大好きな姉の怪我に、乃梨子は慌てて治療をしようとする。
ある日の放課後。
薔薇の館の二階では、志摩子と乃梨子が二人でお茶を飲んでいた。
黄薔薇姉妹は剣道部の練習があるので今日は顔を出さないそうで、紅薔薇さまとそのつぼみはそれぞれ家の用事があるとのことで顔は出したものの早めに帰っている。
つまり、乃梨子にとっては最愛のお姉さまとの二人きりの時間なのだ。
大好きな志摩子さんの声を、姿を、仕草を今だけは私一人が独占できる。
静かにお茶を飲む志摩子さんの姿を眺めているだけで心が満たされるし、上手く淹れられるように頑張って練習したお茶を志摩子さんが飲んでくれているだけで幸せを感じる。
表面上は無表情ながらもそんな幸福を味わっている乃梨子は、ついにやけてしまわないように気をつけながら自らもカップを傾けてお茶を飲んでいた。
「乃梨子、物置部屋に行ってくるわ。少し待っていてね」
「探し物なら私が」
「あの部屋は先代の薔薇さまが卒業されてからそのままになっているから、どこに何があるのか分からないと思うの。だから、私に任せて」
黙って二人きりでいるだけでも幸せ。
姉のことで頭と胸がいっぱいになっていた彼女に水を指すように、志摩子がふとそう口にする。
雑用は妹である自分のすべき役目であるし、何よりお姉さまの力になれることほど嬉しいことはない。
そんな意図のために、立ち上がりかけながら自分が行くと言った乃梨子だったが、そう諭されて彼女は渋々椅子に腰を下ろした。
妹にそっと微笑みかけると、志摩子は扉を開けて部屋を後にする。
彼女の笑顔に目を奪われたように見とれることになった乃梨子は、扉が閉まる音で我に返ると、お茶の水面に視線を落とす。
早く戻ってきてね、志摩子さん。
せっかくの二人きりの時間が壊れてしまったことに寂しさや残念さを感じながら、乃梨子は一人になった部屋の中で最愛の姉の帰りを待ちわびていた。
そわそわと姉を待ち焦がれる乃梨子が違和感を覚え始めたのは、それから数十分後のことだった。
部屋を後にする時、志摩子さんは目当てのものがどこにあるのかを知っているような口ぶりだった。
それなのに、まだ戻ってきていないのは探し物をするにはいささか長すぎるのではないだろうか。
何かあったのだろうかと一度疑念が頭に過ぎれば、それは不安となってどんどん心を満たしていく。
いっそ探しに行くべきかもしれない。
そう乃梨子が思い始めた頃、ちょうど外から扉が開かれる。
その向こうから入ってきたのは、当然彼女の姉である志摩子だった。
「ごめんなさい、乃梨子。遅くなってしまったわ」
いつもと変わらない微笑みを浮かべながら、手に小さな箱を抱えて入ってきた彼女。
だが、その歩みはどこか不自然であり、心なしか表情も痛みを堪えているようである。
「志摩子さん、どうしたの!?」
心配をかけてしまわないために平静を装っていた志摩子だが、いつも姉のことを見ている乃梨子には些細な異変であっても気付くことができる。
最愛の姉に何かあったかもしれないと思うと、とても冷静でなどいられない。
シスターが見れば大目玉でお説教をされてしまうような勢いで椅子から立ち上がった乃梨子は、そのまま志摩子の元へと駆け寄った。
「部屋の隅の床から飛び出していた釘を踏んでしまったの……。心配させてしまってごめんなさい」
「大変じゃない! 早く座らないと……」
足に傷を負ってしまったということは、立っている限りずっと痛みが走り続けるということ。
志摩子の言葉を聞いた彼女は、慌てて肩を貸すと傷のある右足に体重をかけずに済むようにしながら姉を椅子の方へと導く。
そのまま志摩子を椅子に座らせた乃梨子は、しゃがみこむと彼女の右足をそっと取り、上履きを脱がせる。
足の裏に釘が刺さったということは、上履きの底面を釘が貫通したということ。
確認してみると小指球に当たる部分には穴が開いていて、本来白色であるはずの底は血ではっきりと赤く濡れていた。
もう使えないだろう上履きを傍らに置いた乃梨子は、今度は靴下を脱がせていく。
白い靴下の布地もまた志摩子の血を吸って濡れ、酸素と結合して黒みを帯びた深紅に染まっている。
脱がせる際に靴下に触れた乃梨子の指にもそれが付着し、わずかに赤くなったが、今はそんなことを気にしてなどいられない。
