいな海。

空は悲しいくらいに晴天で、辺りの朽ちてゆく建築物のもの悲しさをより引き立てている。

人の住まない建物は驚く程に早く劣化してゆくのだと、改めて実感した。

政府や大企業基準で重要と思い定めた都市部の再生を優先し過ぎるあまり、その再生の恩恵はこうした地方へ訪れることなど一切ない。

のんびりするには最適なのだが。

変なチンピラやごろつきもやって来ないから、海岸を散策するにはもってこいだ。

さて、休日を堪能しよう。

 

 

 

 

てくてく砂浜を歩く。

誰もいない海。

ささくれだった気持ちがやわらかくなってゆく。

何故、誰もここには来ないのだろうか?

こんなに気持ちがよくなる場所なのに。

地域によっては屯所(とんしょ)と呼ばれる派出所めいたモノがあるらしいのだけども、この辺にそういった存在は見当たらない。

ま、いっか。

この贅沢な空間を独り占め出来るのだから悪いことはない。

ん?

あれはなんだ?

 

 

 

遠目に白く見えたものは、女の子だった。

なにも着ていないとはなんとも無用心だ。

 

「あら、来たのね。」

 

近づく私を見て、彼女はそう言った。

どういう意味なのかな?

体を隠そうともしないまま、その子は更に言葉を重ねる。

 

「お腹が空いたわ。」

 

自由奔放な子だな。

二つの桃が揺れる度に、私自身の気持ちも揺れていった。

嗚呼、若草の萌えいづる草原よ!

サバンナよ!

 

「おにぎりならあるけど。」

「それでいいわよ。」

 

今朝握ったおにぎりを手渡す。

ぶきっちょに握られたそれを。

ちょっこし奮発したお米様を。

麦の一切入っていない握り飯。

 

「不恰好なものね。」

「不器用なんでね。」

 

はぐはぐと食べる彼女。

可愛い。

中に入れておいた自家製梅干しも、ぺろりと食べたようだ。

 

「悪くはないわね。」

「そりゃあどうも。」

「もっとお寄越し。」

「はいはい、姫様。」

 

自分で食べるつもりだったモノも手渡す。

娘はそれもはぐはぐやって食べ尽くし、手渡したお茶もごくごく飲み、自家製漬け物もポリポリ食べて、それでもまだ足りないような顔をした。

 

「これで全部なの?」

「打ち止めですな。」

「致し方ないわね。」

 

彼女は優雅に立ち上がった。

そして、うーんと背伸びする。

やめて!

その姿は私に効きすぎるから!

無表情な美神がいるみたいだ。

美しい娘はじっと私を見つめた。

 

「じゃあ、帰りましょ。」

「ああ、送っていくよ。」

「なにを言っているの?」

「えっ?」

「あたしたちの住処へ帰るんでしょ。」

「あの、その、君、家出してきたの?」

「家出ねえ……まあ、そんなところかしら。泊めてくれるわよね。」

 

赤黒い瞳が私を捉えて放さない。

一瞬、金色に光って見えた。

最新のカラーコンタクトなのか?

 

「わかった。取り敢えず今夜は君を泊めてあげるよ。」

「それでいいわ。」

「その前に。」

「なにかしら?」

「服を着て欲しい。」

「そんなものは無いわ。」

 

水着は海流に流されてしまったのかな?

私は着ていたTシャツを脱いで、彼女に着せる。

これでようやく、危険な存在は見えなくなった。

後程、服を買いに行かなきゃな。

くんくんと服のにおいを嗅いで、彼女は言った。

 

「コンゴトモヨロシクネ、テイトク。」

 

 


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