「テイ⋯⋯トク⋯⋯。」
か細い声が聞こえた。
振り向いても暗い海が広がるだけ。
気の所為か。
帰ろうとすると、すぐ後ろから声が聞こえる。
「イッ⋯⋯ショニ⋯⋯カエロ⋯⋯ウヨ、テイ⋯⋯トク。」
今回は二七六〇文字あります。
「ワカマツホマレが先頭、サツマオトメとチョーシューシックス、そしてトサスイコー、ワカマツホマレともつれ合うように走っています! さあ、栄光のゴールはもう目前だ! 一体全体、どの馬が勝利を飾るのでしょうか! サツマオトメとチョーシューシックスがワカマツホマレにぐんぐん迫り、二馬身離れてトサスイコーが猛追しています! 更にその三馬身後ろではハルヨコイが懸命に走っている!」
雪降る中の府中競馬場。
白いものがじゃんじゃん降るけれど、熱気と熱狂がそれをあっさり溶かしてゆく。
こんなところで大本営からの指示を受けなきゃいけないだなんて、ほんと、彼らは一体なにを考えているんだ。
連絡員は既に立ち去っている。
さり気なく会い、さっさと去ってゆく。
そんな感じで。
府中まで足を伸ばした意味、ある⋯⋯?
なにかにかぶれているんじゃないのか?
まるで、出来の悪い間諜映画みたいだ。
脚本の書き直しを要求するっ!
会議を西日本でやるなら、そっちの面々だけでやればいいのに。
なんでやねんな。
函館からここに来るまでだって、ちょびっと面倒だというのに。
懐にお下がりの回転弾倉式拳銃を忍ばせていると、いろいろな意味でどきどきするというのに。
護衛の艦娘がいないので自由度は高いのだけれど、なにかあった時の対応は個々人に任される。
無茶を言いおるわい。
ま、その時はその時。
一発も撃たない結果になればいいのだが。
撃っても当たらないのだし、そもそも当てられても困る。
ちなみに馬券は意外にも当たった。
万馬券ほど当たった訳ではないが、これで少しは旨いメシが何度か喰える。
こうやって、ヒトは堕落するのか。
ハマると滅茶苦茶大変、理解した。
それは兎も角、なにを喰おうかな。
目的地は兵庫県の城崎(きのさき)か。
ちょっこし遠い。
うちの艦娘たちも来たがっていたなあ。
今回は遠慮してもらった。
旗を振りながら歩くとむっちゃ目立つ。
彼女たちは自身の見目よさに気づかない。
それがどのような結果になるのか知った時は遅いのだ。
たまに言うのだが、軽くあしらわれることがほとんど。
過(あやま)ちに陥ってしまう提督は未だに後を絶たない。
魅力度が高すぎるのも問題だし、結婚しない男性が増加傾向にあるらしいのも悩ましい。
艦娘の真似をする娘は今尚いるし、元艦娘たちが気に入った一般男性に提督風の恰好をさせる気持ちはわからなくもない。
⋯⋯うーん。
まあ、先ずは腹ごしらえだ。
浅草にある知り合いの洋食屋でご馳走を食べよう。
ハンバーグとミンチカツと海老ふりゃーとポタージュと⋯⋯。
城崎へは東海方面から行くか、それとも日本海方面から行くか。
北陸のメシもいいな。
帰りは神戸に寄るか。
湊川(みなとがわ)市場を訪ねてみるのも悪くない。
翌早朝の東京駅。
人々に揉まれながら、東海道線の乗降場を目指す。
ここか。
列車内に入った。
先ずは沼津を目指そう。
ちょっと贅沢にいこうと、普通車グリーン席を選択する。
これで少し楽になるぞ。
艦娘っぽいナニカを窓の外に見かけた気もするが、おそらく気の所為だろう。
デース、なのです、キタコレ、なんて空耳だ。
沼津駅に到着。
ここから浜松行きの普通車に乗って、浜松に着いたら今度は特別快速に乗って米原(まいばら)へ向かう。
米原まで行けば、新大阪へは新快速で一気に行ける。
よし、これだ。
駅蕎麦を掻き揚げと共に急いで掻き込み、次の列車に向かった。
金属の塊を持ち歩いていると、何気に緊張する。
