はこちん!   作:輪音

336 / 347




「キュアスターレットは誰がやりたいって言っているの?」
「叢雲(むらくも)ちゃん、曙ちゃん、霞ちゃんを中心とした勢力が立候補しています。」
「まあ……妥当な子たちかしら。」
「龍驤さん大鷹さんを中心とする勢力がキュアルミエールを希望している件についてはどうしますか?」
「悩むわね。」
「鳳翔さんと間宮さんがムッター役を希望されているのですが……。」
「えええ、ショーってそんな役まであるの?」
「二名とも強く希望されています。」
「悩むわね。」
「キュアエクレールは島風さんと吹雪さんを中心とする勢力が希望しています。」
「厄介ね。」
「キュアシエルを、長門さんを始めとする過半数の戦艦勢が希望されています。」
「え、助っ人キャラまで出すの? しかもお姉さんキャラでしょ? 尺が……時間が足りるの?」
「さあ。」
「そもそも一時間以内にすべてのユリキュア役を決めなきゃいけないっていうのが、そもそもメチャクチャよね。」
「怪盗ムチャクチャ党もビックリですね。
当鎮守府に所属する艦娘全員が、その敵役に提督を強く推しています。」
「は?」
「敵幹部のアオオニ役がよいのではないかと、全員一致で申しています。」
「えええ…………。」
「それとですね……。」
「まだなにかあるの?」
「初雪ちゃんと望月ちゃんが闇キュアを演じたいと主張していまして……。」
「そこまでやれんわっ!」



今回は二一二二文字あります。






CCCⅩⅩⅩⅥ:ひみつのユリキュアショー

 

 

 

 

放送開始から既に一〇年を遥かにこえているユリキュアシリーズ。

『明日のナージャ』という、隠れた傑作の後番組として放映されている長寿番組だ。

初雪と望月がその作品のことを、とても熱く語っていた。

私にはよくわからないが、どんな作品であれ、愛されることは大事だと思う。

愛され続けているからこそ、ユリキュアは現在も新作が作られ続けていると考える。

その最新作の『ひみつのユリキュア』の舞台がここ函館で開催される運びとなった。

華麗なる戦闘はもとより、日常描写が際立って素晴らしいとうちの目の肥えた艦娘たちが絶讚している作品だ。

怪盗ムチャクチャ党と熾烈な戦いを繰り広げる、愉快痛快な漢女たちの物語である。

毎週日曜日にユリキュアを欠かさず見ている初雪や望月も、きっと喜ぶことだろう。

破裏拳流を使う主役のちせが特に人気という。

彼女のキレのある動きを再現出来ると、女の子たちも喜ぶものと思われる。

夢を与え、幸せを与える作品になってこそ真のユリキュアなのだろうから。

 

 

 

 

そう、そうなる……筈であった。

猛吹雪が道南で停滞するまでは。

シヴェリア方面から南下してきた冬将軍が猛威を振るい、尚且つ一向に動こうとはしない。

オーマイガー。

そのお陰で海は時化(しけ)ており、鎮守府からまともに出撃出来ない程だ。

暴風が吹きすさび、荒れ模様の海。

時に高波まで発生している。

いやはや。

函館アリーナで行われる予定のショーは機材や裏方や司会のお姉さんや敵役のヒトなどが揃っているものの、肝心たる戦隊の中の人たちがこちらに来れていない。

青函連絡船は動かない。

飛行機は勿論飛ばない。

明日開催する予定なのに、どうするんだ?

