はこちん!   作:輪音

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横溝正史×艦隊これくしょん!
今、未踏の海が開かれる!
軍隊を毛嫌いされていた氏を想うと少しこわいのですが、いざ尋常に参る!
ちなみに金田一耕助も由利先生も出てきません、念のため。



LⅩⅩⅡ:胡蝶の園(前編)

 

 

猟奇の街、岡山

刀が飛んで人を刺したり

矢が飛んで人を貫いたり

死体が夜歩いちゃったり

耽美的な変性男子が女装してアレしたり

単独殺人犯で世界的な記録の者がいたり

あまい酒を呑んだ女の子がアレされたり

湖畔の柳の下には蛍と美少年がいたり

畜生道に堕ちた鬼畜が外道三昧したり

アクロバットダンスする白と黒

ヌードモデル倶楽部の悪事露見

何人もの人がバタバタ死んだり

封建的且つあまりにも因習的な

 

大都会岡山の裏に於いて

怪異と狂気が蠢いている

愛憎と浪漫の渦巻く世界

鵺の鳴く夜はおそろしい

 

 

 

横須賀にある大本営。

その一室で私は辞令書を受け取った。

ようやく、鎮守府へ着任出来るのだ。

特に出世欲がある訳でなし、中間管理職になりたい訳でもないが、一国一城の主になることへの憧れが皆無でもない。

ここはありがたく受け取っておこう。

上官である元海上自衛隊の大将は、何故か微妙な顔をしていた。

問いかけてみる。

 

「どうかされましたか?」

「いや、君の赴任先には奇妙な噂があるのでね。少し気になっただけだよ。」

「そんなに大変な鎮守府なのですか?」

「そういう訳でもない筈だが、何故かここ数年提督の殉職率がやけに高い。」

「そんなに危険な鎮守府なのですか?」

「うーん、その鎮守府の防衛海域は近隣海域だけだし、着任している艦娘は駆逐艦の雷に夕雲、重巡洋艦の古鷹に軽空母の鳳翔だ。彼女たちに問題があるようには見えないのだがね。既に七人の提督を着任させたが、最初の提督を除き、着任して数ヵ月以内に全員死亡している。」

「死亡原因はなんでしょうか?」

「心不全、心筋梗塞といった心因性のものばかりだ。薬物・毒物検査も厳重に行ったが、反応はない。彼らが常用していた薬も一般的なものばかりだ。提督たちの日誌は艦娘たちに感謝する記述こそあるものの、否定的な記述は見当たらない。彼女たちの献身ぶりは驚嘆の域に達している。提督を失うことは彼女たちの損益になるのだから、害する利点はないな。提督たちの食べていた食事も調べてみたが、健康管理の行き届いた見事なものだった。実際、提督を失う度に悔恨する彼女たちを担当した明石や医師たちも、虚言はないと全員一致した証言をしている。正直、原因不明なのが現状だ。そこでだ。君の任務はその鎮守府への着任も勿論だが、提督たちの亡くなった原因や経過などを調査してもらいたいのだ。」

「私は探偵ではありません、閣下。」

「閣下はやめてくれ。わかっている。わかっているんだ。だが、取り掛かり先だけでも欲しいのだ。もし、これから先、あの鎮守府のような場所が増え続けてしまえば我々は大変な事態に陥る。提督のいない鎮守府が出てくる事態など、あってはならない。それは絶対に阻止せねばならぬ。だからこそ、君には期待しているのだ。」

「わかりました。私なりに微力を尽くしましょう。」

「頼んだぞ。」

「かしこまりました。」

 

風采のあがらない中年新人提督が退出した後、大将はため息をついた。

前任、前々任の提督にも同様の指示をしたのだが、二人とも程なく黄泉に旅立ってしまった。

おそらく、艦娘たちがなにか知っているに違いない。

妖精眼を持っていて提督になれる者は一種でも二種でも稀少な存在なのだから、これ以上不測の事態で失われては堪らない。

今後、大攻勢を行うつもりならば余計に提督の数は必要だ。

戦いは数だよ、兄貴。

今は力を蓄えねばならない。

貯金を端から崩そうとする者は許さん。

複数の鎮守府で次々に提督が死ぬ状況を想像し、大将は首を横に振った。

 