五発撃てるが、至近距離でもなければなかなか当たらないだろう。
予備弾を真空パックで五発持ってきているが、こちとらは的当て以外で使う機会なんて先ず無い人間なのだ。
撃ったら撃ったで、始末書やら査問会やら裁判所やら警察やらなんやらと面倒な事態に陥る。
自分自身で身を守れと言いつつ、なにかあると自己責任がどうしたとか言って引っ掻き回す。
こちらが怪我しても当然のことになりやすいのに、襲撃者がちょっとでも怪我をすると騒ぐ。
嗚呼、ややこしい。
撃たれるのは厭なものだが、撃つのは更に厭な感じがする。
艦娘を指揮する者がこんな感覚ではいけないのだろうけど、どうも未だに慣れない。
移動中の駅舎で警察官やら元艦娘やらがばたばたしているように見受けられなくもないが、まあ気の所為(せい)だろ。
気の所為、気の所為。
新大阪に着いたら今度は特急に乗って城崎へ向かう。
この辺はこういうのに乗らないと大変だ。
流石に在来線普通電車はちょっとキツい。
何名もの駆逐艦ぽい娘やら軽巡洋艦ぽい娘やら軽空母ぽい娘を見た気もするが、元艦娘も社会にだいぶん溶け込んできているのであろう。
きっと、そうだ。
そうに違いない。
そういえば先日適当なアニメーション化の話がこけたけど、業界的にはよくあることらしい。
私の書く作品は妙に艦娘受けがいいみたいだけど、そこに慢心してはいけない。
新しい価値観を見せるべく、常に邁進しなければ。
これか⋯⋯この列車に乗ればいいんだな。
夕方、城崎に着いた。
流石に腹が、減った。
先ずは腹ごしらえだ。
食べよう。
食べれば、それは活力につながるから。
なんてな。
さてさて、なにを食べようかなかな。
よしよし、見つけたぞ。
ここはよさそうな店だ。
アジとハガツオの二種盛り定食を食べようか。
冷やしわらび饅頭も付いてくるらしい。
ほほう、いいじゃあないか。
注文した品が来た。
ついでに檸檬ソーダも追加で頼む。
うむ、酸味としゅわしゅわが心地いい。
ハガツオフライは鰹と白身魚のいいとこ取り的なおいしさが素晴らしい。
鯵フライ、嗚呼、アジフライ。
熟成されたアジを使った旨いフライだ。
衣が薄くて軽く、実に軽やかで旨いぞ。
大根白茄子甘長唐辛子の揚げ物。
出汁で炊いて揚げるそうだ。
出汁で炊いて揚げた大根フライもいい。
おでんのような大根は汁たっぷり。
白茄子フライは肉厚ジューシー。
白茄子ってこんなに旨いのか。
漬け物、大事。
この爽やかさがなんとも心地いい。
おみおつけも旨い。
なめこと豆腐と長ネギの三位一体。
途中で味わうキャベツの千切りもいい仕事をしている。
甘長唐辛子は、と。
あまり辛くない。
ピーマンみたいだ。
半熟玉子フライにタルタルソースをかける。
たまごにたまご。
いいじゃないか。
セロリが入っていて、口中爽やかナリヨ。
ポテトサラダは普通に旨い。
豪快にタルタルソースをたっぷりかけて、いざ参らん。
うん、抜群。
フライ尽くしなのに、油や揚げ方がいいのか、胃もたれしない。
茄子、ナイス。
締めに白茄子フライカレーを頼む。
カレーの小鉢。
ほんのり和風。
出汁が上手く効いている。
これがいい。
誠にいい。
これに付いてきてワカメとお麩の味噌汁。
ほっこりする。
いい出汁だ。
冷やしわらび饅頭はぷるんつるんとしていて喉越しよく、あっさりと美味い。
これはいいものだ。
ほうじ茶によく合う。
いい店に巡り会えてよかった。
明日の会議、頑張ろう。
カーッカカカカカカ。
俺だ。
秋山だ。
秋山醤(ジャン)だ。
料理は勝負だ。勝てばいいんだよ。
お前らに教えてやる。
ケチな小技じゃない、本当の料理ってやつをよ。
艦娘相手でも舌を唸らせられるって、この俺が証明してやるぜ!
次回、『秋山君の野菜炒め』
XO醤は愛の印