函館振興策の一環として、映画を撮影してみてはどうかという話が持ち上がったそうだ。
それがどう転んだら、私の元へ監督依頼が来るのか?
よくわからない。
わからないが、ヤらねばならない。
……なんでやねん。
私原案のこわい話を映画化してみてはどうかと提案したら、全力で却下される。
そんなにこわくないのに。
不意に、以前とある女性に言われたことを思いだした。
「こわい話好きな人の『こわくない』だけど、こわい話が嫌いな側から言わせてもらうとこわくなかった試しはないの!」
*おおっと*
死にかけた妻を呪術師の術によってゾンビ化させたはいいが、意志疎通に於いて難点だらけとなった夫婦を描いた作品でどうかと改めて提案する。
結果からいうと、通った。
私が原案脚本演出監督の四役でやることになってしまったけれども。
なんでやねん。
函館の洋館を使用し、空いている時間を最大限活かし撮影することとなった。
うちの艦娘やら艦娘ではない面々が、妙にノリノリで協力的なのが救いかも。
主題は『悲劇的浪漫を含む文藝的ゾンビキネマ』。
自分自身の意志で歩いたり話したりが出来ない妻。
その妻に煩悶(はんもん)しながらも、なんとか夫婦としての絆を育(はぐく)もうとする夫。
戦前の雰囲気の中、物語は進む。
夫が仕事に行く間の妻の話し相手として新しく雇われたは、若い女性。
彼女の淡々とした視点が夫婦の有り様に鋭く迫る。
俳優は三人。
無名だが演技力のある人たちに来てもらった。
空き時間を最大限に利用し、七日で撮影終了。
全国から見学者が多数来たのには驚いた。
編集は大本営広報の有志に手伝ってもらい、九〇分の作品に仕上がった。
題名は、『愛は死なない』。
その作品と並行して、『モンスター』という短篇映画も撮った。
八分の短い話を三つ併せた構成。
『首相』『上役』『夫』の三話。
『首相』は国会にて答弁する姿。
『上役』は部下に説教をする姿。
『夫』は妻に対し怒り怒鳴る姿。
三つの話が終わり、三人の後ろ姿にそれぞれ迫るのは……。
どの話も登場人物が一人なので、こちらは一日で撮影終了。
試写会は鎮守府と函館駅周辺の映画館で行う。
『モンスター』と『愛は死なない』の併映だ。
『モンスター』は皮肉が強すぎたかと思ったけれど、割合受けたのでホッとする。
ケラケラと笑う女性の観客が何人もいて、それが印象的だった。
観客のアンケート結果は割と好意的。
こんなに嬉しいことはない。
現在、六つの館が上映に挙手してくれている。
少しでも受けるといいな。
※今回の本文は四四〇〇文字少々あります。
とうこうしえんかんたい。
最近噂の原稿督促艦隊か。
逃亡中に彼女たちの噂を、タヴァリーシチな同志から教えてもらう。
教えてくれたタヴァリーシチは、港北区新吉田町に住むケンスケ氏。
艦娘のことになるとやたらと早口になる彼は今どこにいるのだろう?
俺は素早くじわじわと減ってゆくタヴァリーシチたちへ最後の電文を送り、壮健たれと願いつつ携帯端末の電源を落とす。
果たして、何人生き残れることやら。
三頭犬の紋章を肩につけた猟犬たち。
とうこうしえんかんたいの猛者たち。
猟犬たちは逃走に長けたワザマエ級絵師たちを次々追い込み、各種の催しに無事新刊を刊行させるという。
俺の男の子がキュッと縮んでしまう。
たまらん。
忍者狩りを得意とした軒猿もびっくりだな。
しかし、ここで俺が捕まる訳にはいかない。
タヴァリーシチたちの熱い思いを無駄にしてはいけないからだ。
それに外は暑い。
ホテルの部屋は空調がきいているから、出たくないので御座る。
コンコン。
部屋の戸を叩く音がした。
夜も遅い、こんな時間に?
まさか!
様々な欺瞞(ぎまん)行為によって、俺の行方はわからなくなっている筈なのに。
携帯端末は電源を二日前から切ったままだし、仲間の誰とも連絡なぞしていない。
このホテルの部屋だって、偶然見つけた。
そうだ。
幾ら優秀な猟犬といえど、容易に見つかる筈などなかろうて。
コンコン。
再度叩かれる。
窓を見た。
ここは七階だ。
飛び降りる訳にもいくまい。
嗚呼、ラペリングな降下の練習をもっとやっておけば。
……是非もなし。
押し通るまでか。
素早く荷物をかき集め、戸のそばまで行く。
どなた?
問うた。
フロントです、と相手は答えた。
男の声だ。
とうこうしえんかんたいには、男はいないという。
ならば。
いや。
物盗りの可能性もある。
何用です?