 

私は本部を出て、その足で辿り着いた簡易食堂でほかほかおにぎりと厚切りハムと生卵を頼んで食べた。

添えられたのは、おしんこと味噌汁だ。

うん、なかなか旨い。これだよ、これ。

こういうのがいいんだよ。

 

親戚の春代や典子へ提督になったことをメールで知らせたら、是非会いたいとのことだったので横浜で落ち合う。

駅に近いパーラーオタンチンパレオロガスで、少女たちにいちごクリームパフェを奢った。

あんなに小さかった彼女たちが、今では中学生か。

年月の経つのは早い。

兄様とかお兄さまと呼ばれるのは照れるが、歳の離れた妹だと思えばアリかもしれない。

無邪気に抱きついてきたり、腕を絡めてきたりと可愛いものだ。

なにか話をしてくれと言われたので、カフカの話をした。

工事現場へ足を運ぶ際に、当時保険会社に勤めていたカフカは軍用ヘルメットを被って視察した。

そして、それは作業員たちに習慣として根付くことになった。

だから、カフカは安全ヘルメットの父なんだよと言ったら、春代はいたく感心し、典子は私と揃いのヘルメットが欲しいと言い出した。

 

春代が言った。

 

「太陽が沈まんとする時に、月が昇ろうとするのは素敵なことよ。ねえ、兄様。」

「あ、ああ。」

 

典子が言った。

 

「お兄さまと一緒なら、どこへでも行けるわ。」

「そ、そうかい。」

 

少女漫画の台詞だろうか?

再開を約して彼女たちと別れた。

 

 

 

岡山県笠岡市近海にある島、獄門島。

瀬戸内海の豊富な海産物が捕れる島。

その獄門島鎮守府へ、私は着任した。

笠岡諸島旅客船乗り場からは島への船が出ており、私はそれに乗って島へ渡ることにした。

船内でたまたま知り合った助清さんは気のいい人で、私が新任の提督であることを知ると亡くなった提督たちの話をし出した。

 

「そしたら、あんたが鎮守府の提督さんになるんじゃな。あそこはでえれえべっぴんさんばかりおるけえ、うらやましいのお。男の本懐じゃが。」

「いえいえ、私は単なる彼女たちの守役ですよ。」

「そんでも、並みの男じゃできやぁせんのじゃけえ、もっと自信を持ちなせえ。」

「ありがとうございます。」

 

方言がかなりきついようだが、なんとかわからないでもない。

 

「せえでじゃな、ほれ、あそこに見えるんが鎮守府じゃ。」

 

それは城のような、お屋敷のような建物だった。

 

「城にもお屋敷にも見えますね。」

「昔のこの島は、村上水軍の拠点じゃったけえな。砦は江戸時代に潰されて明治にお屋敷が建てられてずっと鬼頭本家の所有になっとったんじゃが、深海棲艦が出てきてからは買い取られて鎮守府じゃ。県がずいぶん梃子入れしとったのう。あそこは鉄底海峡開放戦では後方支援で、兵站を担当したらしいがな。その後次々に提督さんたちが亡くなってのう。島は蜂の巣をつついたような騒ぎになったけえ、どげんもこげんもありゃせんかったわ。」

「ちょっと待ってください。最初の提督が亡くなったのは、鉄底海峡開放戦終了後なんですね。」

「そうじゃ。原因は心筋梗塞じゃったが、心労じゃろう。気配りの出来るええ人じゃったから、気を回し過ぎたんじゃ。みんな心配しとったが、やっぱりという感じはあったのう。その最初の提督さんがほんまにでえれえええ人で、艦娘も儂らもみんな慕っとったもんじゃがのう。そんで、次に来た二人目の提督はちいといけすかん奴じゃったが、情のない奴ではなかったと思うんじゃわ。じゃけど、そいつが着任二ヵ月程でぽっくり亡くなってしもうた。」

