はこちん!   作:輪音

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ⅩCⅠ:おっちゃん提督の大阪出張(前編)

 

 

 

こじれにこじれた大阪の鎮守府の件をどうにかすべく、私は早朝に大本営から出張を命じられた。

なんでやねん。

北日本にいる私が何故行かねばならないのか尋ねてみると、以前横須賀の面々が大本営の面々と共に大阪で協議した際に紛糾したという。

東京弁ですかした言い方をしたらしい。

そらあかんやろ。

それじゃまとまるもんもまとまらんわ。

その後も協議を重ねているがボロボロ。

で、白羽の矢が立ったとこういう訳だ。

いややわー。

ぶつぶつ言いながら私室で古いグローブトロッターの旅行鞄に着替えを詰めていたら、艦娘たちの突撃を受けた。

 

「あんな、遊びに行くのとちゃうねんで。」

「提督、関西弁になっていますよ。」

「ほっといてんか。で、なにしに来たん?」

 

私の護衛をしたいと押し寄せたそうだ。

 

「大阪に行ってうんざりするような会議をするだけだから、つまらんよ。」

「でも、司令官はおいしいお店に行くんですよね。」

「さてなあ。旨いか旨くないかは人それぞれだし。」

「提督のことだからおいしいお店に行くつもりね。」

 

結局、騒ぎになった。

籤引きアンバランスの末、鳳翔と間宮が勝利した。

 

「じゃあ、もう少ししたら出掛けるから一時間以内に準備して。」

 

慌ただしく走り去る両名。

函館鎮守府は騒然となる。

寝台列車に乗るので、早めに出掛けたいのだ。

今日明日の命令は止めて欲しいんだけどなあ。

仕事っていうのは、なんていうか、事前にきちんと予定を立てて無理なく構築して欲しい。

余裕があって、柔軟性があって、豊かな予算があって……。

業務の引き継ぎをば大淀や妙高先生に伝える。

これで一安心。

 

 

青函連絡船に乗って青森へ。

乗り換え時間の合間に、駅近くのおでん屋でおばあちゃんの作る料理を味わう。

味がよく染みていて旨い。

鳳翔や間宮も興味深そうに一品一品味わっていた。

ストレート果汁の林檎ジュースや日本酒の豊盃(ほうはい)を買って、新青森へ。

待ち時間の間に、売店で日本酒の陸奥八仙を購入。

鳳翔と間宮も、青森の食の豊富さに感心している。

弁当は『太宰好み』という品があったのでそれにした。凝った内容だ。お茶も買う。

少し狭い座席の東北新幹線に乗って、一路東京へ。

新幹線はがらがら。

景気が上向くのは当分先のようだ。

盛岡で少し人が乗って、仙台で混み出す。

弁当は好評だった。

 

 

東京駅に到着する。

流石に人があちこちにいた。

サンライズ瀬戸の乗車時間まで、少し間があるな。

全国の土産物を扱っている場所があるのでそこへ行ってみた。

個人所有の自動車の激減と国が主導する鉄道の強化によって自動車業界は青息吐息らしいし、高速道路の需要減が輸送関係にも大きく打撃を与えている現状は『道路族』の衰退と郊外型ショッピングモールの停滞を発生させていた。

そうした大型商業施設は昨今、シャトルバスの地域拡大・本数増加並びに過疎地区へのお迎えと出張販売で凌いでいるとか。

結局、輸送関係は現在旧国鉄が強い位置にある。

かといって、廃線が復活する訳でもない。

時代が遡るみたいな感じがしないでもないなあ。

ただまあ、全国名菓を目の当たりに出来るのはありがたい。

鳳翔と間宮がキラキラしている。

試食しながら、日持ちするものを函館へ発送するように箱単位で手配していた。

流石だ。

 

 

サンライズ瀬戸に乗車。

岡山で高松行きの『サンライズ瀬戸』と出雲(いずも)市行きの『サンライズ出雲』に分離する構成だ。

この寝台列車では車内販売がないので、先もって買っておいたものを食す。

 

 

