なにもかもが炎の海に沈んだ
微笑みかけた友情も
芽生えかけた愛も
秘密も
そして
あらゆる悪徳も同じだ
すべてが振り出しに戻った
深海棲艦は死んだ魂と姿を
新しい艦娘の身体に変えて
混沌と硝煙の地たる函館へ向かう
『ハルナとアカツキ』
傭兵は誰も愛を見ない
※今回は三三〇〇文字ほどあります。
何年か前に行われた、鉄底海峡攻略戦。
その最終決戦に於いて深海棲艦側も艦娘側も総力戦を行うべく、その最大戦力をもって海戦に臨んだ。
疲弊しきった深海棲艦側は駆逐艦に至るまで死兵となって戦闘に臨んだが衆寡敵せず、戦力は徐々に確実に減らされていった。
巧妙精緻な用兵によって緒戦から敵軍を翻弄し続け消耗戦へ持ち込んだ司令官の戦艦棲姫も、とうとう最前線で敵兵と直接干戈(かんか)を交えるに至る。
それまで戦ってきた相手とまるで異なる戦乙女たち。
艶然と微笑みながら、彼女は殺意渦巻く集団へ襲いかかった。
吹き飛ぶ砲塔
千切れる艤装
燃える装甲板
踏みしめる船体から
戦乱の鼓動が伝わってくる
敵主力のいる本隊は未だ遠く
戦闘は続く
運命は彼女を波乱へと導いてゆく
実際、戦艦棲姫は鬼神の如くに海原で荒れ狂い、その猛威を存分に振るった。
だが、敵兵を何名も中破や大破に至らしめようと、入れ替わり立ち替わり新手がやってきては彼女を攻め立てる。
弾が尽きた後は肉弾戦。
背後の巨兵と共にその拳を振るいまくる。
彼女は自身を暴風域と化して暴れ回った。
長坂橋を守る張飛のような心意気持ちて。
近くで闘う側近たちを次々失いながらも。
知将も勇将も猛将もおしなべて、大海原のあぎとに飲み込まれてゆく。
狂乱の戦場
吠える大砲
うなる戦闘機
叫ぶ風
遥かなる理想郷を求め
獅子の血が燃え上がる
最後に残ったのは、彼女と副官たる青い瞳に黒髪のル級と北方棲姫試製一號。
満身創痍となってまともに動けなくなった彼女たちに対して複数の戦艦が気合いたっぷりの主砲を放ち、精鋭妖精の搭乗した何機もの爆撃機が急降下爆撃を行い、複数の水雷戦隊が多数の魚雷を放つ。
それはまさに包囲殲滅戦。
必殺を期した攻撃が容赦なく人類の敵へと襲いかかり、勇敢な戦士たちは激しい炎の中に沈んだ。
何年も経過した海域。
既に解放された海域。
船舶が普通に航行する海。
時折、哨戒任務の水雷戦隊がうろつく程度の海。
そして、今。
月明かりの輝く夜。
泡立つ海面。
二つの塊がせり上がってくる。
やがて、美しき存在がその姿を月光にさらした。
一つは青い瞳に黒髪の高速戦艦。
ピシッとした感じの凛々しい娘。
「ワタシはハルナ。」
一つは帽子をかぶった白い上着の駆逐艦。
パチパチパチと放電している感じの少女。
「アタシはアカツキ。」
二名は互いに顔を見合せ、頷きあう。
「「行くはハコダテ、混沌の地。」」
そして、白い娘たちは北へ北へと向かう。
そこに希望があると信じて。
最近は大型作戦に伴う海域解放が進んでいるためか、我が函館鎮守府の哨戒任務や護衛任務や後方支援任務が増加傾向にある。
また、全国各地の鎮守府並びに海外泊地に於ける作戦遂行はそこに所属する艦娘たちの精神的圧迫や疲労を増大させ、つまりそれはここ函館鎮守府の宿泊棟が連日満室になることを示していた。
厨房の中で私は中華鍋を振るい、野菜炒めをどんどん作ってゆく。
作っても作っても果てしなく要望は続き、李さん鳳翔間宮を始めとする練達の料理人たちの負担はかなり大きくなってゆく。
料理人や菓子職人などが何人もここに詰めているけど、彼らの仕事は非常に多い。
よその料理上手な艦娘たちにも手伝ってもらってはいるのだが、厨房は絶讚激務継続中である。
料理を運ぶ駆逐艦がひっきりなしに動いており、手慣れた彼女たちも目が回る程かと思われた。
ええい、やらまいか!
