艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~   作:GF-FleGirAnS

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背反律への突破口


掟を穿つ

 加賀は仕事場――――つまり物部の執務室へと戻ってきた。慣れた扉も今日はなんだか重く、立て付けが悪いような気もしてしまう。

 

「戻りました」

「あぁ加賀さん、お帰りなさい」

 

 物部は執務机に腰掛け、目の前に広がる書類の束と格闘していた。

 自分の出る幕はないと考えた加賀は、ひとまずお茶でも淹れようかと電気ポッドを探す。

 

「加賀さん。その……」

「なんでしょう?」

「大丈夫、ですか?」

「身体に異常はありませんでした」

 

 そう返すと、物部は書類に再び目を落とす。加賀は急須に茶葉を入れ、湯呑みを揃える。電気ポッドがカチリと鳴ってお湯の完成を知らせてくれた。加賀は慣れた手つきで一杯の湯呑みに湯気を立たせ、物部の傍へ。

 

「お茶です」

「……ありがとうございます」

 

 いつも通りの会話であるはずだったが、どうにもぎこちない。

 

「……」

 

 加賀はふと、机の上に広がった書類を見た。特種兵装運用部隊、その隊長の執務というのは少なくない。先ほどの演習の報告書はもちろんのこと、加賀の改装や部隊の運営における物資の供給、挙げ句の果てには近隣住民に対しての交流と幅広い数の事務作業。

 

「いやあ……毎日たくさんこなしても減らないんだね。 流石に肩が痛くなってくるよ」

「そんなことを言っている暇があるのでしたら、もっと早く腕を動かすことに専念してください。 そんな事では何時まで経っても終わりません」

「手厳しいですね……」

 

 とはいえ、口で言うのは簡単なものだ。加賀は物部には悟られぬようため息。彼はこうして執務に戻っているのに、加賀の頭の中で回っているのは先ほど駆逐艦に言われた言葉。集中のしの字も存在しやしない。

 

 

「あの……提督……」

「はい?」

「あ、いえ……なんでもない、です」

 

 口ごもってしまう。自分のせいで迷惑をかけてしまったはずの物部は、しかしそんな素振りも見せずに執務に励む。

 

「大丈夫です。加賀さんの言いたいことは大体わかります」

 

 口を開いたのは物部の方だった。

 

「……お恥ずかしい限りです」

「いえいえ、そんなことないですよ」

 

 俯いた加賀に、物部は書類から眼を移した。

 

「僕はむしろ、加賀さんもああやって熱くなるんだって、ビックリしたぐらいです」

「……」

 

 それが恥ずかしいのである。なにか逃れる方法はないかと頭を回す加賀。

 

「……お茶だけじゃ物足りないですね。なにか取ってきます」

「あ、僕は大丈夫ですよ、羊羹があるので」

 

 物部はそう言って書類をどかし、そのスペースに羊羹を出す。因みに羊羹は甘味処の間宮から戴いた高級羊羹だったりする。

 その様子を黙って見つめる加賀。

 

 

「……」

「あれ……ダメだった? ほんとはね、執務が終わったらおやつを……って思ったていたんだけど」

「いえ……」

 

 次の言葉を続けるべきか迷う加賀。いやしかし、欲望には抗えないものだ。

 

「いえ……私にも一口戴けないでしょうか?」

「……あ、そう言うことですか。 勿論良いですよ」

 

 物部から差し出された羊羹を、加賀は頬を少し赤らめつつ口にする。 チョコや砂糖と違った甘みが口の中一杯に広がり、加賀の口から感嘆の溜め息が漏れる。

 

「……これは、気分が高揚します」

 

 

 それを見た物部が微笑んだ。

 

「な、なんですか」

「いや、もっとそう笑ったらいいのにって……」

「……普段の私では退屈?」

 

 やや鋭くなった眼光を見て、物部は自分の失言に気付いた。 喉に詰まりそうになった羊羹をお茶で流し込み、加賀へと体を向ける。

 

 

