今回から何回か、黒い玉さんの『隠蔽された鎮守府』とのコラボレーション回になります。
向こうでの題名は『来客者』になります。
ご興味のある方は、お気に入りから行けますのでよろしくお願いいたします。
こちらは、函館側の視点で書いています。
会話文を若干いじっていますが、内容的には同じです。
予めご了承ください。
「ダメね。現在地がまるでわからないわ。」
六度目の偵察機を甲板に戻した、歴戦の加賀が弱音を吐いた。
他の五名が不思議そうに彼女を見つめる。
現在、函館鎮守府から出撃した六名は霧の中にいて、まさに五里霧中状態だ。
「私もこんな霧は経験がないな。他の皆はどうだ?」
旗艦の長門が他の四名に話を振る。
「私は新参だし、全然わからないわ。キスカみたいだとは思うけど。」
釘宮ボイスで意見を言う、金髪碧眼ツインテールにマント姿のネヴァダ。
記号てんこ盛りである。
「南方ではないな。この霧は。」
鉄底海峡開放戦の激戦を生き残った島風が男らしく言った。
量産型艦娘で、その中身はまごうことなきおっさんである。
露出が過ぎるのでと、陽炎型のスパッツを穿かされていた。
「私たちはどこへ向かっているんでしょうか?」
一見頼りなげな表情で疑問を述べる吹雪。
だが、一皮剥けばその元々の中身はレ級。
彼女は過酷な強化手術を受けた改造艦娘。
獰猛な内容を、主人公の甲殻で包み込む。
その表情も言葉も態度もすべてが擬態だ。
「西に向かっているのは確かね。」
函館鎮守府に投降し、現在は普通に艦隊に混ざるまでになった戦艦棲姫が発言する。
今では、無益な戦いを避けるための要になっていた。
意外と面倒見がよいので、なついている艦娘までいる程だ。
そんな個性的な面々がしばらく航行していると霧が晴れ、方向転換しながら進んでいたら小さな島と鎮守府らしき建物が見えてきた。
「あれは……どこの鎮守府だ? 私の記憶には無いぞ。あの島はなんと言う島だ? それにあれは新設された鎮守府? 警備府? 或いは泊地?」
長門がひとりごちる。
と、そこへ一名の艦娘が近づいてくる。
艤装から判断すると戦艦級。
白い巫女風衣装に長い黒髪。
扶桑か?
いや、扶桑にしては艤装が小さいし速い。
では……高速戦艦だな。
あれは、提督がお嫁さんにしたい艦娘最右翼の榛名か。
「貴女がたはどこの鎮守府所属の艦娘でしょうか?」
油断なく目配りをしている。
よい目付きだ。
長門は彼女に好感を持った。
「私たちは函館鎮守府所属の艦娘だ。ここはどこの鎮守府なのだろうか?」
函館鎮守府? と呟いた榛名が一瞬固まる。
ブラック鎮守府か? と酷く緊張する六名。
「あの、違います。ここはブラック鎮守府ではありません。その、説明が必要なのでついてきてもらえますか?」
頭の回転が早く、状況判断も的確だ。
曹操のように人材マニアの傾向がある長門は、まるで関羽を眺めるように彼女を見つめ出していた。
その視線に気づき、またかとため息をつくネヴァダ。
その平常運転ぶりに苦笑する加賀と吹雪。
警戒感を持って周囲を見回す島風と戦艦棲姫。
「……久しぶりに……走ったら……疲れた……。」
報告してきますと立ち去った榛名がいなくなってから少し時間が流れ、上陸した彼女たちの元へやってきたのは若い男性だった。
軍服を着ているのだから、彼がここの提督なのだろう。
(うちの提督より男前だけど、うちの提督の方が素敵だな。)
六名はそんな失礼なことをほぼ同時に考えながら、提督らしき男に近づいた。
長門が数歩先に進んで話しかける。
「失礼、貴方はこの島の提督なのだろうか?」
「えっと、そうだけど……君たちは一体どうしてこんなところに……?」
「いや、まったく私たちにもわからない。遠征帰りに何故だか急に鎮守府のある方ではなく『西』方面に行きたくなったんだ。だけど羅針盤が急に……。」
「狂ったように回りだしたのよ。そして『西』から逸れてここに辿り着いたわけ。戦艦のネヴァダよ。よろしくね♪」
きょとんとした顔で提督がネヴァダと握手する。
長門はその彼の顔を凝視していた。
あれだけ執拗に報道されたメリケン艦娘を知らないのか?
国内外の提督たちがあんなにも大騒ぎしたのに。
長門の目付きが険しくなり、島風に目配せした。
歴戦の最速駆逐艦は、ひっそりと首を横に振る。
頷いた長門は、剣呑になった表情をやわらげた。
だが。
なんとなくおかしいぞ。
違和感を覚える場所だ。
会話はネヴァダに任せようか。
社交的な彼女にうってつけだ。
しかし、ここは一体……。
ネヴァダがちらりと長門に視線を向け、提督の注意を自分自身に引き付ける。
以心伝心。
メリケン艦娘は積極的に提督へ話しかけた。
「それでなんだけど……私たちが着任している函館鎮守府まで電話をしたいの。貴方の鎮守府まで案内してくれるかしら?」
「ああ……大丈夫だよ。それとうちの鎮守府は変わっているけど気にしないでね。じゃあ……こっちだよ。……それにしても『西』に進まなくて本当によかった……。」
「あのまま進むとなにかあったのかしら?」
「世界の端が見えてしまうからね。詳しいことは執務室で話すよ。」
少し離れて四名が歩く。
世界の端ねえ、と皮肉っぽく小さな独り言を漏らす戦艦棲姫。
もしかしたらここは異界かもしれんぞ、と囁く島風。
まさか、と呟く加賀。
お腹が空きました、とぼやく吹雪。
艦娘を食べたらダメよ、と正規空母に真顔で言われ、そんなことはもうしませんよとやり返す特型駆逐艦。
そして、この提督はモテるのだろうか、既に関係している艦娘はいるのだろうか、とガールズトークを始めるのだった。
長門は考えながら歩いている。
変わっているとは、どのくらいのものを指すのだろうか?
先程から違和感は募るばかりだ。
先を歩く提督は人間だ。
たぶんおそらく人間だ。
悪辣な者でないと思う。
加賀に偵察機を飛ばさせる案は、即時に脳内で却下した。
空母系艦娘や電探性能の高い艦娘相手では歩が悪いしな。
表面上は敵対していない相手だから、慎重にやらないと。
なんだか甘い匂いが濃密に漂ってくる。
なんだこれは?
お茶会でも開いているのだろうか?
謎は深まるばかりだ。
「ナガト。ビーリラックス。ドントマインド。ゴーフォーブレイク。」
ネヴァダが向日葵のように微笑みながら、話しかけてくる。
「ああ、大丈夫だ。わかっている。」
そして、歴戦の戦艦は鮫のように嗤った。
おそるべき怪異の手を逃れた函館鎮守府の面々を待っていたのは、また怪異だった。
欲望と暴力の跡地に棲みついた異界の驚異。
深海棲艦との戦争が生み出した、魔の孤島。
悪徳と破滅、退廃と混沌をカシナートのミキサーにかけてぶちまけたここは惑星地球の妖怪無法地帯。
次回も艦娘たちと混沌巡りに付き合っていただこう。