はこちん!   作:輪音

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すあまです
西日本では作られていないので、私の存在すら知らない方もいます
目指せ、全国展開!
次回、『鉄仮面提督の着任』
ところで、三笠ってなんですか?





ⅩCⅣ:鉄仮面提督の着任

 

 

 

 

「おい、これはなんの茶番だ?」

 

書物が四方に整然と並べられた書斎。

高そうなソファにふんぞり返り、マホガニー製のテーブルに足を投げ出した男が不機嫌な声を上げた。

男は鉄仮面をかぶり、革のジャケットとズボンを着ている。

鍛え上げられた体は日々のたゆまぬ努力の結晶であるが、チンピラじみた粗野な振る舞いが違和感をもたらしていた。

 

テーブルと同じくマホガニー製の机で書き物をしていた、品のよい老齢の男性が微笑みつつ鉄仮面の男に話しかける。

 

「貴方には異世界転移を行っていただきます。」

「異世界転移だあ? なんだ、そりゃ?」

「最近の若い方々に大人気の方法です。」

「意味がわからん。」

「つまり、貴方を別世界に送り込むということです。」

「死人をわざわざ送るのかよ。たいそうなこったな。」

「今、貴方は生きています。」

「仮初めの命じゃねえのか?」

「きちんと甦らせてありますよ。すべてを過(あやま)ちなく。」

「誤りじゃねえのか? 俺は甦らせてくれだなんてお願いはしてねえぜ。」

「世界が貴方を求めているのです。」

「俺より優秀な駒なんざ、幾らでもあるだろう? 俺が言うのもなんだが、身内だと兄貴たちや弟の方が余程優秀だと思うがね。」

「他の方々は適合しなかったのです。」

「俺だって、適合したかねえな。」

「貴方には期待しています。」

「元々無い袖は振れねえぜ。」

「抑止力になっていただきたいのです。」

「はっ、報酬はなんだ? かなり貰わなきゃやってらんねえぜ。」

「裕福な生活をお約束しましょう。それとちょっとした祝福をお渡しします。」

「俺は俺の出来ることしかしねえ。」

「それで充分です。ではよい旅を。」

 

 

 

「あの爺、訓練校に行かなきゃいけねえなんて聞いてねえぞ!」

 

男は千葉県にある訓練施設で提督になるべく特訓を受けていた。

幸い知能が高く記憶力もよかったために、彼は滞りなく訓練を消化出来た。

ものごっつい鉄仮面を被っているにも拘わらず誰にも突っ込まれないのが不思議ではあったが、あの胡散臭い老人がなにかマヤカシをしたのではないかと男は睨んでいる。

そんな、ある意味平和な日々。

施設に来た駆逐艦たちにからかわれながらも、それなりに充実した日々。

無防備な人型妖精兵器の柔肌は男を戸惑わせ、ポンコツぶりを発揮する。

彼の前世ではなにもかも信じられないような、豊かな世界に感じられた。

この世界に住まう人たちからすると、まだまだ不満の多い世界であるが。

 

 

ある日の早朝。

武術訓練所裏手にて彼が上半身裸で暗殺拳を修行していたら、顔に火傷痕のあるロシア女性の訓練生から声をかけられた。

どちらも、とても堅気には見えない。

世紀末的な戦闘が今にも繰り広げられそうな、そんな一触即発の雰囲気。

歴戦の陸戦将校のような女性が、会話の火蓋を切った。

 

「お前は人を殺すことに躊躇いがない。そうだな、ヤポンスキー。」

「そりゃ、俺は暗殺者だからな。」

 

あっさりと、自分自身の生業(なりわい)を暴露する鉄仮面の男。

途端、大笑いするロシア女性。

 

「よかろう、タヴァリーシチ。お前に私との朝食に同席することを許可する。」

「別にいらねえよ、そんな権利。」

「ふっ、ヤポンスキーは謙虚だな。だが、それがいい。軍曹! 新たな同志のために、焼きたてのブリヌイと上質のウォトカを持ってこい!」

 

何人ものロシア人がどこからともなく現れて、椅子とテーブルを用意した。

白く清潔で精緻な刺繍が施された布がテーブルにかけられ、皿とカトラリーとクワースが即座に出された。

ロシアの発泡飲料水を飲んで、男は内心何故コイツに気に入られたんだと考える。

やがて、ロシアのパンケーキともクレープとも言われるブリヌイがどさどさもたらされ、二人は勢いよく食べ始めた。

本場ロシアで醸されたウォトカを呑みながら。

 

