はこちん!   作:輪音

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黒い玉さんの『隠蔽された鎮守府』とのコラボレーション作品後編です。
向こうでの作品名は『景気のいいケーキ』になります。
お気に入りから行けますので、興味のある方は是非ともご覧ください。
こちらの文章や設定・展開などは『はこちん!』仕様に変更しています。
また、メタ発言もあります。
予めご了承ください。



LⅩⅩⅠ:霧とケーキと西の空(後編)

 

 

長門が函館鎮守府へ電話すると、通話口からジャリジャリと時折音がした。

これはなんだ?

妨害電波か?

それとも……。

 

「もしもし、もしもし?」

「ああ、すまない。私だ、提督。第二夫人の長門だ。」

「本物の教官ですね。どうされました?」

「妙な鎮守府に来ている。」

「妙な鎮守府、ですか?」

「ああ、すこぶるつきに妙だ。」

 

長門はこれまでの経緯を提督にかいつまんで話す。

 

「ふむ、大本営の開発研究所とかそういう感じですか?」

「大淀にも話をしておいてくれ。どうにも消化に悪い。」

「わかりました。なにか不都合でもありましたか?」

「これから不都合が起こりそうだ。」

「なにか、こちらで出来そうなことはありますか?」

「そうだな、神にでも祈ってくれ。」

「無事を祈っています。」

 

電話を切って皆のいる場所まで戻ると、提督が六名を連れ歩きながら説明する。

ケーキを食べ尽くさないと世界が終わるという説明に、全員半信半疑の状況だ。

 

「ケーキで世界崩壊の危機……? ごめんなさい、なにを言われているのか意味がわかりませんわ。」

 

金色のツインテールを振るわせながら、釘宮ボイスのネヴァダは流暢な日本語で言った。

 

「ネヴァダと同意見よ。詳しく説明してもらえるかしら?」

 

戦艦棲姫がそれに同調する。

提督がそれに答えた。

 

「食べ切らないと増え続けるケーキ。そうとしか言い様がないな。」

「処分したらよいのではないでしょうか?」

 

加賀が提案する。

だが、提督は首を横に振った。

 

「いや、それも試してみたけれど何事もなかったように瞬時に再生されたよ。あれらは食べられないと消費されたことにならない性質だった。まあ、食べ尽くしても二四時間後には何事もなかったかのようにケーキが皿の上に鎮座しているんだけどね。」

 

そうして、彼女たちは食堂へ案内された。

その出入口の前では、駆逐イ級が腹を膨らませた状態でうんうん唸っていた。

どうやらケーキの食べ過ぎのようで、中破している……。

 

「駆逐イ級に見えるが、どうしてここにいるんだ?」

 

島風が鋭い声で提督に聞いた。

 

「ここでは、艦娘と深海棲艦が争うことはないんだ。……保護しているって言えばいいのかな? こっちに来てくれ。」

 

イ級をすり抜けるように食堂へ入ると、甘い香りが漂っていた。

しかし、ケーキが見当たらない。

 

「こっちだ。」

 

提督が地下へ通じる通路から六名を手招きしていた。

 

「足元が暗いから、気を付けてね。」

 

夕張市にある炭鉱博物館みたいな階段を降りてゆく。

 

「なんだか秘密基地みたいで憧れますね。函館鎮守府にもあったらいいのになあ。」

 

吹雪が暢気に言った。

 

「吹雪、それはないと思うぞ。」

 

島風がツッコミを入れる。

 

「そうかなあ……。」

 

長門とネヴァダは無言で周囲を警戒し、加賀と戦艦棲姫は互いにこの状況への推論を述べ合っていた。

やがて地下室への扉の前に到着する。

扉を開けると広い廊下が中央に見え、左右に扉が四つずつ見えた。

その廊下には、ケーキをかなり食べたらしい天龍がぐったり横たわっている。

提督は、苦しそうに腹を押さえている軽巡洋艦に話しかけた。

 

「天龍、具合はどうだ?」

「ああ、あんまりよかねえが、俺はここまでのようだ。そこの連中は援軍か?」

「ああ、臨時の応援を連れてきたんだけど……ケーキは全部であとどのくらい残っているのかな?」

「さあな。二〇〇はないと思うが、途中から数えるのを止めたから正確な数はわからん。俺は当分甘いものを遠慮したいぜ……。初任務がコレか……。ケーキはしばらく見たくないな。」

