はこちん!   作:輪音

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ⅩLⅦ:ムカエイツクル

 

 

 

 

人類は現在狙われているが、昔から狙われてもいる。

 

おおよそ五〇年ほど昔、人類は異次元人や異星人の侵略を何回も受けた。

彼らは地元の秘密結社と提携して密かに勢力を伸ばしていったが、地球人に与(くみ)する異星人や仮面戦士といった勇者たちの抵抗は非常に激しかった。

勇者たちは無理無茶無謀の三拍子揃った無茶苦茶さで、倫理に囚われないフリーダムな感じで周囲を気にする侵略者や秘密結社の面々を次々に倒していった。

 

野蛮な戦い方を平然と出来る。

侵略者たちの倫理観を根底から崩す思考。

フリーダムフリーダム風の色。

なんとおそろしいのだろうか。

とても共存出来そうにはない。

 

平家が源氏に破れたように、知性的な侵略者たちは人知れず侵攻を諦め理性的な秘密結社は瓦解した。

人の闘争本能に火を点ける煙草で実験を試みたメトロンは、あまりに非文化的で酷薄な人類という結果に驚愕し火星移住計画に傾いた。

大規模な地球移住計画を立てていたペガッサは人類の残酷な歴史に衝撃を受け、メトロンの計画に参加することを決定する。

ノンマルトは復讐を成し遂げるのだと海底から戦艦や怪異を召喚して人類に挑戦し、狂暴な人類に協力する酔狂な異星人に惜敗して一旦撤退した。

必ずや復讐成さんと宵明星に誓いながら。

 

その熾烈な戦いのさ中、異次元人や異星人の尖兵として捨て石にされた人造少女たちがいた。

 

異次元人や異星人の侵略は防いだが、使い捨てにされて図らずもセカイに残留することになってしまった者たちの立場など誰も保証はしない。

現地技術ではとても造り出せそうにない、ヒューマン・インターフェイス。

人類社会に対応出来るように作られた、現地調査偵察報告型使い捨て兵器。

自爆機能が無いのは救いなのか?

彼女たちは異次元人や異星人の高度な技術を僅かな拠り所として、このセカイで生き抜くしかなかった。

通信機と瞬間洗脳装置と光学迷彩と光学防御装置と重力低減装置とが組み込まれた携帯端末や腕輪。

プロトンガン。

強化服。

薄い本。

それらが彼女たちの少しの所持品。

 

ムカエイツクル

ムカエイツクル

 

 

その昔。

東南アジアの某国で熾烈な戦争が行われていた頃。

 

「ガミラス星、ガミラス星、第八任務完遂しました。迎えの駆逐艦を送ってください。」

 

東急東横線綱島駅舎近くから密かに送られる電波に、今宵も返事は来ない。

大マゼラン星雲へと何度も電波は飛ぶが、亜空間通信機は沈黙したままだ。

渋谷のプラネタリウムで作り物の星を見ながら無為の時間を潰すしかない。

この狂った星で夢も見ないままに。

山手線に乗ってぐるぐる時間を潰しながら、痴漢を何人も捕縛して現地治安組織に渡したり。

何人も洗脳電波で従えて、変な奴らに突撃させたり。

 

 

ムカエイツクル

ムカエイツクル

 

 

渋谷は娯楽場に溢れた、退廃的な街だ。

ボウリング場にジャズ喫茶、地下に潜ればアングラバー。

そのアングラバーのひとつ、スナックアンクルモアで彼女は気だるげに踊る。

夢も知らぬままに。

 

不意に、彼女の意識に割り込む者がいた。

それは、侵略者が最要注意人物として警告を発していた赤い超人。

レッドマンのようにおそるべき男。

だが、彼女はまだ彼の本質を知らない。

 

[聞こえるか?]

[聞こえるわ。貴方は誰?]

[地球を愛する者だ。]

[地球人でテレパシーを使える者なんていたかしら?]

[僕は宇宙人だ。君の製造元と同じだ。]

[わかった、貴方はモロハシ・マンね。私になにか用かしら?]

[君たちは地球を侵略するつもりか?]

[それが大ガミラス総統のご意志だからよ。でも……。]

[でも?]

[この狂った星に魅力があるの? 貴方も散々見た筈よ、モロハシ・マン。地球人は互いに争い、それを恥じず、内ゲバを止めようともしない野蛮人よ。理性的でも知性的でもない、そんな蛮人を支配しても無駄なだけ。彼らを守る価値なんてあるの? 侵略する価値があるなんて、とても見えない。]

[そんなことはない! 地球人にだって、まともな者は沢山いる!]

[貴方、ロマンティストなのね。]

[君はペシミストだな。ところで映画でも見に行かないか?]

[悪くないわ。でもお断り。貴方は敵ですもの。]

[敵を観察出来る、またとない機会じゃないか。]

[口がお上手ね。]

[で、どうだい?]

