あと一話で五〇話です。
勘違いして、今回五〇話だと思ってしまいました。
お恥ずかしい限りで御座います。
間違えまして、すみません。
すべての鎮守府泊地警備府の面々から愛されている給糧艦間宮。
その姿は正に艦娘のアイドル。
彼女の存在は士気を高め、口福を与える。
間宮アイスや間宮羊羹はすべての艦娘を魅了し、老舗の専門店すら唸らせる味わい。
豆腐や油揚げや麩や蒟蒻さえ自作し、その味は異国の海にて戦う将兵の癒しになっている。
常によりよいものを、と研鑽を惜しまない彼女は時に市井の料理人が教えを乞い願う程だ。
更に医術を知り、散髪理髪が出来る彼女はそうした意味でも来訪を待たれる艦娘だ。
だが、彼女には裏の顔がある。
無線監査官であり、通信将校でもあるのだ。
高度な通信技術を持つ彼女は大本営に不正の報告義務を持つが、大抵は大事に至る前に注意する程度で済ませている。
温厚な彼女は調和を愛するのだ。
それは料理の心構えに通じる道。
同様の任務を帯びた、諜報防諜を担当する情報将校の大淀や整備開発を担当する技術将校の明石と共に、彼女たちは艦娘と提督を支える存在だ。
三名揃っていない鎮守府泊地警備府もあるが、それは大人の事情で仕方ない。
様々な顔を持つ巨乳の艦娘。
それが間宮。
その最高峰のひとりが函館にいる。
「間宮さんよっ! 間宮さんが来たわっ!」
映像の中で歓声が上がる。
あれはパラオであろうか。
満面の笑顔で、給糧艦の間宮を迎える艦娘たち。
撮影は青葉だな。
そして、タイトルコール。
『ヨウカンヲクレ! 待っていました! お菓子艦!』との副題が画面を飾る。
公共放送で毎週水曜夜放映されている、『歴史挿話ミスカトニック』。
その編集手法は時に疑問を覚えさせるが、意外と視聴率は高いらしい。
食堂のテレビジョンの前には、沢山の艦娘や事務方の職員などが鈴鳴りのかぶりつきで密集している。
最近は他所の子が自然に鎮守府内を闊歩しているから、違和感が少なくなっている。
はっ!?
諸葛亮の策略か!?
……まさかな。
そんな訳ないか。
映像を見ながら、あの時のことを思い出す。
函館から大淀と間宮と鳳翔を伴って、先日渋谷の放送局まで出張ったのには理由がある。
上記の番組で間宮特集がある為、特別ゲストとして収録場所まで行くようにと大本営から指示が来たのだ。
指定された艦娘は間宮と鳳翔。
老舗料理番組の『今日の調理』にも出演する為である。
全鎮守府泊地警備府の中で、最強級料理人に属する彼女たちの指名はよくわかる。
わかるが、何故私も一緒なのだ?
二名によると私は必需品らしい。
謎だ。
まあ、いい。
後でヴィロンに寄るとしようか。
あそこの焼菓子はとても旨いし。
私はその時、暢気にそう考えた。
収録現場入りして、打ち合わせ。
函館所属の間宮と大本営の間宮。
函館は『初代』、大本営は『二代目』の腕章を付けている。
司会の女性と段取り打ち合わせ。
間宮関連の取材映像を皆で見る。
取材を受けた方々が間宮羊羹を食べて、本当に嬉しそうな顔をする。
虚飾の無い、それは口福の笑顔。
函館の間宮と大本営の間宮は映像を見ながら、それぞれ喜んだり悲しんだりと百面相を繰り広げた。
間宮の危難に軽巡洋艦の大井が向かおうとして、結局駆逐艦の潮が助けた話を聞く。
同じ軽巡洋艦の北上にからかわれている大井を想像し、潮が第七駆逐隊の面々からいじられているだろうことを想像してほっこりする。
『ミスカトニック』の収録後、『今日の調理』の収録場所に到着。
手早く作れておいしい冷やし中華、というお題で初代、二代目、鳳翔による華やかな頂上決戦が行われる。
私にも食べて欲しいとの強い要望で、何故か用意されていた赤い彗星の仮面の男に変身して急遽出演した。
普通に盛られていたら食べきれないと思ったが、三名とも小盛りにしてくれたので大変にありがたかった。
鳳翔の作ったものを最初に食す。
元祖の神田神保町流冷やし中華。
富士山状に盛りつけられている。
頂上の錦糸卵は雲を模したもの。
その錦糸卵をほぐしてゆくと、ウズラの玉子や肉団子が出てくる。
旨し!
