一:おっさん、ある日提督になってねと命令される。
二:おっさん、提督候補生時代に教官とデートする。
三:おっさん、函館に着任。その後、戦艦棲姫の投降で大騒ぎになる。
ミグ25が函館空港に強制着陸して大騒動になった、ヴィクトル・ベレンコ中尉亡命事件みたいなものか。
四:おっさん暗殺計画の幾つかは、騎士王疑惑のある大淀が物理的に粉砕。
五:函館に転属したい艦娘が続出した為、
大量の間宮羊羹や間宮券がばらまかれる。
六:おっさんのイメージビデオ発売。何故か即時完売して、増産される。その後、様々なその場しのぎが実行に移された。
七:海域回収(ドロップ)艦と思われるメリケン艦娘たちが、函館に保護を求める。
八:おっさんにロアナプラ関係者の護衛が付くようになり、風魔の里からも若い忍びが派遣される。
九:おっさんは今も狙われている。様々な意味合いに於いて。
ロシア第三の都市、ハバロフスク。
深海棲艦侵攻後に統制が取れなくなった中央政府の弱体化に伴って、独自に力を蓄えつつある街。
そして極東艦隊の停泊地、ヴラディ・ヴォストーク。
一般的にはウラジオストクと呼ばれる街。嘗ては、浦潮(うらじお)と呼ばれた地である。
新潟市や函館市などと姉妹都市を提携している。
ハバロフスクはロシア内陸部にある都市で本来泊地を置くような場所ではなかったが、深海棲艦の侵攻を起因とした中央政府の経済的瓦解に対する崩壊抑止策並びに現状打破の一環として中規模の鎮守府が設立された。
ハバロフスクの上層部より成るロシア極東正統政府からの了承は得ており、元スペツナズを含む軍人たちと共に治安維持を行っている。
元大統領一派の籠るマスクヴァ(モスクワ)のロシア中央正統政府からは内政干渉との批判声明文が出されているものの、彼らとの経済的やり取りは行われている。
ブラックジャックやスホーイやミグが飛んで来たなら嬉しくないが、今はそれほど余裕がないだろうからさほど心配しなくていいのが救いか。
シヴェリア鉄道も通常運行されている。
口と腹の中は、往々にして異なるもの。
言われない内容を読み取る必要はある。
ハバロフスクが日本と繋がっているのは大きい。
シヴェリア鉄道にて日本製品が中央へと流れる。
日本との交易は、彼らにとっても魅力的らしい。
また、ヴラディ・ヴォストークにも続いて浦潮泊地が設立され、これは大陸半島方面への抑止力とされている。
艦娘もどきが日本海に出没しているとの情報があり、時折残骸らしきものは発見されていた。
深海棲艦と戦った後の名残か、どこかのなにかと戦った跡なのか。
浦潮泊地は現在新潟鎮守府と連携して活動中だ。
両泊地の存在がロシア極東方面の治安安定化に寄与しており、都市人口は増加傾向にある。
口先よりも功績だ。
両都市は現在小樽を本拠とするホテルストリチナヤの人員供給口になっており、生活に困窮した元軍人や特殊部隊隊員などが働き口を求めロシア全土から彼の地へ移住している。
ホテルストリチナヤはヴラディ・ヴォストークをロシアでの拠点と定め、旧松田銀行部を買収してここにマイクロフト商会を設立した。
「私は冷めた不味いブリヌイを食べるつもりなどない。」
何故ホテルを買収しなかったのかと問われた小樽鎮守府の提督は、そう簡潔に答えた。
今回小樽の提督とヴラディ・ヴォストークを訪れたのは、姉妹都市の人間としての表敬訪問が大きな理由。
私の義母(はは)がドイツからやって来るのを、ハバロフスクで迎える為でもあった。
シヴェリア鉄道に乗るのは初めてなので、なんだか緊張してしまうのだった。
「お前にも母親がいるのだな、タヴァリーシチ。」
小樽の提督が話しかけてくる。
タヴァリーシチ、って確か同志という意味だったな。
「義理の母ですがね。」
「そうか。会うのが楽しみだな。」
「……ええ、まあ。」
「なんだ、あまり気乗りしていないようだな。」
「義母は私の娘くらいの年齢に見えるんです。」
「若づくりか……いや、若いのか。」
「そして、世話焼き体質な人です。」
「ほほう。お前が苦手とする理由がわかるぞ、タヴァリーシチ。」
嗚呼、八神君の家庭の事情!