[あくまで任務の一環よ。]

[よし、じゃあ行こうか。]

 

 

ムカエイツクル

ムカエイツクル

 

 

通信機からは今宵も応答がない。

 

 

ウルトラ警務隊。

地球防衛組織を名乗る政府直轄部門のひとつだ。

現在、二代目。

初代の科捜隊は既に解散している。

彼らは侵略者たちの超技術の一部を解析して、自分たちの権益に還元していた。

その彼らが珍しく活動している。

選挙が近いからだ。

政府の面々が変わる度に、彼らの組織も一新される。

少しでも組織を長らえさせるため、マスメディアを利用しながら延命策を行う必然性があった。

 

彼らの表情は絶望に染まっている。

太陽系外から遊星爆弾が発射されたことを知ったからだ。

恒星間弾道弾でもあるそれは、地球を目指す彗星の如し。

白色彗星みたいに地球へ向かっている。

 

人類は未だ、太陽系外までその魔の手を伸ばしきれていなかった。

火星ですら、彼らの支配下にはない。

木星近辺に配置した宇宙ステーションは、星の重力に飲み込まれ失われた。

火星付近で行われた第一次防衛戦は呆気なく人類の敗退で終わり、現在月周辺での最終防衛戦が予定されている。

火星と月の間にある宇宙ステーションが第二次防衛戦に失敗して破壊されたことが先程報告された。

人類社会の崩壊は近い。

 

 

 

作り物の娘の顔に絶望的な表情が浮かぶ。

通信機から録音再生された言葉が原因だ。

曰く。

 

「遊星爆弾、既に発射せり。迎えに及ぶ時間なし。現地で任務を全うせよ。」

 

 

ムカエハコナイ

ムカエハコナイ

 

 

いつの間にか娘の隣にいた赤い超人の人間形態が、手を握りながら彼女に囁く。

 

「この星で僕と生きよう。僕と一緒に。」

 

娘は美貌だった。

彼女を作り出した者の、せめてもの手向けだったのだろう。

或いは趣味全開だったのかもしれないが。

異星人は娘に会う内、彼女に惚れてしまっていた。

彼は彼自身が属しているウルトラ警務隊の女性陣とも何人か関係しているが、英雄は色を好むものだから致し方ない。

 

 

 

遊星爆弾は結局、どこぞの魔王だか英霊だかなにかがマゼラン方面に投げ返したらしい。

こうして、地球の危機はまたも巧妙絶妙に回避された。

ウルトラ警務隊は宣伝に努め、彼らは英雄扱いされる。

 

そしてその後、娘はモロハシ・マンの前から姿を消した。

あまりにも強烈な好き好き攻勢に堪えかねたからである。

嫌いではなかった。

求められることは嬉しかった。

しかし。

彼女は芽吹いた感情がなにかをその時理解出来なかった。

理解出来ていたならば、別の展開があったかもしれない。

 

 

一九七五年一二月に東京虎ノ門の日本消防会館会議室で開催された同人誌即売会は人造少女たちに衝撃を与え、以降、そうした場所が彼女たちの集まる場所になった。

彼女たちの一部は即売会やSF大会へ積極的に関わるようになり、やがて日本の現代文化の一角を支えるという重要な役割を担うことになる。

 

長い月日が流れた。

 

時は二〇〇〇年代。

ところは神奈川県。

周囲の地球人を適当に洗脳しながら、作り物の娘は横浜市港北区でそれなりに暮らしていた。

惰性で生きているともいう。

たまに、同様の立ち位置にいる者たちとお喋りしたり一緒に買い物したり同人誌即売会で売り子をしたりコスプレしたりする生活だ。

彼女はいつの間にか、地球での生活に馴染んでいた。

馴染むしかなかった。

慣れるしかなかった。

世話役は面倒見のよいメトロン。

たまに女子会を開催してくれる。

彼には、気のいい大阪のおっちゃんみたいな所があった。

中江真司のような声で朗らかに彼は偽物少女たちに言う。

 

「地球人は愚かで支配するに値しないが、君たちを見捨てるのは忍びない。」

 

彼はそう言って、かつてモロハシ・マンと一騎討ちして破れた親友に思いを馳せるのだった。

 

 

彼女は思う。

かつてウルトラ警務隊で使われていたポインターを入手出来たのは喜ばしいことだ。

処分寸前に配下から情報を得られたのが大きかった。

しかも、一号も二号も入手出来た。

廃車譲渡の書類と誤認識させて合法的に受け取り、購入後に整合性を合わせる。

そういうことばかり、上手くなる。

モロハシ・マンの行方はわからない。

一時期地球防衛軍の宇宙ステーション基地に隊長格で迎えられたとも聞いたが、その基地が宇宙生物に食べられてしまった為に安否は不明だ。

生きていてほしいとも思うが、今更なにを会って話すという気持ちもある。

周りの人々には、ポインターをレプリカだと誤認識させている。

たまにこれで走り回っているが、彼を見つけることは出来なかった。

 

 

 

幾つかの偶然から、彼女は綱島駅舎近くの居酒屋で働くことになった。

居酒屋の女将は少女に見える姿だったが、人間ではないという。

元艦娘なのだ、彼女は。

人の形をした、作り物。

所属していた鎮守府の提督を失い、戦う意義を見失った彼女は女将になることを決心した。

幸い、彼女には小さな店を構えるだけの資金があった。

仲間の妖精たちも協力的だ。

鎮守府の面々も援助をした。

そしてさほど年月が経たない内に、横須賀の大本営に行った鎮守府関係者は皆綱島に寄ってから戻る、と言われる程の店になった。

美人が二名もいるのだ。

行かずにどうするのか。

隠れ家のような名店だ。

 

その店にある日、ふらりと立ち寄るおっさんがいた。

仕事帰りに食事をしようとしたのだった。

 

 

人の世の喜びも悲しみも

一瞬の星の瞬き

万物流転

すべてが運命の羅針盤に仕組まれた

イルミネーションだとしたら

底知れぬ闇の海を漂っていた時に

不意に雲間から射す月の光だとしたら

いつ果てるとも知れぬ

この曖昧な時を貫く

グングニルの一閃だとしたら

 

 

彼を見て驚く女将と従業員。

 

「提督!?」

「モロハシ・マン!?」

 

 

ムカエハキタ

ムカエハキタ

 

 

 

 

 


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