艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~   作:GF-FleGirAnS

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戦ぶねと共にあり


海を征く

 

 

 久川がタブレット端末から伸びるコードを引き抜いた。朝方にも関わらず、すでに疲れ切った顔をしている。

 

「まぁ、こんなもんかね。加賀」

「はい」

「そっちの回転数どうでとる?」

「3,500です」

 

 それを聞いた久川が満足げに頷いた。

 

「合致確認。やれやれだ。連装砲ちゃんの整備も含めて突貫じゃったが、なんとか間に合ったか。とりあえずのセッティングはこんなものかのう……平河さんからは何かあるかのぅ」

「こ、高速域へのインジェクションの切り替えのタイミング、一瞬だけ主機が息継ぎ、します。出力が下がってから跳ね上がります。そこだけ、気をつけてください」

「了解しました」

 

 加賀がその言葉に頷く。

 

「ならこんなところじゃろう。どれ、なにか苦しいところとかはないかのぅ?」

 

 前よりも少し軽くなったような印象すら受ける艤装を背負って加賀はゆっくりと立ち上がった。それを見て久川は満足げに頷く。

 

「ありません」

「ん。なら微調整は演習戦の後じゃな。まぁ演習管制はわしがするし、モニタリングには平河主任が担当するけぇ、まぁ大丈夫じゃろう、のう? 平河主任」

「ぁ……はい、頑張り、ます」

「じゃそうだ。まぁ前みたいに我を忘れなければ大丈夫じゃろう」

 

 その言葉を聞いて加賀がどこか表情を引きつらせた。それを見てどこか苦笑を浮かべる久川。物部も似たような表情だ。平河はどこか目を伏せながら何かをいじっている。

 

「まぁしっかりと演習海域を確認しとれば大丈夫じゃろう。しゃきっとしんさい」

 

 そう言って肩を竦める久川が思い出したように手をポンと打った。

 

「そうじゃったそうじゃった。これを忘れたら睦月ちゃんに怒られる」

 

 ごそごそとポケットに手を突っ込み、久川はそういう。ポケットから出した何かを加賀に手渡した。

 

「これは、お守り?」

「ばりっちゃんと睦月ちゃんが持ってきてくれてのぉ。白山比咩(ひめ)神社のものじゃときいとる」

「……艦内神社のあの比咩神社ですか? そのためにわざわざ北陸まで?」

「『丁度舞鶴の方に行く用事があったからそのついで』ときいとる」

「……ありがとうございます」

「お礼は睦月ちゃんとばりっちゃんに言いんさい。あの二人も喜ぶ」

 

 久川はそう言って顔をくしゃりと歪めてそう言った。

 

「お前さんの艤装は特種兵装開発実験団(うち)でも特殊なもんになる。それでもきっとお前さんなら使えこなせるはずじゃ。それを信じとる」

「はい」

「物部三尉、うちの艤装をよろしく頼む。空母からのコンバージョンは初の事例になるけぇ、かなりピーキーな運用を強いられることになる。綱渡りになることもあるじゃろう。艤装のせいで進めんこともあるかもしれん。それでもここから先はお前さんたちの進む道じゃ。わしらには支えることはできてもここから先を切り拓くことはできん。お前さんたち自身で切り拓くしかない」

 

 そう言われ物部提督は神妙な顔で頷く。

 

「その刃となり、盾となり……そのための力となるよう、わしら技術屋が文字通りの総力をあげて作り上げた艤装じゃ。加賀も物部三尉も、その力を存分に活かしてほしい。それを見れるのが技術屋の誉れじゃ。少なくともわしはそう思っとる」

「……その誉れを」

「うむ。お前さんと物部三尉の二人で、な。きっとその子たちもそれを喜ぶじゃろう」

 

 久川の視線の先には加賀の主兵装たる41cm径の砲身を積載した大柄な自律型攻撃ユニット群――――五基の連装砲を見た。

 