 

で。

我が鎮守府に所属する艦娘で中の人を補いたいとする考え方が、先程ショーの関係者から提示された。

場所は講堂。

時間は午前。

朝食後のひととき。

すし詰めの艦娘たちはそれを知った途端、次々に自分が演じたいと立候補し始めた。

阿鼻叫喚の喧騒が起こり、彼女たちはそれぞれの熱い思いを言葉に託してゆく。

マイクを使っては青年の主張の如く、戦乙女たちは言葉を紡(つむ)いでいく。

彼女たちにこんなに情熱があっただなんて驚きだ。

いずれも譲らぬ感じである。

収拾のつかない事態となる。

どうすんの、これ。

取り敢えず放置か。

ぎりぎりじゃーん。

 

 

 

 

それはさておき、雪掻き、雪掻き。

積もった雪をはらわねばならない。

小声でエーデルヴァイスを歌いながら作業していたら、歌詞が違うと離れた場所にいた筈の妙高先生から指摘された。

えっ?

今は違うの?

 

その後、とべない深海魚を白い娘たちと合唱しながら雪掻きに邁進した。

 

 

 

 

矢継ぎ早の立候補と侃々諤々(かんかんがくがく)の議論と激しい選抜の末、出演者が昼前には確定した。

さっそく、函館アリーナへ向かうは我々。

……え、私も行くの?

ジャージ姿で舞台の練習をする艦娘たち。

外はまだ少し吹雪いているが、アリーナの中は非常にあつい。

全員、やたらと気合が入っている。

何故、私はここにいるのだろう?

ここにいて欲しいと艦娘及び舞台関係者から乞われ、致し方なくここにいた。

厨房にて急いで作ったおにぎりと玉子焼きとたこさんウインナーと鶏の唐揚げとワカメと椎茸のおみおつけと浅漬けを引っ提げ、おさんどん的な業務に従事する。

気分は給食のおばちゃんだ。

……ま、まあ、みんなが喜んでくれるからいっか。

作ったものはすべて関係者全員の腹におさまり、幸いにも好評を得た。

 

競技……もとい、ユリキュアの舞台が行われるのはメインアリーナ。

因みに函館アリーナの固定観客席数は二一二〇だが、既に全席完売している。

床荷重五トン/㎡に耐える弾性床システムの採用により、駆逐艦たちの激しい動きにも充分耐えることが出来ていた。

立候補しただけあって、それぞれの役になりきった彼女たちの動きは見事だ。

破裏拳流の殺陣(たて)もキレがよく、まるで長年修練を積んだかに見える。

舞台狭しと跳び跳ねてゆく艦娘たちが、どんどん魔法少女の如く見えてきた。

 

「ユリキュア・フォーメーション!」

一糸乱れぬ動きで必殺技を放とうとする彼女たち。

そして、それは確実になされた。

うむ、これなら大丈夫だろうな。

敵役のヒトの動きもよく、艦娘の動きにも十分対応出来ている。

流石はスタントマン。

やるなあ。

白い彼女は艦娘の反射神経に完全に対応しており、なんらかの武術に長けているであろうことがうかがえた。

私にも役を演じて欲しいとの要望が来たけれども、それはきっぱり断る。

彼女たちの情熱にはとてもかなわない。

それにあんな動きなど、出来やしない。

皆がなんだかがっかりしていたけれども、その辺は理解して欲しい。

私のせいでケチがついたら、悔やんでも悔やみきれないじゃないか。

あと、不思議なことには、演出にどうしてだか初雪と望月が自然に交ざっていた。

……ま、まあ、熱心なのはよいことかな。

稽古は続く。

 

「失敗しても大丈夫! やり直せばいいんだよ、何度でも!」

 

「私の大切な友達を笑わないで!」

 

「寄り道! 脇道! 回り道! しかしそれらもすべて道!」

 

熱い言葉が次々に語られてゆく。

嗚呼、きっとこの舞台は成功するだろう。

だって、みんながこんなに光っているのだから。

 

 

外を眺めると、空に晴れ間が少し見え始めていた。

 

 

 

 








【オマケ】


秘書艦にして筆頭艦娘たる朝潮からの敬意溢れる視線に困惑しつつ、横須賀の新人提督は合同作戦について静かに話し始めた。
集まったのは不正規兵、イレギュラーズばかりじゃないかと思いつつ。