再度、問うた。
お休みのところを申し訳ありませんが、身分確認を再度お願いします。
そう、言った。
身分確認?
ええ、機械にエラーが出まして。
他に気配は感じない。
開けるか。
開けた。
すると。
閃光が俺の目を貫き、「目がっ! 目がっ!」とお約束をやっている内にバチバチッと腹の辺りで音がして痺れ、俺はあっけなく意識を失いそうになる。
ドサリ。
自分自身の倒れる音が聞こえた。
まだだ。
まだ、ヤらせはせんよ。
立ち上がれ。
立ち上がれ、俺。
不死鳥の如くに。
燃え上がれ、俺のコスモポート種子島!
……間違えた、俺の小宇宙(コスモ)よ、燃え上がれ!
うおおっ!
立ち上がるために力を込めた。
だが。
バチバチ!
おおおっ!
今度は首の辺りに痺れ。
この小娘たち、容赦が無い。
むごいぜ。
「二三一五、目標、確保。」
幼い女の子の声が聞こえる。
嗚呼、俺は籠の中の小鳥か。
無念。
そうして、俺は気を失った。
気がついたら、リノリウムの床に転がっていた。
知らない天井が見える。
複数の短機関銃の銃口が俺に油断なく向けられていた。
非致死性樹脂製弾頭で痛い目に遭うのも厭だし、このまま缶詰めで描くか。
ずらりと並んだは扉。
その中が俺の監獄か。
トホホ。
しかし、俺のような中堅的ウスイ=ホン系絵師にまで手が伸びてくるとは。
女の子たちから酷く蔑(さげす)む様な視線を浴び、俺は新作の構想が心身を貫く気持ちでいっぱいになった。
こうなったら、ヤってやる!
俺はとことんヤってやるぜ!
ここ近年猛暑的危険領域を超えて酷暑となり、更に狂暑と一部で囁かれる事態となっているらしい。
日本は地域によって元々多様な気候が特徴となっているが、ここ近年の夏は訳のわからないくらいの気温となってきている。
嗚呼、日本は亜熱帯気候になりつつあるのか。
地球は終わりに近いのだろうか?
深海棲艦たちのしでかしたアレコレで、地球温暖化問題は緩和しつつあったのではないのか?
「もう、やっていられないくらい暑いわね。函館だから、他よりはまだマシなんでしょうけど。ほら、サーヴィス、サーヴィス。」
昭和中期のあだっぽい姉さんのような恰好をした戦艦棲姫が、投げやりっぽい調子ではしたない真似をし出した。
興奮するので、やめて欲しい。
私の理性がどんどん削られてゆく。
口に出すとより酷い事態になるので言えないが。
函館ははっきり言って、真夏でもそんなに暑くないと思う。
風がけっこう吹くし、天候もころころ変わったりする。
地元の人に言わせると二五度で活動に問題が発生しだし、三〇度で動けなくなるとのことだ。
知人のいる岡山県だと、とある小さな城下町が全国一位から三位の常連となりやすいらしい。
先日は三九.三度を記録したとか。
あなおそろしや、あなおそろしや。
私は北の国がさほど暑いとも思わないし、避暑を求めてやって来た関東以南の艦娘たちもそのようだが、納涼会を開いて欲しいとの要望が複数あった。
致し方ない。
いつもの怪談でもやるか。
【ちっちゃな女の子】
【出張先の古い旅館】
【いつも湿った部屋】
【山の中の廃墟旅館】
【お姉ちゃんと彼氏】
【三人の撮影者・壱】
【三人の撮影者・弐】
【行ってはいけない】
【海の家と少年たち】
【夜中の駅舎】
【妹の日記帖】
淡々と話していたら途中で周りに立てていた蝋燭の一本の火が突然消え、悲鳴が複数あがった。
団扇(うちわ)片手にせっせと執務に励んでいたら、大本営広報部から有明の漫画祭への参加要請が来た。
要請とは即ち参加せえよ、ということである。
拒否権はにゃーでよ。
致し方ない。
いつもの撮影に被写体として参加する。
毎度毎度、こんな撮影を行う意味がわからない。
鼻からオイルを流している娘たちは爽やかな笑顔で売れます売れます絶対売れますと連呼するが、どうにもうさんくさい。
それでも仕事に従事せざるを得ない、宮仕えの悲しさよ。
陸上競技部的衣装で跳んだり跳ねたりする。
こんな映像、どこに需要があるんだ。
トランクス的水着姿で海岸を走ったり、泳いだりする。
ちなみにブーメランは拒否した。
あんなん穿けるかいな。
絶対に、イヤだ。
西日本にいる、とある提督はいつもそんなんを穿いているらしいが。
めちゃくちゃ早口で穿いて欲しいとオータムクラウド先生や広報の艦娘たちが説得してきたけれども、ちょっと気持ち悪いまでの言い方だったので断固として穿かない旨を宣言する。
だが、断る、と。
お約束のシャワーや温泉部分を撮影し、なんとか映像を撮り終えた。
精神的にぐったりする。
円盤加工して今回の漫画祭で販売するそうだが、これ売れるのかね?