「お前さんの空母時代の癖に合わせてチューンしてあるはずじゃが、水上の二次元的なコントロールと艦載機のコントロールは異なる。気を付けんさい」

「はい」

「わしから言えるのはこの程度じゃ。この子たちがお前さんの力になることを、心から願っとる」

 

 加賀に向けて頷いて久川は穏やかに笑った。その笑みがすっと引き締まった。

 

「柄にもないことを()うとるな。忘れてくれ」

「いえ、私たちがそれだけの思いを背負うことになることを、改めて覚悟しました。感謝します。二佐」

 

 加賀が敬礼の姿勢を取る。物部がそれに続き、久川がゆっくりと右手を額に添えた。

 

「君たちが……この海を切り拓く鏑矢となることを、切に願う」

「必ず」

 

 端的に返ってきた物部の言葉に満足げに頷いて、久川が敬礼を解いた。

 

「具合が悪くなったらいつでも()んさい」

 

 それに答え、その部屋から出るべく加賀がドアに手を掛けた。

 

「行きますよ」

 

 加賀が声をかければ加賀の後ろを歩いていく41センチ連装砲ちゃんたち。それをどこか慈愛に満ちた表情で見る加賀。

 

「では、失礼します」

「武運を祈っとる」

 

 そういう久川と物部を部屋に遺して外に出る。部屋を出た先の廊下の壁によく見知った影が立ってるのを認め、加賀があからさまに眉を顰めた。

 

「いよう」

「……小河原一尉。なにをしているんですか。なにかご用事でも?」

「今日の演習相手に挨拶するのは十分に用事といえないのか?」

「……そうですか」

 

 小河原は不機嫌そうな加賀とは対照的に上機嫌そうだった。その上機嫌ば小河原を見て加賀が不機嫌になり、それを見た小河原が……とありがたくもなんともない無限ループに入りかけたタイミングで物部が慌てて話題を変えた。

 

「そういえば、古鷹さんは……」

「もう出撃体制を整えてるよ。なんでも前回は砲戦で空母()()()に不覚を取ったことがそうとう堪えてるようでね、今朝からずぅっと瞑想してるよ。やれやれだ、うちのじゃじゃ馬は君を本気で沈めにかかる気だけど、大丈夫かい? 空母の嬢ちゃん」

「訂正を願います。既に私は()()加賀、空母ではありませんよ、一尉。それに前回は私にとっても不完全燃焼だったので望むところです……ところで一尉、この後古鷹に会うなら言伝をお願いしても?」

 

 加賀の声に小河原が軽く笑った。

 

「おー、戦隊指揮官を連絡士官(リエゾンオフィサー)扱いとは、戦艦になって人の扱いも覚えたかい。まぁいい。取り次ぐよ。で、ご用件は?」

「『鷹の焼き鳥を味わっていただく約束をどうぞお忘れなく』と一言一句そのままにお伝えください」

「ふふっ。いいだろう。伝えておくこととしようか」

 

 小河原が至極面白そうな顔をして快諾する。そのまま加賀に向け口を開いた。

 

「加賀、君はあっちの第一ドックからの出撃だろう。物部提督を借りてくよ。指揮管制所は逆方向だからね」

「……変なことを吹き込んだら承知ません」

「そこまで信頼ないかなぁ」

「日ごろの行いを顧みてから仰った方がよろしいかと」

「まぁまぁ加賀さんも落ち着いて」

 

 物部は小さくため息をついてからそう言った。加賀が渋々黙る。

 

「加賀さん、頑張りましょう。演習とはいえ、戦艦加賀としての初陣ですよ」

「当然です。負けるつもりもありません」

「僕もです。貴女に負けさせるつもりもさらさらありませんよ」

「ほぅ。演習先の指揮官の面前で言うようになったね、物部()()

 

 皮肉めいた言葉に加賀が鋭い目を向けるが、物部は淡い笑みを浮かべ、肩を竦めるだけだった。何も言わない物部を見て加賀も溜息をつく。

 

