正常
それは誰も確実には証明出来ない状態
異常
それは誰もが確実に内包している状態
正常と異常の間で揺れ動く天秤が
人の心の奥底で今宵もぶれている
それは人の形をした艦娘も同じだ
揺れて
揺れて
ぶれて
ぶれて
それでも皆一生懸命生きている
それでも皆一生懸命考えている
時に暴走しながら
時に妄想しながら
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
艦娘たちの函館鎮守府転属希望の度重なる絶え間なき猛撃に音を上げた大本営は、函館側が事前申請を受理する限りに於いては立ち寄ってよいとの見解を先日示した。
事実上の往来自由権であり、極東のベルリンの壁が崩壊した瞬間だった。
そうとなれば、話が早い。
早速、北方への遠征や出撃が頻繁に行われるようになった。
先ず、函館鎮守府へ往還の双方で食事や宿泊の予約を取る。
ホテルや旅館の予約みたいな感じである。
幸い、かの鎮守府は各種催しに対応しやすい形を取っており、宿泊設備も整っていた。
艦娘たちは大抵昼か夕方辺りに函館に到着し、鳳翔や間宮の絶品料理を堪能する。
翌日朝御飯を食べて野戦糧食的なお弁当を持って出撃し、任務完了後に函館へ再びやって来る。
有給を消化出来ていない艦娘は、大淀と共に自分自身の提督を『説得』に入る。
この時に短慮を発揮してキレた提督は、全員痛烈なしっぺ返しを喰らっていた。
艦娘にも感情はあるし、友好な関係を築こうとしない提督に思うところはある。
結局、大抵の艦娘たちは函館観光に行き、場合によっては江差と松前にも出掛け、トラピストクッキーを土産に戻るのだ。
ポインターⅠ・Ⅱの修理が完了した。
マーヤが函館に持ち込んだ特殊車両。
彼女はミステリアスな雰囲気の娘だ。
現在、鳳翔間宮と共に厨房で活躍中。
ここにある猟犬一号と二号は、半世紀くらい前にウルトラ警務隊で使用されていた本物だという。
当時から大人気の車両だったそうな。
伝説の存在じみたモノが眼前にある。
まるで手品のように、絶大な人気を誇る車両が二台も並んでいた。
てっきり複製品か模造品だと思っていたのだが、あの史上最大の侵略が防がれてウルトラ警務隊が解散した後、地下倉庫で埃をかぶっていた本物を入手したのだとか。
全国各地の明石や夕張が雪屋博士や紙屋博士たちと共に、時間をなんとか捻出しながらいじくり回していたのは知っていた。
それは到頭、完全に動けるようになったのだ。
そして、晴天の函館でポインターの試運転を行おうという運びになった。
マニアはどこで情報交換をしているのかわからないが、おびただしい数の人が集まって鎮守府前で写真を撮りまくっている。
無口なマーヤは当時のウルトラ警務隊の制服の複製品を着ていて、無表情なまま撮影されていた。
時折ちらちらと私に視線を向ける。
なにか気になることでもあるのか?
後で彼女に話しかけてみようかな?
私の隣で世話好きのメトロンがふむふむと頷いている。
彼はその昔に、地球の侵略活動を行っていた宇宙人だ。
今では宇宙人たちのまとめ役をしている。
その姿は独特で地球人とはまるで異なる。
外見はこんなんだが中身はおっちゃんだ。
違和感が激し過ぎて冗談みたいに思える。
私以外、彼に違和感を覚えていないのが本当に不思議に思えた。
先日初めてあの赤い赤い夕日の中で会った時は、とても驚いた。
「君たち地求人は、なんだかよくわからないところがあるね。」
「貴方の方がよくわからないですよ、私の視点を通したらね。」
「まあ、それも道理かな。」
「そんなところでしょう。」
壮年や老年の人たちが、興奮した面持ちで彼の車両を熱く激しく見つめている。
その思いの強さにたじろぎそうだ。
何故あそこまで熱く語れるのかな?