開戦当初から比べると、この一年で生活はかなり向上してきた。
戦前とは比べるべくもないけれど。
漏れ聞こえてくる程度であるが相変わらず複雑怪奇な欧州情勢にはため息が出るし、未だによくわからないメリケン辺りの情勢は大変気になる。
気にはなるが、一介のなんちゃって提督に出来ることなど些少なことしかない。
それが現実だ。
国内経済が安定方向に向かっていると思われるこの頃は利権狙いの政治闘争が激化しており、横須賀呉舞鶴佐世保の四大鎮守府の内外に於ける政治的駆け引きがより一層酷くなってきていた。
今後を見据えて云々とのお題目が大々的に唱えられ、官僚向けの積極的甘言によって穏健派がやや押され気味らしい。
政治家や官僚や大企業の紐付き提督連中が正直うざったい。
艦娘の所属員数だけは多い函館だが、大湊(おおみなと)と並んで所属艦娘の削減が今尚言われ続けている。
戦争中なのに戦力削減とはこれいかに。
かてて加えて戦後の協力がどうたらとか言われているのを、かの地の提督と連携しつつのらりくらりとかわしている。
呉の先輩がいろいろと裏から手を回しているらしいけれど、勘弁して欲しい。
下手に言質(げんち)を取られると、なにをされるかわかったもんじゃない。
戦争がいつ終結するかだなんて、誰にもわからないのに。
制服組やら議員やら商社員やらがこっそり函館へやって来ているのを広報の青葉や富竹二尉などに証拠として撮影してもらってはいるけど、懲りない人々はそれが正しい行為だと思っているのかもしれないから困ったものだ。
そんなある日の夜のこと。
那珂ちゃんが慰安のための演奏会を開いてくれるというので、講堂へ聴きにゆく。
聴衆はみっしりと座席を埋め、立ち見客も少なくない。
流石は那珂ちゃんだ。
新曲に加えて『Altern-ate-』、『深愛』、『悲しい夜は燃えているわ』、『サマーナイトタウン』及び『二億四千万の瞳』などのカバー曲も引っ提げ、歌姫が夜に向かって熱唱する。
沸きにわく会場。
ヒトも、そうでないモノも、等しく那珂ちゃんを熱烈に応援する。
彼女が最後に歌うは『Face of Fact』。
最高潮に達したセカイで彼女は踊る。
まるで、この夢が解けなくなる魔法をかけてゆくかのように。
余韻に身を浸しながら、静まりかえった鎮守府の厨房で翌朝のための仕込みを行う。
浅漬けも作った。
おいしくなーれ、おいしくなーれ。
私なりの魔法を食材にかけてゆく。
仕込みが終わってほっとする一時。
不意に、なにかを感じた。
なにかがこちらへ近づいてくる?
幽霊……じゃないな。
時々感じるアレではない。
悪魔かそれに類する存在ならば事務局の田中さんもしくは彼の配下の上級魔族がすっ飛んでくるだろうし、敵対系宇宙人ならばメトロンがすっ飛んでくるだろう。
なにも問題はない。
ないのだが、自衛くらいは必要だ。
先日メトロンからもらった、不思議金属製腕輪に目をやる。
千変万化の思念制御系兵装だとか。
武器として大変高性能な品という。
大抵の敵対系宇宙人を障壁ごとスパッと斬り裂けるらしいが、これ、対深海棲艦戦闘の装備に出来ないものかな?
素材的に無理らしいが、近接兵器として艦娘に手斧+3とか+4とかを持たせるとノルド的雰囲気になりかねない。
ううん。
田中さんからもらった護符に反応がないから、悪魔的な存在ではないみたいだ。
オレサマオマエマルカジリ、的な相手でないといいなあ。
交渉出来たら、悪魔相手なら御の字だ。
口八丁手八丁がどこまで通じるかだな。
厨房から出て食堂の通路辺りに陣取る。
腕輪をすぐ投げつけられるようにして。
クトゥルフ系は相手にしたくないなあ。
ニャ……ん?
足音が近づいてくる。
気配が近づいてきた。
二人?
何者?
すると、見慣れない艦娘二名が現れた。
彼女たちの肌はあきつ丸みたいに白い。
個体差かな?
もしかして、新型……?
「コウソクセンカンのハルナ、チャクニンしました。テイトク、よろしくオネガイいたします。」
「アカツキよ。一人前のレディとしてアツカッテね、シレイカン。」
敬礼されたので答礼する。
黒髪の戦艦と帽子をかぶった駆逐艦か。
ああ、なんだ、艦娘か。
びっくりしたじゃないか。
と、お腹の鳴る可愛い音がした。
二名ともお腹がペコちゃんらしい。
「簡単なものでよければ作りますよ。」
「「ハイ、ヨロコンデ。」」
ホットケーキを焼いて出したが、両名に喜んでもらえてよかった。
彼女たちはまるで初めてそういうものを食べたかのような反応を示しつつ、旨そうに平らげてくれた。
さて、明日に備えて寝るとするか。
明日はよりよい日になるといいな。
Not even justice,I hope to get to truth.