艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~ 作:GF-FleGirAnS
日本の国防を担う自衛海軍。その頭脳である横須賀総監部。
組織の上層部とは
まあそんな訳で……このピリピリと張り詰める空気は、即ちこの国の安全保障体制が万全とは程遠い状況だということを示していた。
「……ああ言えばこう言う、本当に屁理屈の多い奴め……もういいッ!」
話は終わりだ。さっさと出ていけ。その顔をもう見せるな……なんと言うべきか、公職らしからぬ暴力的な発言が続く会議室。
席に連なる顔ぶれは並々ならぬものであるし……その胸に輝く防衛記念章と着こなされた常用第一種軍装が威圧感を倍増させる。
そんな威圧感に晒される可哀想な海軍士官がひとり。
まだ青年と呼ぶに相応しい彼はまだ擦れていない軍服を着て、制帽を深々と被っている。階級は三等海尉を示していた。まだ幼さの残るその顔は何処か頼りない印象を持たせてしまうが、眼はしっかりと力強く輝いている。
怒鳴り声を前に、それでも彼は大声で言い返した。
「了解いたしました! では、これで失礼いたします!」
「なっ……」
まったく怖気付かずに返事をした青年に僅かながら驚く将官。一瞬驚きに染まった顔は、すぐさま怒りに塗り替えられた。
「……きっ……貴様ァ! 私を誰だと思っているッ!」
これ以上顔を見せるなといったのは向こうの方である。青年は気にかける様子も見せず退出してゆく。扉の脇に控えていた艦娘も彼に続いた。
そして、扉が閉まる。
「……あー怖かった。 海軍上層部って何であんなに頭が固い人ばかりなんだろう……びくびくしないように立ってるのが精一杯だよ……」
自衛海軍上層部の集まっていた部屋から出た途端、青年は先程までの様子は何だったのかと疑う程に態度を変える。振り払うように帽子を取り、真っ黒な制服も脱いで脇に抱える。すると軍服の中から現れる青のラインが入った黒いジャージ。
「提督、流石にここでその格好は……」
追随する艦娘が躊躇いつつもそうこぼす。いくら戦局が悪かろうと上層部は上層部である。ジャージ姿は流石に不味いと判断したのだろう。
「でも軍服はキツイんですよ、加賀さん。それに異動の前日にいきなり呼び出したのはあっちの勝手な都合ですよ? 荷物をまとめるのだって、さっき終わったばかりですし」
そんな彼に空母艦娘はため息をひとつ。
「つい先程までそのキツイ軍服を着こなし、上層部相手に言い返していたのはどなただったのでしょうか?」
「……ごもっとも」
青年はこれでも一部隊を率いる指揮官なわけだが、彼の指揮にはいささか慎重に過ぎるところがあるのだ。今回も用事ついでにその指揮の弱腰さを非難されたわけであるが、彼にとってしてみれば現状の戦果主義こそ異常であった。
戦果を求めて大破進軍して轟沈したら元も子もない。上は逃げ腰戦術による資材の浪費を気にしてばかりいるが、その実艦娘一人を建造するのに最低でも30……戦艦クラスを建造しようものなら600以上も資材を必要とするのである。しかもそこに再訓練分のコストは含まれていない。若干臆病な出撃でも、轟沈しなければそれでよい。彼は今日も今日とて、その姿勢を守ったようだった。
「普段からあの感じで執務をしてくだされば、もう少し作業が捗るのですが……提督。 明日からもあの感じで執務をしてください」
と空母艦娘。まあ確かに、会議室で毅然と反論した青年と、今のジャージ姿の青年では月とスッポンである。
「加賀さん、無茶言わないで下さいよ。 執務だって最近やっとこなせるようになってきたのに……それに僕はのろまだから頑張ったとしても執務の早さは変らないよ」
青年は苦笑いしながら頭を掻き、そんな彼を空母艦娘は少し冷めた目で見つめる。綺麗な黒髪を真横で結わえ、蒼の入った和服を着用。そして相手を威圧し黙らせるかのような眼光をした少しキツい表情をした女性――――ここまで言えば分かるであろう。彼女はかの正規空母『加賀』であった。その加賀にジト目を使われ棘のある言葉を浴びせられるのが彼女の提督――物部湊特務三尉である。
