「もう、司令官たら、やっと追いつけたじゃない。はい、いかめしとお茶。出来立てのピザもあるわよ。」
函館本線に揺られて着いた森駅。
やや長めの停車時間をぼんやり過ごしていたら、世話好きの駆逐艦が乗り込んできた。
私の優秀な秘書艦。
我が第一艦隊旗艦。
紺色の半袖ブラウスに菜の花色のフレアスカート、そして麦わら帽子。
「どうして、独りで来たの? 誰も連れていかないなんて物騒だわ。」
小ぶりなボストンバッグを頭上の棚の上に置きながら、彼女は大袈裟にため息をついた。
「来たのか。」
「来たわよ。」
「函館から走ってきたのか?」
「函館から走ってきたのよ。」
「そうか。」
「そうよ。」
折角の食べ物だ。ありがたくいただこう。
二人で仲よくいただく。
「みんな、心配していたわ。」
「そうか。」
「あたしたちのことが嫌いになったの?」
「ただの休暇旅行だ。」
「そうは見えないわ。」
「思い過ごしだ。」
「そうかしらね?」
「そうなのだよ。」
汽車が走り出した。
長万部(おしゃまんべ)に着いたら倶知安(くっちゃん)行きの汽車に乗り換え、取り敢えずは札幌へ行くつもりだ。
「あたし、役に立てていない?」
「お前は有能だ。嘘は言わん。」
「なら、どうして、独りなの?」
「誰かといた方がよかったか?」
「ホント、意地悪だわ。」
「そんなつもりはない。」
「女の気持ちがわかっていないわ。」
「たぶん一生わからないだろうな。」
「函館の提督は親切よ。」
「転属許可がいるのか?」
「違うわ。司令官は司令官のままでいいの。」
「何故、アイツのことを引き合いに出した?」
「嫉妬した?」
「しないな。」
「でも、怒っているわ。」
「アイツは嫌いなんだ。」
「悪い人じゃないわよ。」
「だから問題なんだよ。」
「わからないわ。」
「それでいいさ。」
「どこまで行くの?」
「取り敢えず札幌。」
「ススキノで遊ぶつもり?」
「それは悪くない考えだ。」
「あたしたちじゃ物足りない?」
「根本的勘違いをしているな。」
「だって、司令官の女性の好みがわからないもの。」
「自分の女性の好みを艦娘に押し付けはしないさ。」
「それだと、あたしたちは好みじゃないのね。」
「どうして、そんな結論になってしまうんだ?」
「教えて欲しいの、なにもかも。」
「それはプライバシーの侵害だ。」
「愛する人のことなら、すべて知りたいのが女よ。」
「愛する人に伝えないことが多いのも、女だろう?」
「あたしたちじゃ物足りない?」
「別段そんなことは思わない。」
長万部に着いた。
私が指揮官をしている鎮守府の艦娘たちが、全員乗降口にいた。
駆逐艦三名と軽巡洋艦一名。
皆心配そうな顔をしている。
函館から走ってきたのだろうか?
そんな顔をしなくてもいいのに。
勝ち目なんて始めからないのだから。
憂い顔さえ、輝きを撒き散らすのか。
どうやら、独りきりにはさせてもらえないようだ。