毎回疑問に思うのだが、不可思議なことに毎度即日完売するそうな。
解せぬ。
汗まみれの着用済み衣類は高く売れると言われたが、躊躇なく洗濯機に投入する。
洗濯しても確実に売れますと悔しげな顔をした艦娘に、アイアンクローをかけた。
近頃、初雪望月の意欲が天元突破している。
最近の『ハッチーモッチーステーション』も、ノリノリのキレッキレだとか。
哨戒や遠征や護衛にも、いつもあれくらいの気迫で取り組んでくれたらなあ。
二名は燃えている。
普段と格段に違う勢いで描いていた。
上手いじゃないか。
修行を重ねて、上達したのだと言う。
ほほう、やるじゃないか。
絵日記系の同人誌を作っているのだ。
二名ともおそろしい程に真剣だった。
ピコピコをやっている時と同等な程。
劉封×孟達の三國志系薄い本を販売している時と、同じ輝きを放つ程。
「函館鎮守府の日々を描いた同人誌はいつも人気だよ。そう、売り切れる程にね。」
「そうなんですか、川崎さん。」
「そうなんですよ、山本さん。」
合作的同人誌は、鎮守府内にあるメトロン謄写(とうしゃ)室でバンバン印刷されるとか。
なにそれ、聞いてない。
その謄写室とやらに行ったら、おっさん姿のメトロンとか手の空いた整備員やら事務員やらの男連中がせっせと同人誌の印刷に励(はげ)んでいた。
おまんら、いつの間に!
無言で見つめていたら、彼らから絶望的な視線を向けられる。
これこれ皆さん、捨てられた仔犬みたいな顔をするんじゃありません。
全員から気持ち悪いくらいの早口で説得され、しぶしぶ了承した。
この鎮守府はなんだかどんどん変な方向に向かっている気がする。
……今さらか。
タヴァリーシチたちが殆ど捕縛されたという。
とうこうしえんかんたいの勢いは止められぬ。
猟犬となっている彼女たちは元々海防艦という艦種で、自称事情通によると沿岸防衛や近海哨戒がそこそこ出来るくらいの力しか無いらしい。
それでも隣国が独自開発したと虚言を吐く艦娘もどきよりはずっと高性能のようだ。
とうこうしえんかんたいが発足した原因には、どうやら函館鎮守府の提督が関わっているみたいだ。
彼が艦娘による陸戦部隊的なモノや特殊部隊的なモノを提案した結果、現在の強襲部隊的なモノになったそうな。
海上で深海棲艦と相対するには厳しい能力だろうと、陸上に於いては普通の人間の兵士で彼女たちに叶う存在などいない。
つまり、そこに需要があった。
立場的には微妙なモノを含むが、おおむね警察の特殊部隊に近い立ち位置のようだ。
ふむ。
かなり近づいてきたな。
このナックル、地球上で牙を抜かれたなどと言われてはいるが、まだまだ地球人どもや人造生命体などには後れを取らぬ。
ましてや、艦娘などという新参者に負けてたまるか。
ふはは、我に追いつけるものなら追いついてみせよ!
地球人に扮して同人誌作りに邁進しているナックル星人がとうこうしえんかんたいと熾烈な戦いを繰り広げ、結果としてメトロン星人の科学力に負けたそうな。
彼は男性向けの(自粛)な同人誌を作る人気絵師だから、今夏のコミケットで新刊が出ると知ったら彼の愛好家たちはむっちゃ喜ぶことだろう。
老朽化するビッグサイトは年々問題が増加する傾向にあるけれど、人々の夢を上手く紡ぎたいものだ。
五能線を経由して東京入りするか、東北本線を使って東京入りするか。
ううむ、悩ましい。
よーし、こんな時はあみだだべ。
えいやっ!