「はぁ……さっきの人たちはあんな任務を押し付けてきたけど、たしか『工廠』って変わり者の集まりだけど、上手くやれるか心配だなぁ……」
「提督なら問題ないでしょう」
「言うだけなら簡単だよ……」
どうもネガティブな思考から脱却できない物部。加賀はやれやれと心の中でため息。
「おぉ、これはこれは」
と、そんな調子で庁舎を出た物部たちに声が掛かった。
「特務様じゃありませんか……専属の正規空母様が眩しいねぇ」
着こなされた第一種。手をひらひらと振りながらやって来る尉官。物部は彼の顔より先に階級章を確認する。階級は一尉。三尉である物部よりも上だ。民間から引っ張ってこられた特務士官である物部は、実のところ軍組織というのをよく理解していない。
でもこの数か月で学んだことはある……上官は絶対であり、それを無視されると多くの人間は怒るということ。だから物部は慌てて直立。まだちょっと不慣れな敬礼を披露しようとする……が。
「あぁあぁ、止めて止めて、敬礼とかはいいから」
「で、ですが……」
「特種兵装運用隊においては素質が全て、お前は正規空母を運用できて、俺は所詮一等巡洋艦……階級を下手に無視するくらいなら、全部なかったことにしてしたほうがいいじゃないか」
「……」
「ま、要は仲良くってことだ」
それに、ジャージ姿に敬礼されてもね。そう笑うのは小河原淳一尉。この前フランクに話しかけてきたのが印象深い先輩だ。どちらかというと地上勤務寄りのキャリアなのだが、現在は浦賀水道という重要航路の警備を任されている。後ろに控える艦娘は重巡洋艦の古鷹。横須賀の中でも歴戦の艦娘だと風の噂で聞いたことがある。
「仲良く……」
物部はその言葉をオウム返しに呟く。今の小河原の発言、軍人らしからぬものではある。しかし一方、そういった異常がまかり通るのが特種兵装運用部隊でもある。
事実として、10年ほど奉公してきた小河原は補助艦艇に過ぎない重巡。対して任官したばかりのこの青年は正規空母である。
どう返したものかと目線を泳がせる物部三尉。すると加賀が割って入ってきた。
「小河原一尉殿、お言葉ですがその発言は隊内の規律を乱すことにつながります」
「今日の俺はOFFなんだ、君の提督だってジャージだぞ?」
小河原はすかさず反論した。これほど突かれて痛い場所はない。
「そ、それは……急な呼び出しでしたので」
加賀が口ごもると、小河原は勝ち誇ったように笑う。
「つまり本来ならOFFだった……てことだろう? OFFの時ぐらい楽に行こう」
ONの時はちゃんとやるさ。と小河原は言う。
「……」
「……」
長身の正規空母と、平均程度の身長しか持たない海軍一尉が無言の航空戦。見ていて気持ちの良いものではない。物部は間に入るように言う。
「あっ、あの、小河原一尉殿も呼び出されたんですか?」
「いや?」
と小河原。物部にしてみればこんな上級将校しかいない庁舎など近寄りたくもない。
「雑用も終えて明日の当直まで手が空いたんだよ」
「なるほど……」
小河原は空を仰ぐ。今日の空は物部の心と違って快晴だった。
「実際、担当艦娘のシフトがないと暇でたまらん。やることといえば散歩だ」
「は、はぁ」
「役得だと思わんか? 俺らは国民の血税を使って美少女を侍らせる……最高だねぇ」
唐突な発言。物部と加賀が反応するよりも早く、小河原は突然前のめりになる。叩かれたのだ。犯人は古鷹である。彼女はもう真っ赤に顔を染めていた。
「いやはや……上官への暴行とは」
頭を掻きつつも、小河原は笑っていた。
「も、もうっ! セクハラですよっ」
「んー? 古鷹どうしたー? かおがあかいぞー」
からかう調子の小河原。つんつんと古鷹を突く。眼前の公共の福祉に反するような光景(※個人の感想です)に痺れを切らしたのか、加賀の肩が震える。口を突いたのは、怒気の籠った一声である。
「あ た ま に き ま し た」
こめかみには血管が浮き出んばかりだ。
「……言ったろう、我々はOFFだ、よって何をしようと自由。ましてや双方の同意がある以上はセクハラと断ずるのもどうかと思うが?」