姫路に到着。

辺りは暗い。

早朝は寒い。

山陽本線で姫路から相生(あいおい)へ行き、赤穂(あこう)線に乗り換え、長船(おさふね)に到着。

駅前でタクシーに乗って、悪友の八代目備前正兼に会いに行く。

今、会いに行きますってか。

当代に於いて、彼はこの国屈指の刀鍛冶だろう。

愛想が今一つよくない彼から、頼んでおいた包丁群を受け取った。

日本刀の備前刀と同じ作り方をした、斬れ味の極めて鋭い逸品だ。

古刀の作刀で打ったと言われても、素人にはさっぱりわからない。

明珍派の兜も断ち割れると豪語されても、ちっともわからんがや。

 

「お前、嫁が二人もおるんか。」

 

開口一番、口の悪い友人はそう言った。

途端、顔を赤らめる鳳翔と間宮の両名。

 

「護衛だ。」

「美人の護衛を雇える程にえろうなったんじゃな、お前は。流石提督じゃ。」

 

二名の艦娘は包丁群に魅せられている。

 

「ほう、わしが打ったもんがようわかっとるようじゃな。」

「二名とも、艦娘では相当出来るからな。」

「ふっ、ようわかっとるもんのために打つのは鍛冶屋の幸せじゃ。」

「そうだな。土産だ。」

「青森の豊盃と陸奥八仙か。でえれえええ酒じゃがな。ところで、これからどげんすんじゃ?」

「赤穂の総本家かん川本店でしほみ饅頭や三笠を買って、三宮に寄ろうかなどと考えている。」

「飯はどねえするんなら?」

「赤穂か姫路辺りの予定。」

「そげなら、ここで食ってけ。わしの嫁もそこそこ料理が上手い。おーい。」

「はーい。」

「悪いよ。」

「わざわざ北海道から来たもんをすぐに追い返す程、岡山県人は冷とうねえわ。」

 

出て来た女性を見て、我々は固まった。

こいつ、いつの間に結婚していたんだ?

 

「あら、遠くからお越しくださって、ありがとうございます。」

「「「は、初めまして。朝からお邪魔しています。」」」

「今から朝ごはんを作りますので、ちょっと待っていてくださいね。」

「「「は、はい、ありがとうございます。」」」

 

髪の長い美人。

まさか……。

 

「ず、ずいぶん美人の奥さんだな。」

「じゃろう。わしの自慢の嫁じゃ。」

「ちなみにどちらでお知り合いに?」

「釣りに行った時に出会ったんじゃ。運命の出会いゆうんじゃろ。」

「お、おう。」

 

共に食事をすることになった。

焼き魚に玉子焼きに味噌汁にご飯と漬け物の朝食。

味噌は新見(にいみ)のものを使っているそうだ。

米は、吉備中央町の農家から直接購入。

岡山県は養鶏が盛んらしく、卵も旨い。

野菜も魚も地元産。

まさに地産地消だ。

 

「ところで、獄門島に鎮守府があるのは知っているかい?」

「ああ、岡山県がえろう梃子入れしとったのに、提督がバタバタ次々に死んだとこか。山陽新聞で特集組んどったわ。知事が呉鎮守府に喧嘩売っとったな。どげんもこげんもありゃせんのに。」

「今の提督は私の同期なんだ。」

「今は死んどらんけえ、でえじょうぶじゃろ。たぶん。」

「そんなに騒ぎになったんだ。」

「なんか自称探偵が何人も島に行って、新しい騒ぎを起こしとるそうじゃ。アホじゃわ。」

 

友人のワゴン車に乗せてもらい、駅に着いた。

 

「もし包丁の具合が悪かったらすぐに送ってけえ。直すから。」

「わかった。」

「こんなに素晴らしい包丁を作っていただいて、ありがとうございます。」

「この包丁で、おいしい料理を作ります。本当にありがとうございます。」

「おう、美人さんから礼を言われると嬉しいのう。わしは嫁一筋じゃが。」

「じゃあな。」

「おう。」

 

 