今回の面々だが、小樽側が提督に副官の軍曹に駆逐艦のヴェールヌイな響、函館側が任務娘の大淀に駆逐艦の島風に私。
総勢六名から成るパーティだ。
素敵なパーティしましょうぜ。
函館は長門を責任者として、鳳翔、龍驤、加賀、妙高との合議制で行動するようにお願いした。
彼女たちに任せておけば大丈夫だろう。
寄宿舎みたいな泊地だ。
ヴラディ・ヴォストーク泊地の第一印象はそれであった。
小樽の提督は艦娘から覇気が感じられないと嘆いていた。
提督は苦労人の感じがする人で、ロシア語に堪能だった。
仕事の関係でロシアと日本を往還する日々を送っていたらしいが、妖精が見えるというので提督にさせられたそうだ。
一般職員にロシア美人の多いのが気になるが、ブリヌイもサモワールを使ったお湯で淹れてもらった紅茶も旨かった。
紅茶は黒海近くで産したものだとか。
同じ大淀でも、こちらの彼女は少し冷ややかな雰囲気がする。
環境によるものなのか。
提督によるものなのか。
手前味噌になるが、うちの大淀の方が断然可愛いと思うんだ。
あちらの大淀が、こちらの大淀を見つめながら戸惑っていたのが印象的だった。
近々演習しましょうと話をして、表敬訪問は終了した。
時間が余ったので、ヴラディ・ヴォストークの名建築群を見学することにした。
小樽組は別行動となり、後でマイクロフト商会で落ち合うことにする。
案内役は現地の大淀だ。
函館の大淀はカチューシャを外して、白いブラウスに紺のタイとスカートという装備に変更している。
早速歩き回った。
この地に日本人が多く住んでいたことを知り、歴史のよすがを感じる。
現地の大淀は最初つっけんどんな印象を受けたが、どうやら人見知りする子だったようだ。
始めは距離感のあった彼女も、途中から私の手を引いたり隣に立ったりするようになっていた。
艦娘は環境によって変化するものだと、改めて思う。
昼食は何故かピッツァの店になり、その味は悪くなかった。
その際に現地の大淀から夕食を浦潮泊地で取るよう勧められ、会食が決定する。
艦娘同士の交流は好ましいものだと思う。
現地の大淀が好意的に行動してくれたので、大層助かった。
会食用の食堂に到着。
ウォトカが大量に用意されていたのに驚く。
ウォッカとも称される蒸留酒は高い度数を誇る酒精だが、ロシアの人々や泊地の艦娘たちはカパカパ呑んでいた。
私はクヴァスで充分だ。
甘い香りのするロシアの飲み物。
初夏のロシアにぴたりと嵌まる。
菩提樹の蜂蜜を函館への土産にしようか。
ウォトカの瓶がどんどんなくなってゆく。
小樽の提督がよく呑んでいたのはわかる。だがしかし響も呑んでいたのには驚いた。
向こうの響も呑んでいたからおあいこか?
マイクロフト商会は宿泊も可能となっていたので、そこで一泊させてもらう。
ここで出してもらった紅茶もクヴァスもおいしいので嬉しい。
朝食で出たブリヌイも焼きたてで、なかなかにおいしかった。
ヴラディ・ヴォストーク駅の停車場からシヴェリア鉄道に乗車する。
約八〇〇キロメートル、東京青森間くらいの距離。
およそ半日かかる汽車の旅。
二人部屋にして、軍曹と相部屋にした。
艦娘と同室?
