はこちん!   作:輪音

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LⅩⅩⅩⅠ:愛と憎しみを黒く染めて

 

 

薄暗い、どこかの作戦室。

美しき異形の者たちが語り合っている。

 

 

「最近、脱走艦が増えてきた。レ級が脱走した時は心底驚いたものだ。」

「彼女が何名も連れて逃げた時の追手は、全員音信不通になりました。」

「あの時は本当に困ったわ。」

「現在、どれくらい脱走艦がいるんですか?」

「現状、一割強。函館に投降した者たちの影響が少なくない。あちらへの討伐隊も三次まで失敗したし、こちらも幹部を二名失った。これ以上犠牲を増やす訳にはいかん。」

「和平派が最近うるさいのも問題ね。」

「人間など、所詮艦艇など使い捨てにしか考えていない、残虐な連中だ。特にメリケン艦娘の扱いには正直驚いた。」

「鉄底海峡防衛戦を行った時の、鎮守府や泊地の捨て艦戦法が可愛いと思える程よ。」

「日刊駆逐艦週刊護衛空母月刊軽空母隔月刊正規空母季刊戦艦の名に恥じぬ勢いで続々と戦力を投入しているが、艦娘の錬度の低さと軍属提督たちの無謀さでどんどん轟沈している有り様だ。」

「艦娘に暗殺される提督が日本より多いそうよ。」

「モノ扱いすることに関しては先進国だからな。」

「愚かね。」

「だから、我々も生きていられるのさ。」

「人権派が動いているって聞いたけど。」

「昔、ルーズヴェルトやハルが対日戦争の準備をしているのをすっぱ抜こうとした大統領選の候補者が、当時口封じされた。日本と戦争したくない層が国民の半数いたからな。それと似たようなことを、現在国内の人権活動家たちがされている。国民を国家が脅迫するのだから、大したものだ。あの国の民主主義など、その程度のものだ。なんせ、自国の国民になった日系三世すら、先の戦争では強制収容所に入れる国だからな。日系人は国民扱いされなかったんだ。まったく、おそろしい。」

「国民が死なないために艦娘を轟沈させるのは当たり前だって言うんだから、ご立派よね。ロボットみたいなモノだと認識されているんでしょ。」

「失われても潤沢に補充される物資や艦娘で麻痺しているのさ、あの国は。」

「カナダや中南米諸国からの批判が絶えないそうですね。」

「そりゃ、いっつも圧力ばかりかけているからじゃない?」

「ハワイ諸島は奪還の目処が立たないし、北米南米大陸周辺海域の維持がやっと。基地での虐待が時折勃発して反乱が起きることもちらほらあるし、艦娘のストライキが頻発すると提督は更迭されるし、勘違いした提督が発生するのは、日本もメリケンも変わらないわ。アリューシャン方面での大反抗作戦では妨害電波や偽の通信などに騙され、同士討ちしていたわね。可哀想に。悲劇的だわ。結局、当時の大統領が大見得切った作戦は大失敗して当時の最高指揮官はアラスカへ更迭されたし、大統領の支持率は急落。批判の嵐が吹いたわね。作戦時に艦娘を黒人やヒスパニック系以下に見下して、何名も轟沈させた提督が無罪放免されて暴動が起きたわ。『あいつらは人間じゃない。ただの喋る機械だ。そんなやつらを人間同然に扱う方がおかしい。』って言っていたけど、無惨な最期を遂げていたのは当然かしら。戦況については情報封鎖されていた筈なのに、秘匿情報が漏洩して反戦運動が活発化し、厭戦気分が目下増量中。勇気ある軍属提督が艦娘を酷く扱う基地や提督たちをネットで告発して、FBI(連邦捜査局)やNSA(国家安全保障局)が動き出しているわ。まあ、途中で上院議員や長官や大臣に握り潰されるでしょうけどね。」

「日本人はロボットに愛着を持つ者が多いが、欧米では一般的でないからな。人間もどきに人権を与えるな、という声は今も大きい。もしも『戦後』が訪れてもこのままなら、日本へ亡命する艦娘が続出するだろう。」

「受け入れられるかしら?」

「日本は外交が致命的に下手だから、難しいだろうな。提督が引き取ろうとしてこじれるのが眼に浮かぶよ。戦争が再開するかもしれんな。人対艦娘の。」

「艦娘を気持ち悪い、って言っている連中がロビー活動を熱心にしているしね。」

「恩恵を受けておきながら、その相手を平気で踏みにじる感覚がわかりません。」

「助けてくれた親切な相手を後ろから刺す無情な人間なんて、古今東西どこにでもいる。どこの国がどうの、ではない。勿論、そうでない人間も多数存在する。ただ、人の足元を平然とすくうような人間でないと、昇進は難しいな。兵士を平然と『殺せない』指揮官は出世出来ないのさ。」

