はこちん!   作:輪音

327 / 347




今回は八九〇〇文字ほどあります。






CCCⅩⅩⅦ:異世界から帰ってきた男

 

 

 

 

 

異世界には、記憶の限りでは八年ばかりいた。

赤ん坊の頃から人生をやり直す系統ではなく、そのまま異世界に行く転移ともまた違った。

ある日、気づいたら貧乏辺境貴族の幼い娘になっていたのだ。

それも、嫡子ではなく庶子であった。

記憶が復活したのか、融合したのか。

その辺りがわからない。

前世の私は死んだのか?

死因はなんだったのか?

わからない。

わからないまま、生きてゆくしかない。

前世の記憶もすべて揃っている感じではなく、どこまでどう作られたのやら。

 

なにが本当で、なにが本当ではないのか。

そんなことすら、今の私にはわからない。

 

幸いというかなんというか、言葉には不自由しなかったし、食べ物に好き嫌いはない方だったので米が無い味噌が無い醤油が無いと騒がずに済んだ。

米が無ければ麦を食べたらいいじゃない。

生卵かけ麦飯を食べようとしたらむっちゃくちゃ怒られたけど。

子爵たる親爺殿は割とおおらかな人に見えたし、嫡子の長男次男三男いずれもそれなりにまともな人たちのように思えた。

奥様は……最後までお会いしたことがなかったので、どんな人かよくわからない。

親子揃って追い出されることもなく、毎日お仕着せを着て母親共々早朝から夜遅くまでせっせと働く程度で済んだ。

家令のおっさんの指示の下(もと)。

休み?

なにそれ、おいしいの?

母親は時折こそこそと夜勤をこなしていたみたいだが、よくもあんなに体力があるものだ。

ひ弱な私では、ああはいかない。

そもそもやりたくもないことだ。

時折子爵家当主に色っぽい流し目を向けていて、それが一種の合図なのだと理解している。

目と目で通じ合う関係みたいだ。

髭まみれのおっさんがニヤニヤそわそわして見えるのは、正直いって気持ち悪い。

私を見つめる視線も気持ち悪い時がある。

そんな目付きでこっちを見んな。

 

ボロい小屋住まいだったが夜露は充分しのげたし、かちかちのパンばかりだったがほとんどカビていなかったのでよかった。

森にて野草ぽいものを摘んで持ち帰っては母親がため息をつき、当たり(味がよい)が出たらもう一回という感じで食べた。

キノコは当たる(ストマックへダイレクトアタック-胃袋へ直撃-)と即日か数日で神様の下に召されるので勘弁な。

森で三羽鳥を捕れば、一羽の三分の一は確実に貰えた。

内臓旨い。

鹿を罠で捕まえた時は、お褒めの言葉までいただいた。

内臓旨い。

遭遇戦で猪を殺った時は、皆挙動不審な態度であった。

内臓旨い。

 

投げてよし、どついてよし。

棍棒は最高だぜ!

 

ある日、森の中でなんだかよくわからない鳥みたいな生き物の雛を見つけたので飼ってみることにした。

名前はケイコにする。

元気でお転婆な子だ。

野草や木の実などをやったりしてこっそり飼っていたのだが、半年ほどしてあっさり見つかり、彼女は子爵家の人々に食べられた。

鳴かなかったら、見つからなかったのかもしれない。

時折ぽっぽっと小さな火をはくのが可愛かったのに。

空をぱたぱたとほんのり飛ぶ様が、可愛かったのに。

 

 

そんな希望のあまりない日々をなんとか乗り越え、胸はあまり膨らまないが、背はだいぶ伸びてきた頃。

ヨトギを命じられて断ったら、追放されることが決定してしまった。

だって、男とむにゃむにゃするだなんて私にはとても耐えられない。

普段無気力系おっとり美人の母親が般若も真っ青のおっとろしい表情になってバカだよお前は、と追放される前に散々なじってきたが、残念ながら私はそういう気質なのだから致し方ない。

