その古い漁村を語るには
かなりの昔まで遡らなければならない
君はなにかを追い求めているんだろう
この村の電磁場は狂っているんだ
食料
生け贄
泣いている
それはルルイェだ
独り言
大本営に説明
これがデートになるなら願ってもないんだけど
これ……これは、私の記憶?
蔭洲升のオリジナル、本来のインスマスってところね
最後まで一人で戦うつもりかい?
久方ぶりだね
過去がここにも残っているのか?
彼女はこれからも戦い続けるのか
彼女の口調を真似ても無駄だ、お前は語られない存在であるが故に
たった一人、誰も助けてくれない
その口にも
その手にも
触れる者はいない
それでも、ありがとうと呟くのだろう
君は
今回は、佐野史郎氏主演の『インスマスを覆う影』を参考にしております。
ラヴクラフト万歳!
今話は五五〇〇文字ほどあります。
誤字脱字報告をいつもありがとうございます。
東北のとある地方にある小さな漁村の蔭洲升(いんすます)。
そこの詳細な調査を極秘に行うよう、大本営から指示された。
秘密裡に送り込まれた調査員がことごとく帰ってこないとか。
おい、ちょっと待て。
下手したら死ぬやん。
東北本線を使って途中で地方交通線に乗り継ぎ、壇宇市(だんうぃっち)の次の赤牟(あーかむ)で下車して蔭洲升行きの路線バスに乗ればいいようだ。
すったもんだの末、一緒に行くのは島風と吹雪と戦艦棲姫と翔鶴の四名に決まった。
いずれも継戦能力が高いので、不透明且つ困難な状況でも柔軟に対応出来るだろう。
「五航戦ですか、そうですか。そういう考えなんですか。」と、加賀教官が耳元で囁いてきたのには参ったけど。
「あそこでのグーは痛恨の極みでした。」と追撃で囁くのもやめて欲しいで御座る。
先日導入したバウムクーヘン製造機を全力稼働させて、他の面々をなだめまくった。
ええいっ、我輩の作った素朴なプディングも是非とも食べてみやがれで御座います。
まったくもう。
函館駅から青森駅に向かって青函連絡船が進んでゆく。
艦娘の護衛付きで。
手を振る乗客たち。
それにこたえる娘たち。
和やかな雰囲気で、本州最北の県庁所在地に到着した。
青森駅から新青森駅まで奥羽本線を走る汽車にちょこっと乗り、本数は少ないもののちゃんと走っている東北新幹線に乗車した。
勿論、新青森駅構内で買い物するのは忘れない。
八戸の特別純米酒を見つめる六つの瞳。
ツマミも買ったから、後はわかるだろ?
東北新幹線の通常座席は幅が狭い。
狭軌だから致し方ないのだけれど。
秋田新幹線や山形新幹線も同様だ。
やれやれ、車内販売も無いときた。
盛岡駅に到着し、我々は乗り換える。
今度は東北本線に乗るぜよ。
乗り場が少しわかりにくい。
バター餅はどうしようかな?