「ごほっ……あ、いや違うんですよ、別に加賀さんが無愛想とか鉄の女とかそういうことじゃなくてですね。ただ緩んだ加賀さんのほうがいいというか、いや少し、チョビットだけいいというか……」

「不満なんですね」

 

 加賀は突き刺すような視線で物部を射抜いた。

 

「あっ、いやっ、普段から美人ですっ、ほんとですよ?」

「……ふふっ、冗談ですよ。物部三尉の困っている顔を見てみたかったからです」

 

 そう言ってやれば、物部は背もたれに倒れた。

 

「加賀さん……勘弁してくださいよ。 加賀さんにからかわれると心臓に悪いです」

「『素直に』と言ったのは提督です。原因を作った提督に責任があります」

「あはは……今の羊羹、どうでしたか?」

「……美味しかった、です。出来ればまた」

 

 それを聞いた物部は笑った。

 

「はは、気に入ってくれて何よりです……そうだ加賀さんも座ってください、今お茶を淹れますから」

「いえ、お茶なら私が…」

「加賀さんは何時も淹れていただいてますから……たまには僕にも淹れさせて下さい」

「……わかりました」

 

 加賀はそう言うと、顔をしかめつつ渋々といった様子で執務室に備えられてあるソファへと腰掛ける。

 

「そんな顔をしないで下さい。貴女がそうやって僕の事を考えてくれるのは嬉しいですが……僕だって男です。 他人に何でも任せきりというのは性に合わないんですよ」

「……ですが」

「それに、何時も加賀さんにやってもらってるといざというときに自分で出来なくなりそうですから……言い方は悪いですがこれも練習台だと思って諦めてください」

 

 加賀はそれ以上何も言わず、黙って頷いてソファにもたれ掛かった。 その様子を物部は満足そうに見つめ、茶を淹れるべくポットがある場所へと向かうのであった。

 

 

 もうお湯の準備は出来ている。すぐに加賀の前に湯呑みが置かれる。

 

「どうですか?  キチンと淹れられてるでしょうか?」

 

 手を付ける加賀。熱くもなく、冷めてもいない。物部が固唾を飲んで見守る中、加賀はゆっくりと口を付ける。

 

「……美味しいです。 これなら人前で文句なしに振る舞えるかと」

「あーよかった……ちょっと緊張しましたよ。 あんまり静かに飲むものだから、何か不味いところでもあったのかと……」

 

 は、直後に聞かされた加賀の感想で肩の力を抜く。 加賀の太鼓判はそんじょそこらのグルメリポーターより信頼できると思っている物部は、それだけで安心できるのであった。

 

 

 静かな時が流れてゆく。メディアの報道にプレスリリース、情報管制から配給計画。日々頭を悩ます問題は山積みではあるが、しかしこの静かなひと時だけは大切にしたいものだ。加賀はもう一度改装計画のことを考えてみる。

 

「もっと素直に……ですか」

 

 加賀が一人ごちる。若干の間が、執務室を支配する。ふと顔を上げた中にも、思ったより時間が経っていたようだ。

 

「……おっと、もうこんな時間ですね。 そろそろ準備をしないと」

 

 物部は時計に目をやると、突然そんなことを言った。

 

「準備……ですか? 一体何の……」

「いえ、これから小河原一尉の所に少し向かおうかと……」

 

 その言葉と共に書類をある程度片付け、物部は席を立つ。

 

「……小河原一尉、ですか?」

 

 加賀は自分の使命を果たすように執務室の扉を開け、同時並行で「小河原一尉」という単語に鋭く反応する。気にせず続ける物部。

 

「ええ、そろそろ『釈放』されるって話ですので」

「釈放?」

「古賀海将補に捕まったんです」

 

 ざまぁみろだ。そう言いたくなったが、その言葉は自分にそのまま帰ってくるので黙っている。

 

「なんだか嬉しそうですね?」

「いえ……そんなことは」

「はは……加賀さんが小河原一尉の事をあまり好ましく思っていないのは分かってますが……流石に露骨すぎますよ」

 