今から謝りに行ってとっととお情けを受けてきな、と言われたが、むさ苦しい人にヤられるなんて真っ平御免で御座ります。

子爵家の男性陣は髭ダルマ揃いで、全員むさ苦しい感じだし。

それにくさい。

足もなにもかもくさい。

 

まっ、縛り首にならなかっただけマシか。

村外れに吊るす場所があるのだけど、たまに実刑があったりしておそろしい。

以前捕まえた盗賊が身ぐるみ剥がされぷらぷら揺れていた時はびっくりした。

おっきいなあ。

元騎士と聞いて、更に驚いた。

確かに大きくたくましい体に傷が何ヵ所もあり、歴戦の戦士の雰囲気はある。

こいつには苦戦したからなあ。

結果として愛用の棍棒が折れ、今は棍棒君マークⅡを使っている。

それほどの腕前を有していた。

それなのに。

人間、落ちれば落ちるものだ。

対象は野盗や盗賊に限らない。

村人から出てくることもある。

時折意味不明の罪状で罰せられた人がいたりして、異世界こわいと思ってしまった。

知った人間がぶら下がっていると、ぎょっとする。

見せしめってこわい。

貴族が作る法は、徹底的に彼らのために存在する。

まっ、そんなもんか。

家令のおっさんが興味津々で私を見つめていたのには参ったけど。

 

雪の吹雪く暗い闇の中へ、着の身着のままで追い出される。

ひ弱なのに足は素足。

手にも、なにもなし。

家令のおっさんから、木の枝一本すら持っていてはいけないと言われた。

声が震えているように思えたのは、気のせいかな。

枯れ葉一枚さえ、私に持つ権利は一切無いそうな。

古びて接ぎ当てだらけの古着は温情とか。

お話だとチートななんとかとかご都合主義的お助け的登場人物のお陰でどうにかなるのかもしれないが、現実はこんなものだ。

試作品の棍棒君マークⅢを屋敷近くの廃屋にある隠し場所から回収してスカートの内側に隠し、私は闇の中に身をおどらせた。

なんのために異世界へ来たのだろうかと考えながら雪道を歩いて森の中へ入り、他の街にでも行こうと思ったところで既に周辺では撲滅した筈の盗賊たちに襲われてしまった。

新手か?

生き残りか?

盗賊の中に見覚えのある人々がいた気もするけれど、よくわからない。

吹雪の中、乱戦になった。

夢中で下っ端らしき男から棍棒を奪い、力任せに棍棒二刀流を振るう。

ひ弱な女の子一人に対して、こんなに多くの追っ手を差し向けるだなんて。

信じられない!

二桁の人間に後遺症が出そうな手傷を負わせて五人は確実に仕留めたが、背中から斬られて倒れたところを次々に刺された。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いと思っている内に意識が薄れていったので、たぶんその後死んだのだろう。

 

そんなこんなで、私の異世界人生は意義も感じずなにごとをなす間もないままに至極あっけなく終了した。

 

 

 

 

気づいたら、元の世界に近いセカイにいた。

しばし、混乱する。

ここはどこ、私は誰?

数時間して、ようやく落ちついた。

なにが起きた?

生活感のある一人部屋が用意されていた。

風呂場の鏡を見ると女顔がそこにあった。

ナニがあるので、正真正銘の男だけどな。

美人的要素がほんのりあるようでもある。

異世界にいた頃の容貌が加味されているのかも。

……違うか。

これが異世界補正?

……んな訳ないか。

あっちでは割かし可愛かった気もするが、特になんの役にも立たなかった。

美貌とか可愛いとかは、しかるべき時場所場合に於いて真価を発揮するのだろう。

部屋を漁ってみる。

一通りの生活用品が揃っていた。

通帳まである。

私名義の郵貯銀行の通帳には、半年くらい暮らせそうな金額が入っていた。

長財布にもそこそこの金が入っている。

なんだこれは。

どうやら私は翻訳者として生計を立てているようであり、外国語の小説や新聞記事や雑誌情報などを日本語に変換する仕事が生業(なりわい)のようだった。

辞書やら文献やらが机の上にある。

全部わかるのが非常に気持ち悪い。

だが、生きてゆくには、働かなくては。

神の仕業かもしれないし、或いは悪魔や邪神の仕業かもしれない。

よくわからないけど、彼または彼女の手の平の上で踊るしかない。

森の中で暮らすよりはマシなのかな?