とんでもない!
間違いがあっては困るしな。
散々彼女たちと添い寝をしておいて言うのもなんだが。
妙に気合いが入っていた二名が意気消沈していたので、車内のサモワールを使った紅茶で取りなした。
ハバロフスクに到着し、同地にある泊地を表敬訪問する。
浦潮泊地と異なり、こちらは鉄火場に向かう武闘派が集結しているように見えた。
提督の秘書艦で第一艦隊旗艦の摩耶が挨拶代わりにと、私へ鋭い蹴りを放ってきたのには驚いた。
小樽の提督にやっていたら撃たれていたかもしれないから、判断自体は悪くない。
幸い、それは寸止めで抑えられた。
重巡洋艦が本気になったらその一撃ですら耐えられないので、ほっとした気持ちで一杯だ。
「へっ、声も出ねえか。」
「白だ。」
「白ですね。」
「へっ?」
「ロシアでもよい下着は売られているようですよ、大淀さん。」
「そうですね、提督。私が今穿いているのも白です。」
「ふむ、やはり白は基本線のようですね。」
「お、お前ら! もっと真剣にやれ!」
「摩耶、お前の負けだよ。流石の防空番長も『艦娘たらし』には勝てないという訳だ。」
提督は物分かりのよさそうな人だったので安心した。
その後は気さくに接してくれる摩耶とも友好的にやり取りし、ハバロフスク泊地の表敬訪問も無事に終了する。
どこを訪れたいかと摩耶から問われ、私は慰霊碑と日本人墓地を指定する。
大淀と島風は同行するという。
小樽組は公園に行くみたいだ。
慰霊碑で黙祷し、次いで日本人墓地を訪れた。
狙撃兵だった母方の祖父の魂の安寧を祈りながら、黙祷を捧げる。
かなり優秀な人だったらしいが、その血を引き継げていなくて申し訳なく思う。
摩耶もここでは軽口を叩くことなく、真摯な表情で付き合ってくれた。
彼女の本質は責任感の強い姉御肌な子なのだろう。どことなく、小樽の提督に似通った部分を感じる。
泊地に戻ると夕食を誘われ、小樽組共々ご馳走になった。
会食ではやはり、ウォトカウォトカウォトカウォッカだ。
艦娘たちに絡まれ、ストリチナヤだのゴルバチョフだのを呑まされる。
やれやれ。
宿泊はインツーリストホテル。
翌朝。
ハバロフスク中央駅の待合室で義母を待つ。
小樽組は別行動。あちらはあちらの仕事がある。
彼女たちに再び会うのは日本だ。
「提督もそわそわすることがあるんですね。」
「お前のそういう姿は、稀少価値があるよ。」
大淀と島風から冷やかされる。
二名とも、私の義母に会ったら驚くに違いない。
汽車が到着したようだ。
義母を迎えに行こうか。
瞬間、視界を背後から伸びた手で防がれた。
「だーれだ?」
「義母さん。」
大原さやかのような声に応える。
義母だ。
『アイヒホルンの森』から遙かなる日本へやって来るは、妖精のように美しい義母。
世間知らずな箱入り娘であるが、快活且つ教養と気品を併せ持ち非常に好奇心旺盛。
アンネリース・フォン・アイヒホルン。
見た目は二〇代前半。
私の義母だと言っても、なかなか信じてもらえないだろう。
「トトちゃん、相変わらず冷めているわね。」
「義母さん、止めてください。貴女は義理ではあるにせよ、私の母親なのですから。」
「そして、かたっくるしいわ。」
「性格です。諦めてください。」
大淀と島風が驚愕している。
うん、その気持ちはよくわかるよ。
二名にもやさしく接する義母。
ただでさえ破天荒な毎日なのに、更に予測不能な義母が加わるのか。
やれやれだぜ。