「行きましょう、小河原一尉。加賀さんも、演習で」

「はい」

 

 そう言い合って互いに背を向ける。小河原は物部の後ろを歩くようにしながら軽く背を丸めた。

 

「……小河原一尉」

「どうせ加賀に聞かれたくない話があったんだろう? だからこっちに付いてきた、あってる?」

「……さすがですね」

「これでも深海棲艦が敵対的危険生物と呼ばれていた黎明期からこの組織にいるんだぞ。軍は戦闘組織である前に巨大官僚組織だ。機微には嫌でも敏感になるさ。それで、話って言うのはなんだい?」

 

 後ろから響く含み笑いに振り向かず、物部は続けた。

 

「そうですね。貴方が仰った改二の意味、うまく導けと言ったあなたの言葉。その返事をしていなかったので、しておこうかと思いまして」

「ほーう、先輩冥利に尽きるね。元々言い逃げのつもりだったんだが、いやはや、答えが返ってくるとは思ってなかったよ」

 

 軽薄な言葉を耳にする。おそらく肩でも竦めながら笑っている、そんなところだろうと物部はあたりを付けた。

 

「それで? 物部特務三尉殿はそれから何を学んだ?」

「貴方の言葉は、的を得ているが本質ではない。そう思いました」

 

 足が止まった気配を感じ、物部は振り返る。能面のような無表情を張り付けた小河原を見て、物部も笑みを消した。

 

「……続きを聞こうじゃないか、特務三尉」

「改二とは、名誉と同時に理想を追い求める権利だとあなたは言いました」

「そうだね。確かに言った」

「確かにそれは的を得ているでしょう。自分の意志で前に進む。自分の力で前に進むことを選ぶ。その権利の取る形が『改二』というシステムになる。それは間違いではないと思います。ですが、それだけが本質ではありません」

 

 ほう、と感心したような馬鹿にしたような曖昧な色を帯びた返事が帰ってくる。それに続けて小河原が言う。

 

「先達の経験を生かすためというつもりかな?」

「それもあります。一から経験を積ませるコストを考えるなら改二も十分有用性があるでしょう」

 

 そう言って少し間を置いた。

 

「きっと本質はもっと身勝手でもっと単純なものなんだと思います」

「というと?」

「一尉はなぜ軍人になりました?」

 

 話題がいきなり飛んだが、それで理解したのだろう、小河原が含み笑いを浮かべた。

 

「なるほどなるほど、確かに本質だ。誰かを守るための力を得る。何かを守るための更なる力を得るための技能証明か」

「戦場は強くなければ生き残れない。そして生き残るだけではなく、何かを成さねばならないのが軍人です。私もあなたも、もちろん彼女達も」

 

 いつ何時も凛とした表情を崩さないその人を思い浮かべながらそう続ける。

 

「改二は、更なる技能とそれを身につける可能性を得ることを示します。それを成すに足る人材だと認められた証であり、それを受け戦場に戻るのは、誰かを守る責務と覚悟を持つ証明なのではないでしょうか」

「なるほど、確かに道理だ」

 

 小河原はそう言ってわざとらしく顎を撫でた。目で続きを促す。

 

「その覚悟は誰かと比べられるものでもないし、それを導き、矯正できるほど、僕はできた人間ではありません。僕にできるのはその背中を守ることです。最前線に立ち、体を張る彼女たちの背中を、僕が守る」

「青いな。感情で論を進めるのはヒトとして正解だとしても、軍人としては失格だ」

 

 小河原は即答で否定する。いつになく真面目な瞳だ。

 

「何のために、軍隊に絶対的な階級があると思っているんだ。それは単純。命令を下し、それを厳格に守らせるため。そして何より――――その命令で誰かが死んだとき、()()()()()()()()()だ」

 

 そう言って言葉を練るように小河原は僅かに間を取った。

 