 そう言いながら物部は廊下へ。加賀も追従。

 

「苦手なだけです。何と言うか……性格が……」

「まあ、加賀さんと違って小河原一尉は肩の力を適度に抜いて仕事をしていますから……」

「……それだけ聞いていると、私は常に力んで仕事をしているように聞こえますが?」

「えっと……」

 

 こんな展開さっきもあったような……物部はやや引き攣った笑いを浮かべる。そんなこんなの談笑をしつつ、小河原一尉の下へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、小河原一尉の執務室を示すプレートの前まで来る。

 

 ノック。

 

「あれ……? 返事がない」

「まだ帰ってきてないのでしょうか」

「小河原一尉殿、すみません、物部です」

 

 もう一度ノック。やはり返事は……

 

「って! 加賀さんなに勝手にドアノブに手を掛けようとしてるんですか!」

「女の勘です」

「女の勘って……だめですよ、そんなことしたら」

「開けます」

「あ」

 

 扉が開けられた。鍵はかかってないらしい。

 

「失礼します」

「……失礼します」

 

 執務室には、応接セットにて着崩した制服を直している小河原と、やや硬すぎる敬礼を披露する古鷹。

 

「物部特務……確かに浦賀水道警戒任務(おれのところ)は暇だからアポなし飛び込みでいいとは言った……だがな、流石にいきなり開けるのは良くないだろう」

「す、すみません……加賀さんが勝手に」

「小河原一尉の方こそ、執務室にいるにしては服装が乱れている気がしなくもないですが」

「こちとらついさっきまで()()()()たんだ、多少の服装の乱れは仕方がない……なぁ古鷹?」

 

 すると小河原は古鷹の方に視線を泳がす。

 

「えっ? あっはい、そうです!」

「……とりあえず敬礼を崩せ」

 

 小河原に言われて腕を下ろす古鷹。頬は赤く染まったままだ。小河原はため息。

 

「はぁ……古鷹、酒保行ってなんでもいいから買ってこい」

「はっはい!」

 

 物部、加賀その両人に目もくれず、執務室を飛び出してゆく古鷹。一体何だったんだとドアを見つめる物部。

 

「うちのが慌ただしくてすまんな……とりあえず腰掛けて」

「あ、はい……失礼します」

()()謹慎中の人間に敬意とか上下関係はいいって」

 

 ややうんざりした調子でそう言う。物部はその言葉を受けて僅かに肩を震わせ、それが小河原のため息を誘う。

 

「……す、すみません」

「あーいや、別に怒ってる訳じゃないんだけど……」

 

 ぽりぽりと頭を掻く小河原。すると見かねたように、物部の後ろに控える加賀が口を開いた。

 

「小河原一尉、なにを為されてたんですか?」

「君はあれだねぇ、馬の後ろに立っちゃいけない人間だなぁ」

「あなたの秘書艦は随分と顔を赤らめていたようですが」

「……気にしちゃいけないこともある。風邪だよ……きっと」

 

 小河原は加賀に目をやり、加賀も対抗するように眼を研いだ。

 

「まあいい、とりあえず君も座れ」

「なりません」

「……あのなぁ、今回の案件は分かってる。君の話をするんだぞ? 君に直接関わることだ、君がそこに控えていてどうする」

 

 いいから座れ。小河原はそう言い、加賀は物部に目で確認を取る。物部の返答は無論肯定であった。

 

「……失礼します」

 

 加賀は不満を隠さない様子で座る。正規の軍人であるはずの小河原が()()()調()()なのだから、彼女の不機嫌も当然であった。背中に汗をかきながらそれを聞く物部。

 

「か、加賀さん……一尉相手にその態度は……」

「『上下を気にせず』と先に言ったのは、彼の方です」

「えぇ……」

 

 念のため言っておくが、物部は何も悪くない。

 

「気にしないよ。特務も少しは肩の力を抜いてくれ、俺がやりづらいんだ」

「す、すみません」

「あんまり謝ってばっかだと、謝罪の価値が薄れるぞ? ま……それはともあれ、だ」

 