 

天龍はそう言うと、気を失ってしまった。

余程気力を使ったのだろう。

 

「起きたら歯磨きをさせないとな。」

 

提督の独り言に、違うだろ、と六名がツッコミの目線で見つめた。

提督は気づかない。

天然か。

 

「……ええと……まあ、気にしないでくれ。」

 

いや気にするだろ。

函館の面々の表情は一致していた。

 

「君たちはこれからここの部屋に入ってもらって、ケーキを食べ尽くして欲しいんだけど……大丈夫かな?」

 

函館の六名は首肯した。

失神した天龍の傍の扉を開くと、濃密な甘い香りが漂ってくる。

意外と広い部屋の中央にある巨大なテーブルの上にある皿には何種類かのカップケーキがあり、切られたバウムクーヘンがてんこ盛りの状態になっていた。

他にもチーズケーキやチョコレートケーキやパイなどが皿の上に並んでおり、大食い選手権の会場みたいにも見える。

見渡す限りのケーキ尽くし。

飛行場姫、港湾棲姫、北方棲姫、陸奥が力尽きた様子で突っ伏していた。

まさに死屍累々である。

彼女たちを部屋の隅に運び、六名の戦士たちがテーブルにつく。

 

「……ケーキのいいケーキ。」

 

ぼそりと加賀が表情を変えないままに言った。

ぷっと吹き出す吹雪。

あきれ返る長門。

 

「加賀……なにを言っているんだ? それで提督、私たちはこのケーキを食べ尽くせばよいのだな?」

「ああ、是非とも頼むよ。君たちにはこのケーキを食べ尽くしてもらいたい。私は他の部屋の様子を見てくる。」

 

提督がチリリンと鈴を鳴らすと、どこからともなく完璧な服装の執事が現れた。

 

「彼女たちの世話を頼むよ、デーズ。」

「かしこまりました。」

 

提督が部屋を出ていった。

 

「皆様、お茶は如何でしょうか?」

「セイロンのハイグロウンティーが飲みたいわ。」

 

しれっとした顔で戦艦棲姫が言った。

 

「かしこまりました。部屋を一旦出てもよろしいでしょうか?」

「よろしくてよ。」

「少々お待ちくださいませ。」

 

数分後、デーズは紅茶のポットを持ってきて香りのよいお茶を全員に注いで回った。

ケーキを食べ始める面々。

 

「長門。」

「なんだ、島風。」

「他の七つの部屋にもケーキが溢れているのかな?」

「提督の口ぶりだとそう聞こえるな。」

「あの提督、けっこう天然よね。」

「あの鈍さは函館の提督に匹敵する。」

「さっきの榛名はどうしたのかしら?」

「何処かの部屋で、ケーキでも食べているんだろ。」

「駆逐艦組とか空母組とかに別れているのかしら?」

「提督がその内また来るだろう。デーズさん、今度は珈琲のゲイシャを持ってきてもらえるか?」

「かしこまりました。」

 

二時間後、ようやく食べ尽くした函館の六名。

すると、計ったかのように提督が現れた。

 

「すまない。他の部屋のケーキも食べ尽くして欲しい。」

 

あ、この人、キリがないタイプかもしれない。

ひきつった表情の面々に気づかない様子で彼は他の部屋へ彼女たちをいざなった。

勿論、完璧執事付きである。

 

次の部屋では、大和と榛名がテーブルに突っ伏していた。

長門が提督に聞く。

 

「みんなこんな感じか?」

「みんなこんな感じだ。」

「ケーキはどうなった?」

「残るはこの部屋のケーキだけだ。私も手伝うので、君たちも頑張って欲しい。」

 

爽やかに笑った。

どうやら天然ジゴロ系のようだ。

既に函館の提督にときめいている彼女たちには有効な笑顔でないが、ここの艦娘たちや深海棲艦たちはイチコロだっただろう。

しかし、ケーキが多い。テーブルを埋め尽くさんばかりの勢いだ。

 

「さっき、他の部屋のケーキも運んできたんだ。」

 