間宮の作ったものを次に食す。
彼女は東北最大の都仙台流だ。
こちらも元祖を名乗るという。
五目冷やし中華が卓上に乗る。
多くの具材を使った華やかさ。
クラゲや蒸し鶏や胡麻のタレ。
旨し!
大本営を現在背負う二代目間宮。
彼女は会津風で勝負を挑むのだ。
叉焼、メンマ、ワカメ、紅生姜。
極太縮れ麺が統括する味の饗宴。
手打ち会津ラーメンの店で教えを請う、その姿勢がこの味に結実している。
旨し!
いずれも甲乙つけがたい旨さ。
むふう。
三名からいずれが最もよかったかと真顔で尋ねられ、司会者と助手の人と顔を見合わせる。
司会者がさっと一品を手元に引き寄せた。
助手の人もピンときて同様の仕草をする。
結局我々は一名ずつを褒めることにした。
私はいつもと違う味だったので、と二代目を褒めた。
鳳翔と初代のややこわばった顔が少しこわかった。
収録後、東急百貨店本店前のディロンへ行き、絶品のフィナンシェやマドレーヌやカヌレを購入し、二階で二名に振る舞った。
小麦粉や珈琲はシヴェリア鉄道を使って輸入しているそうで、フィナンシェが一個八〇〇円とか珈琲が二五〇〇円とかで高めに感じる。
まあ、今のご時世ではこんなものだろう。
その分、客層が静かなのはありがたいな。
で。
二代目を誉めた結果が二名の恨みがましい目付きを生み出し、私は針のむしろとなった。
いやはや。
後日二代目から礼状が届いてひと悶着起こるのだが、それはまた別の話。
番組が終盤に入ってきた。
静まり返った鎮守府食堂。
間宮の最期の場面が来た。
海に投げ出され、救助されるも安堵死してゆく乗員たち。
ぽろぽろと泣き出す間宮。
助かった、とほっとしながらも黄泉へと向かう乗員たち。
高齢の老人が淡々と語る。
二代目も泣いているかな。
全員泣いているのだろう。
エピローグ。
忘れ去られてゆく慰霊碑。
風化してゆく戦時の事象。
だが最近は若い人も訪れるという。
それが救いになるのだと思いたい。
そして。
例の一件の為、私は二名から冷やし中華の刑を受ける破目になった。
二週間三食連続冷やし中華である。
付け合わせに焼売や焼き餃子などが付くこともあるが、主食は冷やし中華だ。
いろいろな冷やし中華を食すのだ。
憲兵の國江さんや事務方の田中さんなどが二名の説得に向かってくれたけれども、おかんむりの彼女たちには通じなかった。
普段穏やかな人が怒ると鎮静化に時間がかかるのは知っていたが、どうにもならぬ。
この手の震えが止まらないのです。
だがしかしばってん。
彼女たちには誤算があった。
私は同じ献立でも、基本的にあまり気にしない性格なのだ。
仮に、カレーやおでんが一ヵ月続いてもなんともないしな。
寧ろ、彼女たちの研鑽をこの舌で確認出来る結果になった。
冷やし中華の刑で一件落着の筈だった。
大本営の二代目が感謝の気持ちを込めて、私宛に贈り物をしてくるまでは。