「誰かが死ぬようば命令を下さねばならなかった。その状況を呪い、その命令を呪い、自らを呪わざるを得ない。そんな状況でも生き延びて次善策を打つためだ。君は()()()()個人的な好意でその(タガ)を外す気か? 君のその青い考えが部下を殺す」

「そこです。私が『的を得ているが本質ではない』と言った場所はそこのことです」

「……なんだと?」

「小河原一尉の言動にはどこか、ちぐはぐなところがあるように思います。あなたは艦娘の心意気や覚悟を認めています。でも最終的にはそれを見ようとしていません。最終的に『提督』が『艦娘』を導くと、艦娘に一方通行の信頼を押し付けているように思います。なぜです?」

 

 小河原と相対し、真正面から視線を交わす。その態度をどこか面白くなさそうに鼻を鳴らすことで受けた小河原が口を開く。

 

「さっき言った通りだ。その考えが部下を殺すからだ」

「そうでしょうか? 僕はそうは思いません」

「ならどう思う? この優しくも甘くもない世界で、自らの部隊が壊滅する可能性がないとでも? 壊滅的な被害を受けるような指揮を自分だけはしないとでも?」

「僕はそこまで自信家ではありません。ですが、だからこそ僕は部下を信じます。身近に守りたい人がいるということはきっとマイナスにならない。部下を、その人を守るためなら、僕は全てを賭けられる」

 

 そう言って物部は自分の掌を見下ろした。

 

「自分一人では到底無理なことも、力で合わせればできるかもしれない。その可能性を増やすために皆が努力し、前に向かう。……助け、助けられながら皆で前に進む。そうすれば必ず成功するわけではないけれど、その可能性を増やしていける。そのためには、皆を信じ、信じあって肩を並べることができなきゃいけない」

 

 物部は強く拳を握った。

 

「僕は……いえ、私は艦娘を導くことはしない。できない。それでも同じ視点で一緒に汗を流し、前に進むことができる。そして私はそれを成す。そのために、私はここにいる」

「……君は人格者だな」

 

 言葉の裏に『軍人としては失格なほどに』という棘が潜む。それを物部は一度見ないふりをした。

 

「そうした人格者、いわゆる『いいヤツ』から退場していくのが世の常だ。『いいヤツほど早く逝く』ってよく言うだろう? 理由は単純。(うつつ)を抜かして夢見がちだからだ」

 

 能面のような無表情を保ったままそう言った。

 

「君はがやろうとしていることは第二次世界大戦中の軍人様御自慢の精神論と一緒だよ。それに君は気が付いてるかな?」

 

 それは問いかけの形になっているが、問いかけではない。小河原は既に答えを知っているかのように続けた。

 

「戦場を俯瞰し、皆を率いて何かを成さねばならない現実に目を向けていない。戦時中は大日本帝国のために盲目となり、今、君は個人の感情のために盲目になった。……それで何が守れるか、とても見ものだ」

「私はそこまで悲観しません。背中を預かる部下を、見捨てることなどできません。見捨てなくとも守り、勝てることを……私が証明してみせる」

 

 その答えに、初めて小河原の視線が落ちた。くつくつと笑いだす。その肩の揺れが大きくなり、笑い声が弾けた。大口を開けて天井を仰ぐようにして笑う。小河原が目元を覆うように左手を当て、言葉を紡ぐ。

 

「……久々に大笑いさせてもらったよ。いいねぇ、そこまで言い切った人格者は初めてだ」

 

 小河原の左手が除けられたとき、物部は一瞬息を詰まらせた。笑みを張り付けたその顔だが、その目元はぞっとするような感情が浮かんでいた。物部がそれを敵意だと理解するまでに数瞬の時が必要だった。

 

「そこまで言うなら証明して見せろ、物部特務三尉。俺の見つけた命題に反例を示して見せろ」

 

 そう言って小河原は物部の方に寄るように歩みを進め、すれ違う。

 

「それがただの過去の模倣と成り下がるか、新たな歴史の1ページとなるか、見極めさせてもらおう。それまでの犠牲が少ないことを、そしてその挑戦が国益に適うことを、心の底から願っているよ。物部湊特務三等海尉」