やりきったような笑顔の提督。

 

「デーズさん、ハワイのコナ。」

「デーズさん、ケニアの一番いい紅茶。」

「デーズさん、八女の緑茶。」

 

提督を無視して、函館の戦乙女たちはナイスミドル執事に次々声をかけた。

 

「あの、どうかしたのかな?」

「さっさと食べるんだ、提督。」

「ええと……。」

「ええと、では御座らん。兎に角食べるべし食べるべし。」

 

島風に言われ、きょとんとしながら提督はケーキ群の幾つかを皿に載せて食べ始める。

その仕草が意外と可愛らしく、計算していない部分が艦娘をキュンとさせるのだろう。

おそるべき男よ、と函館の面々は自分たちの提督を棚上げしてうんうん頷くのだった。

 

 

その二時間後。

 

「こんな時に援軍がいれば、どんなに心強いか。」

 

思わず弱音を吐く長門。

それほどに状況は悪い。

 

「よろしければ援軍をここへお連れいたしますが、如何でしょうか?」

 

おそらくこの鎮守府で出来る男随一のデーズが、彼女にそう提案した。

 

「出来るのか?」

「はい。少しばかりお時間をいただきますが、必ずお連れいたします。招待状を書いていただけましたら、確認の手間が省けるかと存じます。」

「では頼もう。」

 

長門直筆の招待状を持って、スーパー執事のデーズが部屋を出た。

 

「まだこんなにあるのね。」

「怯むな。もうじき援軍が来る。それまでの辛抱だ。」

「そうだな。後は……頼んだ。……すまない。」

「島風! くっ、吹雪、そちらの状況はどうだ!」

「まだもう少しなら大丈夫です。」

「加賀。お前は大丈……。加賀、お前は赤城と並んで暴食キャラ染みてあちこちで描かれることが多いが、実際はそんなに食べる訳でもない。それなのによくここまで食べてくれた。改めて礼を言う。」

「や……やり……ました。」

「寝ていろ。そして起きたらまた食べろ。」

「じょ……上々ね……。」

「ネヴァダ。お前はどうだ?」

「まだ大丈夫よ。武勲艦の名は伊達ではないわ。」

「頼もしいな。戦艦棲姫、お前は?」

「ふっ、全部食べてしまってもいいのでしょう?」

「フラグを立てるな。だが、余裕があるようでなによりだ。」

 

ちなみに提督は既に大破して昏倒していた。

 

 

更に一時間後。

 

 

「ヤン艦隊はまだなの?」

「メタ発言はやめろ。」

「気の所為かしら。さっきより増えているように見えるわ。」

「奇遇だな。私にもそう見える。だが、錯覚だ。食べるぞ。」

 

吹雪がパンチラしたまま倒れている部屋で、腹がはち切れそうになりながらも戦艦たちは黙々とケーキを食べている。

憲兵たちにも助力を求めたが、『申し訳ないのですが、我々は食事を摂ることがありません。』と書かれた紙片を渡された。

現在、この鎮守府の実戦力は三名。

長門、ネヴァダ、戦艦棲姫。

いずれも中破に近い。

不味いぞ。

長門はケーキの脅威をひしひしと感じていた。

味はよいのだが、このままだと全滅する。

ケーキはドカンドカンと増えるのではなく、地味にひっそり増えてゆく。

気づいたら増えているという感じだ。

この世界のために。

長門は沈まん。

決意を固めたその時、ネヴァダと戦艦棲姫の崩れ落ちる音を聞いた。

ここまでか。

朦朧としながらもフォークは手放さない。

 

「お待たせいたしました。」

 

デーズの声が聞こえた。

青い服に金色の髪をなびかせた美しいモノが入室し、猛然とケーキ群を食べ始める。

ほっとしながら、長門は呟いた。

 

「勝ったな。」

「ええ、任せて。」

 

聞き覚えのある声に安堵しながら、彼女は意識とフォークを手放した。

 

 

長門が目覚めた時、ケーキはすべて平らげられていた。

欠片も残っていない。

パーフェクトだった。

執事のデーズは見当たらない。

 

「さすが、ナガトね。」

「あの量を食べ尽くすなんて、よくやるわ、貴女。」

「長門さん、感動しました!」

「レヴィアタンもびっくりですね。」

「具合は大丈夫か?」

 