「業が深いわね。」

「エベレストを登る登山家にしても、地元のシェルパをこき使うのが当たり前と思っている連中が多いんだ。立派なことを言う口で同じ人間を差別出来るんだから、実に素晴らしいじゃないか。まあ、彼らの中では『人』と思われていないのだろうがな。人間とは、その程度の生き物だ。」

「ところで、メリケンの優秀な提督のおよそ半数がジャパニメーション好きってどうなの?」

「日本も似たようなものだろ。人間よりも艦娘の方が純粋だからな。それで惚れるんじゃないかね。」

「大統領選で親艦娘派が当選するとは思わなかったわ。」

「宣伝が上手かったからな。アレが艦娘のことを大切に思っているようには、とても見えないがね。都合のいい言葉で騙されたい人間が多いから、当選したんだろうさ。」

「当時のスローガンのひとつが、『国民の代わりに戦う娘たちの勇気を見よ!』でしたっけ。それと、まさか映画でプロパガンタをおこなうとは思いませんでした。」

「艦娘の記録映画とハリウッド映画を同時上映するんだから、やる時は徹底しているのよ、あの国は。善かれ悪しかれね。」

「マスメディアの情報を鵜呑みにする人間が、今もけっこう多いからな。」

「疑わないのかしら?」

「考えない方が楽だからな。考えるのは疲れるものさ。答を用意してくれる相手に頷くばかりで、崖に向かっているのに気づかないまま落とされるのだろうよ。ところで、ミッドウェイ防衛網はどうなっている?」

「今のところ、一進一退ね。」

「インド洋は?」

「セイロン付近で激しい攻防を繰り広げたけど、こちらの優勢で落ち着いているわ。」

「欧州は?」

「英国が特にしぶといわね。艦娘と艦艇の混成艦隊は少々厄介だわ。最近、女王だか王女だかを気取る戦艦が出てきたっていうから要注意ね。ドイツは重巡洋艦や潜水艦の運用がなかなか巧妙だし、日本から来た提督がいるマルタ島やスエズ運河の辺りは攻略が厳しいわね。不正規戦に強くてしたたかな提督が指揮しているから、慎重に進撃することを進言するわ。敵ながら天晴れよ。フランスとイタリアは……まあ、あれが通常運転かしら。個人が強くても、集団としては弱いわ。撹乱したらもろいし、粘り強さに欠けるのが難点ね。その分、他に皺寄せがいっている感じよ。その他の国はこれら五つの勢力と離合集散を繰り返していて、まさに複雑怪奇よ。欧州の連中は。理屈屋が多くてまとまらないから、こちらとしてはとても助かるんだけどね。」

「言葉を弄ぶ者は言葉で滅びればいい。ところで、戦艦棲姫たちの様子はどうだ?」

「世話焼きな子が多いから各戦線が保たれているようなものだけど、函館の影響が侮れないわ。言葉に出さないけど、動揺している子もいるしね。こちらでも注意しておくけど、あの子たちが私たちの生命線よ。士気高揚に間宮羊羮くらいは欲しいところね。」

「わかっている。」

「ル級やタ級やヲ級たちの相談に乗ったり、みんなのご飯を作ったり、幹部たちの我が儘を抑えたり、みんなの盾になったりと大活躍よ。各戦線の要石ね。函館に投降した自由人もいるけど、あの子は特殊ね……そうよ、そうに違いないわ。」

「そうだな。ところで、捕虜の提督たちの洗脳はどうなっている?」

「一応は、成功よ。この間、二人を対メリケン戦線に投入したわ。」

「結果は?」

「基本的な戦術はそつなくこなせたけど、応用はまるでダメね。」

「そんなにダメでしたか。」

「裏をかかれて二人とも戦死したわ。」

「改良の余地があるな。」

「すみません、今しがた部下から報告がありましたが、悪い知らせです。南方方面戦線の離島棲姫の行方がわからなくなりました。」

「「えっ?」」

「彼女のいた防衛戦線でちょくちょく不在になっていたそうですが、一週間前から完全に連絡が取れない状況です。」

「艦娘たちの艦隊と交戦した可能性は?」

「それはありません。」

「おかしいわね。」

「おかしいな。」

「それと、アリューシャンの港湾棲姫も行方不明です。」

「なに!?」

「なんで?」

「現在、原因調査中です。先だっての戦闘では生き延びていますから、戦争が厭になって脱走した可能性も考えられます。彼女は元々やさしい性格ですから。好戦的でない幹部が抜けていることから、手引きした者の可能性も疑っています。」

「至急原因や関わった者を探して。」

「かしこまりました。」

「函館の戦艦棲姫たちが手引きした可能性はあるか?」

「調査します。」

 

敬礼した後、セーラー服を着た重巡洋艦は足早に作戦室を去っていった。

 

 

 


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