棍棒が台所にあったのには苦笑した。

血曇りが無いので、それは嬉しいな。

 

報道でとある政治家と総合商社との癒着を報じたけれども、すぐにうやむやになる。

圧力でもあったのかな?

政治家が作る法は、徹底的に彼らのためにある。

そのことを痛感させられた。

 

 

そうしている内、戦争になった。

因みに近隣の国々相手ではない。

近隣諸国との全面戦争の方が、まだ現実的な気がしないでもない。

深海棲艦という未知の存在が相手だとか。

近隣諸国の沿岸地域は既に壊滅的打撃を受けている模様。

内乱が起きている国さえあるらしい。

衛星放送は無用の長物と化し、海底ケーブルやインターネットなどによる海外とのやり取りは過去の話になった。

航空機はことごとく撃墜され、船舶はよくて物資を奪われ、悪いと行方不明になる。

軍船は残らず襲われる模様。

陸海空の自衛隊は国に超法規的措置を発動してもらい(それをも反対する人たちが一定数いたそうな)、アジア圏では比較的善戦しているようだ。

ご自慢の艦隊をことごとく失った国もあるという。

 

 

海外との連絡が一気に絶たれ、私の仕事はパタリと無くなった。

困った。

どこからともなく通帳に一定額が振り込まれるのでそれなりにしのげていたけど、時折ロアナプラから来た命知らずの人たちの通訳をしたり、ロシアから来た軍人ぽい人たちの通訳をしたりした。

ドイツから来た人はえらく高揚していて、東北や北海道を気に入ったようだった。

たまに銃撃戦が起こるのは少し難点だし、しくじると命が無くなるようなので困ったけれども、どうにかこうにか生き延びることが出来た。

嗚呼、棍棒って素晴らしい。

 

想定していた人生となんだか違う。

私はひ弱なのに。

棍棒くらいしか使えないのに。

まあ、いざとなったら山の中で暮らすか。

野草と野生動物でなんとかなるだろうさ。

取り敢えず、鶏を飼ってみることにした。

名前はケイコにする。

元気でお転婆な子だ。

残念ながら、火は吐かない。

 

 

国内でその筋の人たちがロシアから来た人たちと揉め、その筋の人たちの事務所が幾つも襲撃され壊滅した。

その後、通訳の仕事が激減する。

うぐう。

某出版社の仕事は給金が雀の涙だけど、なんとか頑張るか。

あそこは支払い方もよろしくないし、すぐばっさり切るんだよな。

下請けに対する態度は高圧的なことが大半だし、締め切りは無茶苦茶だし、会社は杜撰(ずさん)な人が複数いるし、よくあそこは潰れないものだ。

致し方なく、行ってみた。

チャラチャラした意識高い系社員からあまりにも仕事に見合わない低賃金と短すぎる期限を提示されたので、流石に嫌気がさして断る。

すると、そいつから厭らしい捨て台詞を言われた。

そんなに仕事が無いなら、ホストでもやればいいんじゃないですかとかアホか。

やれたらとっくにやっとるわい。

こんにゃろめ。

もう少しで、私の黄金の右腕が唸るところだった。

まったくもう。

前世の子爵家にいた下っ端を思い出す。

あいつは驚愕した表情でくたばったな。

あの棍棒は実にいい仕事をしてくれた。

アレはあいつと同じ目に……いやいや、文化的に殺らねば……いやいや……。

 

喫茶店で代用珈琲を飲む。

あんまり旨く淹れてない。

豆を沢山買っとけばよかった。

今更ながらに後悔してしまう。

 

 

 

困っていたら、外務省から連絡が来た。

外国語に堪能な人を集めているという。

なんだなんだと訪ねてみたら、大本営に勤務してみないかとの打診を受けた。

えっ?

大本営って、戦時中の代物じゃないの?

