ハロウィンという催しは意外と説明しにくい。
洋菓子業界では恒例行事化しつつあるが、普及にはまだまだ程遠いだろう。
「かぼちゃ祭ゆうときゃええんじゃ。」
呉の先輩から電話が来た際に話を振ったら、こう言われた。
で、ハロウィン当日。
仮装した艦娘たちが朝から執務室を中心にうろうろしている。
早朝からトリック・オア・トリートまみれだ。
岡山三川艦な軽巡洋艦三姉妹はなんとかキネンシスな女学生の恰好で、報道陣を引率していた。
私も眼鏡にアゴヒゲの司令の扮装をさせられている。いいのかねえ?
「問題ない。」とか「勝ったな。」とか言ったら、やたらにウケた。
退役艦娘の事務員たちが、サキュバスの姿で執務室に来た時は驚いた。
キャーキャー抱きついてきて、少しばかり危なかった。色々な意味で。
余所の鎮守府だと止めに入るらしい大淀だが、ここ函館の大淀は率先して仮装していた。
なんだね、その金髪碧眼の姿に青い服と鎧は。
彼女曰く、騎士の恰好らしい。
ライトノベルだか幻想小説だかの、ファンタジーものが好きなのかもしれない。
近頃は異世界転移だか転生系の小説が流行しているらしいので、その影響かも。
駆逐艦の子たちが三々五々訪れるので、それぞれに日高の三石羊羮と岩手の岩屋堂羊羮の詰め合わせを渡す。
箱買いしておいてよかった。
ローレルのカステラと函館牛乳をむしゃむしゃやりながら書類を片付けていたら、更なる駆逐艦の猛攻を受けて執務室に備え付けた冷蔵庫の在庫が空になった。
また買いに行かないとな。
加賀教官から甘過ぎると注意された。
私の手にあったカステラをそのまま食べなかったら、更に説得力は増していたことだろう。
昼食は素饂飩とおにぎりの定食。
うどんが間宮でおにぎりが鳳翔。
浅漬けは龍驤、玉子焼きが瑞鳳。
……ちょっと待て。
何故瑞鳳がうちにいる?
どうやら修行中らしい。
玉子焼きが山盛りになっている。
軽空母率の高い昼飯だった。
昼食後、中庭の屋台群を見に行く。
かなり本格的にやっているようだ。
サイドテールに白いブラウスと黒いミニスカートの龍驤が威勢よく販売しているホルモン焼きを頬張り、バクダンジュースを飲んだ。
妙高先生自慢のカレーと足柄自慢のカツが合体したカツカレーを堪能する。
龍田が大湊(おおみなと)の天龍と共に販売している龍田揚げも好評のようで、他の屋台同様に人だかりが出来ていた。
叢雲と曙が販売する珈琲もなかなか旨く、霞と清霜と早霜と朝霜のおにぎり屋もよかった。
朝霜?
横須賀か呉の子じゃなかったっけ?
余所の艦娘が随分混ざっているようだが、気にしない方が賢明かもしれない。
吸血鬼の恰好をしたネヴァダ率いるメリケン艦娘たちは欧風魔物で統一しており、島風はかぼちゃ頭のジャック・オー・ランタンの恰好であちこちに神出鬼没しているらしい。
雪女郎の姿の吹雪が特型駆逐艦たちを案内している。
どこかの航空戦艦が着流しを着て、町娘姿の紅茶戦艦たちと寸劇を繰り広げていた。
扶桑と山城がハイカラさんの恰好で練り歩いている。
いずこかの羽黒と榛名と浜風と潮が物陰から私を見つめていた。
騎士装束の大淀がプラグスーツ姿の駆逐艦たちと談笑している。
とある魔法学校の生徒の扮装をした、鹿島や雲龍とすれ違った。
風魔の劉鵬(りゅうほう)が駆逐艦たちを順番に肩車している。
ロアナプラから来た娘たちと見かけない娘がゴシックロリータな姿で歩いていた。
戦艦棲姫が大人しそうな巨乳の娘を案内している。
広報の腕章を付けた複数の青葉と衣笠が、それらの情景を撮影していた。
どんどんカオスになってゆく。
笑顔溢れる風景。
平和の風景。
ずっとずっとこんな風に……。
……。
感傷的になりそうな気持ちを抑え、執務室に戻った。
夕食は正にかぼちゃ一色。
サラダ。
スープ。
カレー。
コロッケ。
天麩羅。
プリン。
厨房を手伝ったが、苛烈な戦場だった。
食器洗い機を購入しておいてよかった。
戦艦棲姫やショウカクや横須賀の瑞鶴が手伝ってくれたので助かる。
ついでとばかりに、獄門島の提督から送ってもらった竹輪を天麩羅にした。
瀬戸内の旨味が込められていておいしい。
岡山も一度訪れてみたいものだ。
厨房で食べていたら、目ざとい艦娘たちに見つかって仕事が増えた。
食後、柳生茶で一服。
何故か長門教官の膝の上にいる。
嫁を放置するとは何事だ、と怒られたが、ケッコンすらしていないのになにをおっしゃいますかね。
罰として抱っこされているのだそうだ。
ようやく彼女から解放され、鎮守府内を見回る。
中庭は喧騒を終え、静寂が辺りを支配していた。
気温がかなり下がっている。
息が白い。
風が強くなってきた。
明日は今日より寒くなるだろう。
と、その時。
焼き肉とタレのにおいがフワッとして、気づくと龍驤に抱きつかれていた。
「お疲れさん。キミ、お腹空いてへんか?」
「小腹が空きましたね。」
「ほな、お食べ。」
ホルモン焼きを差し出される。
二人で木製の長椅子に座り、彼女の自信作を再び賞味する。
冷めても旨い。
タレが絶妙だ。
どうやら、私を待っていたらしい。
「キミ、あんまり無理したらアカンで。」
「わかっていますよ、お母さん。」
「誰がオカンやねん。」
私を抱き締める力がより強くなる。
「楽しかったなあ。」
「ええ。」
「こないな時間が何度もあったらええのになあ。」
「そうなるように頑張りますよ。」
「頑張り過ぎたらアカンで。」
「わかっていますよ、お母さん。」
「誰がオカンやねん、っておんなじ展開やん。あっ、見てみい、雪や。」
雪がちらちら降ってきた。
いつの間にか私の膝の上に座っていた龍驤と共に、空から落ちてくる白い粒を眺める。
それは風に紛れて舞を踊っているかにも見えた。
「林檎のおいしゅうなる季節やね。今度、アップルパイをみんなで作ろか。」
彼女の声が、やさしくやさしく私の耳に響いてきた。