そうして、白い素足が床に膝をついている彼女の視線に露わになる。
しみ一つない純白の肌。
だが、だからこそ釘が刺さってしまった傷と、そこから流れる血が鮮明に見えた。
上履きの底で守られていたおかげか、幸いにもそれほど深くはないようだが、とはいえ皮膚をある程度の深さまで貫いて血がどくどくと流れ出すくらいには深い傷だ。
かなり古い建物である薔薇の館の建築に使われている釘となれば、既に錆びていたとしてもおかしくはない。
もしそうであれば、志摩子さんの傷口を放っておいては化膿してしまうかもしれなかった。
愛しい姉の傷口を目にして、乃梨子の脳裏には混乱と不安が溢れ出していく。
こんな時はどうすればよかっただろうか。
確か、毒蛇に噛まれた時は口で傷から毒を吸い出すようにと本に書いてあった気がする。
そうだ、傷口を吸わなければ。
姉の怪我という一大事を前に強く混乱している彼女の思考は、普段ならばまず辿りつかないような結論へと到達する。
――次の瞬間、乃梨子は手で軽く持ち上げた志摩子の足へと顔を近付け、傷の上に唇を重ねていた。
「の、乃梨子!?」
不意に走った生暖かな感触にとっさに視線を向けると、そこには自分の足に口付けている妹の姿。
いきなりの乃梨子の行為に、彼女は驚きの声を上げる。
無言のまま突然足にキスをされてその真意が分かるはずもなく、動揺を覚えるのも当然だろう。
慌てて足を引いて、唇を離させようとした志摩子の細い足首を掴んで逃すまいとし、乃梨子はなおも足を口に含み続ける。
他人の足にキスをするという、相手への屈服を示すような屈辱的な行為。
けれどその相手が最愛の姉だとなれば不愉快さなどは微塵もなく、彼女はむしろ陶酔的な幸福感に包まれていった。
「んっ、や、やめなさい、乃梨子……!」
乃梨子の舌がそっと傷口の上を撫で、そこから流れていた血を丁寧に舐め取る。
すると、彼女の舌に鉄の味が広がっていく。
まだ血が止まっておらず、鈍く疼くような痛みが走り続けているそこだが、それは痛みの分だけ周辺の感覚が敏感となっていることをも意味していた。
大切な妹に足を舐められる感覚に思わずあらぬ声を上げてしまった志摩子は、慌てて制止の言葉を口にする。
彼女の頬は羞恥と刺激のために少し赤く染まり、瞳は潤み始めていた。
そんな艶を帯び始めた志摩子の表情を上目遣いに見つめながら口づけを続ける乃梨子は、普段ならば絶対に逆らうことのない姉の言葉を黙殺する。
まだ塞がっていない傷口から血を吸い出す度、舌を足に這わせていく度に志摩子が上げる小さな甘い声、そして乱れ始めた吐息は彼女の思考を蕩けさせていた。
だが、乃梨子の陶酔の理由はそれだけではない。
リリアンの制服はスカートであり、椅子に座った志摩子の足元に跪くような姿勢で足を手に取り、少し持ち上げながらそれを口に含んでいる彼女の位置からは、姉本人は気付いていないけれどスカートの中が見えていたのだ。
かけがえのない志摩子が穿いている、清楚な彼女らしい純白の下着。
それを目にすることになった乃梨子の思考は、次第に靄がかかったような状態になりつつあった。
半ば無意識に舌を動かし続ける彼女。
甘美な行為の中でいつしか本来の目的を忘却した乃梨子は傷口のある小指球の辺りではなく親指を口に含ませると、それを音を立てて舐めしゃぶり始めていた。
舌が親指にどこか妖しい動きで絡み、人差し指との間の敏感な場所を這う度に、志摩子の身体は小さく震える。
「志摩子さん」
「乃梨子……」
足を右手で持ち上げている乃梨子の空いていた左手は、気がつくと志摩子の太腿の辺りへと伸ばされていた。
細く、それでいてしっとりと柔らかな太腿を感触を楽しむようにして撫で、軽く揉む乃梨子は、一度足から唇を離すと上目遣いで姉を見上げ、その名前を呼ぶ。
それに対して、いつしか抵抗することをやめていた志摩子はどこか甘さを含んだ声で妹の名前を呼び返した。
その返答を承諾だと解釈した乃梨子は、太腿を通り過ぎてスカートの中へと向けてゆっくりと手を伸ばしていく。
だが、指先が白い下着に触れかけたその時、不意に音を立てて部屋の入り口の扉が開かれる。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう、可南子ちゃん」
「か、可南子」
今日は誰も来ないはずじゃ……!?
