誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。
今回は三一〇四文字あります。
四月になってさえ雪が降っていた函館も、最近はあたたかくなっている。
艦娘たちは今日も元気に、演習だの輸送だの様々な任務に従事していた。
元気な彼女たちを見ていると、早期に戦争が終わればいいのにと考える。
閉門蟄居愛好会という楽団による『海の幸のうた』が鎮守府内でちょっとばかし流行っているらしく、聴いてみたらなかなか上手いことを歌っているものだと感心した。
そんなある日、横須賀の大本営から大淀がやって来た。
一体、なんの用だろうか?
執務室に招くも、緊張している風情の秘書的軽巡洋艦的艦娘。
函館側の艦娘は大淀と島風と吹雪しかいないのに、随分警戒しているようだ。
額に汗の粒が複数見える。
最近、建造された子かな?
そんなにキリキリしなくてもいいのに。
隠し持っている拳銃は彼女たちに通用しないのだから。
九ミリが通用するのは人間の私だけだ。
防弾チョッキを着ているから、腹に喰らっても死なんがね。
それにしても、横須賀辺りの大淀はうちの大淀とかなり雰囲気が違う。
うちの方が武闘派というか、なんというか。
横須賀の彼女はなんというか、おぼこいように見える。
彼女はしばらくためらってから、ようやく話し始めた。
「提督はキラキラを感じたり見たりしたことがありますか?」
「その、キラキラネームとかそういったものでしたら時折。」
皆が戸惑っている。
キラキラ?
なにかの隠語か暗号か?
いきなり、なんの話だ?
「あ、えーと、すみません。今のは聞かなかったことにしてください。」
「はあ。」
「その、ええとですね、提督にはこれから岡山県の高梁(たかはし)市に行ってもらいたいのです。」
「高梁市? あの備中松山城のある?」
遠い場所の名前が出てくる。
まあ、だいたいわかるけど。
「ええ、最優先で向かっていただきたいのです。」
「何故、わざわざ西日本の城下町まで行かなければならないのですか?」
函館からは随分遠いぞ。
舞鶴や呉の提督辺りに頼む案件じゃないのか?
「そこに『薔薇』があるからです。」
「『薔薇』?」
「ええ。委細が書かれたこの封筒は、備中高梁駅に着いてから開封してください。」
「はあ。」
なんだか要領を得ない。
薔薇ねえ。
なにかの隠語か?
それとも暗号か?
どうして、この試される大地にいる私にわざわざ頼むんだ?
聞いてみると、以前依頼された二人の提督が現在行方不明になっているとか。
えらい不味いやん。
そこまでして入手したいものって、一体なんなんだ?
用事を終えた大本営からの使者は、そそくさと帰っていった。
一晩泊まっていけばいいのに。
キシリア製菓店から取り寄せたアップルパイをおいしそうに食べてもらえたのはよかった。
七飯町(ななえちょう)にあるあの店はよいものだ。
以前は四人いた菓子職人候補生も、今は一人だけだという。
今後も地道に頑張って欲しいところだ。
まあ、今は書いている若者向け小説も一段落しているし、随筆の注文も無い。
大規模作戦は当面予定が無いし、私がなにか必要な事態も今のところは無い。
ある程度は自由に動けるし、早速行くか。
今回は小樽鎮守府からの護衛がつく長距離連絡船に乗り、舞鶴へ向かうか。
舞鶴から山陰方面へ向かうか、或いは神戸方面に出て山陽方面から行くか。
さてはて。
私を護衛したい候補者が次々に名乗り出てきたけれども、君たちのように際立って美しい娘を連れてゆくことは鴨が葱(ねぎ)をしょって歩くようなものだ。
おじさんは単独行動した方が目立たないのだよ。
前に艦娘や艦娘じゃない武装系娘を連れて出張したら相当目立った。
だから、一人で行く。
単独行動しても高性能の防弾チョッキを着ればちょっとは大丈夫だ。
護衛を一名も付けないと言ったら、またもや鎮守府は紛糾状態に突入した。
離れて護衛したいとも言われたが、やはり単独行動しよう。
その方が気楽ではある。
彼女たちには悪いけど。
空は快晴。
絶好の旅日和(たびびより)。
小樽の港から連絡船は普通に出港。
船はなめらかに海上を進んでゆく。
船の外には護衛の艦娘が沢山いる。
見覚えのある娘が複数いた。
駆逐艦が多い。
江差辺りから合流したのか?
