はこちん!   作:輪音

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物語は前奏曲を奏で始める
呆然と立ち竦む提督の前に
疑惑の嵐が吹き荒れてゆく
函館
その北の港町に
どんな運命が待ち受けているのか
歴史の歯車が呻きと悲鳴をあげる
情勢の急変を知ったある戦艦棲姫は
己の棲息海域からの脱出を計画した
エキソダス
希望の函館鎮守府目指し
世紀の大脱出劇が始まる

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか





※『わやようる』は方言で、『無茶苦茶なことを言っている』という感じの意味です。





Ⅶ:おっさんは戦艦棲姫に投降されちゃいました!

 

 

 

 

 

とある海域の、深い深い海の底。

何名もの深海棲艦が蠢いていた。

本来、足並み揃え戦うべき仲間。

しかし、今彼女たちは惑いの中。

一触即発の剣呑な雰囲気が漂う。

指揮艦らしき深海棲艦が問うた。

その相手は、実力派の戦艦棲姫。

 

「我らを裏切る気か?」

「そんな気はないわ。」

「鎮守府の提督に投降するのだろう? ならば、そういうことだ。」

「私はあくまでも函館鎮守府の提督に投降するだけよ。それだけ。」

「詭弁だ!」

「事実よ。」

「貴女と同姿艦でそんなことを言う者は誰もいないぞ、戦艦棲姫。」

「それはそうでしょうね。私も偵察で彼を見るまでは、投降しようだなんて一欠片も思わなかったわ。」

「何故脆弱な人間の男などに媚びようとする!?」

「彼に惚れたから。」

「戯言を抜かすな!」

「人を好きになるってことがこんなにも嬉しいものだなんて、思ってもみなかったわ。」

「貴女は憎くないのか? 人間と共謀して我らの仲間を次々に沈めてゆく艦娘を! 提督とラブラブになってアッハンウッフンやっている艦娘を! 嘗て我らを酷使したにもかかわらず、それを省みない人類を!」

「だから、それを確認しに行くんじゃない。一緒に投降する? 『艦娘たらし』と異名を持つ彼だから、めくるめく経験が出来るかもよ。」

 

ざわめく深海棲艦たち。

動揺する歴戦の戦乙女。

 

「めくるめく経験……。」

「『艦娘たらし』……。」

「甘言を弄するのはやめてもらおう! 我らを裏切るつもりなら、それに応じた制裁もある!」

「ところでさ。」

「なんだ?」

「哨戒任務の艦隊が帰還していないことに気づいていないの?」

「なに?」

 

通信機能を高めたらしき深海棲艦が糾弾の場に飛び込んできた。

 

「大変です! 艦娘の連合艦隊がこちらに向かっています!」

「総員迎撃態勢! 皆私に続け!」

「いってらっしゃい。」

「そいつを牢獄にぶちこんでおけ! 後で査問にかける!」

 

 

 

「こちらに来てください。」

「ねえ。」

「はい?」

「ゴメンね。」

 

 

 

「脱走だっ! 威力偵察担当の戦艦棲姫様が『艦娘たらし』な函館鎮守府の提督とイチャイチャするつもりらしい!」

「な、なんだってっ!?」

「そ、そんな羨ましい!」

「早く捕まえないと情報が漏洩する!」

「ハイ、みんながお探しの戦艦棲姫よ。ちょっと大人しくしてね。」

「なっ! 裏切るおつもりですか?」

「いい男がここにはいないから、あっちで提督と愛しあうだけよ。」

「こんな大変な時に!」

「こんな時だからこそ足抜けしやすいんじゃない。どう? 一緒に行く?」

「断ります! 艦娘も人間も我らの敵ですから!」

「貴女は一途ね。あら、爆雷がどんどん投げ込まれているわ。」

「なんですって!?」

 

 

 

 