仙台駅に到着。
乗り換え時間がまだあるので、少し駅舎近くを散策しよう。
商店街をぶらぶら歩き、老舗の料理店で中華そばを食べた。
仙台駅から乗り換え、王都(きんぐすぽーと)行きの汽車に乗る。
蔭洲升へ直通で行ける汽車は無いのだ。
旧國鐵では赤牟からの延伸計画もあったようだが、採算の試算結果が芳(かんば)しくなかったために断念されたとか。
ことことと汽車は走る。
壇宇市の町並みを眺めながら、なんとはなしに郷愁じみたモノを感じた。
まるで懐かしの……いやいや、そんなことはない。
ない筈だ。
部下たちは全員文庫本を読んでいて、その内の一名は『少年騎士教育役』を読んでいる。
布の覆いをかぶせてあったが、挿絵でわかった。
熱心に読むのはいいけど、他の人には内容がわからないようにして欲しい。
他は『シグルイ』、『エロイカより愛をこめて』、『辺境警備』と多彩だ。
私は音楽端末を鞄から取り出し、劇伴音楽を聴くことにした。
M-3、11、16、81、71と勇壮な音曲が耳元に流れる。
赤牟はそれなりの町並みで、駅舎前にはバス停もある。
停留所の時刻表を見たら、なんと一日一本しか蔭洲升行きの路線バスは走っていない。
しかも、車はとっくの前に出発した後だ。
なんてこった。
タクシーでも走っていないかと周囲を見渡すが、なにも見えない。
無人駅には人っ子一人見えず、どうしようかと思った矢先。
「ねえ、あんたたち、どこへ行くつもり? もしかして、蔭洲升?」
個人配達業らしき、ワンボックスに乗った女性に声をかけられた。
これぞ渡りに船、か。
勿論乗せてもらった。
彼女の名は秦野珠美さん。
とても活発そうな女性だ。
珠美さんは軽やかに●イ●ースを運転し、ところどころヒビの入ったアスファルトを削るように走り抜けてゆく。
我々が蔭洲升へ観光に向かっていることを話すと、ずいぶんと物好きねえと呆れられた。
蔭洲升はそんなになにも無いところなのか、それとも……。
昭和二年から三年にかけて、この漁村に対して憲兵隊と陸軍と海軍との混成部隊による大がかりな調査が入ったという。
海岸沿いにあったおんぼろの廃屋群はダイナマイトでボカンと破壊され、逮捕者が続出したらしい。
駆逐艦までもがこの調査に加わり、地上を砲撃したり、海底を雷撃したりと派手に攻撃したという。
伝染病の防疫を行うとして、彼らは怪しげな建物を次々打ち壊していった。
民間人が軍隊に逆らうなど思いもよらない時代だからこそか、抵抗は殆ど無かったそうな。
海神の陀権(だごん)様を祀る陀権神社も危ないところだったが、地元民の大半が団結して陳情したためになんとか破壊をまぬがれる。
一時は豊かになったものの徐々に没落してゆき、今では寒村となった漁村。
それが歴史から見た蔭洲升かと思われる。
日本の歴史的にはおかしくない気がする。
一体、なにをどう探せというのだろうか?
蔭洲升が見えてきた。
ひなびた漁村の風景。
車から降りて、辺りを見回す。
「わー、懐かしいなあ。」
?
今、吹雪はなんと言った?
「私、以前この蔭洲升に来たことがあるんですよ、艦艇時代に。」
「へえ。」
「ほう。」
「ホウ。」
「大砲を撃ったり、魚雷を放ったりして活躍したんですよ、私。」
「へえ。」
「ほう。」
「ホウ。」
ガタガタする道はやがて広場へと繋がり、我々は無事に蔭洲升中心部へ辿り着いた。
広場にあるのは錆びたバス停と郵便も扱うちっちゃな食料雑貨店、ひなびた飲食店。
それと数軒の店が昭和のにおいをふんだんにまきながらなんとか存続している感じ。
朽ち果てた店舗が幾つもあり、往時の輝きを取り戻せそうな気配は感じられないな。
周囲を見渡したら、年配の人たちがじっとこっちを見ている。
なんとも言えない、魚っぽい顔立ちの人たちに見られている。
異相、と言えばいいのだろうか?