「セクシャル・ハラスメントだと言ったのは古鷹の方でしょう、私ではありません。そもそもですね小河原一尉。あなたは開戦以前からの軍人でありながら……」
「待った、自衛官。軍人じゃない」
「……開戦以前からの自衛官でありながら、いったい公僕というものをなんだと思っているのですか。
「まあまあ落ち着け、俺はそっちに合わせてやってるんだ。君らだって砕けたほうが楽だ、そうだろう。物部特務?」
「えっ……」
物部は困惑する。果たしてこの会話にどうやって参戦せよというのだろう。
「も、もうこの話やめましょう? 古鷹は気にしてませんから」
間に入ったのは古鷹である。
「やっぱり古鷹は天使ですなぁ……で、何の話だっけ」
「いえ、何の話もしておりません」
「そか、じゃあ本題に入ろうか」
「本題?」
加賀が眉をひそめる。ここまで散々テキトーなことを言い散らかして今更何が本題だというのか……といった顔である。
「まず、物部特務は誉れの
「……聞かされておりません。大方、提督へのあてつけでしょうが……」
加賀の顔は僅かに引きつっていた。どうも決定に納得がいかないようだ。
「納得がいかない気持ちはよく分かる……そこで君らにこの辞令だ」
小河原はそう言って古鷹に目配せ。
「こちらになります」
古鷹が取り出したのは三つ折り封筒。ご丁寧に自衛連合艦隊司令部とある。
「このご時世、どこにも閑職など存在しない。これが特務の新しい仕事だ」
こっちはOFFだというのに人使いが荒いったらありゃしないよ。そう愚痴を叩きつつ小河原は物部に手渡す。
「これは……?」
「ん、見て分からないか? 封筒だよ封筒。ちゃんと
「お手数をおかけしたようで申し訳ありませんが、そう言う類を言っているわけではありません」
加賀の指摘には、肩を竦めておどけて返す小河原。
「俺は聞かれたことを答えただけだよ。いいから特務、開いてみ」
言われるままに封筒を開ける物部。辞令を三つ折りにするなど聞いた事がないと逡巡しつつ、文面に踊るそれを見る。最も目を引いたのは、明日からの異動先のことなどではない。
「戦艦加賀!? これは何かの冗談ですか!?」
「冗談だろうね、俺も賛成だ……一緒に陳情すれば撤回できるだろう」
小河原の調子は本気とは程遠いが、確かに撤回して欲しい気もなくはない。
戦艦と聞いて、和服姿から想像に難くないのは扶桑型。物部の脳裏に、艦橋型の髪留めが
「……大丈夫なんですかそれ?」
「物部特務はいい視点をしている。まぁ問題が起きるだろうけど。まったく、連合艦隊司令部は何を考えているやら」
小河原はため息を吐きながら煙草を取り出す。
「ここは喫煙場所ではありません」
「提督、今日もう二箱目ですよ!」
加賀の指摘はもちろんのこと。控えていた古鷹も口を尖らせる。
「おーう、女三人集まればなんとやらというが、二人でもうるさい」
小河原は首を振りながらケースを仕舞う。
「あっ、あの……」
「ん?」
「加賀さんに、戦艦が務まるんでしょうか……? もともと航空母艦として運用してきましたし、砲撃戦の戦闘経験などありませんよ」
それを聞いた小河原がどこか不満げに鼻を鳴らした。加賀の咎めるような視線を気にせずに口を開く。
「特務の頑張り次第じゃないの? 俺の知るところじゃない」
「そう、ですよね……」
物部が俯くと、小河原が言葉を繋いだ。
「だがあれだろ、現状の加賀でも片舷に20.3cm五門の砲戦能力を保有してるじゃないか」
「え、そんなに積んでるんですか」
「おいおい……」
呆れ顔の小河原。加賀型の20.3cmは発砲するとその衝撃で飛行甲板にダメージが入るのでまず使う機会はなかったのだが、それは加賀が鉄の塊だった時代。艦娘となり、飛行甲板の配置が変わった今ならば……。
「自分の艦艇ぐらい把握しとけよ……。砲撃戦が出来るっていう艦娘の可能性を伸ばせなきゃ、指揮官として失格だ」
「だって、使ったことないですし……」
「なら使い方をこれから覚えるしかないな。まぁやり方はそこの
「……当然。『やれ』と言われれば『やる』までです」
「そうかい。ま、がんばりな」