話をよく聞いてみたら、そういうのと違った。

深海棲艦に立ち向かえる存在として、艦娘という存在が最近顕現したのだとか。

ふむふむ。

その艦娘たちからの要望で、大本営が暫定的擬似的に復活したのだと言われた。

なにそれ?

人間と変わらない姿をしながらも、人間と比べ物にならない戦闘力を持つ存在。

それが艦娘という。

訳がわからないよ。

つまり神様みたいな存在ですかと聞いたら滅茶苦茶な勢いで否定された。

首をぶんぶん横に振っている。

一神教を信奉する人なのかな?

ハードロックが好きなのかも。

現人神(あらひとがみ)的存在なのかなと呟いたら、無茶苦茶睨まれた。

人間ではなく人間以上の力を振るう存在と言えば、大層な方々でないか?

半神半人か英雄か英霊か。

奉(たてまつ)らないといけないのでは?

そうだ、神社作ろう。

 

 

担当者と、少しばかり言い争いになった。

艦娘について、神やそれに近い存在が顕現したとは認めない方針らしい。

なんでさ。

大切に思いつつ、共生したらいいじゃん。

論破しまくったら、わやくちゃになった。

おかしなことばかり、言うようになった。

船長、それは非論理的です。

エリートな人が髪を振り乱し叫ぶなんて。

徹底的に言い負かされたからといって、涙目になって内線で事務次官殿を呼ぶのはちょっと残念です。

呼ばれて来る方も大概に思えてくるけど。

 

事務次官殿が家令のおっさんに似ていて、思わず吹いた。

失礼な態度だと思うが、瓜二つの顔を見れば似たような反応になるんじゃないかな?

どうかしましたか? と聞かれたので、親戚のおじさんに似ていたのでびっくりしました、と答えた。

完全なる嘘ではない。

怪訝(けげん)な顔をしながらも、事務次官殿は状況を説明してくれた。

大本営へいろんな省庁から人員を出向させることで、政治的均衡が保たれるらしい。

その内の一人が艦娘を特別扱いしたら、それは政治的に非常によろしくないらしい。

よくわからないな。

場合によっては面子の問題になり、他の省庁と関係がこじれてしまうとも言われた。

面子なんてどうでもいい気がするけれど、それでは政治的に困ってしまうのだとか。

政治的に、という言葉は魔法の言葉じゃないと思うんだけど。

思わず船頭多くして……と言いかけたら、事務次官殿に苦笑された。

私はトカゲのしっぽみたいなモノですね、と言ったら担当者がまたも怒ってしまう。

え、違うの?

 

 

 

結局、大本営勤務になった。

いいの?

私みたいな者は初めてとか。

だろうねえ。

私には気骨があるみたいだ。

よくわからないな。

発言に充分注意するようにとの厳重注意を担当者から受ける。

お給金がよければ黙りますよ、と言ったら複雑な顔をされた。

安い金額でこき使っていると、離反者が出やすくなると思う。

 

そんな訳のわからない生活を支えてくれるケイコはお転婆で活発だ。

卵を早速産んでくれたのでありがたい。なんともケッコーなことだ。

少しばかり、前世の記憶でたゆたった。

 

 