「ウルフパックの潜水艦部隊を送ってくるとは本隊も余裕があるわね。」

「減らず口を叩かず、投降するです!」

「そうなのね!」

「艦娘たちが主力艦隊と接触したようだけど、大丈夫かしら。」

「素早く貴女を無力化して本隊と合流すれば一切問題ないわ。」

「私の双頭鬼は強いわよ。これでも戦艦だから。」

「甘いわ! このお利口魚雷の餌食になるです!」

 

 

 

 

その戦艦棲姫が函館鎮守府へ投降してきたのは、寒風吹き荒ぶ春の午後だった。

彼女はずいぶん煤けた姿をしている。

破れた服からいろいろと見えていた。

綺麗な体のあちこちが目に焼き付く。

目の毒だったのですぐに入渠させた。

どうやら戦うつもりはないみたいだ。

 

「『函館鎮守府への投降』に来たわ。この鎮守府で過ごすことが出来て、捕虜としての正当な待遇が出来るようにお願いするわ。縫合跡だらけのホルマリン漬けになりたくないからよろしくね。」

 

ネグリジェのように透けた黒いドレスを着た異形の娘は、私の膝の上でそう言った。

なんでこうなった?

フレンドリー過ぎやせんかのう。

深海棲艦にも個体差があるのか?

 

「何故この鎮守府へ投降したんですか?」

「貴方、『艦娘たらし』なんでしょ。私たちの間でも有名よ。だから、ここに決めたの。」

「いやいやいやいや。なにを言っているんですか、深海棲艦のお嬢さん。こんなぱっとしなくてなんの変哲もないおっさんが、恋愛小説の主人公みたいに恋愛無双な訳ないでしょう。」

「そうね、一見冴えないおっさんだけど、人は見かけによらないともいうわ。今夜試してみましょう。」

「なにを試すつもりですか?」

「ナニを試すつもりなのよ。」

「な、なんだってえええ!?」

「いいじゃない。気持ちいいんだから。」

「よくないですよ。」

「チューくらいなんでもないでしょう?」

「したことないです。」

「えっ?」

「したことないです。」

「なんで二回も言うの?」

「さほど大事なことではありませんが、言ってみました。」

「話は聞きました。では私と試してみましょう、提督。」

「鳳翔さんは馴れているでしょうが、私も提督と同じように未経験ですから、未経験同士で切磋琢磨しましょう!」

「大淀はんもわやようるわ。なあ、キミ。うちは初めてじゃないけどアカンかなあ。」

「べ、別に、即席提督とチューしたいからここにいるんじゃないわよ!」

「な、なによ! インスタント司令官が他の子とどんな風にチューをするかだなんて、全然興味ないから!」

「勝利の女神とチューは不可分ね! みなぎってきたわ!」

「さっさと私たちにチューしなさい! みんな待っているじゃない!」

「あら、提督さん、モテモテね。うふふ。天龍ちゃんがここにいたら真っ赤っかね。」

「君たち、落ち着きなさい。こんなおっさんとチューしたら後で後悔しますよ。一時の感情に流され、激情に身を委ねるのは感心しません。」

「「「感覚が古いわっ!」」」

「えっ?」

 

 

 

 

協議の末、今回は見送られることになった。

みんな、エロすぎ。

私のようなおっさんと経験すべきではないと説得したら、怪訝な顔をされた。

何故だ!?

 

 

 

戦艦棲姫と話し合いをする。

 

「私『たち』は何名も沈められている。だけど、艦娘が攻める度に私『たち』が立ちはだかる。矛盾を感じない?」

「確かに、なにかおかしいとは思います。」

「同姿艦だから、同じ考えや行動になるとは限らないわ。それは艦娘と同じ。ま、提督に興味を持って投降しようだなんて酔狂なのは私くらいかもしれないけどね。」

「出来る限りの便宜を図りましょう。」

 

 

 

 

彼女と一緒に大本営へ出向いて報告しないといけないし、手続きもややこしくなりそうだ。

投降する深海棲艦は初めてだから、大本営も慎重になるだろうことくらいが慰めになるか。

 

改めて言おう。

なんでこうなった?

 

 

 

 


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