 小河原は切り替えるように声の調子を変えると、ポケットのをまさぐり何やらかを取り出す。絵が貼り付けられた四角くて白い箱。

 

「特務は煙草吸ったっけ? 成人はしてるんでしょ?」

 

 小河原が取り出した煙草は配給品の『誉』であった。もちろん安物なのだが、物部にしてみれば初めて見る珍しい銘柄だ。

 

「あ、いえぼk……私はタバコはいらないです、吸わないので」

「そっか」

 

 小河原は無言でその先を加賀へ。

 

「お構いなく」

「あれ、君は吸うんじゃなかったっけ?」

「……()()、吸いません」

「あぁ、そう……」

 

 小河原は何か言いたげに視線を物部にやり、それから加賀に戻す。しかし彼は何も言わないまま立ち上がった。どこかへ向かう。

 

「小河原一尉?」

 

 どこへ行くんですと言いかけた物部。小河原は直ぐに返事をした。

 

「誰も吸わないんじゃ仕方がない。お茶を淹れるよ」

 

 まあ、パックだけどね。小河原は振り返りつつ笑う。

 

「そ、そんな、結構ですよ……」

「まあそう言うなって、貰えるもんは貰っとけ」

 

 秘書艦が事前に準備していたのだろうか、小河原は電気ポッドを手に取るとペリリとティーパックを開封する。どぽどぽと注がれるお湯の音が、室内を占拠した。

 

「で……もう一度目的を聞かせてもらえるかな?」

 

 小河原は物部を見ずにそう言った。

 

「あ、はい……今回来たのは、その、一尉殿に助言を頂きたくて」

「やっぱりね……演習の結果を踏まえての運用面での助言、という解釈でいい?」

 

 小河原がそう聞いたのに対し、答えたのは物部ではなく加賀であった。

 

「戦闘機動は十二分に出来ています。問題ないかと」

 

 もちろんその『十二分過ぎる』戦闘機動のせいであんなことになったのだが……この場の全員が犯人である以上誰も何も言わない。

 

 ところが物部は、ただ……と少し詰まったようになる。

 

「ただ?」

「ただ、その、改二のコンセプトと言いますか、目標点が見えないんです」

 

 目標ね……そう首を傾げてみせる小河原。物部は畳み掛けるように続ける。

 

「自分はまだまだ新人です。航空母艦としての加賀さんですら、その実力を十二分に活かせる指揮ができているとはいえません。ですが『戦線を維持させるために空母加賀の役目は終わった』そう言われても、自分には加賀さん支え続けるために『これから』を見据えたいんです」

 

 マグカップからゆらゆらと上がる湯気。小河原は応接セットに背を預けた。

 

「古鷹に加古、衣笠……確かに改二艦を多く運用してるのがうちだ」

「はい、それが理由の一つです」

「……もう一つあるのか?」

 

 そう小河原が聞けば、物部は手元のカップを手に取り、少し覚ましてから徐々に傾ける。

 

「演習の際に仰ってた言葉の真意を、知りたかったので」

 

 

 特務さ――――本当に戦艦作る気ある?

 

 その言葉、迷っている物部にとっては深く突き刺さるものだったのだ。

 

 

「あぁ言ったねぇ……完全に忘れてた」

 

 小河原はまたしても頭を掻く。そうしながら加賀に目をやった。

 

「……何か?」

 

 口をカップで塞いでいる物部に代わり、加賀が口を開く。その視線は何か批判げだ。小河原はそれにおお怖いと肩をすくめ、それから小さく笑った。

 

「いやなに……大きいなぁ、と思ってね」

 

 何が、などとは言うまい。

 盛大に吹き出したのは物部だった。

 

「ブフッ……うわっぁ! すいません!」

 

 丁度飲んでいたのだから当然だ。応接セットにかかった飛沫を拭こうと慌ててハンカチを取り出そうとして、椅子の上でバタバタ動く。

 

「大丈夫、大丈夫、それは問題にならないから」

 

