はじめまして、ゴマごはんと申します。
この物語は、無印の途中から開始となります。
とりあえず最初の一話目だけは短いです。
一話
人は、人としてでしか世界を見れない。
綺麗な風景を見たら美しいと感じ、汚物の山を見たら汚いと感じ、深海を実際に目にしたら恐怖を感じる。細かな部分は個々人違えど、大まかに見ると皆似たようなものだ。
しかしそれを異なる生物が見た場合どう感じるだろう。
綺麗な風景を住みづらいと感じるかもしれない。汚物の山を豪華な食事のように捉えるかもしない。深海を桃源郷のように思うかもしれない。
人には理解できないだろう。それも当然だ。そもそも見ている世界が違うのだから。
見ている世界は、生を受けてから死ぬまで変わることがない。人が犬になったりするはずもないし、猫が人になるはずもない。故に生物は自身の種別から見た世界を生きる。
しかし現実ってのはわからない。もしかすると吸血鬼になった少年も居るかもしれない。もしかすると人になったパンダが居るかもしれない。
本当に現実ってのは不思議なことばかりだと思う。自分が知らないだけで非現実的なことが起こっているかもしれない。
だから俺は思う。その不思議に遭遇した奴から見た世界はどのようなものなのだろう、と。
そして俺は心躍る。自身も今はその『不思議』に遭遇した一人なのだから。
ベットとデスクとクローゼットしか配置されていない小さな部屋に、人工的な明かりが部屋全体へと降り注ぐ。デスクに備え付けられたイスに座る俺は、たった今読み終えた小説を閉じ、鈍色に輝くデスクへと置いた。
「ふぅ……」と息をついて、読み終えた小説の感想を呟く。
「『マリベルの幽霊日記』……意外と良かった。クロノにしては中々いいチョイスだったかも」
内容は、若くして死んでしまった少女が幽霊となり、恋人のジョンにどうにかして最後の言葉を伝えようと懸命に手段を探す物語だ。最終的に最後の言葉をジョンに伝えられ、涙と共に消えていったマリベルには思わず涙した。
しかしだ。これはなんなのだろう。クロノは俺という存在に何か言いたいことでもあるのか?
この小説を薦めてきたクロノの気持ちが分からず、眉を寄せて考え込んでしまう。腕を組み、デスク上に置かれた小説と睨めっこをしていると、部屋の出入り口であるスライド式のドアが無機質な音を発しながら開いた。
「なんだ?その不思議そうな表情は」
軽やかな口調と共に入ってきた暗い紺色の髪をした少年――クロノ・ハラオウンに、俺は小説を投げ渡して口を尖らせる。
「これはあれですかぁ?俺に成仏しろって言いたいんですかぁ?」
「それはどうかな?」と、クロノは意地悪そうな笑みを浮かべて俺の肩を叩こうとする――が、その手は肩に当たることなく空を切った。
そんな行動をしたクロノに訝しげな視線を送るが、知らんとばかりにクロノは口元を微かに上げながらひとり納得したように頷く。
「君と話していると、いつも君という存在を間違ってしまう。できるならもうすこし身の丈にあった行動をしてほしいな。なあ――幽霊くん?」
「……クロノって本当に良く人をからかうよね。だから小さいんだよ。器も背も」
「身長は関係ないだろう!」
周りの女性――主にエイミィ・アンリエッタあたりから散々小さいと言われているクロノは、目を釣り上げながら怒った犬のように睨む。
しかしクロノの言ったとおり、俺自身たまに幽霊だということを忘れてしまう。いや、幽霊と決め付けるには曖昧な存在なのかもしれない。
なんせ、人とは接触できないが物には触れられる。普段は人には視えないが、気合を入れれば半透明になって人の目にも映る。まあ、半透明なのは人の目に映らなくても同じなのだが。
そして極めつけは、人の身体に乗り移ることができることだ。憑依って言うのが世間一般なのかもしれない。しかも俺に憑依された経験のある人間は、俺の姿が視えるようになるなんて特典もある。クロノも俺に憑依された被害者の一人だ。
こんな幽霊生活を始めて、早二年。ミッドの山岳地帯で目覚めた俺は気づいたらこの姿になっていた。自分のことは何も思い出せず、最初は死んだのかも生きているのかもわからない本体を探すため、必死になって駆けずり回ったものだ。しかしそれも三日が過ぎると飽きがきて、持ち前のポジティブを活かしてこの身体で楽しめることを探し始めた。
そんなこんなで現在はこのアースラを仮住まいとしている。理由は色々な世界を旅できるから。実に浪漫溢れる理由だと思う。
「そういえばクロノ、お前まだ仕事終わりの時間じゃないだろ?どうかしたのか?」
「ああ、実は君に一仕事頼みたくてな」
そう口にしたクロノは、先程までの緩やか雰囲気をガラリと変え、真剣な面持ちで姿勢を直した。そういうことか、と俺も世話になってる身としてクロノに貢献すべくイスから腰を上げる。
俺の姿がクロノに視えるようになって一年ほど経つが、過去にこのように仕事の手伝いを頼まれたことは何度かあった。その多くは幽霊的な俺にしかできない仕事なのだが。クロノにとっちゃ使える者は使っとくってやつなんだろうな。
「これから僕はおそらく、管理外世界で争う二人の魔導師の拘束に向かう。君にはその内のどちらかが逃走を計ろうとした時、自慢の憑依で逃走を計った者の自由を奪って欲しい」