 

他に男が比較的仲よくなったのは、少し奇妙な中年だった。

『妖精に愛されるおっさん』と揶揄される彼は訓練施設の教官たちと極めて仲よくなり、外出のどさくさに紛れてデートまで敢行していた。

短期間での早業に皆おののく。

ありえない所業であったから。

 

 

訓練を終えた男は提督二種の資格を得たが、着任する鎮守府は決まらなかった。

そのため、彼は大本営で他の着任待ち提督たちと共に書類作業や演習時の補佐提督などとして仕事に勤しむことになる。

小樽の提督となったロシア女性から卒業祝いだと贈られた荷物には各種桃色映像作品が満載されていて、案外免疫のない男は酷く狼狽した。

 

ある日、男は函館鎮守府の提督になったあの奇妙な友人から連絡をもらった。

新規に設立される、大阪鎮守府の提督に就任して欲しいとの要請だ。

彼は即座に引き受ける。

退屈な日々にうんざりしていたのだ。

血と硝煙にまみれた日々が懐かしい。

 

 

 

「なんだ、こりゃ? ずいぶんとぼれえじゃねえか。」

 

男は指定された場所に着いてぼやいた。

ボロいのには前世の生活で慣れているが、それだって限度はある。

戦前建てられた商家に、鎮守府の看板をかけただけらしい。

大阪湾に面した、ウォーターフロント的な立地の古い建物。

艦娘の出撃は問題なさそうである。

煉瓦を使った倉庫と漆喰を使った江戸風の蔵が付いていた。

気分は江戸川乱歩である。

ひょっこりと電人Mや人間豹などが出そうな、そんな雰囲気さえあった。

商家と言えば聞こえはいいが、半ば朽ちて放棄されたような建物だった。

これが、鉄仮面の男の基地となる建物なのである。

少し前に奈良でも盛んなレトロ風喫茶店に改装される予定だったが、深海棲艦の侵攻により計画は頓挫。

以降、打ち捨てられた場所である。

凝った建築物であるが、維持費が高くなるためにどないすると関係者たちを悩ませていた曰く付きの代物だ。

大阪鎮守府としてうってつけではないかと選定され、近日改装予定である。

予定は未定であり、決定ではない。

それが如実に屋内を表現していた。

昔の大阪商人が贅を凝らした建物。

今はガラクタに近い状態であった。

 

「掃除すらしていねえのかよ。」

 

彼は素早くマイ割烹着を装着する。

おさんどんのおばちゃんに見えた。

溜め息をつくと、鉄仮面の男はガラクタを片付け手際よく掃除を始める。

彼は存外器用らしく、てきぱきと清掃作業してゆく。

いつの間にか男の足下に小人たちが集まって、作業を手伝っていた。

彼らは妖精。

魔王に忠誠を誓う異世界の生き物。

窓や少し開けた戸の向こうから、幾つもの視線がそれを眺めている。

 

 

所々蜘蛛の巣すら張っていた厨房を綺麗にして、男は北海道産の馬鈴薯や玉葱の皮を剥き出した。

道南産のななつぼしが炊飯器で炊かれている。

どれも函館の提督から就任祝いで届けられたものだ。

ジャッジャッと挽き肉を炒め、炒めた野菜と共に煮込んでゆく。

どうやらカレーを作るつもりらしい。

水道瓦斯電気は幸い工事済みだった。

最低限の工事だけ済ませ、その他はほっぽっていたようだ。

各社に連絡は行われていたので、すぐに使えてありがたい。

 

「後三〇分くらいでカレーが出来るぞ。」

 

外に向かって、男は言った。

彼にとって気配を感じるのはたやすいことだ。

手早くサラダも作ってゆく。

鉄仮面に割烹着。

実に怪しげな感じであった。

ひょい、と三名の駆逐艦が鉄仮面の男の前に現れる。

 

「なーなー、おっちゃんがうちらの司令はんなん?」

「そうだ。」

「うちは黒潮や。よろしゅうな、司令はん。今日晩はお好み焼き作ったげるから、楽しみにしとってな。」

 

黒髪のおきゃんな感じの娘が微笑んだ。

続けて、桃色がかった髪色の娘が敬礼して言った。

 

「私は不知火です。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。暗殺拳をお使いとのことですが、大変興味があります。よろしければ、後程詳しく教えてください。」

 

最後にツインテールな栗毛の髪色の娘。

 