 小河原(はんにん)は笑いつつそう言う。そう、問題にはならないのだ。

 

「あなたという人は、古鷹だけに飽き足らず……」

 

 沸騰しているのは航空母艦。そりゃもう、焼き鳥も焦げんばかりに。

 

「失礼失礼、お嬢様にはちょっと過ぎたジョークだったかな?」

「許しません、提督、攻撃許可を」

 

 加賀は戦闘態勢へと移行。

 

「ちょっ…加賀さん落ち着いてください!」

 

 止めに入るのは物部である。

 

「おぅ……こりゃ年貢の収め時かねぇ……」

 

 小河原は笑いつつ煙草を取り出し、シュボッとライターを鳴らして火を付ける。呑気に煙が舞う。

 

「小河原一尉! そんなこと言ってる場合じゃないですって!」

 

 と、そこで扉が開く。

 

「提督、お菓子とってきましたよー……って」

 

 短めに揃えられた髪に幼さの残る顔つき。そして真っ直ぐな眼つき。

 

「もう! 提督、煙草は吸わないでって言ったじゃないですかぁ!」

 

 彼女は小河原の咥える煙草に真っ先に目がいったようだ。盧溝橋並に緊迫する加賀と小河原の間に思いっきり割り込み、そして煙草を直接取り上げる。

 

「おい古鷹、人の楽しみを……」

 

 小河原はすぐさま反論しようとするが、古鷹は何も言わせず摘んだその手で煙草をもみ消してしまう。

 

「目を離すとすぐ吸うんだから……」

「艦娘に健康管理をされたくはないねぇ」

 

 古鷹は煙草の健康への害を論じたいようだが、小河原はさも面倒そうに躱す。

 

「……」

 

 この乱入により先程までの喧騒は吹き飛んでしまったようだ。加賀は不機嫌を前面に押し出しつつも座る。

 

 そして物部は、ほっと息を撫で下ろすのであった。

 

「……話を進めてもいいですか?」

 

 そう物部が切り出せば、無言の同意。しかし、いざ語ろうと口を開いたのを遮るようなコール音。古鷹が慌てたように飛び出し、壁面端末の受話器をとった。

 

「おいおい。ラブコールはマネージャーを通せって言ってるだろ」

「誰がマネージャーですか……久川さんからの連絡ですよ」

 

 声が漏れないよう丁寧に送話器に手を当てて答える。

 

「物部特務が不在って聞いただけで、なんで俺の所にいるって分かるんだあの人は……」

 

 エスパーか何かかよ。小河原の口元が引き攣る。

 

「加賀さんの艤装を組み立てている最中だったはずなので、きっとフィッティングを済ませたいのだと思いますよ」

「ふむ……せっかくこれからって所だが、仕方がない。古鷹、ついでに加賀連れて新艤装に中口径砲を回せるか立ち会って来い」

「了解しました」

 

 古鷹の乱入に水を差されたこともあり、加賀は渋々連れられて席を立つ。

 

「じゃあ、行きましょうか。加賀さん、こっちです!」

「え、ええ……」

 

 加賀は恨みがましく小河原に視線を注いでいたが、無情に扉はパタンと閉まる。

 

「行ったな……」

 

 確認するように小河原が呟く。物部は彼が言葉を続けるだろうと予測して、待つ。

 

「さて、空母艦娘様もいなくなったことだし、本題に入りますかね」

「……? さっきまでが本題ではなかったのですか?」

 

 物部の疑問は当然である。一通りの結論が出て、その上での資料室ではなかったのか?