そう言って踵を返す小河原に物部が慌てて声をかけた。
「待ってくださいっ!」
「……思いつきで呼び止めないでくれよ? 特務」
肩を竦めながら振り返る小河原の目を見ながら、物部が意を決したように口を開く。
「自分の艦隊と小河原一尉の艦隊とで演習の場を設けていただけませんか?」
「演習? なんでまた」
小河原の疑問も当然である。話の流れが完全に合わない。
「加賀型の砲戦能力を確かめたいんです」
「なるほど、やってみなければ分からない……確かに俺も空母加賀の発砲シーンは拝んでみたい。古鷹、乗ってみないか?」
「いいですよ。もっとも、私は片舷砲戦能力が20.3cm六門、加賀さんは五門……勝負以前だと思いますが」
「ついでに言えば、連装砲と単装砲。後者が圧倒的に不利だ」
さてどうしたものかな……小河原は少し考えるふり。すぐに手をぽんと叩いた。
「よし、就役時の空母加賀でいこう。それなら追加で連装砲二基。きっと面白くなる」
開発の一環ということにすれば、予算も
「場所はこっちで整える。善は急げだ」
なにかを企む悪餓鬼のような様相で、小河原は含み笑いを浮かべるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……それで? ばりっちゃん、八重重工さんはなんといっとった?」
浅黒く焼けた肌を持つ大男が威圧的にそう問いかけた。
「原因究明に全力を尽くしますとしか……」
「究明も何もないだろうがこんなもん。そんなものはコッチで既に済ましてる」
「
女性の声に大男は鼻を鳴らした。
「おかげでコンロッドからクランクシャフトまで全損。特種兵装開発だと前代未聞じゃぞ。電子制御が未熟だった1980年代ならいざ知らず、このご時世でよくそこまで馬鹿でかいポカをやらかせるもんだ。……おかげで
「……にしてもそこまでカッカしなくてもいいんじゃないですか?」
「取引先の人員を殺しかけたんだぞ。八重重工さんは詫びぐらい入れに来るのが筋じゃないんか。対応云々より先に担当者は上長連れてすぐに頭を下げに来いってんだ」
カッカとしながらそう言う大男にシルバーブロンドの髪を揺らす女性が苦笑いを浮かべた。
「試験水域のおかげですぐ
「外航部隊に渡る前に見つかったのは僥倖か。お天道さんには感謝せにゃぁね。……とは言え、はいそうですかと引き下がるわけにはいかん。こっから先はわしが案件預かるぞ。夕張、午後の予定開けとけ、相手には悪いが、直接話を聞きに行く」
不満げに鼻を鳴らす久川に夕張がうげぇと言いたげな顔をした。
「アポなしで怒鳴り込むつもりですか?」
「担当者がすぐ飛んでこないあたり、軽く見られているようじゃからのう。少しぐらいに認識を改めてもらわんといけん」
そう言って久川は作業用のオーバージャケットを脱いだ。几帳面に締められたネクタイが揺れる、肩には二等海佐を示すソフト肩章が光っている。
「度重なる仕様書の無断改稿も含めて、八重さんには問いたださないと不味いと思っとる。悪いがばりっちゃんにはついてきてもらうからのぅ」
「そうなると思ってましたよ……とりあえず睦月ちゃんに何か持ってった方がいいかもしれませんね、そろそろ精密検査が終わるころでしょうし」
「そうじゃのぅ。カステラか何かでも差し入れるかの」
そう言いながら制服用の上着を左腕に下げ、コート掛けの制帽を取る。夕張は手元の書類をまとめるとブリーフケースに突っ込み、久川に手渡した。
「さて、渉外の根回しをしていかんとのぉ。とりあえず古賀海将補殿にはなにか一筆もらわないといけんのぅ」
「とりあえずで開発実験団のトップから一筆もらわないでくださいよ。向こうを威圧する気満々ですよね?」
「こういう時のための権力と人脈よう。七光り万々歳。いい加減なものを卸して、物理的に首が飛ぶのはその使用者。それを許すわけにはいかん。少しは懲りてもらわんといけんからのぅ。その憎まれ役ぐらいはわしが背負う、それだけのことよ」
そう言って久川が景気よくドアを開けたタイミング――――
「に゛ゃっ!?」
「んっ!?」