「二ヵ月、ですか?」

「そうじゃ。心不全でぽっくりじゃ。あん時は警察は来るわ、あんたらのとこの憲兵は来るわ、マスコミは来るわ、野次馬が来るわでてんやわんやじゃった。」

「それは大変でしたね。」

「この獄門島は鬼ヶ島伝説と鬼による呪いの島じゃゆうて、オカルトマニアや民間伝承研究家には有名じゃからのう。提督は鬼に呪い殺されたんじゃゆう奴もおって、大変じゃったわ。それにの。」

「それに?」

「三人目の提督さんが勇敢な豪傑型の人でのう。鬼小島弥太郎か桃太郎かゆうて、鬼退治を期待されたんじゃ。じゃがのう。」

「三人目もあえなく亡くなった、と。」

「ほんま、おえりゃあせんかったわ。」

「どこか岩場か岸壁のような場所で亡くなっていたのですか?」

「布団の中じゃ。」

「はい?」

「ひっそりと眠るように亡くなっとった。心の臓が動かんようになっての。」

「豪腕届かず、ですか。」

「四人目はなんか今風のチャラチャラした奴でみんな嫌っとったが、本家の早苗さんに手を出しそうになったけえ、儂がぶちのめしちゃったわ。」

「殴ったんですか?」

「そうじゃ。おなごを泣かす奴は許さんけえのう。次の日、艦娘が来て謝ってきたけえ、びっくりしたわ。」

「それで?」

「その一週間後に、そいつが亡くなったんじゃ。」

「……えっ?」

「儂、びっくりしたわ。取調室でカツ丼はくれんのを知って、それもびっくりしたけどな。ドラマとは違うんじゃのう。」

「逮捕はされたんですか?」

「そこまではいかんかったが、既に三人亡くなっとったけえ、ずいぶん厳重に絞られたわ。艦娘たちや早苗さんや駐在の清光さんや島の連中が証言してくれたけえ、無事釈放されたんじゃ。」

「危ないところでしたね。」

「危なかったのう。なんで儂が連続殺人事件の犯人なんじゃ! 殺人事件かどうかも

わかっとらんのに。結局、四人目の死因は心不全。殴った後遺症でないことも証明されたけえ、よかったわ。」

「それで、五人目は?」

「五人目の提督さんは熱心に調べものをしとったのう。島の伝説も知りたいゆうたけ、儂らも手伝ったんじゃ。じゃがのう。」

「彼も亡くなった、と。」

「二ヵ月もたんかったのう。線の細い感じの年配の人じゃったが。」

「六人目の提督はどうでした?」

「普通の感じの若い人じゃったなあ。五人目の提督さんの調べものを引き継いで、仕事の合間に熱心に調査しとったわ。艦娘たちにも儂らにもやさしゅうて、これで呪いも大丈夫じゃろうと思った矢先にぽっくりじゃ。」

「まるで、悪い冗談ですね。」

「ホンマじゃ。で、その葬式に来た提督さんが七人目で、六人目の提督さんの友達じゃったらしい。かなり気合いが入っていたし、若い人じゃったからみんな期待しとった。……しとったんじゃ。」

「それで、どうなりました?」

「先週亡くなったわ。布団の中でな。」

 

はて面妖な。

さりとて、こちらも手をこまねいて死を待つ訳にもいかぬ。

閂(かんぬき)のかかったままの大手門を、ひのきの棒で叩き壊せと命じられたような気分だ。

 

 

船着き場が近づいてきた。

セーラー服を着た少女が見える。

彼女は駆逐艦の艦娘だな。

 

「提督さん。」

「はい。」

「儂は嫁や娘や親戚と一緒に、『黒猫亭』ゆう喫茶店や『蜃気楼』ゆう床屋もやっとる。なにかあったら、ここへけえ。」

「ご配慮をいただきまして、ありがとうございます。」

「かてえのう。あんたは死んだらおえりゃあせんぞ。」

「なるべく努力しますよ。」

「鬼頭本家の早苗さんも心配しとった。みんな、この連鎖を断ち切って欲しいんじゃ。それは、鎮守府の艦娘たちも同じじゃ。」

「微力を尽くします。」

「おお、そうじゃ、提督さん。この島にはもうひとつ異名があるんじゃ。」

「それはなんですか?」

「悪霊島ゆうんじゃ。」

 

 


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