 勿論小河原もそういう疑問が向けられることは想定済みだろう。彼はもう一度深く座り直し、それからゆるく息を吐いた。

 

「あのなぁ……あぁは言ったが、艦艇も軍人も外からの評価で決まるんだ。加賀の問題が自身にあると思うか?」

「……」

 

 即座には何も言えなかった物部、小河原は次の言葉を放つ。

 

「改二の在り方。考えたことあるか?」

 

物部は即座に言葉を返すことが出来なかった。逆に既に返事を持っているのなら、小河原もこんな質問はしなかったことだろう。

「戦艦加賀……なるほど夢がある」

 小河原はそう言い、ゆっくりとソファにもたれ掛かる。

「物部()()三尉殿はさ、そもそも戦艦加賀って知ってるの?」

「……恥ずかしながら」

「まあそうだよね。昔は加賀が戦艦だったなんて、多くの人は知らないわけだし」

 どこから説明すればいいかな、そんなことを言いながら小河原は、煙草にもう一度火をつける。

「いいんですか?」

「いーのいーの、鬼の居ぬ間に命の洗濯ってね」

 ポケット灰皿を取り出しつつ、彼は笑った。すうっと吸えば煙草を包む紙は真っ赤になり、勢いよく縮んでいく。小河原は蒸気機関か何かのように煙を排出すると、灰になった部分を灰皿に落とす。

「じゃあまず特務は、八八艦隊ってのを知ってるかい?」

「戦艦八隻と高速戦艦八隻を保有する計画ですよね……」

「ま、高速戦艦というか巡洋戦艦及び装甲巡洋艦だけどね」

「なるほど……」

 

 そして物部は戦艦の数を数える。

 

「戦艦八隻というと……長門型、伊勢型、扶桑型、あと大和型……?」

「あぁ違うよ、大和型はその計画とは関係ないんだ」

「えっ……そうなんですか?」

「八八計画の戦艦は長門型、伊勢型、扶桑型で六隻。そこに加えて……加賀型二隻」

 戦艦加賀というのは改長門型といえる存在だった。長門の船体を拡張したような設計で、41㎝砲をなんと五基十門。手数でアイオワ級に勝てる艦艇だ。これを1920年代に設計、そして実際に建造したのだから恐ろしい。二番艦の土佐に至っては進水すらしていた。

「戦艦加賀の復活……夢はある」

 

 世界最強を掻っ攫うかにみえた加賀型。だが結局両者は41㎝砲を背負うことはなかった。そして時代は戦艦から空母へ。戦艦の時代は終わったのだ。

 

「戦艦なんて過去の遺物。なんでまた上層部もそんなものを」

「……一尉も、最近の戦況はご存知だと思います」

 物部はそう言う。小河原はだらりと体重をソファに預けたまま、ゆっくり目を閉じた。

「あぁまあ……そうねぇ」

 最近の戦況。

 

 それは航空攻撃によるアウトレンジ戦法が決して盤石でなくなったことによる戦術の変化のことだ。各戦線の主張は『空母よりも戦艦を!』であり、その不足は外国籍の戦艦を引っ張ってくるほど深刻だ。

 

 もちろん空母が完全に要らない子になったわけではないが、最近では量産型正規空母の雲龍型が戦列に加わり、旧式である加賀型空母の存在感は薄れてきている。

「……まるで逆行だな」

「逆行?」

 物部はオウム返しに聞く。小河原は目を開き、体を起こした。

「深海棲艦への序盤の対処は|誘導弾≪ミサイル≫、次はロケット加速弾体を用いたロングレンジ射撃、艦娘登場後は視界内での電探補助射撃、電探が有用でなくなってくると今度は着弾観測……空母から戦艦に重点が置かれるようになったのも含めてみんな逆行だ。そう思わないか?」

「……」

 やや沈黙。小河原は不味そうに残りの煙草を燃やした。

「悪い、話がそれたな……で、なにを話そうとしたんだっけ」

「改二のあり方です」

「あぁそうそう、改二の在り方」

 小河原はまた座りなおす。

「今の話一通りで、まあ戦艦加賀の境遇は決して良くなかったとこが分かると思う」

「……はい」

「ではここで考えよう。改二とは何なのか……改二の特性は?」

「えっと……」

 物部は一通りの改二艦娘を思い浮かべてみる。

「特化……ですか?」

「そ、特化だ」

 駆逐艦響は対潜能力の向上を望んだ。それは彼女の妹がいずれも潜水艦の餌食になったからだ。二度とそんな思いをしたくなかったからだ。

 戦艦霧島はとにかく火力向上を望んだ。金剛型は古い型であるが、戦場に言い訳は許されない。今度敵の新型と鉢合わせた時には殴り飛ばせるように。

「普通に考えれば改二なんかより新型を作ったほうがいいはずなんだよ。きっとそっちのほうが予算もかからない様な気がするし、いくら能力が上がるといったって極端に向上するわけではない」