ポインターに乗って街を一回りすることになり、同乗希望者が殺到して驚いた。
銀色の美しい車が函館を走る。
それは憧憬を含む光景らしい。
街の人々の視線を強く感じた。
数少ない写真や映像でしか知られていなかった、過去から来た車両が北の港町を颯爽と走る。
提督の日常に於ける最大最悪の戦いは自己との暗闘である。
何故だか露出度の高い衣裳をまとって、無防備極まる艦娘。
ムラムラする気持ちを如何に律するかが最重要課題の一つ。
無邪気に抱きつかれようと、入浴時に乱入されようと、布団に入ってこようと、誘惑されようと、鉄の意思を持たなくてはならない。
残念ながら、駆逐艦たちの猛攻に陥落した提督さえ存在する。
何名もの艦娘と事実婚の状態にある提督も実在する。
鎮守府泊地警備府への着任時に徹底的に注意される提督たちも、実際に艦娘と触れあえば事前の誓いを翻す者すら少なくない。
そうした中、童貞であることを明言する函館と小笠原の提督は異端児だ。
彼らの陥落について賭け事をする者までいたが、先日どこかの軽巡洋艦が大儲けして以来沙汰止みになった。
小さな祭りがあるというので、ある夜、私は鎮守府の艦娘たちに引きずられて見に行った。
港まつりの賑やかさとは別物のひっそりとした感じだが、これぞ日本の正しい夏祭りとさえ思える。
公園を使った区域。
提灯のともしび。
夜店は全部で五つ。
発電機が静かに唸っていた。
太鼓を真ん中にして、小さな子供からお年寄りまでが輪になって踊る。
こういう世界を守るのが我らの使命。
戦う理由。
若い衆が太鼓を勢いよく叩き出した。
艦娘が三々五々踊りの輪に入りゆく。
娘たちは地元のおばちゃんたちに踊りを教えて貰いながら、案外すぐにその動きを覚えて違和感なく踊り始めた。
いつの間にかメトロンとマーヤも一緒に踊っており、様々な姿形の宇宙人も踊っている。
一夜の夢かもしれないが、私にはそれが幸せの情景に見えた。
【オマケ】
昔、戦争があったそうだ。
深海棲艦という化け物が世界の海を暴れて、艦娘というお姉さんたちがそいつらをやっつけたらしい。
今のボクたちの世界は平和だ。
戦争が終わって、艦娘たちは平和を守る戦士として今日も海を走っている。
だけど、例外はあるらしい。
縁日にお爺ちゃんと行ったら、外れの方に変な小屋がある。
「あれはなに、お爺ちゃん?」
「……艦娘市だ。」
「艦娘市?」
「まだあんな商売をしている奴がいるのか。」
「えっ? それ、どういうこと?」
「戦争が終わった後、戦争以外のことも出来る艦娘と戦争以外のことはなにも出来ない艦娘が残った。」
「うん。」
「社会生活に馴染む艦娘もいたが、馴染めない艦娘もいた。」
「うん。」
「『人々の役に立ちたい』という彼女たちの気持ちを利用した商売が艦娘市だ。全部潰した筈なのに……。」
「お爺ちゃん?」
「おっ、久々のお客さんだな。見てってくれよ……って、苦しい、苦しい!」
「貴様、艦娘をなんだと思っている。」
「あ、あんた、鎮守府の関係者か? 勘弁してくれよ。俺だって生活がかかっているんだ。」
「彼女たちの売買は禁止されている筈だぞ!」
「こいつらは提督さんたちから直接買いつけた子たちでね。合法だよ。でも全然売れなくてね。まけとくから、買わないか?」
「あの……。」
「おっ、坊や。どうだい? お姉さんが欲しくないかい?」
「そういう擬似家族は殆ど失敗した。」
「旦那さん、詳しいね。」
「憲兵隊はまだ健在だ。」
「こわいねえ。正直、処分したいんだが、買い手がつかなくてね。」
「何名売った?」
「まだいないよ。元手はこの子たちだけさ。旦那さん、保護ってことでどうだい? 安くしとくよ。」
「お前はまさか提……。」
「手は出していないから、大丈夫、大丈夫。可愛い孫のお守りになるし、それ以上の価値があるよ。これでどうだ?」
その日から、ボクには何人ものお姉ちゃんが出来た。
お爺ちゃんは苦い顔をしていたけれども、とても嬉しい。