汽車に乗って移動する。

お供のひとつは文庫本の小説。

刑務所で作られた、帆布製の頑丈な文庫カヴァーを付けている。

著者は元の世界のようなこのセカイに住み出してから知った人で、独特の価値観が好みに合致していた。

著者は何作品も書いていて、私はそのすべてに目を通している。

作風が多彩な人だ。

時折活動報告で仕事が忙しいと愚痴っているが、そうした時は愛読者たちによる気遣いに溢れたコメントが膨大に寄せられてびっくりする程だ。

愛されているんだなあ。

書籍化も複数されているが、読者目線を忘れないのが大変よい。

熱烈な読者が何人もついているようで、特に女性読者からの評価が非常に高いようだ。

ふざけて著者を茶化したり全否定する不埒な輩は行方不明になるという都市伝説があるらしいけど、悪い冗談の類であろう。

話を盛るのが好きな人って、どこにでもいるからなあ。

今読んでいるのは、とある小説投稿サイトにて連載中の作品に大幅加筆し刊行された第一巻である。

著者は多忙な業務の合間を縫って、小説を書いているとか。

えらいものだ。

端麗な筆致の眼鏡っ子委員長系美少女が、名画的に表紙を飾っていた。

有名な絵師が気合いを入れて描いたとか。

これこれ、こういうのがいいんだよ。

色気過剰且つ扇情的な表紙は苦手だ。

異世界の貴族令嬢が現代日本に転生して暮らす話だけど、私もこういう生活をしたかった。

うらやましい。

ケイコは籠の中でじっとしている。

手回り品として持ち込めてよかったぞい。

なんとはなしに以前の暮らしを思い出す。

崎陽軒のシウマイ弁当を食べながら、異世界に思いを馳せた。

シウマイ旨い。

 

 

ケイコは外出の時おとなしいのでありがたい。

籠から出すと、けたたましいくらいに活性化するのだが。

一度、あちらのケイコとこちらのケイコの二羽が賑やかに庭で遊ぶ夢を見た。

どちらも火を吐き、空を舞い、元気な感じだった。

 

 

 

横須賀の大本営では軍属の少尉待遇が与えられ、翻訳さんと呼ばれるようになった。

本官さんではない、念のため。

シヴェリア鉄道や南方などを経由して、情報が少しずつ本邦に伝わってくる。

我々はそれを極力有効活用しなくてはならない。

海外から届いた文章をとにかく訳すのが仕事で、文学的表現を使っていたら厳重注意された。

解せぬ。

外務省の人がわざわざ横須賀までやって来て注意してくるのは、やり過ぎではないかしらん。

仕事部屋には先輩同僚合わせて他に三人いて、密やかに業務開始し業務終了する毎日である。

その筈である。

そうした穏やかな日々の筈なのに、少し違った方向性が付与されているようだ。

何事にも初挑戦の時がある。

あるのだが、こんな私でもなんとかやっていけるのだろうか。

少し不安ナリ。

 

 

大本営第弐食堂のお姉さんの一人が異世界での母親に似ていて、ぎょっとする。

べ、別人だよね?

ホクロの位置まで一緒なのには驚愕した。

で、でも、やっぱり、別人でしょ。

私を見ても特に反応しなかったので、やはり別人だろう。

そうに決まっている。

あの色っぽい流し目は気になるけど。

 

横須賀鎮守府は大本営に隣接しており、所属する艦娘は双方併せるとかなりの数にのぼる。

すべての艦娘が忙しい訳でなく、比較的手持ち無沙汰な子も複数いるという。

業務に関わるようになって慣れてきた頃、そうした仕事の少ない艦娘で好奇心旺盛な子たちが仕事部屋へ来るようになった。

そして私にちょっかいを出すのだ。

なにが楽しいのか皆目わからんが。

お神酒と盛り塩と御幣(ごへい)を用意して出迎えたら、何故か怒られた。

解せぬ。

水干(すいかん)と鳥居と注連縄(しめなわ)と狛犬が足りなかったからかと思ったのだが、違うそうじゃないと言われた。

ならば、茅の輪かな?

若い子は難しいなー。

お神酒は軽空母の子に甘露じゃ甘露じゃと持ち帰られた。

特に頻繁に来るのが駆逐艦と呼ばれる艦種の子たちで、年齢的には中学生くらいに見える。

同じ職場の人たちは、私が来るまでこんなことはなかったと珍しそうに言った。

ふーん。

私から見ると、無防備且つ無邪気な彼女たちはどうにも危うい。

いろいろ見えるんだよな。

平気で抱きついてきたり、膝の上にのっかってきたりするのだ。

肩車を要求されることもある。

おんぶお化けな子さえもいた。

親愛の表現と思っておこうか。

無邪気なのが、どうにも困る。

中にはオマセな子もいて、隙あらばチューをしてこようとする。

舌でも入れたらおとなしくなるのかもしれないが、事案になるのでそんなことは出来ない。

力比べになることもあるが、以前戦った騎士崩れの盗賊並みの子もいる。

軽巡洋艦の子がお色気的にやり過ぎてきた時は、たまりかねて説教した。

穿いていないとは何事ですか、嫁入り前の娘さんなんだから、もっと体を大事にしなさい、と。

大本営で提督予備軍として働いている人たちと話をしていた時に、それらのことを話してみる。

えらく食いつきがよかった。

駆逐艦の子たちが私を呼びに来た時、血涙を流している人物が数人いた。

やはり靴下やストッキングはちゃんと穿かないとな。

 