播州(ばんしゅう)赤穂駅に到着。

老舗の店で和菓子を箱単位で購入し、鳳翔と間宮の両名は興味津々の様子で店のお姉さんに質問していた。

函館へ配送してもらう手続きをする。

赤穂線と山陽本線を乗り継ぎ、姫路から新快速で三ノ宮駅に着き、それを乗り換えて灘(なだ)駅に到着。

坂を下って、兵庫県立美術館へ。

今は丁度『横山宏(よこやまこう)の世界展』を展示している。

独自の世界を彼女たちと一緒に鑑賞する。

模型も多く展示されて、見応えがあった。

その後芦屋の洋菓子屋でいろいろと購入。

イタリアの伝統的な洋菓子を作る店で喫茶し、ここの焼菓子も函館へ送った。

 

 

元町へ行き、昼はどうしようとさ迷う。

雰囲気のよさそうな洋食屋を発見した。

店内はやや少女趣味的だが、悪くない。

名前は『カリンカ』とある。

ロシア語か?

 

「これがメニューなのです。」

「ありがとう。」

 

女給にしては若すぎるような見たことあるような娘が、メニューを手渡してくれた。

 

「ロシア料理もあるんですね。」

「ピロシキもブリヌイもボルシチもあります。」

 

ほう、いいじゃないか。

料理を注文する。

 

「はいどうぞ、熱い内に食べてね。」

 

八重歯を特徴とする娘がブリヌイを持ってきた。

 

「パンケーキというより、クレープに近いですね。」

「素朴な味わいが、ロシアの大地を感じさせます。」

 

「これはクワースよ。」

 

ちょっと背伸びをしている感じの女の子がロシア風清涼飲料水を持ってきた。

 

「小樽の提督からいただいたものとはまた味わいが違いますね。」

「こちらは爽やかで飲みやすく仕上げているように思われます。」

 

「ウハーとガルショーチカとピロシキだよ。」

 

白い髪の女の子がスープと主菜と肉詰めパンを持ってきた。

ウハーは白身魚と野菜のスープ。

ガルショーチカはロシア風肉じゃがみたいな食べ物。

ピロシキは肉や茸や野菜を詰め込んだパン。日本では揚げパンが主流だが、この店ではパリッとした皮だ。

昔給食で食べたピロシキを思い出す。

いずれも旨い。

 

「デザートのマロージナエです。」

 

どこかの主人公みたいな女の子がロシア風アイスクリームを持ってきた。

濃厚な味わいでおいしい。

これぞまさにロシア流だ。

ロシア人は大のアイスクリーム好き。

私の気分はサンクトペテルブルグだ。

 

 

食後、神戸市立博物館で『東山魁夷展』を鑑賞。

皆への土産用に、クリアファイルや小物を購入。

 

新快速で大阪駅まで行き、シャトルバスに乗ってホテルへ着いた。

チェックインを行い、それぞれの部屋に荷物を置く。

こんなに高級なホテルに宿泊してもよいのだろうか?

東京よりも大阪の方が物価安とはいえ、少し驚いた。

大阪人の心意気なのかもしれない。

 

 

夕食は、十三(じゅうそう)の商店街で食べ歩きをしようということになった。

駅近くの路地にある店で先ずは名物のミンチカツ。ゲソの塩焼きやどて焼も食べる。

和菓子屋で行列に並び、みたらし団子やきんつばを購入。

天麩羅屋で揚げたてコースを頼み、塩やツユでいただく。

明石焼きを出汁でいただく。

二名は感心しながら食べた。

 

腰を据えて食べたいと両名から言われたので、昭和の食堂っぽい店に入る。

馬肉ソーセージに馬肉ハンバーグに馬刺し、蒸し鶏と手作り豆腐のじゃこいっぱいサラダに筑前煮、串カツはお任せでお願いした。

じわりじわりと味わう。

鳳翔も間宮も大阪の底力に感心している。

一口一口じっくり食べて味を覚えていた。

 

 

明日はなにを食べようかな……じゃない、仕事を頑張ろう。

 

 

 

 


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