愉悦部になのはさんがやって来たようです   作:sT油

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逃走/追跡

二階まで降りると今度は廊下に向かって走り出す。さっきまで校内を歩き回っていたおかげで校舎の構造は把握できている。

「はぁっ…はぁっ……あれ…?」

 廊下の突き当たりにある別の階段に辿り着いた時に少し後ろを振り返ると、誰も追いかけてきていないことに気付く。

「ま、撒けたのかな…」

 荒くなった息を整え、ランサーに念話を送る。

『ランサー、あの子って私のこと追いかけてきてた?』

 少しの間を空けてランサーは答える。

『っと…あーそりゃわからねぇな。マスターが降りてったすぐ後にアーチャーと俺は校庭に降りたもんでよ』

『わかった。ごめんね邪魔して』

 念話を切り、だいぶ落ちついた頭を使って考える。もしかしたら彼女は私がこの学校から逃走するものと思い、玄関口かどこかで待ち伏せをしているのかもしれない。

「だとしたら降りずにいれば遭遇することもない…」

「見つけたッ!」

 声がした方向を向く前に前方にダイブする。一瞬前まで私がいた空間を何かが通り抜ける。

「避けられた!?」

 体を起こしながら横を見ると、踊り場に立って驚いた顔をしている魔術師がいた。もしも無言で撃たれていたら直撃していただろう。前のめりになりながら再び走り出す。謎の弾丸を放ってくる相手に直線が続く廊下では分が悪い。どうにかして遮蔽物に隠れなければ…

「このっ…Acht(八番)――!!」

 魔術師の声が聞こえた瞬間、再びダイブする。今度は真横、つまり教室の扉に向かって。

 体当たりの衝撃で扉は倒れて、私は中に転がり込む。これでとりあえずあの弾丸は避けれるはずだ。そう思った私の目の前に発光する宝石が飛び込んできた。

「な」

 目の前が真っ白になる。同時に背中に衝撃が加わり、一瞬息が出来なくなる。体のあちこちが痛むことに気付くころになって、ようやくあの宝石が爆発したのだとわかる。ぼやけた視界に人影が映り、このままではまずいと思い、後ろの壁に寄りかかりながら立ち上がる。

「ぁら、威力は抑ぇたつもりだったけれど、想像以上に元気じゃない」

 変な聞こえ方をしていた聴力もだいぶマシになり、魔術師の言うことも聞きとれる。だが、状況は最悪だ。まともに逃げれる状態でないうえに、すでに目の前には魔術師がいる。窓から飛び降りるという手段も無いわけではないが、その隙を見逃してくれる筈がない。

「チェックメイトよ。…あぁ、でも令呪を放棄してこの街から出ていくのなら、命だけは助けてあげる。勿論、再契約を禁じるギアスをかけた上でね」

「令呪を放棄する…?」

「えぇ」

 つまりサーヴァントを裏切れ、ということ。全てを捨てて、自分だけ逃げればいいと彼女は言う。

「さっきから逃げてばかりなんだもの。ついでにこの聖杯戦争からも逃げてしまいなさいよ」

 ――高町なのはならどうするだろう。記憶を失う前の私なら、ここで命乞いをして逃げるのだろうか。

「さぁ」

「…それはできない」

 わからない。わからないからこそ私は首を横に振る。元の私がどうであれ“今”の私はそれを良しとできない。バゼットさんやランサー、キャスター、そして私を助けてくれたあの二人を裏切ることは、できない。

「へぇ…あなたが死ねばサーヴァントも消えてしまうのにね」

 その言葉も私は首を振って否定する。

「死なないよ、私は」

 左腕を上げ、彼女へと向ける。何かを企んでいることに気付いた魔術師は、すぐさま左腕から例の弾丸を放つ。

 