 

休みの日は艦娘と出かけることが大半だ。

そうでない時はケイコの世話をしている。

私の勤務時は働いている棟近くの中庭で運動にいそしむ彼女だが、ちょっかいを出す輩には遠慮なく制裁するらしい。

彼女もトサカにくることがあるのか。

高い運動能力と機動性と跳躍力で相手を翻弄し、くちばしと爪による攻撃で素早く無力化するのだとか。

ケイコはきちんと撫でてやらないと不機嫌になりやすいので、その辺は要注意だ。

 

私と出かけたい理由を、当の艦娘たちに聞いてみた。

艦娘たちは単独で外出許可を求めるより、人間と一緒に許可を求める方が格段に楽なのだとか。

もっと自由を与えたらいいのに。

他の事務方の人はそういうお呼びが一切かからないようだが、チョロいと思われているのかね?

ある時、空母の子たちと横須賀三級食通紀行を開催したら駆逐艦の子たちから随分なじられた。

解せぬ。

何故そんなに血相を変えて怒られるのか、小官には理解し難いことですな。

彼女たち用に購入していたプリンを進呈したら、なんとか許してもらえた。

プリン旨い。

財布、軽い。

 

 

 

艦娘との相性がいい提督は多数派でないとか。

すべての艦種に好かれる提督ばかりではない。

そんな話を、駆逐艦の子たちから聞かされる。

また、たまに鎮守府や泊地の提督がいなくなるそうな。

原因は多種多様で、傾向もよくわかっていないようだ。

ホラーかな?

 

 

人の寝床でごろごろする艦娘にはほとほと困る。

後、メガドライブやセガ・サターンや三国志の漫画などを持ち込むのもやめて欲しい。

お泊まりに来たのー、と無邪気に言う子の将来が心配であります。

時々ケイコにつつかれて退散する子がいる。

相手の動きを見切っているように見えるのは気のせいか。

お手柔らかにしてあげてね、とお願いしたらコケーッとつつかれた。

解せぬ。

 

 

 

ある日、提督代行として呉に行って欲しいと言われた。

一介の軍属少尉に一体なにをゆうとりますんかいのう。

人材不足、ここに極まれり。

なついている艦娘を連れていってかまわないとのこと。

彼女たちは扱いが極めて難しいので、重々気をつけるようにとも言われた。

えーっ、そうかなー。

とっても素直でいい子たちに見えるけど。

出張手当はどれくらい付くんですか、と聞いたら教えてもらえたけど、これはちょっと渋い。

汚職や癒着の報道があれだけ世間を賑わせているのに、こちらに回せる金額はぺっこしかないそうな。

なんともはや。

 

 

 

出向な出港の日が来た。

『ぽんぽん丸マークツヴェルフ』と書かれた汽船に乗り込む。

『フェンリル搭載につき要注意!』とはなんのことだろうか?

よくわからない冗談だ。

……冗談だよね?

汽船の舳(へさき)にはケイコがいて、きりっと前方を見ていた。

頭の上に載せられた紺色の小型帽子が、とてもよく似合っている。

 

「行きますよ、提督。」

 

代表の子がはにかみつつそう言う。

深緑の制服が紺碧の空によく合う。

空は輝くばかりに青く美しかった。

異世界で見た、あの日の空の如く。

 

 

 

 







『マークツヴェルフ』はわざとです。
12はツヴェルフとツヴォルフの二つの日本語表記がありますけど、わたしはツヴェルフと聞いたのでそちらにしています。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。