はこちん!   作:輪音

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LⅩⅥ:すり切れたメニュー表

 

 

 

小笠原の提督から頼まれていた軽空母着任の件だが、複雑怪奇な紆余曲折を経てとある水上機母艦を転属させる結果になった。

大淀やマスターオータムクラウドなどの力を借りて、横須賀第一鎮守府の提督と交渉するのは非常に骨の折れる行為であった。

その転属に関する膨大な関連書類をようやく書き終えた今は深夜。

既に鳳翔や間宮は休んでいる。

他の艦娘も無論休んでいるし、なにか作るのも面倒だ。

なにか食べるものはないかと執務室でガサガサやっていたら、すり切れたメニュー表を見つけた。

二四時間対応出前が可能と書かれている。

ホンマかいな。

世界的脅威の出現でコンビニエンス・ストア業界は壊滅的な打撃を受け、昔日の面影を取り返すのに莫大な労力と時間を要求されることだろう。

夕方に閉める店舗があるほどだ。

そもそも、このご時世で夜間に営業しているのは飲み屋くらいである。

セイコーマートも函館駅前にある程度で、もう既に閉店の時間になっていた。

故に、夜遅く簡単に買い出しが出来ない状況にある。

ポツンポツンと灯の点いた常夜灯と有志の自警団が、現状日本の夜の風景だ。

女の子が夜更けに一人歩き出来る時代は、既に終焉を迎えていた。

女の子の一人歩きが物騒な昨今、護衛業が職業として成立する社会になっている。

守り手は『カブト』と呼ばれ、カブトギルドは活況を呈していた。

失業率が高く、住所不定の人間が増えている日本の治安は以前と比べて確実に悪化している。

都心の警察署が複数の暴漢に襲われた事件は、日本社会に衝撃を与えた。

幸い陥落はしなかったが、多数の死傷者を出したために警視庁長官が辞職した。

普段から役に立っているのかどうか今一つ不明の組織だったが、それでも襲撃前までは犯罪抑止力が少々期待されていた。

だが、その期待はあっさり裏切られた。

幹部の汚職が次々連鎖的に暴かれ、訴え続ける女性の犠牲者を防げない組織。

日本の警察官は今や、江戸時代の岡っ引きに近い立ち位置にいた。

そもそもさほどなかった信用が崩れ、警察の名誉はどん底である。

また、現役の大臣や官僚や金持ち芸能人有名人が何人も襲われており、日本は安全神話を失っていた。

民間人も例外ではない。

深海棲艦侵攻以降に、何人もの女性が夜間酷い目に遇った。

それらの大変苦い教訓から生まれたのが、個人の護衛業だ。

今のところ、カブトは折り目正しい女の子の守り手である。

最近、元自衛官や元憲兵や元艦娘なども加わりだしていた。

世の中、いろいろ変わるものだ。

まあ、よその国よりはましかもしれない。

お隣なんて、国そのものがないのだから。

ロシアは国が二分され、口の悪い人間は『西方ロシア帝国』『東方ロシア帝国』などと揶揄している。

欧州は内戦になっている国、民族対立が激しくなっている国、なんとかやりくりしている国、経済的に崩壊した国、国民の流出が止められなくてゴーストタウンだらけの国、三ヵ国対一国状態に陥った国、やたら援助をせびられる国、国民全員に出稼ぎを推奨する国、など様々らしい。

 

駅前百貨店の棒二森屋にあるラッキーピエロも、閉まるのが早くなっている。

あそこのチャイニーズチキンバーガーは旨いが、この時間では食べられない。

で、このすり切れたメニュー表にある店は現在やっているのかね?

『トーマス・トウェンティフォー』?

Tの字が交差した意匠の登録商標だ。

外資系か?

まあいい。

試しに注文してみよう。

電話をかけると、神谷浩史みたいに快活な声が聞こえてきた。

今の時間に注文出来るかと尋ねたら大丈夫ですと答えられた。

夜更けで気分が高揚しているのかな?

やたらと明るい声に違和感を覚える。

なんだか少し態度が変だと思ったが、たぶん気のせいだろう。

支払い方法は、届いてからの現金払いでよいとのことだった。

自家製パンズとパテと契約農家の野菜と契約酪農家の乳製品などを使ったチーズバーガーとフィッシュバーガーと、店員が直に果実を搾ったオレンジジュースと自前で捌いた鶏を使ったフライドチキンと契約農家で収穫された馬鈴薯を使ったサラトガチップスの組み合わせで頼んだ。

鎮守府前で星を数えながら待っていたら、三〇分ほどで店員が全力疾走しながらやって来た。

自転車くらいの速さだ。

彼女は元艦娘なのかな?

無表情で品を渡された。

支払いを済ませると、彼女は慌ただしく全力疾走で帰っていく。

せわしないな。

最小限の灯りを点(とも)した食堂でファストフードを味わう。

悪くない味わいだ。

もそもそ食べていたら、何故か焼きたてらしいパイがすぐ近くに出現していた。

思わずギョッとなる。

熱々のミートパイだ。

『Eat meet. 』と書かれた紙が添えられていた。

駄洒落のつもりかな?

珈琲のポットもある。

食べすぎになるなあ。

そう思いつつ食べた。

何故か早霜が現れて、彼女と一緒に食べることになった。

残った分は朝食に回せばいいだろう。

しかし、何故私の膝の上に座るのだ?

 

「この方がよりおいしく感じられるんです。」

 

私を見上げながら、若い娘は当たり前のようにそう言った。

 

 

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