…………。
まっ、いっか。
舞鶴港に到着。
本来ならば舞鶴鎮守府へ挨拶(あいさつ)に行くところだが、そんなことをすれば不味い可能性がある。
ここは遺憾であるが、知らんぷりさせてもらおう。
東舞鶴駅から乗車し、舞鶴線で福知山駅まで行く。
福知山駅からは福知山線に乗り換え、尼崎駅まで。
尼崎駅から三ノ宮駅は割と近い。
神戸と言えばケーキやパンや洋食が特に有名だが、餃子の名店も多い。
ニャアンの作った餃子を食べに行こうかな。
彼女は餃子作りが上手になっているかな?
近場の湊川(みなとがわ)市場へと赴く。
人々はたくましく復興への道を進んでいるように見えた。
坂を上がってお茶屋さんで休憩しつつ、お茶をいただく。
しばしてくてく歩き、途中の店で冷やしあめとレモン水をいただいた。
旨し。
店に行ったら、彼女は元気そうだった。
ドゥーとかいう可愛い子と一緒に店で活躍している。
餃子の腕も上がっていた。
上手くいくといいな。
食後は、元町へ移動。
複数のおいしい店舗に立ち寄り、函館宛ての荷物を送る。
喜びを君たちに。
なんてな。
神戸で一泊。
こっちはだいぶん賑わっている。
尾行は一応無いみたいだし、特におかしな感じもしない。
艦娘っぽい子をあちこちで見かけた気がするけれども、あれは気のせいだろう。
たぶん。
翌日、新快速に乗って姫路駅へ。
姫路駅から播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅行きの汽車に乗って相生(あいおい)駅まで行き、ここで乗り換え。
そこから新見(にいみ)行きの汽車に乗れば、備中高梁駅まで一本で行ける。
車輌はコトコトと山陽の地を走ってゆく。
のんびりした雰囲気が強い。
今はまだ戦時といっても、後方の人たちからすると別世界の話に聞こえるのかもしれない。
だが、悲壮感あふれる社会はいろいろな意味でよろしくないからその方がよいのかもなあ。
幾人もの学生が途中の駅で乗り降りして、彼らは若さ弾ける雰囲気で話をはずませていた。
やたらと肌の白い娘もいたが、普通に女学生をしているようだ。
岡山駅では、沢山の人々が乗り降りしてゆく。
かなり賑わっている気配をひしひしと感じた。
さすがは大都会岡山だと感心する。
汽車は岡山県を北上し、やがて山間部の駅に到着した。
ここが備中高梁駅か。
確か、ここの地で作られるゆべしがおいしいんだよな。
函館だったら既に暗くなっているだろう時間帯だが、こちらはまだそこまで暗くない。
改札口を抜けて左側に行くと、駅舎に隣接した図書館が見える。
書店も兼ねているようだ。
ほう、洒落ている。
屋外の長椅子に座って、封筒を開けた。
なになに?
シャロンというケーキ屋兼パン屋に行って、店員であるインド系少女のララァと会え?
なんだそれ?
同封されている小さな写真には、美しい娘が写っていた。
あと、なんだこの合言葉は。
それで、出来たら『薔薇』を入手しろ?
意味がわからない。
薔薇とはお菓子なのか?
それとも……。
簡単な地図が添付されていたので、それに従うこととした。
今夜は倉敷か岡山に泊まろうかな。
美観地区近くの国際ホテルもいい。
特急のやくもに乗るのも悪くない。
夕暮れの地方都市は平和そのもの。
悪いことが起きませんようにと、内心でひっそり祈る。
駅前の商店街に入ると、程なくシャロンが見えてきた。
あか抜けた雰囲気の店だな。
神戸や横浜にあってもおかしくない感じがする。
店内に入ると、パンのいいにおいがした。
硝子のケースに並べられたケーキもうまそうだ。
ん?
彼女か?
インド系に見える少女がこちらに対し、微笑んでいる。
彼女はやさしい声で合言葉を言った。
「コンニチワ、オイソギデスカ?」