 

 そう言い残し、小河原は物部の横を過ぎた。物部がまた歩き出す気配を感じながらもと来た道を戻る。その横に一人の影が並ぶ。

 

「どうだね、実験団(うち)の新入りは」

「甘ちゃんで話になりませんね、どうしてわざわざ軍隊に引き入れたのかわからない程ですよ。貴方が肩入れする理由も同じくわかりませんけどね、古賀海将補」

 

 名前を呼ばれ古賀は小さく笑う。

 

「なに、歳を取るとああいう無鉄砲さが羨ましくもある。がむしゃらに理想を追い求め、それに向かって努力する。身の程知らずだとしても、挑戦するのは自由だ」

「その理想のせいで(いたずら)に味方を殺し、消費することになる。それでも貴方は同じことが言えますか?」

 

 どこか反感が混じる物言いをする小河原だったが、古賀はそれを嗜めなかった。どうせ他には誰も聞いていまい。

 

「言えないさ。もし言えていたら、私は良くも悪くもこんな所にいないだろう。だが、人間はなんらかの不可能に対して知恵を絞ることで生存可能域を拡張してきた。火に電気、大気に土、人間自身……それらの機能を知識や技術で拡張し、荒地であろうと、水上だろうと、人間は生きていけるようになった。その結果として人間は空を飛び、月にまで人の足跡を残し、今では海の上を歩けるようになった」

 

 どこか嬉しそうに紡がれる古賀の言葉を小河原はただ淡々と聞いている。何を言いたいのか掴みかねていた。

 

「それらの革新には必要性があったのは当然として、並々ならぬ情熱と莫大な犠牲が存在したはずだ。それらを許容して初めて、人間は新たな技術やシステム、社会を受け入れ、困難を乗り越えることができる。―――物部君もまた、我々が超えられなかった困難に挑戦しようとしている。その可能性と意気込みは評価されるべきものだろうと、私は思うよ」

 

 その答えを聞いて、小河原は溜息をつき、頭を掻いた。

 

「その挑戦の合間に、艦娘が消耗しすり潰されたら、誰がこの国を守るんです?」

「その時はその時さ。ポスト艦娘システムができているかもしれないし、また自衛空軍(ソラ)の時代がきているかもしれない」

多用途戦闘機(マルチロールファイター)全盛期がもう一度到来したところで、もう古賀海将補が戦闘機に乗ることはないでしょうに」

 

 その皮肉めいた返しに、古賀が苦笑を浮かべる。

 

「単に例えの話だよ。まぁ、万が一にもこの老体が戦闘機に乗らなければどうにもならなくなる前に誰かが対策をするさ。そのために自衛海軍は何万人も優秀な人材を抱えている訳だ。当然、君のように地に足をつけ思考する人材は常に必要だ」

「……同時に理想に現を抜かす人材も必要ということですか」

「皆同じ方向を向く組織の場合、管理は楽でも、その先には機能不全の果てにある緩慢な死だけが待つ。それを防ぐだけでも給料分の働きとして釣り銭がくる。それに自衛海軍の軍人としての新たな可能性を示しうる。もう『あがり』が見えている老害の一人ぐらいはその可能性に賭けても許されるだろう」

 

 古賀の言葉にどこか呆れた表情をする小河原。気にせず古賀が続ける。

 

「甘い理想だとしても、それも挑戦するのは自由だ。その結果として愛するものの慟哭や叫喚を聞き、落涙や憤激の表情を見ることになるとしても、それを受け止め背負う覚悟さえあればね」

「それを指摘してやらないんですか? その覚悟があるか限りなく不明ですよ」

「言ったところで意味はあるまい。常に現実はその覚悟を超える。自らの体で知るしかなかろうよ」

「古賀海将補は物部特務を応援したいのか潰したいのか、どちらなので?」

「不器用なのはお互いさまだろう。物部君も私も――――もちろん君も」

 