「やっと会えた! 久しぶりね、司令。今度こそ逃さないわ! 改めまして、陽炎よ。一生よろしくね!」

 

一名ばかり台詞が怪しいけれども、これでなんちゃって鎮守府としての形式が整ったのであった。

函館で研修している大淀が着任すれば、本格的始動となる。

後は給糧艦か補給艦一名と軽空母か軽巡洋艦一名が着任すれば、戦力として一応整うことになる。

駆逐艦があと数名来れば尚よい。

一名だけの艦娘と暮らしている提督に比べたら、ずっとましな待遇だ。

鉄仮面の男は土産のすあまと回転焼きの御座候を艦娘たちに与え、彼女たちは関東の餅菓子と赤あんと白あんのこなもんを堪能した。

 

 

一方。

妖精たちは鎮守府を魔改造し出していた。

その内、暮らしやすい空間になるだろう。

 

 

カレー。

それは魂の料理。

懐深き心の料理。

艦娘たちがおいしそうに食べている。

新しい匂いが漂ってきた。

野菜炒めだ。

鉄仮面に割烹着という妙ちくりんな姿のゴツい男が、中華鍋を振るっている。

カボチャの煮つけも出来たようだ。

 

「誰か取りに来てくれ。俺は飯を作るので忙しいからな。」

 

三名に向かって言い放つ世紀末的男。

立ち上がって手伝いに向かう娘たち。

今ここに、大阪鎮守府が始まるのだ。

少し締まりが悪いが、致し方がない。

 

 

 

黒潮が作ったお好み焼きを夕飯として食べた後、千里中央アニメーションが製作した新作の『こなもん!』を、提督含む皆で鑑賞となった。

丁度、第一話だ。

大阪府出身の監督脚本家演出と声優でかもされる野心作で、サンテレビを始めとする全国放送で展開されている。

十三(じゅうそう)の商店街にある、小さなお好み焼き屋で繰り広げられる物語だ。

半年間のオリジナルアニメーションということで、期待の高い作品でもあった。

何気ない日常を丹念に描く良作とすべく、関係者たちは今日も修羅の道を歩む。

男は駆逐艦たちに密着されながら、前世では見たことのない娯楽に引き込まれるのだった。

引き込まれるのは娯楽だけでないと知らぬままに。

 

 

鉄仮面提督が着任しました。

 

 

 

 






余計な解説。

●鉄仮面:ヨーヨーは投げない。ましてや、超電磁ヨーヨーなどは!

●マホガニー:世界三銘木のひとつ。小説などにはよく出てくるが、現在新品として出回っている品は真正のマホガニーに非ず。クリスティーズやサザビーなどのオークションに於いて、真正マホガニーの逸品はとんでもない金額でやり取りされる。

●ヤポンスキー:露西亜語で日本人のこと。

●タヴァリーシチ:露西亜語で同志のこと。タワリーシチとも。露西亜語に『ワ』と『ウ』の発音は無いので、『ワーニャ伯父さん』も『ヴァーニャ伯父さん』の方が発音的に近いと思われる。独逸語の『ブルク』と『ブルグ』に近い?

●ウォトカ:ウォッカとも。露西亜人の魂の蒸留酒。個人的にはポーランド発祥と考えているが、世界的には露西亜発祥とされている。研究者たちによって酒精度四〇度が至高と言われ、メリケン人が最も多く消費する。発音的にはヴォトカやヴォートカの方が近いと思われる。ちなみにポーランド人は酒精度九六度のスピリタスをそのまま呑むのだと、日本ポーランド協会の方から聞いた。

●ブリヌイ:露西亜人の魂のこなもん。パンケーキだったり、クレープだったりする。

●クワース:露西亜人の魂の発泡飲料。クヴァースの方が発音的に近いと思われる。地域差のある飲み物で作り方も多様。

●御座候(ござそうろう):兵庫県姫路市を本拠地とする回転焼きの店。赤あんは小豆あん、白あんはいんげん豆の一種、てぼう豆を使用。世界唯一のあずきミュージアムを有する。

●おさんどん:飯炊きを行う女性のこと。

●すあま:甘い餅菓子。餡は入っておらず、関西圏並びに西日本の人たちへの知名度はほぼないかと思われる。

●三笠:ここでは軍用艦艇を指さない。どら焼きの別名。三笠山から取られた雅な呼び名。ちなみに姫路市網干(あぼし)の山崎屋では『はまぐり』の名称で販売している。



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