はこちん!   作:輪音

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五寸釘です
久々に神社で丑の刻参りしませんか?
あなたの密かな思いを踏みにじったあの子の写真に、私を打ち込みませんか?
えっ?
写真すらない?
……次回、『夜のひむか亭』
呪いの重さは愛の印






ⅩCⅧ:夜のひむか亭

 

 

 

 

今艦娘の間で人気のテレビ番組は、公共放送を自称する放送局の日曜歴史絵巻『おんな領主トラトラトラ』である。

異世界召喚されたトランティア・トラエスト・トラマナが否応なく巻き込まれる策謀と血みどろの物語で、脚本にケン・ウルムチを抜擢した野心作だ。

主人公の心情を丹念に描写しつつ、普通の人間が海千山千な百戦錬磨の政治家や貴族たちに翻弄されて次々に仲間や身内や大切な人々を失ってゆく絶望は視聴者から非難轟々嵐の只中だ。

特に第三話では主人公へ好意を寄せている有能系幼馴染みが無情無惨に殺される展開で、苦情が電話手紙電報ネットの合計二万件を超える事態となった。

『ヒロイン無能無双』とか、『ヒドイン』とか、『なんにも出来ない癖に泣くのだけは一人前だな』とか、『泣けば済むと思ってんじゃねーの、こいつ』とか、『根回しも出来ず交渉も出来ず部下の育成も出来ず、何故領主になった』とか、『こんな駄目領主に仕えること自体が死亡フラグだよな』とか、『脚本家がなにを主人公にさせたいのかよくわからん』とか、『害悪系主人公は新鮮だが、視聴者のストレス解消には寄与していないと思う』とか、『主人公が間抜けで味方は次々殺され、敵がチートだらけの無理ゲーってバグだろ』などと主人公叩きが絶えない。

ケン・ウルムチはこの作品に自信を持っていると取材に答え、問題しか起こさない放送局会長は乾坤一擲(けんこんいってき)の作品だとしている。

近い内に打ち切りになるだろうと囁かれているが、艦娘たちにとっては新鮮で斬新な作品らしい。

次々に仲間が死んでいるのになんの手も打たないのはなにかの布石だろうかとか、一見無能領主に見える主人公だけど実は経験値を溜めて一気に反撃に出るのだとか、害悪主人公には実は隠された能力があって近々発動するだろうとか、ずいぶん深読みしている。

君たちが何故楽しみながらその番組を見ていられるのか、私にはよくわからないよ。

 

 

 

函館駅から程近い場所にある酒場。

『ひむか亭』という名のひなびたバー。

私はいつもの情報収集のため、単独で店に行った。

ここはややこしい関係の店なので、艦娘もフローレンシアの猟犬も東欧の森林狼も風魔の劉鵬(りゅうほう)も連れてこれない。

未成年の連中は連れて行けないからな。

 

「やあ、よく来たね。」

 

髪を短く切り揃えた女性店主がやわらかく微笑む。

 

「大阪では大車輪の活躍だったそうじゃないか。」

「耳が早いですね。」

「情報屋だからね。」

「先ずはサッポロの生ビールをもらいましょうか。」

「私はもらってくれないのかい?」

「どさくさに紛れてそういうことを言わないでください。」

「ふふふ、半分冗談だよ。」

「半分本気なんでしょう。」

「狙った獲物は逃さない。」

「それは現役時代の話でしょうに。」

「少しは乗って欲しいね。」

「乗ったらそのまま本当にしてしまうんでしょう?」

「そうさ。その通りだよ。」

「輸入量は増えていますか?」

「なんの? 全体の? 間諜の?」

「大陸系ですか? 欧州ですか?」

「輸入は現在好調。物価もそろそろ下げられるんじゃないかな。政府もデモや暴動はこりごりだろうしね。間諜対策は必須の筈だけど、政府関係者が次々に蜂蜜を食べている。」

「海老で鯛が釣られているんですか。」

「贅沢したいから役人になりたいって人間は、古今東西どの国にもいるからね。」

「外務省はかなりやられているんですか?」

「事務次官級は大丈夫だけど、出入りしている人間や大物の秘書や食い詰め系の左遷系で有能な人物なとが狙い撃ちされているね。日本は間諜対策が全然出来ないってのは伝統なのかな。有能な人材も派閥や学閥で無駄にしているし。保身ばかり考えている連中が頭だと、先の大戦の二の舞だぞ。柔軟性のない組織なんて、狡猾で気の長い連中のいい餌食だ。それがわからないとは情けないにも程がある。」

「厭な伝統ですが、訓練を受けていなければ、普通の会社員なのか諜報員なのか見分けがなかなかつかないでしょうね。」

「問題は他にもある。提督は今のところ大丈夫な者が殆どだが、鎮守府の事務方や関係者が何人か抱き込まれた。」

「それで、どうなりました?」

「君の大切な大切な大淀に聞いた方が早いだろう。二重スパイにしたらしいよ。たぶん失敗して、山か海を選ぶことになるんだろうけど。」

「エスピオナージュかコンゲームって感じですか。」

「チップは自分自身の命さ。」

「ところで、去年も食べた煮込み雑炊は食べられますか?」

「ああ、あれかい。残念ながらもうやらなくなったのさ。」

「ガーン!」

「そこで驚くのかい。まったく君らしいよ。」

「では豚の生姜焼き定食と豚汁をください。」

「豚と豚がかぶっているけど、いいのかい?」

「貼り紙に、本日のオススメとありますよ。」

「そういうところだけは相変わらず目敏い。」

「ガーン!」

「君の驚く点が私には皆目見当がつかない。」

「煮込み雑炊を特別に作ってもらえません?」

「それはやらないって、先程言っただろう。」

「ガーン!」

「その言い方って、流行りなのかい?」

 

 

 

「おいしゅうございました。」

「よかったよ、口に合って。」

「流石ですね。」

「デザートも食べていきたまえ。」

「何故、看板を引っ込めるんですか?」

「今日はもう上がりだからさ。」

「何故、鍵をかけるんですか?」

「邪魔が入らないようにしているのさ。」

「何故、私の隣に座るんです?」

「そばにいないと食べられないだろう。」

 

 

店の前に複数の気配が現れた。

 

 

「おやおや、これからがいいところだというのに。残念無念だね。」

「また来ますよ。」

「そうだね。今日と同じく勝負下着を身に付けておくから、少なくとも来る数時間前には教えてくれたまえ。」

「わかりました。」

「女性関係に気を付けるんだよ。」

「どちらの、ですか?」

「両方さ。決まっているだろう。」

「はは、厳しいことです。」

「五寸釘を打ち込まれないようにしたまえよ。」

「心得ております。」

「雪が降ってきた。彼女たちを待たせるのも悪いから、早く帰って寝たまえ。」

「では。」

「ああ。」

 

 

 

冷えきった店に女が一名いる。

冷えきった心のおんながいる。

その手には……。

 

 

 

 


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