「私にだって、できることはあるんだから」

【Round Shield】

魔術師の放った弾丸は、私の左の手のひらを中心に現れた桜色の円――魔法陣と思わしきものに阻まれ消える。

「な!?」

 魔術師が驚いて動きを止めた時、左の手を握りしめる。するとどこからともなく桜色の光をした輪が出現し、彼女の体を腕の上から包み拘束する。

【Restrict Lock】

「こんなもの…きゃあぁ!?」

 抜け出そうとした魔術師は呆気なく転び、起き上がることもできない。その様子を見下ろしながら声をかける。

「……今度は私の番だね」

「っ…殺せるもんなら殺してみなさいよ。令呪でサーヴァントを呼ぶことだって出来るんだから」

「そんなことはしないよ。それに…」

 ちらりと彼女の右手を見る。そこに刻まれてある赤い紋様は二本の筋で構成されている。

「あと二画なんだから大切にしないと、ね?」

「くぅぅぅぅぅ……!!」

 悔しがりながらこちらを凄い勢いで睨む魔術師に、あはは…と苦笑で返す。もし拘束が解けたら今度こそ殺されてしまいそうだ。

「私はあなたの名前を知りたいの」

 そう、それが一番大切なことだ。記憶を失くしても、それだけは、と。……そんな気がする。

「は?名前…? ……遠坂よ。遠坂凛」

「遠坂凛…遠坂さんか。うん、いい名前だね」

 丁度そのタイミングにランサーから念話が届く。

『終わったぜ、マスター。そっちは無事か?』

『うん、大丈夫。撤退するの?』

 すると目の前にランサーが実体化する。遠坂さんは自分のサーヴァントが近くにいないためか、顔色が真っ青になる。

「あぁ。やることはやった。直にアーチャーが来るからさっさと行くぞ」

 何故か不機嫌なランサーは窓を開け飛び降りる。少し躊躇った後、私もそれに続く。遠坂さんの拘束は多分アーチャーが解いてくれるだろうと思い、彼女はそのままそこに放置する。

 覚えてなさいよ――!!という声を背に私は飛び降りた。浮遊感に包まれた体をしっかりと抱きとめ、優しく降ろしてくれるランサーに感謝し、校門へと歩き始める。

 校庭は戦った痕跡で荒れ果てていた。朝礼台と思しき物体はひっくり返り、あちこちにひび割れやクレーターが見える。

「…これどうするのかな」

「そういうのは神父がどうにかすんだろ。具体的なことは知らんが」

 校門を出て教会を目指して歩く。ランサーはすでに霊体化している。

『アーチャーと戦ってみてどうだった?』

『いけすかねぇ野郎だったよ。弓兵のくせに得物は剣、おまけにそれをポンポン出してきやがる。いったいどれだけ同じモン持ってんのか…ありゃ間違いなく宝具だな』

『宝具?』

『俺が持ってる槍みてぇなモンだよ。詳しくは神父に聞くといい。…ところでマスター』

『ん?』

『どこ向かってるんだ?』

 言われて思い出す。自分が学校に来たときはギルガメッシュの不可思議な力で連れてこられたために、教会までの道を全く知らないということを。

『……教会に向かってるつもりだったんだけど、道間違えてる?』

『真反対だ。ったく…』

 ランサーに呆れられながら、今まで歩いてきた道を引き返す。教会に帰ったら地図を頭に叩き込まなければ。

『逆に知らない場所をよくもまぁあんなに自信満々に歩いて行けたもんだ』

『う~……。あ、ところであの人払いの結界ってどのくらい効果が続くの?』

『すぐ消えるようにわざわざ枯れ葉使ってたからな。日付が変わるころには効果も切れるだろうよ』

『よかった。もし長く続くなら剥がさなきゃいけないと思ってさ…』

 そう言っている間に再び学校に着く。遠坂さんはもう帰っただろうか。すると校門から一人の男子生徒が出てくる。男子生徒はおぼつかない足取りでどこかへと歩いていく。

「え…?」

『なんだありゃ…行き損なったってことか…?』

 結界の効果が切れるにはまだ早い。だから彼はたった今まで結界の中にいたということになる。つまり

『あの子も魔術師ってこと…?』

『チッ、まだ帰れそうにねぇな。とりあえず後を追うぞマスター』

『うん』

 先ほどとは異なり、今度は私が追う側になったことをほんの少し可笑しく思いながら、私はその少年の後を追った。




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