「……」

「じゃあなぜオーダーメイドの改二を作るか。改二の許可を出す上層部は何を考えてる?」

 答えに詰まった物部。すると小河原は胸のバッチを外して、そして机に置いて見せた。

「これは何だと思う?」

 そう問う小河原。胸につけるバッチといえば部隊章か戦功を示す略綬だ。

「略綬ですか?」

「いや違う。安価な素材で作られたタダの板だ」

「え……」

「でも俺はこれを誇らしげに胸に飾ってる」

 

 小河原はその安物板へと優しい視線を注ぐ。

 

「……改二ってそんなもんなんじゃないかな? 祖国のために貢献した兵士に贈られる称号。艦の名誉として贈られる権利……たぶんそれは役に立たない下手な勲章よりずっといいものだ」

 小河原は立ち上がると制帽を被る。これは俺の主観だから聞き流してほしいんだが……と前置きしつつ続ける。

「艦娘加賀の名声は空母としてだけじゃない。その立ち振る舞いやデスクワーク全般における能力の高さ、前線指揮官としての素質。彼女は恐らく戦艦としても活躍できるだろう……だが一方で、彼女には権利があるはずだ」

「権利……」

「改二は名誉であると同時に理想を目指す権利だ。古鷹の改二の時、俺はあいつに高角砲を自動化すべきだと言った。でも彼女は完全手動の不便なシステムを使うと譲らなかった。それどころか余ったリソースで探照灯の出力を上げやがった……それが彼女にとっての理想だから」

 外野の俺らに、口を出す権利はない。小河原のそのセリフは、きっと壁の向こうの上層部に向けられているのだろう。物部はそれにどう返せばよいのか分からなかった。

「しかしそれと同時に、現実とも向き合わなきゃいけない。改二になった後も戦いは続くんだ。指揮官の下で戦い続けることが出来るかは問題だ」

 歴史の中で多くの兵器が生まれた。どれも理想を目指したものだった。しかし、全ての兵器が満足に活躍できたわけではない。

「また一方で、指揮官もその理想を叶えるために努力しなきゃいけない。改二の理想と目的を共有し、そして指揮に活かす」

 小河原は何かを仰ぎ見るような表情でそう言った。それから物部に視線を戻す。

「こんなことをあの御仁(かが)の前で言ったら『上の命令に従うまでです』と言いかねなかったからな……お前にだけは言っておきたかった」

 笑う小河原、物部もつられて笑う。

「はは……でも、加賀さんはそこまで硬いヒトじゃないですよ?」

「そうかい、まあそんなら……後はお前さん次第だな」

「え?」

「部下は上司がいるから部下なんだ、しっかり導けよ『提督様』」

 それだけ言うと小河原は執務机の方へと向かう。助言の時間は終わったらしかった。





どうもこんにちは。ハーメルンの艦これ二次では通常兵器有効説を掲げる異t……え、この流れは何話か前にやった?
これは失礼……どうもこんにちは。帝都造営です。

自分は普段、艦娘同士が戦うシーンを書かないし、ましてや艦娘と提督が楽しげに会話するシーンなんて書いたこともない。そういう意味では、新しい経験も出来たこの企画は楽しかったですね。企画主さんには感謝です。
あ、そこの対策室所属のあなた! 大丈夫、私が持ってきたキャラはNOT改変です。この世界観なら「彼はこうするだろう」と考えつつ書いているだけです。
いつか本編の彼にも、こういう【たのしいにちじょう】を過ごしてほしいなぁ……。
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