なにかしら遺伝的なものかもな。
部下たちが落ち着かない感じだ。
さっさと移動しよう。
蔭洲升唯一の飲食店たる黒い牡牛亭に立ち寄ると、店内がなんだか生ぐさい。
何故だか名状しがたき雰囲気もあり、食欲がどんどん減退してゆく。
これでは食事をする気にもなれない。
店内には数人の地元民らしき人々がいて、こちらをじろじろと無遠慮に見ながらもそもそと食事をしていた。
彼らもどことなく魚っぽい。
不衛生な様子にうんざりする。
そそくさと店を出た。
「ちょっとこれじゃ、食べたくなくなってくるわね。」
「然り、然り、然り。」
「ヲ腹ガ減りマシタ。ナニカ食べタイ。」
戦艦棲姫と島風と翔鶴がぼやいた。
「コンビニエンスストアも見当たらないですし、バス停近くにあった食料雑貨店へ行ってみませんか?」
吹雪が提案する。
皆が頷いた。
では、そうしようか。
幸い、その食料雑貨店ではそこそこの食料品を置いていて、我々は食品の入手に成功したのだった。
店員はよそから通っているそうで、彼の口は潤滑油でも塗ってあるかのごとく軽快に言葉を紡いだ。
「いや、まあ、ここの人たちはなんだか陰気な感じがするし、この店へ買い物に来るのはここら辺でも比較的若い人たちだけなんすよ。てゆーか、お客さんたち、ずいぶん酔狂ですね。こんなとこまで観光に来るだなんて。」
「ええ、まあ。」
「見るとこなんて殆ど無いすよ、ここは。せいぜい、郷土資料館と陀権神社くらいすかね。」
「観光客は来ないんですか?」
「あー、前になんか目付きの鋭い人とか明らかに他所の人って感じの人が何人か来ましたけど、じきに見えなくなりましたよ。よほどつまらなかったんでしょうね。アルバイトとしては楽なんですけど、時々なんか妙に気持ち悪くなるんすよ、ここは。」
廃業しているのではないかと思えそうな、ボロい藤宮旅館に投宿する。
我々以外に宿泊する者はなく、なんとなく陰気な雰囲気が屋内に漂っていた。
やる気の無さそうな受付の人に話を振ってみるも、宿に泊まる人間はあまりいないらしい。
役場関係の人がたまさか泊まるそうなので、それで致し方なく開けているそうな。
彼自身はなんだか沈鬱な表情をしていて、どうにもこうにも会話が続かない。
宿泊台帳を見せてもらいたかったが、身分を明かす訳にもいかないので出来ない。
歯がゆい限りだ。
探偵だと詐称する訳にもいかないし、探偵だからといってなんでも見せてはもらえないだろう。
推理小説みたいにはいかんわな。
調査に手詰まり感がある。
にっちもさっちもいかない。
郷土資料館へ向かう。
ここでは蔭洲升の歴史を知ることが出来るからだ。
建物は洋館で、多少の補修は加えているみたいだ。
入館料は無料だった。
受付に人は存在せず。
藤宮伊右衛門という御仁が蔭洲升を繁栄に導いた人物のようで、彼については詳細な資料と記述が用意されていた。
静まりかえった屋内。
足音しか聞こえない。
軍部などによる調査については、一切の記述が見当たらなかった。
伊右衛門が愛用したというドイツ製の写真機やそれで撮影した写真を眺める。
かなりの腕前だったようだ。
ふらふら歩いている内、陀権神社に到着。
海底から来た神様の陀権様を祀るという。
色褪せた奉納絵にはタコのようなナニカが描かれていて、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
がらんとした境内は名状しがたい雰囲気を醸し出していて、早くここから出たい気持ちになってくる。
薄気味悪い場所だったので、早々に退散した。
村外れでキャンプしている人たちがいた。
天幕と大型のキャンピングカーがあった。
今流行りのゆるキ……まあ、それはいい。
五、六人ほどの白人がぶらぶらしている。
あちらからこちらへ軽く話しかけてきた。
彼らは英国の諜報員だといきなり明かしてきたので、大変驚いた。
我々が鎮守府の者と知っている。
彼らはニヤリとしてそう言った。
代表はやり手っぽい女性だ。
「英国諜報部?」
「ええ、そう。」
「ブリティッシュ・ジョークですか?」
「残念だけど、冗談じゃないのよね。」
「はあ。」
歴戦ぽい男性が代表の女性を指して言った。
「彼女は、殺人担当のヴィクトリア。」
「失礼。今なんとおっしゃいました?」
「殺人担当、なんだよ。」
「私、殺しが得意なの。」
「それもブリティッシュ・ジョーク?」
「そうだったら、とても面白いわね。」
殺しの許可証を得ているってことか?
荒事が得意な破壊工作員的な人員を送り込むなんて、なにを考えているんだ英国は?
