五月一日に幾つか手直ししました。
ローマは書くほどに可愛らしくなってゆくような気がします。
私の名はローマ。
艦娘のローマ。
誇り高きイタリアの戦艦の魂を持つ艦娘。
日本生まれの伊太利亜艦。
横須賀で建造された艦娘。
なんちゃって伊太利亜艦。
一体、なんの悪い冗談だろうか。
私の知るイタリアは昔のセカイ。
それでも魂はイタリアを求める。
日本人は欧州かぶれが多いとの理由で、私は親善大使的な立ち位置を求められた。
勝手だ。
私の意向は一切無視されている。
日本人はイタリア人というと陽気な人種を連想するらしいが、それも勝手だ。
それが当たり前だと錯覚している。
イタリアは北部と南部で考え方も気質もずいぶん異なるのに。
みんな、なにもわかっていない。
私の愛するイタリアのことも。
私という艦娘のことも。
なにもかも。
歪な感情が迷走する中、私はため息を吐く。
火力にすぐれていようと、艦娘の生息可能圏は極めて小さい。
出来ることがあまりにも少な過ぎて、私は悲しみさえ覚える。
ハコダテの鎮守府へ研修に行くことになった。
ホッカイドウに築かれた鎮守府の中では一番大きいので、合同研修を行って交流を深めさせる目的もあるようだ。
あまりものの艦娘や解体待ちの艦娘や問題児の艦娘などから成る、寄せ集めの張りぼて艦隊。
ホッカイドウに築かれる鎮守府の、それこそ偽らざる真実だ。
なんとなく小賢しく感じるのは、私が皮肉屋だからだろうか?
ここで一週間過ごし、オタルの鎮守府へ正式に所属するのだ。
オタルの提督はロシア人らしい。
まあ、どこの国民であっても指揮が確かならばそれでいいわ。
舞鶴第三鎮守府にいる同姿艦の私は愛想がよくてそこの提督とケッコンカッコカリをしているというけれども、最初はなんの冗談かと思った。
戦艦のリットリオならまだわかる。
あの子は世渡りが上手なのだから。
私は私自身が嫌いだ。
こんな私が大嫌いだ。
ハコダテは天気が変わりやすいという。
気象庁が最も予測しにくい地域といわれる。
今日はやたらに風が強い。
嵐ではないが強風である。
提督は四〇代のぱっとしない風采の男で、ヘラヘラと笑っていた。
日本人特有の愛想笑い。
顔の見えない薄ら笑い。
この世を泳ぐための処世術。
この提督はつまらない。
軍属だからか、キビキビしたところがない。
こんな男でさえ提督になれるのだから、日本の鎮守府の水準が窺い知れる。
ミケランジェロにフィレンツェの防衛を任せるよりタチが悪い。
一週間とはいえ、このような男の指揮を仰がねばならないとは。
ローマのカエサルや大スキピオを少しくらいは学べばいいのに。
初日。
なにを考えたのか、提督は貸し切りのバスで函館観光を行った。
私以外の艦娘には概ね好評で、提督の言い訳によると、自分自身の守る地を知って欲しいとのことだ。
それは当たり前のことだろう。
人の営みを取り返すのが私たちの仕事なのだから。
早朝からハコダテに隣接するホクト市にあるトラピスト修道院へ向かう。
事前連絡していたお陰で、私たちは修道院の中を見学することが出来た。
静謐な空間。
数少ない欧州の本格的なにおいを感じさせる場所。
提督は私のためにここへ来た?
……考えすぎね。
見学に集中しよう。
修道院の歴史を聞き感心する。
修道士たちは神に仕える存在。
では。
私たちは一体全体なんなのだ?
人の形をした私たちはなにに仕える存在なのだ?
提督か?
軍隊か?
それとも……。
矛盾を感じる。
無邪気に話しかけてくる駆逐艦たちに苦笑した。
駆逐艦のアカツキがキラキラした瞳で私を見る。
純粋な瞳が眩しすぎる。
彼女たちのようになれたらいいのに。
……無理ね。
しかし、途中でローマ街道が私たちを待ち受けていたのには正直驚いた。
日本人なりの冗談なのだろうか?
修道院近くの売店にて買って食べた、特製ソフトクリームは実においしかった。
ハコダテに戻り、五稜郭へ行く。
日本初の星形要塞。
未完成で戦いの火を浴びた城塞。
完成する前に実戦に晒された城。
支城の四稜郭も完成間に合わず。
不充分なまま戦争になった場所。
私たちにしても他人事ではない。
日本の旧勢力と新勢力が最終決戦を行った場所。
旧き者たちの終焉の地。
戦場跡。
何故か私はこの要塞と自分自身と重ね合わせた。
そして。
ハコダテタワー内で飲んだ山川牛乳がおいしかった。
大沼公園はなかなか見応えのある場所で、確かに雰囲気がよい。
昼食は公園内の食堂。
イカメンチやハンバーグの入った、簡単なランチ。
悪くないわ。
食後に食べた大沼だんごと山川牛乳の組み合わせは素晴らしく、素朴なそれは私を大いに楽しませた。
自然の美しさに感嘆する。
夜、函館山にケーブルカーで登った。
世界三大夜景のひとつを見るためだ。
それはポツリポツリと輝く人の営み。
提督によると、最近灯りが増えつつあるのだという。
まばらな灯りが人の営みを示す。
それを守るのが、私たち艦娘だ。
輝きが街を覆った時が平和の証。
提督は照れくさそうに、帰りの車内で思いを語った。
少しくらいは評価しよう。
まあまあってとこね。
二日目からは朝六時から夜九時までみっしりと座学に実習。
三名の教官が大本営から来てくれて、私たちに教育を施してくれる。
歴戦たる戦艦のナガト、正規空母のカガ、重巡洋艦のミョウコウだ。
提督の個人的な人脈だというが、本当であろうか?
