左手の指先が痛い。
思わず右手で押さえようとして……失敗した。
当然だ。何故ならもう自分の左手、正確には手首から先はあの男に奪われてしまったのだから。
痛い。指先と、もうひとつ、何処かが痛い。
痛みに耐える訓練はしてきた。それでも尚苦しい。
当然だ。何故なら実際に痛いわけではない、脳内で増幅された幻肢痛に過ぎないのだから。
痛い。痛い。痛い。
私は、左手を奪われる前に既にあるモノを奪われていた。
それがなんなのか、今ようやく理解が出来た。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
私は、あの男に心奪われていたのだ。だから多分、今痛んでいるのは、その男に裏切られたことを悲しむ心。信じたことを恥じる心。情けない自分に憤る心。私には無いと思い続けた――――
心が、痛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
脚が鉛のようになるまで動かして、いくつかわかったことがある。
その1、ギルガメッシュを信用してはいけない。
その2、この町にはゴトウ君なる素晴らしい性格の持ち主の男の子がいる。
その3、この町には似た形の洋館が二軒ある。
その4、私はアスリートではない。
その5、綺礼神父は外道。
その6、冬木市は結構広い
「それだけの距離を休まず走れるのはアスリート並だと私は思うが」
「はぐらかさないで」
ようやくたどり着いた洋館には外道と左手を切断された女の人がいた。
「どうしてそんなことを!?その人が綺礼神父に何かしたの!?」
「いや?彼女は時計塔から派遣された魔術師でね。敵対するつもりなど更々ないが」
時計塔、というものが何なのかはわからないが、彼は本当に彼女に敵意を抱いていないように見える。
「じゃあなんで!」
「簡単なことだ。この者が宿した令呪、サーヴァント″ランサー″のマスターたる証を手に入れる。その為に私はこの女を裏切ったのだよ」
言葉通り、それが簡単な道理かのように神父は語った。
『手駒を手に入れに行ったのだろう』
ギルガメッシュの言った通りだった。本当にこの神父はその為だけに……
「……駄目だよ」
「駄目とは?」
「そんな、自己の利益の為だけに人を蔑ろにして、いい筈がない。その左手を、その令呪を、その人に返して」
「見かけ二十歳であるのに中身は随分な子供だな。お前は」
「私のことなんかどうでもいい。早く返して。そして治療してあげて」
「だが断る。と言ったら?」
知らず、自分は拳を握っていた。ガリッと嫌な音が拳の中から聞こえる。
「無理矢理にでも、言い聞かせる」
その言葉を皮切りに私は神父へと殴りかかった。
撃ち込む。避けられる。
撃ち込む。防がれる。
撃ち込む。捌かれる。
いくら殴ろうとしても神父の身体に掠りもしない。
「八極拳というものを嗜む程度にやっていてな」
仕舞いには鳩尾に肘打ちを逆に喰らってしまった。
呼吸ができなくなる。
「かはっ…………!」
「仮にも英雄王の客人だ。あまり傷を付ける訳にはいかない。今後は私の行動の邪魔はしないで欲しい。……全く、ギルガメッシュめ、何のつもりだ……」
蹲る私と床に転がって瀕死の女の人を置いて神父は去ろうとする。
このままではいけない。
このようなことを″高町なのは″は許してはならない。
無意識に私は神父の背に向けて左手をかざしていた。
『Shoot Ballet 』
ズドンという音がした。
こちらを驚いたように見る神父の顔が見える。その右腕からは煙が上がっていた。
「魔弾……いや、ガンドのような概念付与はされていなかった。だがそうなると、ただのエネルギーの塊で法衣越しにダメージを与えたと……!?馬鹿な……」
綺礼神父が何か独り言を喋っているが内容は頭に入ってこない。
頭が重い。体が熱い。視界がぼやける。
さっきまでなんともなかったのに、今はまるで熱に浮かされているかのようだ。
霞んでいく意識の中一つだけ聞こえたのは――
「成る程、確かに面白い」
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『駄目なんだ。●●●ちゃんのやり方じゃ、何も変えられない』
『私?私のことなんてどうでもいいよ。だって――――』
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目覚めた場所は言峰教会の礼拝堂だった。
「っ!!」
「焦るな高町。あの女は上で寝かせている」
オルガンの傍に綺礼神父は立っていた。だがその言葉を信用できる程、今の私の神父に対する好感度は高くない。
「……死体として転がってるって意味じゃないよね」
「フハハハハハハハ!!この短時間で随分とキレイのことを解っているではないか!」
傲岸不遜な笑い声に振り向くと出入口横の壁に寄りかかるギルガメッシュが居た。
「だが安心するがよい。確かに女は治療され、上の寝室で眠っておる」
ギルガメッシュの言うことも信用できるわけではないが……
「なんなら行って確かめてくるがよい」
ここまで言われれば疑う方が野暮だ。
「わかったよ…でもどういう風の吹き回し?」
「なに、1つの余興を思い付いたのでね。あぁ当然だが彼女に令呪は戻さない。左手のみを元に戻してやった」
「………!!」
「そう怒った顔をするな。あのまま令呪を戻すとサーヴァントでこちらが殺されてしまうのだ。当たり前の処置だ」
そう言う神父は、またあの愉しそうな顔をする。
「だが私も気まぐれというものを起こしてね。私がランサーのマスターになるのではなく、お前をランサーのマスターにしようと思ったのだ。右手を見るがいい」
「なんで……私に……」
理解が追い付かない。だが確かに私の右手には血のような色で描かれた三画の紋様が浮き出ていた。
「あの女を助けてやったのだ。少しくらいこきつかわれても文句はないな?」
つまりあの女の人の命の代わりに私が綺礼神父の手駒になるということらしい。
「記憶喪失の女の子に酷いことするね……」
「子?」
「何か」
「いいや何でもない。……記憶喪失の君に『お前はこういう奴だった。だからこれからこうしろ』等と言ってないだけマシだと思って欲しいものだ」
「あー、もう。わかったよわかりました!どうせ私は自分が何者かもわからないんだし、小間使いくらいならやります!」
「小間使い……まぁそういうことにしておこう」
何故あんなことがあったのに私は平然とここに居れるのだろう。
その疑問の答えをこれから探していくのかも知れない。
「よし。一段落着いたならキレイ、昼食を出せ」
「では麻婆ど」
「「いい加減にしろ!!」」
誤字脱字、文法的、原作的におかしいところがありましたら御指摘願います。
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