八戸(はちのへ)経由に決まる。
さーて、移動だ移動だ移動だべ。
早朝、ビッグサイトに着いた。
サークル参加の面々が続々と会場入りしているのを目にする。
この風、このにおい、この雰囲気、これこそがコミケットよ。
どこからともなく艦娘たちがわらわら集まってきて、整列する。
とうこうしえんかんたいも後方できちんと整列していた。
傍らにいる大淀が指示してゆく。
とうこうしえんかんたいは会場警備。
屋台を営業する艦娘はいざという時、各種支援行動をとること。
サークル参加の艦娘に対しては節度ある活動をしているか随時確認し、問題点があれば適宜報告すること。
一般参加、企業参加の艦娘は常時節度ある行動を心がけ、他の参加者に迷惑をかけないこと。
そうした注意が行われた。
「アハトゥンク! 傾聴せよ!」
ドイツ艦娘が全体に言い、そして私に向かって頷く。
この娘、どこの鎮守府の子だろう?
よし、二秒で済ませてやる。
「それでは皆さん、よい一日を。解散。」
えっ、という彼女を後にしてコミケット仕様の艦娘たちはすぐさま行動を開始した。
さて今日から三日間。
漫画祭が開催される。
暑い日々となりそうだ。
ま、なんとかなるだろ。
仕事を終えた夜。
海に呼ばれている気がした。
そうだ、夜更けの散歩と洒落こもう。
鎮守府近くの海岸を歩く。
静かな海。
津軽海峡。
黒々とした、深い色合い。
少し眺めてから帰るかな。
と、その時。
ズサアッと砂の中から人が現れる。
おお、グフみたいだ。
こんなところで待ち伏せとは、なんとも大変なことであるよ。
黒い巨漢が闇の中で吼える。
「俺は夜叉八将軍の黒獅子!」
これはご丁寧に。
こちらも名を名乗る。
「うむ、ご丁寧にいたみいる。……ちっがーう! 俺は貴方の命をいただきに来たのだ!」
はて?
私の命などにそんな価値があるのか?
「貴方は知らずともよい。すぐにあの世に逝かれるのだから!」
「はあ。」
「では! ん?」
巨大な岩石が降ってきて、私と黒獅子君の間に落下する。
「かようなことの出来る奴……おのれ、風魔の劉鵬か!」
「そうだ! 柔道大会で俺に完敗した貴様がここで勝てると思うか!」
「ふっ、地獄の修行を完遂した俺が貴様に負ける理由など、どこにもない!」
「ほう、吹いたな、黒獅子! ならば見せてもらおうか、夜叉八将軍の実力とやらを!」
「望むところよ、劉鵬!」
「来い!」
「おう!」
激しい漢(おとこ)同士の戦闘が始まった。
汗がきらめいて、肉体が激突する。
密着し、荒い息が放たれた。
努力! 友情! 勝利! みたいな青春のほとばしりが荒々しく音を立ててゆく。
ふと気づくと、そばに若者がいた。
「俺は風魔八忍衆の項羽。ちょっとイタズラ好きの忍者です。」
そうですか。
前に会ったことがあるような……。
「ぬおおっ!」
「うおおっ!」
巨体がうなり、がっつりと漢たちは密着し組み合った。
二人の息がまたも荒い。
ハアハアともつれあう。
その姿を見て、項羽君が声をあげた。
「あっ、あれは!」
「知っているのですか、項羽さん?」
「あれは千日組み手! 一旦あのようにがっぷり組んでしまうと、お互いに決め手が無くなってしまうんです。」
「な、なんだって!」
これはいかんと二人は距離をおき、再度拳や足技で語り合う。
嗚呼、鉄拳!
「ぬおおっ!」
「うおおっ!」
おおっ、伝説のクロスカウンター!
放たれた拳が互いの頬を正確に捉え、漢たちは同時に崩れ落ちる。
「ダブルノックアウトかよ!」
項羽君が激しいツッコミを入れた。
気絶した大男たち。
どないすっぺ?
そこへ、ひょこひょこ現れた二人。
夜に溶け込むが如くに真っ黒な姿。
隣の項羽君が叫ぶ。
「なに? 夜叉八将軍が二人も現れただと?」
おお。
なんだかよくわからないが、とにかく強そうな人たちだ。
暗くてよくわからないな。
「夜叉八将軍が一人、陽炎!」
「同じく、不知火!」
駆逐艦みたいな名前の人たちだな。
「くっ、竜魔がいれば!」
嘆く項羽君。
くくく、と笑う男の子たち。
これも……青春……なのか?
「あの、君たち。」
私は若者たちに声をかけた。
「みんなで一緒にうどんでも食べませんか?」
三人から驚愕した視線をもらう。
解せぬ。
私は周囲に展開している、双子の殺し屋や中級悪魔や宇宙人たちや退役艦娘や現役艦娘やとうこうしえんかんたいの面々に状況終了を伝えた。
それぞれのごっつい火器が下ろされる。
誰かね、次元破壊砲を持ち出したのは。
ともあれ、戦闘にならなくてよかった。
何名かハアハア言っていたが、体調不良はよくないと思う。
大量のうどんを作る羽目になり、ちょっこし大変だった。