はこちん!   作:輪音

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LⅩⅩⅩⅢ:失踪

 

 

 

横須賀鎮守府にて、年若い憲兵が一人行方不明になった。

品行方正、清潔果断、艦娘のことを大切に思う憲兵の鑑。

そんな若者だった。

深夜に行方不明になったのではない。

午後の明るい時間、彼と親しい駆逐艦の深雪が彼の不在に気づいてから鎮守府では捜索が始まった。

 

だが、見つからない。

 

毎夜の定時報告がないことに不審を感じた憲兵隊本部が横須賀鎮守府へ問い合わせをしてきたことから、騒ぎは更に拡大した。

彼の所属している鎮守府自体に大きな問題はない。

少なくとも、表面上はない。

四大鎮守府は絶対清廉潔白。

それが建前的な表現だった。

彼はなにかしら、疑いを持っていたようであるが。

 

生真面目な彼がなにかに巻き込まれたのではないかと、彼の上官や同僚は心配した。

憲兵隊と鎮守府側の関係は微妙だ。

人型妖精兵器である艦娘を使って華やかに戦績を上げる鎮守府側に比して、憲兵隊は後方支援に回ることばかり。

最近はあきつ丸やまるゆといった戦力が増えつつあるけれども十分な数ではないし、大湊(おおみなと)の提督に取り込まれたあきつ丸も存在する。

元艦娘を採用するなどして対抗措置は取っているものの、今後の課題は増すばかりだ。

 

憲兵が最低一名は鎮守府警備府泊地に配属されるように手を打ったのは、憲兵隊の意地もある。

憲兵は鎮守府側への楔であり、情報戦担当であり、規律に比較的緩い鎮守府警備府泊地への牽制でもあった。

 

任務に真面目で、提督に不信感を抱く有能な若い憲兵が失踪する。

恋愛沙汰や蜂蜜作戦も疑った憲兵隊本部だったが、大本営に直属する軽巡洋艦の大淀からも憲兵とかなり親しかった艦娘からも恋愛方面の可能性は否定された。

金銭面でも綺麗な彼にその方面での問題は考えられず、では怨恨かという話になった。

怨恨の可能性があるのは、どちらかという提督たちである。

だがエリートを自他共に認める横須賀の提督たちは極力彼を避けていたようで、怨恨に至るまでの人間関係すらなかった。

やる気満々の彼が仕事に絶望した可能性も彼から親切にされた数々の艦娘より否定され、話を聞く限りでは何人かの提督よりも余程人望があった。

 

それだけに憲兵隊本部は焦った。

彼が提督候補生になったのではないかと、そんな推測さえ立った。

 

有能な幹部候補生が提督になぞなってしまったら、笑い話どころではない。

実際、実例がある。

艦娘が提督を撰ぶことなど、しょっちゅうあることだ。

それは、軍人民間人軍務経験者軍務未経験者関係ない。

彼女たちが自ら主を決めるのだ。

 

彼の足跡をたどれなくなった憲兵隊は大本営を疑った。

提督候補生として青年を秘匿しているのではないかと。

その後。

函館や小笠原の提督などを巻き込んで騒ぎは拡大する。

 

 

二ヵ月ほどで、突然探索は打ち切られた。

そしてある夜、駆逐艦の深雪を含む複数の艦娘が横須賀鎮守府から姿を消した。

 

 

 






愛忘れた
遠き海より
流れ寄る深海棲艦
故郷の日々を
忘れて
汝(なれ)はそも
波に幾月

旧(もと)の艦
海に沈んで
心なお
影をやなせる
我もまた
渚を枕
独り身の浮き寝の旅ぞ

亡骸を
胸にあつれば
新たなり
流離の憂い

友軍の
沈むを見れば
激(たぎ)り落つ
異郷の涙


思いやる
八重の汐々
いずれの日にか
國に帰らん

思いやる
旧きことごと
いずれの日にか
仇を返さん

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