はこちん!   作:輪音

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LⅣ:お給金の話

 

 

 

艦娘に関する悩ましい問題は数限りなく存在するが、生活する上で即物的に悩ましい問題はオゼゼである。

要は給金のことだ。

 

例えば外見で判断した場合、戦歴三年で筆頭秘書艦兼第一艦隊旗艦兼武勲艦の駆逐艦よりも、先日建造されたばかりの戦艦の方が高給取りという理屈になりかねない。

艦種毎に給金を決めにくい難しさがここにある。

艦娘が登場した初期は外見を基にした手当なしの基本給のみで対応していた為、後に遠征任務の多い駆逐艦を中心とする抗議活動へと発展した。

これにより、良心的な提督以外の鎮守府では基地自体が機能不全に陥った。

この時期、深海棲艦に急襲されて殉職した提督は二、三人にとどまらない。

深海棲艦の暗殺部隊は相当に優秀だったようで、洗練されていたのだろう。

艦娘に擬装する深海棲艦の技術力は非常に高く、騙されても仕方なかった。

知らない間に潜入されて、いつの間にか暗殺されていたことに驚きました。

まるで口裏を合わせたかのように、似た報告が多数の鎮守府から為された。

一年足らずの短い期間で、五人の提督が殉職した鎮守府さえあったという。

 

現在では、全艦種一律の基本給に能力給や撃破手当や超過勤務手当や出張手当や秘書艦手当などの金額が加算される。

税負担は無し。

基本給は八〇〇〇〇円と定められている。

出来立てほやほやの駆逐艦も、最終決戦兵器だ切り札だと言われつつも演習がたまにあるくらいで自室待機が殆どの戦艦も同じだ。

ただ最近は、自室待機ばかりの扱いをされた艦娘はすぐに転属してしまうから、そのような事態は発生しにくい。

 

給金に関して、戦争初期の駆逐艦の給与は月一〇〇〇〇円ほどだった。

その上、税金も取られていたから手取金は七〇〇〇円程、流石に食費は取られなかったものの、手当という概念すらなかった頃だから、当時の艦娘の不満は多かった。

戦艦ですら、月五〇〇〇〇円。

腕が吹き飛ぶような激戦を経ようと大破して死にかけようと、手取金約三五〇〇〇円程。

それでも健気な彼女たちは踏ん張ったが、最前線の不満はたまる一方だった。

良心的な提督は自腹を切り刻み、予算をやりくりして福利厚生の充実に努めたが、やらなかった提督で行方不明になった者も存在する。

まあ、そういう提督は元々普段の行いが悪かったのだろう。

それは致し方ないことだ。

 

転機が訪れたのは量産型艦娘が大量導入された鉄底海峡解放戦の頃で、多数の悪徳提督が粛清された後のことである。

発言権を増した有力諸侯の意見に、為政者側も耳を傾けざるを得なかった。

多数の艦娘が提督たちと共に、待遇改善を求めて大本営へ押し寄せたのだ。

政府に都合が悪い為、報道は一切されなかったがそれは圧巻だったそうだ。

その先頭には、最速駆逐艦がいたとかいなかったとか。

彼女たちの周りには、完全武装して覚悟完了した憲兵隊全隊員が嬉々として参加しており(しかも幹部で高齢の元特機隊隊員たちまで当然のように参加!)、彼女たちに同情した海上自衛隊や在日米軍の艦艇も横須賀に集結していた。

政府はパニックに陥ったが、首相及び閣僚の大半は落ち着き払っていた。

幸い、クーデターに至ることなく、穏やかな話し合いで事態は解決する。

大泉首相と鈴井官房長官の英断が、日本を戦火に巻き込まずに済ませた。

艦娘、憲兵、海上自衛隊の全員にお咎めなしという粋な計らいまでして。

もし誰かが咎められていたら、その時は死者が複数発生していただろう。

 

艦娘取扱法改訂後。

道具を人扱いして給与を与えるは無駄などと放言暴言していた幹部や提督は、左遷か行方不明になっていた。

ロシア以外の外国の蜂蜜作戦で内通をしていた者たちは、まとめて出来立てのハバロフスク泊地に送られた。

多数の官僚や提督などでひしめいていた泊地も、半年ばかり経ったらずいぶんすっきりした内容に変化した。

その地の治安が悪化していた為かもしれないし、アムール川を遡上した深海棲艦に殺られたのかもしれない。

 

 

ある真夏の夜の、函館鎮守府の執務室。

港湾夏姫が羽を伸ばそうかと考える夜。

 

「あんな、提督。」

「どうしました、龍驤さん?」

「遺言状を書き替えたいんやけど。」

「……わかりました。用紙と書式説明書です。ここで書かれますか?」

「せやな。」

「ボールペンです。」

「ありがとさん。……聞かんのかいな?」

「なにをですか?」

「遺言状の中身。」

「聞くだけ野暮でしょう。」

「そういうとこも好きなんやけどな。うちの遺産受取人をキミにしとく。」

「えっ? なにを言い出すんです?」

「うちらもいつ轟沈するかわからん身や。惚れた男の為になんかしとうなるのも当然やろ。」

「私は貴女がたを轟沈などさせませんよ。」

「軽空母は紙装甲やからな。不意の一撃で殺られる可能性はある。」

「殺らせはしませんよ、殺らせは。」

「期待しとるで。ほなこれ頼むわ。」

「わかりました。一応受け取りますが、命は大切にしてくださいよ。」

「わかっとるって。ところでな。」

「はい。」

「わーい! うち、おちんぎん大好き!」

「はい?」

「おちんぎんがいーっぱい欲しいねん!」

「…………ああ! 給与の増額ですか。空母の教導に回っていただいたり、他所の鎮守府へ出張していただけたら、その分手当を上乗せしますよ。龍驤さんは錬度が高いので、問題はありません。なにか欲しいものが高額でしたら、相談してください。私で力になれるなら、お手伝いしますよ。」

「なあ、キミ。」

「はい。」

「キミって、ホンマ、いけずやね。」

「えっ?」

「まあ、そないなとこも含めて好きなんやろなあ。」

「こんなシケたおっさんのどこがいいんですかね?」

「うち、キミのことはおちんぎんより大好きやで。」

「それは光栄の至りですね。」

「あんなあ、そこはサラッと流すとこやないやろ。」

「すみません。」

「まあええわ。ほな一緒にお風呂に行こか。」

「あの……ちょっ……龍驤さん……えっと……。」

 

 

 

 


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