艦娘たちの行方を阻まんとして
イ級は駆け
レ級は吼え
戦艦棲姫は叫ぶ
海原を走る艦娘はミナソコに問う
流されるオイルは誰のために、と
心に翼持つ艦娘は空にせつなく問う
時の行く手を阻む者は誰ですか、と
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
少し時計の針を巻き戻して。
鉄底海峡解放戦。
正式な記録は処分されたか破棄されたかで全容の判明しない戦闘だったが、量産型艦娘を大量投入しての『捨て艦戦法』が一躍有名になった。
関わった提督の過半数が殉職ないし行方不明になり、生き残った提督が次々に事故死を遂げたり退役して消息不明になったりして追跡調査の困難な事案でもある。
おっさんたちを主原料にした量産型艦娘の大量投入は強靭な深海棲艦たちを疲弊させ、捨て艦戦法による被害は攻守双方に大打撃を与えていた。
深海棲艦一艦隊に量産型艦娘の艦隊が幾つも襲いかかり、それは幕末の志士を取り囲んで滅殺する新撰組隊士の如きだった。
但し、量産型艦娘は経験の無さから容易に被弾し、驚く程あっさりと轟沈する。
末期的消耗戦の様相を呈した戦闘は互いの忍耐力を試す行為と堕しており、指揮する提督もされる量産型艦娘も一部を除いてまともな感覚が麻痺していた。
大量供給されるから才なき新兵は使い潰してよいのだという妙な屁理屈が提督たちに蔓延し、中の人がおっさんだと知りながら彼女たちに手を出す倒錯的な人物が何人も現れた。
量産型艦娘の中には、元とされる艦娘と差異が出る者もいた。
『もどき』とか『混じり物』とか、そうした符丁が使われていた形跡は見受けられるものの、詳細はわかっていない。
「あの島風率いる龍驤と隼鷹と最上の部隊は厄介だ。」
「青葉率いる部隊も厄介よ。」
「羅針盤を狂わせて引き込んだ連中を全滅させるのは難しくないが、いかんせん数が多すぎる。」
「一日に二〇部隊近くは壊滅させているんだけどね。」
「潰しても潰してもまたやって来るのはどうにかならないか? 駆逐艦は兎も角、空母や戦艦たちが疲労を訴え続けている。」
「疲労がポンと抜ける薬を沢山入手したから、それを使って。」
「それで、敵本陣は判明したのか?」
「ええ。多大な犠牲を払った末に。」
「その犠牲は無駄にしない。打撃艦隊の編成を急げ。私が直接指揮を取って急襲する。」
「私も出るわ。」
「私と同じ艦種とはいえ、お前を主力に回すことは出来ないぞ。」
「陽動に回るから大丈夫。大破の艦娘を量産して、作戦の遂行を支援するわ。」
「どういう風の吹き回しだ?」
「たまには貢献しないとね。」
「殊勝な心がけだ。いつもこうだと嬉しいのだがな。編成はどうする気だ?」
「私とあの子の二名で撹乱するわ。」
「あの娘か。使いこなすつもりか?」
「使いこなすんじゃなくて、共に暴れるのよ。任せといて。撹乱は得意だから。」
「よかろう。許可する。」
「ありがとう。」
「あの戦艦は自由奔放過ぎます。」
「戦力を遊ばせる余力は既にない。撤退前に置き土産をくれてやる。ならば、あれらを使うのも悪くない。あくまで予備兵力であり、主力の我々に対して直ちに影響はない。」
「ですが……。」
ズシンズシン、と大きな音。
「この本部も、然程もたんな。」
「悔しいです。量産型如きに。」
「二時間後に総員出撃。本部は破棄する。お前たちの活躍が我々の勝率を上げるのだ。顔を上げろ。最後まで諦めるな。人間の傲慢さをへし折る絶好の機会だ。敵指揮官たちの首を取れば、我々の勝ちだ。」
「我々の海の為に。」
「そうだ。海を汚す輩に鉄槌を下すのだ。本隊は任せたぞ。」
「御意。」
「なんだ? なにが起こっている? 何故本陣が露見したんだ? 偽装は完璧だった筈だ!」
「提督、既に最終防衛線を突破されました。あと数分で、肉眼圏内に入ります。」
「直衛艦隊はなにをやっていたんだ? 俺は死にたくないぞ! 脱出の準備を! ……おい、返事をしろ!」
「それは無理だな。」
「な……せ、戦艦棲姫にレ級!?」
「よくも我々の海を汚してくれたな。貴様には聞きたいことが沢山ある。来てもらおうか。」
「ふ、ふざけるなあっ!」
パンパンパン、と乾いた音。
「拳銃弾程度ではどうにもならんよ。お前の部下は誰もいない。さあ、来るんだ。」
「や、やめろおっ!」
「量産型艦娘をどこで作っているかも吐いてもらうから、覚悟はしておけ。」
「な、なにをする? ぐわっ……。」
「お前たちが量産型艦娘へ日常的に投与していた、疲労がポンと抜ける薬だ。副作用も後遺症もないのだろう? 素晴らしい薬だな。」
「あっ……ぐっ……。」
「吐かせないようにしろ。連れてゆけ。」
「あらあら、もう終わっちゃった?」
「呆気ない程にな。例の部隊がいない。」
「もしかして、ここは本陣じゃないの?」
「いや、場所は合っている。提督たちも身柄を拘束した。何人か取りこぼしたようだがな。頑強に抵抗している高錬度の部隊は、どうやら独自に活動しているようだ。」
「どうするの? このまま余勢をかって、そっちまで襲う?」
「止めておこう。防衛線を下げて、そこに来た本国の艦娘を叩く。本国が本腰を入れる前に撤退を完了させなくてはならない。」
「殿軍(しんがり)は?」
「私と有志で行う。」
「立候補するわ。」
「どうしたんだ? やけに積極的だな。」
「戦うことが嫌いじゃないってことよ。」
「まあ、いい。我々三名とその娘がいれば、増援なぞ物の数ではない。」
「ええ、悪夢を見せてあげましょう。」
「よし、ここにいる全艦、私に続け! 移動を開始する!」
鉄底海峡解放戦は鎮守府側深海棲艦側双方に多大な犠牲を強いた後、ようやく終焉を迎える。
捨て艦戦法はあまりにも無駄が多すぎると内外で批判が相次ぎ、それに関連して量産型艦娘の開発計画も中止させられて結果的に頓挫した。