疑う。
だが。
彼らの間に漂う雰囲気は、それが本当だと告げる。
親密な空気。
少し苛つく。
何故かしら?
火器管制、制空権、雷撃などを丹念に教えて貰う。
あの男も少しはやるようだから、評価しておこう。
三日目からは演習場での模擬戦闘が始まった。
よし!
火力を正面のナガトに指向する!
撃て! 撃て!
ちいっ!
痛いじゃない!
……覚えていなさいよ。
マミーヤ。
それは素晴らしき給糧艦。
カッポーギという伝統的な日本の衣裳を着ておいしい料理を作る艦娘。
沢山の艦娘の胃袋を満たすために大本営から送られてきた、料理上手。
彼女の作るラザニアやグラタンもなかなかおいしいが、本領は和食だ。
日本文化を舌で味わう。
肉じゃががおいしいわ。
この揚げ物もおいしい。
コロッケという食べ物は元々フランス料理の付け合わせだったそうだ。
酪農が盛んなホッカイドウの地の利を活かした、チーズをたっぷり載せたピッツァをいただく。
ヴァ・ベーネ!
素晴らしいわ!
マミーヤと親しげな提督を見て、ちょっと苛つく。
ん?
何故?
変ね。
二人は焦げ茶色の塊についてなにか談義していた。
疑問に思ったので質問してみる。
「それはなにかしら、提督?」
「これは奈良漬けですよ、ローマさん。」
「こっちは西瓜、そっちは胡瓜です。面白いでしょう?」
にこやかなマミーヤ。
眩しすぎる笑顔。
まるでマンマだ。
「そもそも国内にて伝統的な奈良漬けを作るお店は一軒だけだったんですが、国外で作らせていたところは深海棲艦の侵攻によって軒並み事業転換しました。」
へえ。
食文化の維持も大変ね。
試食を勧められ、食べてみる。
辛い。
そして拡がる、深みのある味。
悪くないわ。
「葡萄酒にも合いそうですね。」
「トリエステのものが欲しいわ、提督。」
「それはちょっと難しいですが、この函館の地元醸造所で醸された葡萄酒ならありますよ。」
「仕方ないわね。それで妥協するわ。」
葡萄酒を呑む時にチンチン、と言ったらみな赤い顔をした。
もう酔ったの?
早いわね。
では改めて、チンチン!
ナポリタンという、日本で創作されたパスタを食べる。
マミーヤがわざわざ作ってくれたのだ。
これは食べなくてはなるまい。
昔、日本が戦争で敗北して占領軍がいた時代に生み出された異国の香り。
提督の好物だそうだ。
他の艦娘たちもおいしそうに食べている。
「どうですか、ローマさん?」
提督が話しかけてくる。
「悪くないわ。」
素っ気なく答えた。
気遣いなんて不要。
私はローマ。
日本生まれの気高いイタリア艦。
魂は常にイタリアを向いている。
すべての道はローマに続くから。
食後のエスプレッソが楽しめるのはよいことだわ。
アカツキ、砂糖なしで飲もうが、砂糖を入れて飲もうが、その人の自由よ。
ブラックコーヒーを飲めるから大人だなんて、それはひとつの意見に過ぎない。
私がレディ?
ありがとう。
貴女も精進しなさい。
七日目。
最終日。
提督からサプライズイベントがあった。
それは映画鑑賞会。
題名は『ローマの休日』。
日本人の大好きな映画のひとつらしい。
講堂に集まって皆で鑑賞する。
イタリアがそこにあった。
しんみりとした気持ちになる。
悪くないわ。
鑑賞後、多くの艦娘から話しかけられた。
これが提督の策なら見事と言ってあげる。
提督と一緒にティラミスを食べる。
このドルチェは一時期日本で爆発的な人気があったそうだ。
カプチーノによく合う。
さすがは、マミーヤだ。
ヴァ・ベーネ!
素晴らしいわ!
私の名はローマ。
誇り高きイタリアの艦娘。
どこで建造されようが、どこの鎮守府にいようが、私は私。
たとえ、異郷にいようとも。
石畳の街並みの記憶は私のもの。
古き都をこの胸に思う。
いつの日にか、帰らん。
いつか巡り来る日信じ。
リラの花の香りの漂う。
あの街にいつか帰らん。
アルベデルチ、ハコダテ。
アルベデルチ、提督。
また会いましょうね。