「今回の作戦では我々第九艦隊が第七第八艦隊と連携しつつ、この海域に出没する敵対的艦隊を壊滅もしくは潰走せしめるのが目的である。」

第九艦隊の面々が集う会議室はしわぶきひとつ聞こえず、全員が熱意ある視線で提督を見つめている。
なんとなく居心地の悪さを感じながら、どことなく学者めいた雰囲気の提督は言葉を即時継ぎ足した。

「第七第八艦隊の提督はおそらくこう考えるだろう。今までの状況から推測し、今度は我々第九艦隊を敵さんが狙うだろうと。確かに第七第八艦隊を先に狙うよりも、第九艦隊を総攻撃で全滅させ、その後第七第八艦隊を攻撃した方がよほど安心して戦える。だが、たぶん、その戦術を今回敵さんは採用しない。」
「それは何故でしょうか?」

間髪入れず、熱狂的に近いほど提督を信じている秘書艦が質問する。

「敵の裏をかくことが戦術の基本だからさ。それに、敵さんは既に第七第八艦隊と何度か交戦している。それが今度は第九艦隊も加えて出撃するんだ。なら、慣れた方を先んじて潰すべく、増強した艦隊で激しく攻撃してくるだろう。」
「まさか、情報漏れしているんですか?」
「本来あってはいけないんだけどね。敵さんの諜報が相当優秀なのか、それとも我が方の防諜が今一つなのか。まあ、それは兎も角、我々は出来る限りのことをしようじゃないか。先ず、第九艦隊の第一隊と第二隊は本来の海域に向かわない。」
「それは命令違反になります。」
「敵を欺(あざむ)くには先ず味方からだ。後で上手く言い繕(つくろ)うよ。で、第九艦隊の二隊は海域を迂回し、敵さんの側面に出るようにする。そのため、今回は駆逐艦と軽巡洋艦の組み合わせによって最大戦速で戦場に向かってもらう。第三隊は戦艦重巡洋艦正規空母軽空母から成る攻撃力重視の編成で、戦艦の推進機の不調を理由にでもしてもらいつつやや遅延しながら本来の目的地である海域に向かってもらう。」
「第七第八艦隊と連携して敵を壊滅もしくは潰走させる作戦ですか。理解しました。その後、全戦力で残敵を掃討するのですね。」
「残念なことだが、第七第八艦隊はたぶん我々に協力してくれないだろう。」
「えっ?」
「まともな軍人なら、或いは見識のある人物なら、こちらを助けてくれるだろう。君の眼から見て、彼らはそれをなしうる人物かい?」
「あの……ええと……。」
「まあ、答えなくていい。私の見込み違いかもしれないしね。」

会議室の戸がノックされ、横須賀鎮守府に所属する色白の職員が入室してきた。

「会議中のところ、失礼しマス。先程第七第八艦隊の事前打ち合わせが終了し、程なく出撃するそうデス。」
「本来の作戦開始予定時間よりも一時間以上早いですね。」

筆頭艦が小さいながらも鋭い声で言った。

「よし、では出撃だ。私も指揮艦のヒューベリオンで小笠原近海まで向かう。諸君の奮闘に期待している。勿論のことだが、全員生還するように。」
「総員、敬礼!」



彼は独りごちる。

「やれやれ、個人の名望に頼らざるを得ない鎮守府とはね。先が思いやられる。勝てば勝つほど、次は厄介な敵さんが出てくる。なんともやりきれないな。考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しくなる。」




そして、第七~第九艦隊は出撃した。
次いで、舷側に『144M』と塗装された指揮艦も出撃する。
職員たちや整備士などが手を振りつつ、三個艦隊の見送りをした。
必ず帰ってこいよ、と。
第七第八艦隊の提督がその中にいたけれど、どちらも苦々しい表情をしている。
ある女性職員は微笑んでいた。
なんとも言い難い表情である。
色白の彼女はくるりと一回転し、海からそっと遠ざかっていった。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。