シヴェリア鉄道経由かもしれないが、そこまでして蔭洲升に調べる価値があるのか?
よくわからないな。
「本国はね、既に戦後を見据えた戦略で動いているの。私たちだけじゃない。かなりの規模の人員を投入しているのよ、とっくの前にね。あなた方日本人のように、場当たり且つ適当に動いたりしないわ。」
「そりゃ、どうも。」
「ここは非常に危険な村よ。即刻すべて破壊すべきだと考えるわ。」
なにを言っているんだ?
言っていることが滅茶苦茶だ。
「それは幾らなんでも無茶苦茶です。」
「あなたはまるで危機感が無いわね。」
「すぐ破壊活動に移りそうな方々とは違いますよ。」
「ふん、言うじゃない。我々は人類の危機に立ち向かおうとしているの。」
「人類の危機?」
「旧支配者よ。」
「おとぎ話ですか?」
「違う。あなた方が言うところのシンカイセイカンよりもずっと危険な存在よ。」
「はあ。」
結局、我々はなんら合意に達することなく別れた。
地元民への聞き取り調査は難しいようだ。
珠美さん及び食料雑貨店の店員の話に郷土資料館の情報を加え、考察してゆくか。
うーん。
情報が少な過ぎる。
翌日。
英国人ご一行は天幕を畳んで、どこかへ移動したようだ。
影も形も見当たらない。
彼らのいた跡は、何故か腐った魚のようなにおいがした。
黒い斑点がそこかしこにある。
血痕は全然見当たらなかった。
三日蔭洲升に滞在したが、収穫は殆ど無し。
素泊まりだったので、食事は食料雑貨店で仕入れたものを食べることになった。
魚くさい村をてくてく歩いて、調査員たちの足跡を辿ろうと試みるが失敗する。
ちっとも上手くいかない。
地球の危機がうんたらと演説した彼女の姿はどこにも見えない。
彼女の仲間たちも。
配達していた珠美さんに出会ったので聞いてみるが、我々以外に外部の人間は見かけていないと言われた。
変だな。
夜間移動したのか?
今夜もエニグマ暗号機で報告する。
送信ばかりする作業だ。
島風に呼ばれ、窓の外を見た。
何故だか、人が多く外に出ている。
なんぞこれ?
地元の祭でもあるのか?
こんなに遅い時間なのに。
ざわざわとざわめきが聞こえてくる。
陰鬱な気配が強まってきた。
もう寝るか。
いそいそと蒲団を敷く彼女たちに苦笑いする。
熾烈なじゃんけんをしている彼女たちには悪いが、眠たくて仕方がない。
気づいたら、朝だった。
晴天。
抜けるような青空。
蔭洲升もなんとなく明るく見える。
素人で調べられることはとにかくやってみた。
よくわからない、がその答だ。
調査員たちの足取りは全然掴めなかった。
天幕を引き払った後の英国人たちの行方もわからない。
そもそも、探偵でも密偵でも斥候でもない私に期待する方が間違っていると思う。
私たちなりに調べた事項に関する詳細な報告は、既に暗号機で送信済みだ。
一応、手書きの報告書も用意した。
役に立つとは到底思えないけれど。
さて、帰ろうか。
赤牟まで送ってもらえるように、珠美さんと交渉する。
タクシーは蔭洲升まで来てくれないそうだし、仮に分乗して赤牟まで行くとなったら相当な金額になってしまう。
車を借りて、ここまで来た方がよかったかもしれない。
そうして、わからない尽くしの調査は終了した。
喉に小骨が引っかかるがごときの違和感を多数含みながら。
赤牟辺りで、なにか旨いものを食べたいものだ。
それにしても、腹が減った。
中華だ。
中華がいい。
焼き餃子に炒飯に、雲呑麺。
嗚呼、早く食べたいものだ。
皆の目も野獣になっている。
いあ、いあ、なんとか、と軽やかに歌う珠美さんの運転で蔭洲升を離れてゆく。
空は突き抜けるように青く輝いていた。