そんなことを考えながら慌てて乃梨子が腕を引くと、扉の向こうから姿を現したのは可南子だった。
二人は、動揺を隠せないままに彼女に挨拶を返す。
「今日は用事で先に帰ってしまうからと、さっき祐巳さまにお手伝いを頼まれて来たのですけど、どうなさったのですか?」
突然のことゆえに、立ち上がって距離を取る暇などなかったので、乃梨子はまだ志摩子の足元に膝をついて足を手で持ち上げたままの状態である。
幸いなのは、乃梨子が既に足から唇を離していたおかげで行為の最中を見られずに済んだことだろうか。
室内に残っている妙な雰囲気を感じて少し訝しげな表情を浮かべながらも、可南子はそう尋ねた。
「あ、こ、これは……。し、志摩子さんが足を怪我してしまって、その状態を見ていたの!」
いつの間にかエスカレートしてしまったが、一応乃梨子にとっては姉の足を口に含んだのはそのためである。
激しく動揺しながらも、乃梨子は可南子に対してそう説明する。
「足を?」
それを聞いて、可南子はテーブルに近付いて鞄をその上に置くと、乃梨子のすぐ隣で身をかがめた。
そして、もう血が止まっている志摩子の傷口を見る。
「もう血は止まっているようですね。絆創膏を貼るので少し待ってください」
制服のポケットに手を入れた可南子は、その中から絆創膏を取り出すと、手慣れた手つきで傷口の上に貼っていく。
「ありがとう、可南子ちゃん」
「靴下も駄目になってしまったようですね。予備の靴下をお貸しします」
これまでの時間でどうにか動揺を落ち着けた志摩子は、可南子に普段通りの口調でお礼を言う。
だが、その肌はまだわずかに赤く染まったままだった。
二人の間に何かがあったことに気付いているのかいないのか、近くの床に置かれていた血で赤く染まった志摩子の白い靴下を見つけた可南子は、表情を変えずにそう申し出る。
「本当にいいの?」
「もちろんです。運動部なので、いつも持ち歩いているんです」
そう言いながら立ち上がり、可南子は鞄を開けると中に手を入れる。
「……その手が」
可南子が絆創膏を貼って傷口に処置をしたので、志摩子の足を持っている必要がなくなってしまい渋々立ち上がっていた乃梨子はふと呟く。
鞄から真新しい靴下を取り出した可南子を見ながら、彼女は靴下をもう一つ持ってきておけば志摩子さんに自分の靴下を履いてもらえたのに、などと考えていた。
「どうかしたの、乃梨子」
「い、いえ、可南子は手際がよくて凄いなと思って。私なんてお姉さまが怪我をしているのを見てあんなに慌てちゃったのに」
「私は運動部で慣れているもの。普段から慣れていなければ、怪我で慌ててしまっても仕方がないわ」
苦笑のような表情を浮かべて乃梨子に言葉を返すと、可南子は手にした予備の靴下を志摩子に手渡した。
志摩子がそれを履いていくと、可南子がいる手前興味がないふりをしながらも彼女の生足をちらちらと眺めていた乃梨子がようやくそちらから目を離す。
そのまま目線を上げると志摩子と視線が重なり、二人は先ほどまでのことを思い出してまた頬を赤面させた。