ドアが何かに当たって慌ててドアを手前に引く。おでこを押さえている少女を見て、久川が慌てた。
「すまん睦月!」
「だ、大丈夫、にゃしぃ……」
しゃがみ込んで視線を合わせる久川をどこかじとっとした目で見下ろす夕張。
「もー、久川主任がそんな勢いよくドアを開けるからですよー。なに追撃かましてるんですか」
「それについては同意するが、そうなる前に注意してほしかったのぅ」
「注意したらしたで不機嫌になるじゃないですか、ごめんね、睦月ちゃん。うちのトップがガサツで」
「だ、大丈夫なのです。睦月もノックするの忘れてたのね。にゃっ……!?」
「睦月ちゃんは優しいのぅ」
久川は制服と制帽を夕張に預けると、片手で睦月をひょいと抱き上げた。睦月が慌てて久川に手を回してバランスを取る。
「そんで、精密検査はどうだったのかのぅ?」
「あ、あの……これ、医療実験部から久川二佐にって……」
睦月は抱きあげられたまま、手にしていた書類を渡す。それを片手で見ながら久川はゆっくりと歩き出す。
「艤装のシャフト破断時の破片による切り傷と高温ガスによる火傷……か。化学薬品による火傷じゃないのは、まだマシかのう、痛みは大丈夫かのう?」
こくんと頷く睦月。それを見てほっとした表情をする久川。
「まぁ、艤装も損壊してることだ、しばらくは
「2週間ぐらいは用心って言われたのね」
「ん、睦月ちゃんはようがんばった。こっから先はわしの仕事だ。もうこんなことは起こらんようにするけぇ安心しんさい」
そう言って久川は休憩室に睦月を連れていく。
「それで、その間の配置については聞いておるかのぅ?」
「とりあえず久川二佐の傘下に入れと言われているのです」
「検査入院以外必要ないなら、書類系の仕事を中心に入ってもらうかの」
色落ちしたソファに睦月を下ろして久川は笑った。
「とりあえずコーヒーの一杯くらい飲んできんさい」
「あの、砂糖……」
「ん。いつも通り多めだろ?」
「にゃしぃ!」
それはイエスかノーかどっちだ、と苦笑しながらもケトルを電気ヒーターにかける久川。
「それでさっきのはどういうことだったのです?」
微妙にかかとが浮く高さのソファで足を振りながら睦月がそう言うと、久川は棚からコーヒードリッパーを取り出して笑った。
「
その言いぐさに夕張が苦い顔をした。
「対策会議とか言いつつ、開発部門の実質的トップによる怒りの
「ハードネゴとは失礼な。なにも
「それをハードネゴって言うんです、センター長」
そんな会話を聞いて僅かに汗をかくのは睦月である。
「そんなことになってるのです……?」
「睦月ちゃんは気にしなくてええぞ。トライアルの手順はきっちり守っておった。睦月ちゃんに落ち度はない。じゃけぇ、気にしても仕方ないけぇゆっくり構えときんさい」
「プログラム自体はきれいなんですけどねぇ、もったいないなぁ」
夕張が久川にタブレットを投げて渡した。それを片手でキャッチしてスラスタペンでなぞっていく。
「わしゃぁハードが専門じゃから詳しいことは知らんがね、あんな数値だらけの内容を戦闘中に読み取れるはずがないが。担当者に伝えとけ。兵器の基本はKISS――――
そう言ってタブレットをテーブルに置いた、画面が二分割されていて、片方は八重コンピューターシステムズのロゴが入っているきれいに清書されたもの、もう一つはおそらく今、久川が手書きで書いただろうラフ画が表示されていた。
「睦月ちゃん、八重の数値入力式のユーザーインターフェース、使ってみてどうじゃった?」
そう言って清書済みのUI表示を指さしてどこか呆れたように言う久川。エンジンの回転率などを数値入力する仕組みだ。
「入力がもたついて難しかった、かにゃぁ……」
「その間に敵艦隊に狙われたらあっという間にカモにされるじゃろう? だからアビオニクスはちゃんとグラフなりメーターを使ったアナログ表示にしてくれって要望出しとったんに、勝手に仕様を変えて提出して来た。だから大揉めしとった、そういう話で喧々してたところに今回のこの事件じゃ。怒鳴り込んでも許されるじゃろ」
ケトルからシュンシュンと湯気が出だしたのを見て久川がコーヒーを淹れ始める。コップは三つ。睦月だけではなく夕張と久川も飲むらしい。
