時間や社会の制約なく
幸福に空腹を満たす時
ほんの僅かな時間だけ
彼は自由気ままになり
ほんの微かな幸せ得る
誰にも阻害されることなく
気を使わずにものを食べる
その孤高の行為
それこそが
現代人に唯一与えられた癒し
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の美味は食べられるか
提督は鎮守府の最高責任者であり、基本的にそこにいなければならない。
いつ有事になるかもしれないからだ。
だからといって、外出も出来ないようでは息が詰まる時もある。
別に艦娘たちが悪い訳でもないが、ふらりと夜に出たくもある。
函館の夜風に吹かれつつ外出し、二時間ほど酒でも呑んでみたい旨を大淀に話してみた。
すると、何故か全体会議になっておそろしい程艦娘たちが真剣な顔をする結果になった。
鳳翔と間宮は憤慨していた。
曰く、欲しい酒があるのならばあらゆる手を尽くして用意するし、食べたい肴があるのならば必ず覚えて作ってみせると。
なんだか決意表明になっている。
そこまで大げさなもんじゃないのだよと二名をなだめるが、どうも旗色が悪い。
護衛の話になったら、駆逐艦勢軽巡洋艦勢練習巡洋艦並びに龍驤から睨まれた。
彼女たちはその艦齢を言い訳に出来ず、実際に飲酒慣れしているとも言えない。
ロアナプラから来た娘たちは現地ならば兎も角、日本の酒場ではお断りだろう。
風魔の劉鵬(りゅうほう)も同様だ。
あれ?
なんだか大変なことになってきちゃったぞ。
戦艦空母重巡洋艦辺りがかしましい。
ビッグセブンがどうしたとかここは譲れませんとか退く訳には参りませんとか戦いが私を呼んでいるわとか、なんだか激しい口論を重ねていた。
メリケン艦娘たちもなんやかんやと理屈をこねて、護衛になろうとしている。
事務方の田中さん辺りの意見を聞こうかとも思ったが、業務多忙につきと断られた。
外見の微妙な娘が多いため、どうにも悩ましい。
そんなに難しいことをするつもりはないんだけどなあ。
結局、護衛は戦艦棲姫になった。
お通夜のような雰囲気の鎮守府から出掛け、徒歩一時間圏内で辿り着いた酒場は『マイノス』と看板に書かれていた。
軽食にも力を入れているようだった。
男前のマスターが鍋を振るっている。
君主の衣裳が似合いそうにも見えた。
鯵の甘酢餡掛けやきんぴらごぼうが旨いので当たりだ。
サッポロビールで乾杯して、ぽやぽやと時間を過ごす。
餡掛け焼きそばや海鮮グラタンも美味だ。
こういうのがいいんだよ、と言いそうになったが言わないでおいた。
口は禍の元。
桑原、桑原。
黒いスーツを着た恰幅(かっぷく)のよい男性が相席を求めてきた。
周りを見ると店内は混雑し出していて、このご時世に大したものだ。
快諾して、なんとなくその対面側にいる男性と会話する流れになる。
彼はセールスマンをしているという。
販売品目は『幸せ』だそうだ。
スチャッと懐から名刺を出す。
名刺には『喪黒福助』とある。
「モグロさん?」
「モコクです。」
「チミィ、ダメダメだね、ですか?」
「それはモコイです。」
「ああ、牛頭の魔神。」
「それはモロクです。」
「格闘系のお坊さん。」
「それはモンクです。」
「シンセサイザーは?」
「それはモーグです。」
彼は、なにかとてつもないものを相当強く私に売りたがっているように見えた。
戦艦棲姫が何故か彼に対してつっけんどんだったので、笑顔を常に貼りつけたような顔の販売員は簡単な食事を済ませるや否や、ほうほうの態で去っていった。
「白けたわね。今日はもう帰りましょ。」
「そろそろ潮時ですね、帰りましょう。」
締めにカプチーノを飲み鎮守府へ戻る。
ご機嫌ななめの皆の衆に詫びて回った。
酒くさいとかイカくさいとか言われた。
突進されて骨がきしんでしまったわい。
明日の朝は厨房担当の娘たちを手伝うことを約束させられた。
いろいろ約束させられたので、明日はシャカリキに活躍だぜ。
明日の私は人間火力発電所だ!
ウォォン!
翌日、鎮守府に来客があった。
ぐったりしたまま耳を傾ける。
名刺は見慣れない文字の集団。
「特殊収容典礼公社で調査員をされているのですか?」
「ええ、そうです。」
ほっそらとした女性が頷いた。
続けて彼女は軽やかに言った。
どことなくなんとなく桑島法子みたいに聞こえる声で。
「この写真に写った男性と、昨晩接触されませんでしたか?」
昨晩話した男性が写っている
「彼、即ち収容対象零式六六六号と接触した相手は殆ど二ヵ月以内に不祥事を起こすか行方不明になるかして、結果的に社会的生命を失うのです。或いは自分自身の生命活動を停止します。公社規格だと、彼はS級に属します。当公社で可能な限りの追跡調査を行った結果、ここ三年間の追跡調査可能対象者五〇人中三〇人が社会的生命を失い、二〇人が生命活動を停止していました。彼の規格はE級の疑いもありますけれども、そこまでの脅威ではないと当公社は考えます。」
三種職員でラムダツー所属だという彼女は穏やかに歌うような感じで、自動機械みたいに淡々と述べてゆく。
少し、ゾクリとした。
後で大淀に、目の前の女性が所属する組織について調べてもらおう。
「この世界は崩壊に向かっています。それは深海棲艦の侵攻以前から始まっており、浸食や汚染はかなり進んでいます。人類が我が物顔で地球に君臨出来た時代は、既に終焉を迎えたのです。人智を軽々と超える怪異は、ありふれた風景の中で楽々と我々を飲み込みます。私たち公社は人類最後の防衛線を構築する砦であり、日々世界的危険因子との【交渉・捕獲・収容】を行っています。次回、彼との接触がありましたら即時にお知らせください。即応型機動部隊を即刻送り込みます。私たちの仕事の大半はやりきれないものですが、人類のためになることを自負・自覚して行っています。」
物騒な内容を当たり前のように話す彼女。
なにか危険な徴候をそこかしこに感じる。
「どうぞどうぞ、世界の危機にご配慮ください。」
調査員が去っていった。
なんとなくほっとする。
それ以来、あの奇妙なセールスマンは見ていない。