「了解。転移の瞬間は少し身体借りるぞ?」
「ああ、けど転移が完了した瞬間に出て行ってくれよ?」
「任せとけ」と言葉を返し、どこか急いだ様子で部屋から去るクロノの後を、その小さくも逞しく頼りになる背中を見つめながら追いかけた。
アースラの管制室でクロノを待っていたのは、彼の母親であり艦長であるリンディ・ハラオウンだった。その年齢不相応な若い容姿をしたリンディは、花が咲いたかのような笑みを浮かべ、クロノに嬉々とした口調で話しかけた。
「あらクロノ、もうトイレは済んだの?」
「……はい」
俺を呼びに来るのにプライドを捨てて恥ずかしげな理由を作ったらしいクロノは、その顔を羞恥に赤く染めて俯いた。そしてリンディさん、なんでそんなに嬉しそうなんだ。
俺が抱いた疑問を受信したかのように、リンディの後ろに控えていたエイミィが言う。
「艦長嬉しそうですねぇ~」
「ふふっ、いつも気張っている息子の可愛いところが見れたからよぉ」
ほっこりとした表情で笑みを浮かべるリンディと、クロノをチラチラと見ながら口元をニヤつかせるエイミィに我慢の限界が来たのか、クロノは目を閉じながら声を上げた。
「艦長!現場にはもうっ?」
「ええ、許可します。気をつけてねぇ」
緊張感の欠片もない口調のリンディさんから、現場への転移許可をもらったクロノは、さっそく転移を開始するために魔法を発動させた。そして俺はクロノの背後について憑依の準備を始める。憑依に必要なのは、想う心。
『こいつになりたい。こいつのような人間になりたい。どうして俺はお前みたいになれない。殺したいほど憎い。貴方とひとつになりたい。可哀想なお前と変わってやりたい』
想うことは何でもいい。そいつを想う気持ちが一定値を超えると、憑依は完成する。ちなみに嫉妬心が一番簡単に抱くことができるので、憑依の際は良く使う。
深い青色の魔法陣の中、クロノに憑依するために必要な『強い嫉妬心』を弾け出すように叫ぶ。
「ああっ!くっそッ!!クロノはなんでそんなにイケメンなんだよ!!髪とかサラッサラやん!!しかもクロノってなんだよ、主人公みたいな名前しやがってッ!俺なんて名前忘れたから、幽霊の『幽』なんて呼ばれてるんだぞっ、チックショオオオォォォ!!」
「……行くか」
クロノ以外には届かない俺の情けない心の叫びを真後ろで聞いたクロノは、溜息でも吐くような重々しい口調で、転移準備完了を俺に知らせるための合図を口にした。その言葉を聞いた俺はクロノの背後から抱きつくように一歩踏み出す。
そして目の前が一瞬闇に包まれ、次に視界に光が射した時……俺はクロノになっていた。
クロノが既に座標設定も済ませていたため、憑依して直ぐに転移は発動した。俺は目の前の光景が切り替わった瞬間クロノの身体から出る。クロノは憑依に慣れていることもあり、俺が出た後も慌てずに、颯爽と目の前で繰り広げられている戦いに介入した。
「ストップだ!!ここでの戦闘行動は危険すぎる!」
空中で戦闘を行っていた魔導師二人の間に入り、二人の魔導師が振りかぶった杖を受け止めるクロノ。憑依を解いた俺は魔導師二人が何か行動を起こせば直ぐに動けるよう、クロノの後ろで浮遊をしながら魔導師達を観察していた。
夕日が彩る海に面した公園らしきところの上空、争う魔導師は両名とも自分よりも小さい少女。一人は明るい茶髪に意志の強そうな瞳をした白い魔導師。もう一人は装甲の薄いバリアジャケットを纏った金髪の魔導師。どちらも美少女であったので、十分嫉妬心を抱けると確認した。
クロノの突然の登場に驚いた様子の両名であったが、特に行動も起こさず地上へと降り立ったと思った矢先、俺の視界にオレンジ色の何かが横切った。
「クロノ!右だ!」
「ッ!!」
俺の注意などいらなかったのだろう、クロノは直様その高速で迫る何かを魔法で防御した。
そしてその何か、おそらく魔力弾が放たれた方向を見ると、そこにはオレンジ色の毛並みをした魔獣らしき狼が宙に浮かんでいた。
狼は自身の周りに再び魔力の塊を浮かべると、それをクロノ達のところへ放つ。念話で指示でもしたのだろうか金髪の魔導師はタイミング良く飛び上がると、着弾する魔力弾を横目に上空へと高度を上げくる。
空中で待機していた俺の眼前まで少女が接近した時、着弾の衝撃で煙に包まれた地上から、鋭く「幽!!」と俺を呼ぶ怒声が響く。その瞬間、はじかれた弓の弦のように俺の身体は金髪の魔導師へと突っ込む。
「金髪で美少女だからって、いい気に乗んなよコラァ!!別に金髪が羨ましいわけじゃねぇぞコラァ!!」
叫び、彼女の体に半透明な腕が沈んだ瞬間、一瞬の暗闇と共に俺の意識は彼女へと乗り移っていた。
「よしッ!せいこ」
ややハスキーな声で成功の喜びを口に出そうとした刹那、俺の声を遮るようにソレは飛来した。
空中で身動きがとれない俺の眼前を埋め尽くす、数個の緑色の魔力光。
それは俺の意識を刈り取るに、十分な数と力を持っていた。
幽霊の幽君が出来ること。
・物に接触。基本、人には触れられないけど服には触れられる。
・気合を入れれば半透明になって、人の目にも映る。
・相手を強く思えば憑依ができる。憑依された経験のある人間は、常に幽君の姿が視えるようになる。話もできる。