七人の男が死んだのさ
だらしなくない男たち
頭はごろりと布団の上
手足をきちんと揃えて
散らかしてはいないし
出しっぱなしでもない
岡山県警の磯川警部が獄門島鎮守府を訪れたのは、私が着任して三日後のことだった。
鎮守府の艦娘たちは新しい提督を失ったばかりで、今もまだ心の傷が癒えていないように見受けられる。
戦場で荒ぶればまだ気持ちの整理がつけやすいかとも思ったが、彼女たちに言わせると日常的な仕事をしていても気分が紛れてよいそうだ。
私に無防備な姿を晒す艦娘たち。
それは信頼する証かもしれない。
彼女たちは私へ至れり尽くせりの親切さを発揮し、これでは文句のつけようもあるまいとさえ思えた。
提督たちは何故死んだのだろう?
先輩筋に当たる呉第六鎮守府の提督から引き継ぎ業務を受けながら、私は思考する。
先輩は私をかなり心配している。
しきりに身辺に気をつけろと言ってくれた。
おそらく、皆そのように言われたのだろう。
艦娘たちをよく知るまでは、心を許すなとも苦しそうに助言してくれた。
一心同体であるべき姿を否定してまで、ここを調査しなくてはならない。
艦娘とは一体なんなのだろう?
彼の連れてきた鳳翔と、ここの鳳翔が同姿艦に思えないほど違っていて驚いた。
呉の鳳翔の方が、基本に近いのではないか?
いや、私が艦娘の理解に乏しいだけなのか?
端的に言うと、ここの鳳翔の方が色っぽい。
時折、表情が蠱惑的になる。
それは、艦娘の特徴なのか?
個体毎に激しく異なるのか?
彼女たちの視線に困惑することさえある。
何故、来たばかりの私にその顔を向ける?
これはなんだ?
これが普通なのか?
こんなにすぐ切り替えられるものなのか?
わからない。
私にはわからない。
無視されたり威嚇されたり拒否されたりするよりは、遥かにマシだとはわかっているつもりだ。
しかし、納得はいかない。
何故だ?
磯川警部は落ち着いた感じの人物で、四〇代くらいに見えた。
私と同世代の年齢に見える。
お話がしたい、とのことだったので、鎮守府を出て少し離れた場所で会話をすることにした。
雑談をしながら歩くと、石造りの鳥居が見える。
鳥居をくぐり、無人の神社の境内で警部はこれまでの経緯と捜査状況を話し始めた。
船の中で聞いた話と概ね一致する。
ここに来てから読み始めた、提督たちの遺品である資料とも話は一緒のようである。
「私はね、提督さん。この事件をきちんと解決したいんですわ。」
「事件、でしょうか、これは。」
「そうじゃなあ。艦娘たちが一番怪しいゆうたら怪しいんじゃけど、証拠が一切ないんですわ。それに、殺す必然性がない。」
「疑われているのですか?」
「悲しいことに、身内を疑うんが警察の基本ですけえのう。身内や知り合いに殺されるもんは意外に多いんじゃ、提督さん。大抵は、日常的に会話しとる相手が刃物を振りかざしたり毒を飲ませたり鈍器でわやしたりするんじゃ。異常ゆうんは誰の心の中にもあるもんじゃけえ、油断したらおえん。しかし、この事件はなにも出てこんけえ、困っとるんですわ。」
「それで、関係者を調べてみてどうでしたか?」
「全員今のとこシロじゃなあ。刺殺でも絞殺でも撲殺でも薬殺でもないし、鬼ノ爪で殺ったと言われた方がまだ納得出来る程ですわ。よそもんが滞在しとったらしょっぴくんじゃが、そんな奴もおらん。わからん尽くしじゃ。」
「難しいですね。」
「みんなとても協力的じゃったけえ、余計に解決したいんじゃがのう。手がかりがないんじゃわ。」
「アリバイの崩れた人は誰もいないんですか?」
「鎮守府は基本的に五人だけの密室じゃけえ、密室殺人事件じゃゆうて探偵小説好きの若手連中が頑張っとったが、おえんかったんですわ。指紋の線も消えたしのう。」
「本職の方々がお手上げですか。」
「なにか進展や新展開がありましたら、県警まですぐにご連絡ください。こないだの提督さんが手がかりを掴んだようじゃったけえ、期待しとったんですが亡くなられてこちらもガッカリしとるところなんですわ。」
「わかりました。なにかありましたら、ご一報入れます。」
案内役を買って出た雷と共に島を歩く。
寂しさを紛らわせるかのように、彼女は多弁だった。
昼になったので、助清さんの黒猫亭でお好み焼きと牡蛎フライを頼んだ。
尾道紅茶があるというので、それも頼む。
雷によると、助清さんはナポリタンも上手らしい。
店の外には百日紅の木があって、そこは小粋なオープンカフェになっている。
意外とお洒落だ。
店内の水槽では山椒魚がのんびりしていて、「夢子ちゃん、夢子ちゃん。」と助清さんから呼ばれていた。
「司令官たちは、みんなおいしいおいしいって食べたの。島の人ともワイワイ話をしながら食べたりしたの。」
涙ぐむ雷の頭を撫でてやる。
少しは落ち着いたみたいだ。
隣の雷をあやしながら、店主ご自慢のそば入りお好み焼きにカープソースをかける。
オタフクソースではないんですね、と言ったら助清さんと雷が怒りだした。
何故だ?
ワカメの味噌汁もダシが効いていて旨い。
牡蛎フライに自家製タルタルソースを浸けながら頬張る。
旨い。
ふんわりサクサクの衣に汁たっぷりの地元産牡蛎の旨み。
瀬戸の旨さを堪能した。
紅茶を飲む。
いい香りだ。
助清さんの娘さんが作った素朴な味わいのマドレーヌをつまみながら、店主や島の人たちと雑談する。
自然、それは提督たちとの思い出話や寸評に傾いていった。
一人だけ罵倒されていたが、後は概ね好感を持たれていたようでホッとする。
軒先の南部風鈴がちりん、と鳴った。
右腕に雷を絡ませながら鎮守府へ帰ると、鳳翔がお冠だった。
お昼ご飯をここで食べなかったからですよ、と古鷹が苦笑いしつつ言った。
すみません、と鳳翔に謝る。
ダメよ、司令官、もっと愛情を注いであげなくちゃ、と夕雲が私の左腕に掴まった。
では私は後ろですね、と古鷹が背中に乗っかってきた。
もう、と怒りながら鳳翔が抱きついてくる。
みんな落ち着いてきたようでなによりだ。
その夜の献立は、お好み焼きに味噌汁に牡蛎フライだった。
とどめに紅茶とマドレーヌ。
いやはや。