「プロトコル自体は間違ってないし、綺麗なプログラムはできてるからプログラマとしては優秀なんじゃろうが、今のままだとプログラマどまりじゃろうな、SEにはなれん。クライアントとの交渉だのなんだのでプログラムを書くよりも話すことの多いのがシステムエンジニアじゃから、勝手な判断で仕様を変えたりするような状況じゃあ、一人前とはいえんじゃろう。代わりの担当者を寄越してもらうつもりじゃが、どうなることか」
自衛海軍工廠との共同開発となれば、相手の八重重工も今回のリテイクで大慌てに違いない
「でも、八重コンピュータシステムズといえば今の艦娘の出撃管理プログラムの開発チームを抱えた名門ですよね? そこのプログラマの平河さん……だったかしら? 情報の扱いなら右に出るもの無しって言われてますし期待していいんじゃないですか? まぁ、そこは色眼鏡かけずにいきましょう?」
夕張がそう言いながらタブレットをいじっている。
「そうだといいが、この調子だと八重系列との契約は考え直さないといけないかもしれんのぅ」
「また久川二佐の民間こき下ろしが始まったぁ」
夕張が茶々を入れると久川は不満げに鼻を鳴らした。それを気に止めずに夕張が続ける。
「きれいなプログラム書けるの羨ましいですよねぇ。私も色々とできればなぁ」
「どんなにプログラムがきれいで完璧でも、要求された内容に合致しなければそれはバグと変わらんじゃろ。どんなプログラムを組めば要求が達成されるかを引き出せないコミュニケーション能力不足には、開発部門は務まらん」
久川はそう愚痴りながら淹れたコーヒーをカップに移した。
「さすがはHHIの機関開発部出身、技術屋さんへの評価厳しいですね、久川隆三二等海佐殿?」
「中途半端な仕事は手間が増えるだけじゃからのぅ」
そう言って皆の前にコーヒーカップを置く久川。自分のブラックコーヒーに口をつける。
「いくら優秀でも、いくら天才でも、それを誰にでもわかる形にしなければ誰にも評価はされん。それが技術屋の面白いところであり、難しいところじゃけぇ、ばりっちゃん。お前も気を付けんさい。とりあえずこちらの要望書のまとめを頼むぞ、KISSに気を付けてな」
「それ私の仕事……ですよね?」
「元々今回の内燃機械改善プロジェクトの担当がばりっちゃんじゃけぇね」
そう言って久川はどこか「うげー」と言いたげな表情の夕張を無視してブラックを煽る。
「まぁ、問い合わせは早々にあるじゃろうし、それは頼む」
「あれ? 久川二佐はどこへ?」
「午後明けられるよう古賀海将補に取り付けてくる。とりあえず打ち合わせ行って来るけぇ、進められるところはガンガン進めといてくれや。オーバータスクになる分は手すきの人材に再分配しておけよ。睦月ちゃんはさっきの今で疲れとるじゃろう。今日明日はオフにするけぇ、ゆっくりしていきんさい。……これに加えて加賀のコンバージョン改装の案件が上がるとなると、まったく頭が痛いのぅ」
そう言って久川はカップを流しに置いて出ていく。
「まったく、人使い荒いんだから、二佐は……」
「でも夕張さん、うれしそうにゃしぃ」
「頼られるのは嫌いじゃないけど……二佐も不器用だからね。先方にも期待してるくせに、そういうことは口にしないからねぇ。ちゃんと言えばいいのに」
「ふふっ、それが久川さんらしいところなのですー」
「それはそうなんだけどね、……まぁ、頼まれたことだしちゃっちゃとやっちゃいますか」
「睦月も手伝うのね!」
「そう? じゃぁお願いしようかしら?」
夕張が笑って席を立った。睦月もそれに続く。機械油の匂いが染みついた空間へと足を踏み出した。
初めまして、GF-FleGirAnS主催者かつ言い出しっぺの提海 蓮です。
今作は私を含めハーメルンを中心に活動している5人が集まり、艦これ3周年記念として書かせてもらいました。
それぞれの作者の個性が滲み出た良い作品となっていると提海は思っています。
どうか是非、最後までお付き合い下されば幸いです。
(提海の活動報告で遅れると言ったなあれは嘘だ)