ネヴァダ、戦艦棲姫、吹雪、加賀、島風が長門を取り囲んでいた。

提督も心配そうな顔をしている。

 

「私ではない。デーズが連れてきた援軍のお陰だ。彼はどこだ?」

「彼なら当分呼び出せないみたいだ。理由はわからないけどね。」

「……そうか。」

「援軍って誰のことかしら? あれだけ食べて動けるほどの子って思いつかないんだけど。」

 

万能執事ならばきちんと説明してくれそうだと思ったのだが、そうもいかないようだ。

 

 

翌早朝。

空は晴れ渡り、雲ひとつない。

鎮守府の港で提督がにこにこしていた。

彼の配下の艦娘たちはえらく不機嫌だ。

一触即発の気配さえある、危険な状況。

提督はどうやらハレム系主人公体質だ。

嬉しそうに、他所の艦娘を誉めちぎる。

それがなにを引き起こすか知らぬまま。

 

「ケーキを食べ尽くしてくれて、本当にありがとう。地球の危機は未然に防がれた。」

 

提督が天気に負けぬ晴れやかさで言う。

この顔に皆惚れるのだろうな、と函館の六名は思った。

彼の両腕にはそれぞれ陸奥と飛行場姫がしがみつき、港湾棲姫と北方棲姫が彼の背中にのしかかっている。

駆逐艦たちも提督にひっついており、彼は人徳だかフェロモンだかなにかを振りまいていた。

 

「それでこれからどうするんだい? 帰れそうになる時まで鎮守府にいてくれていいんだよ。」

 

彼がそう言った刹那、おそろしい視線が函館の面々に注がれる。

般若もおそれるような表情だ。

平然と受け流しながら、長門は言った。

 

「いや、霧の発生を確認次第撤収する。」

「霧?」

「そうだ。我々は霧の向こうから来たのだ。ならば、霧が発生すれば帰れる道理だ。」

「ふうん。じゃあ、霧が発生するまでここにいてくれればいい。」

 

途端、殺気だった視線を向ける彼の艦娘たち。

だが悲しいかな、その思惑は提督に届かない。

この鈍感力。

正に主役級。

我々も傍から見たらああなのか、と長門は自己嫌悪に陥った。

 

「霧の発生を確認しました。」

 

偵察機を飛ばしていた加賀がそう言うと、一気にその場の雰囲気は明るくなった。

陸奥の変貌が特に顕著で、妹艦の豹変に長門は内心苦笑いする。

それだけ深く提督を愛しているのだろう。

姉に当たり前のように殺気を向けるのは感心出来ないが。

 

「では帰るとしよう。全艦、この長門に続け! さらばだ! 抜錨!」

 

そして、函館鎮守府の艦娘たちは元の世界へと向かうのだった。

 

 

 

「ねえ、提督。」

「なんだ、陸奥。」

「あの子たちと仲がよかったみたいだけど、なにかした? みんな魅力的だったものね。なにかしたんでしょ。」

「なにかってなんだ。なにもしていないぞ。する訳ないだろう。」

「そうなの? 天龍、本当のことを言いなさい。」

「へっ? 俺? あいつらは援軍だったんじゃないのか? ケーキ食って帰っただけだろ。違うのか?」

「どうやら知らないようね。榛名。」

「榛名は大丈夫です!」

「貴女も知らないようね。じゃあ、デーズに聞こうかしら。」

「俺は常に潔白だ。なにもやましいことなどしてはいない。」

 

キリッと言い放つ提督。

赤くなる、天龍や榛名。

やっぱり天然ジゴロだわ、この人。

陸奥は内心ため息をついた。

 

そんな人間や人間ではないモノたちを、オオクチバスそのものを頭部とした憲兵たちはじっと見つめていた。

その目が生暖かいように見えるのは、たぶん気の所為だろう。

やがて間宮・伊良湖・鳳翔のご飯ですよとの声に、皆が食堂へ向かう。

散々キスマークを付けられ、ボロボロにされた提督を置き去りにして。

 

 

いただきます、との声が青空に明るく響いた。

天知ろしめす、なべて世はこともなし。

 

 

 


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