お偉いお偉い上級大将殿の一人から呼び出しを喰らったのが午後の一時過ぎで、これから横須賀の大本営に来るようにとの通達を受けた。
いきなり呼び出すのもどうかと思われたけれども、相手はお偉いお偉い上級大将殿である。
逆らう訳にもいかず、怒りで紛糾する部下の美しい娘たちを宥めている間に大淀が長門と加賀と妙高と共にカチコミへ出掛けてしまった。
困ったものだ。
仕方がないので霞や曙たちの水雷どうでしょう……ではなくて水雷戦隊に青森まで連れていって貰い、其処から新青森まで出て東北新幹線で東京まで出ることにする。
東北新幹線は全席指定なので乗れないと困るとは思ったが、みどりの窓口の若者は割合愛想のよい青年で無事往還出来る切符を用意してくれた。
『はやぶさ』の座席はポツンポツンと埋まっているくらいなので心配になったが、八戸(はちのへ)辺りで乗客数が増加したのでさほど酷い有り様ではないようだ。
座席は正直、狭い。
狭軌なので致し方ないのはわかるが、矢張狭い。
本日最終の汽車が夜の闇を斬り裂きながら走る。
売り子の娘が弁当や菓子などを売りに来たので、太宰治好みという弁当とスジャータのアイスクリンを買った。
弁当は思った以上の力作で、なかなかに旨かった。
盛岡で『こまち』の接続のために五分停車するというのでキオスクへ走っていってなにか買おうかとも思ったのだが、隣の通路側の席にやたら体格のいい会社員が座ったので取り止めた。
東京に着くと既に後一時間で明日になる時刻で、其処から横須賀に出る電車は既にない状態である。
さて、どうしようか?
旅籠(はたご)に泊まるには中途半端な時間だし、シャワーを浴びて身だしなみを調えるのが提督のたしなみかとも思ったが、石鹸くさい理由を上級大将殿から揶揄されるのも業腹だから止めておくことにした。
結局、東京駅から有楽町をぶらぶら歩いてよさそうな居酒屋かなにかがあったらごろごろしようという行き当たりばったりな作戦にした。
我ながらいい加減だ。
うろうろ歩いていると、赤提灯の灯りが見えた。
これはよさそうだと入ってみたら、鳳翔がいた。
一瞬驚くも、艦娘の中でも屈指の料理上手が揃う軽空母だから退役して居酒屋を経営するのもアリだろう。
店の中には人が居らず、あまり流行ってはいない印象を受けた。
もしかしたら腕がそれほどよくないのではないかという疑問は海の幸を使った突き出しで瞬時に払拭され、では何故このように客がいないのかと新たな疑問を抱いていたら、元艦娘が微笑んで話しかけてきた。
彼女によると、既に客がはけて閉めようかどうしようかと思っていたらしい。
暖簾をいそいそと仕舞う彼女に迷惑だっただろうかと聞いたら、『あの』函館の提督が来店したことで箔が附くと返された。
鶏皮と胡瓜の酢の物だとか、肉じゃがだとか、筑前煮だとか、そういったものをおいしくいただく。
函館の鳳翔に比肩し得る実力を感じた。
穏やかな時間が過ぎてゆき、グラスで出されたヱビスビールも思わず二杯呑んでしまった。
酔いを醒ます為東京の深夜を徘徊する。
夜中というより払暁に近い時間になっていて、もう少し待てば始発が出る時間になるだろう。
気付くと新橋の駅近くに来ていて、カラオケ屋があったので其処で休憩した。序(つい)でにサンドウィッチと茹で玉子と南京豆と珈琲の朝食を駅前の喫茶店で取って、始発の電車で横須賀へ向かった。
上級大将殿は案に相違して、なにかに怯えたような表情をしていた。
嫌味やお小言ではなくて、労(ねぎら)いの言葉が出てきて驚いた。
カチコミの成果だろうか?
毒にも藥にもならぬ上っ面の会話の応酬に終始し、対面は終了した。
なんなんなんだ、これは。
「私は総受けなどではないのだ。それは、君にはよく知っておいて欲しい。」
瞳孔の開きかけた目でお偉いお偉い彼は、そんな訳のわからないことを言う。
一体、彼にどんな災難が降りかかったのであろうか?
切符は夜の最終便で取っていたから、時間がかなり余ってしまった。
鎮守府に所属する娘たちへなにかしら土産を買って帰ろうかと思う。
大丸へ寄るのも悪くない気がした。