 そう言われ言葉を詰まらせる小河原。してやったりと言いたげな顔で古賀が続けた。

 

「物部君と戦艦加賀。我々海軍が新たに得た可能性だ。その二人がどんな未来を描くか、とても楽しみだ。どうだね、小河原君、それに乗ってみる気はあるかね?」

「御免被りますよ。そんな博打で犬死するにはまだ若いと思っているんで」

「そう言うと思ったよ。それでいい」

 

 話している間にも作戦指揮所へ続く階段まで来ていた。古賀がポケットから取っ出した無線のイヤホンとピンマイクを慣れた手つきで付けていく。無線送受信切り替え器(プレストークスイッチ)を左手に引っかけ、古賀が笑った。

 

「さて、いよいよ戦艦加賀と君の秘蔵っ子の戦闘の訳だが、自信のほどは?」

「私の部下(ふるたか)が負けるとでも?」

 

 その言葉を聞いて満足げな表情をして、古賀が指揮を行う管制所に繋がるドアを開けた。ガラス越しでも十分鋭い陽の光が二人の眼を射る。

 

 絶好の演習日和だ。

 

 

 

 

 

 

 主機の始動が完了し、主機始動用のスターターや外部電源が切り離された。息を吸って、2秒、息を止める。

 

「こちら加賀――――出撃準備完了しました」

《こちら物部、出撃準備完了 了解です。なにか問題はありますか?》

「いえ、まったくもって順調よ。これなら戦えます」

《そうですか。……加賀さん》

「なにかしら」

 

 いつになく真剣な物部の声が無線越しに響く。目の前の海は穏やかでそれを見ながら声をかける。

 

《勝ちましょう。加賀さん。僕には荷が勝ちすぎるかもしれませんけど、それでも僕があなたの背中を守ります》

「……提督?」

《僕があなたの目になります、あなたの耳になります。僕はあなたと一緒に闘いたい》

 

 その言葉に加賀はゆっくりと目を細めた。そのまま目を閉じる。

 

「提督」

 

 道着のような制服は空母の頃から変わらない。その服に丁寧にしまったお守りを思う。お守りに触れながら憎まれ口ながら応援してくれた駆逐艦を思う。横でどこか無垢な表情を見せる自らの新しい武器―――41センチ連装砲を思う。それを仕上げてくれた久川や平河を思う。

 

 ――――そして、無線越しで加賀の言葉を待っているであろう、加賀にとってはただ一人の提督を想う。

 

「私は、一人ではないのですね」

《もちろんです。私も、皆も、あなたの味方です》

 

 加賀はそれを聞いてゆっくりと深呼吸をした。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「では私が、戦艦加賀が貴方の剣となり、翼となりましょう。一緒に闘っていただけますか、提督」

 

 無線の奥は一瞬の沈黙。

 

《――――僕でよれば、喜んで。加賀さん》

 

 その答えが帰ってくると同時、出撃の許可が下りた。第二演習海域への進入が許可される。

 

「出撃許可を確認しました。提督、指示を」

《原速赤20で前進、演習海域の西端から進入。待機位置まで前進してください》

 

 よどみなく返ってくる答えに満足しながら、加賀はゆっくりと体を海の上へと進める。

 

「……提督」

《どうしました?》

「よろしければ私のことは『加賀』とお呼びください。親しき仲にも礼儀ありとはいえ、背中を預ける仲間がよそよそしいのは少し寂しいものよ」

《わかりました、えっと……加賀》

「わかったで十分です」

「……わかった」

 

 どこか戸惑った表情をしているのだろうと想像しながらゆっくりと陽の射す海原へと体を滑らせる。

 

「演習海域へ進入、規定位置に進みます」

《速度増減なし、進路そのまま》

「了解」

 

 演習海域の向こう側、視程ギリギリで何かが光った。演習相手を務めてくれる古鷹だろう。そう思ったタイミングで無線機が入感を示した。演習で利用する共用周波数で入感していることを確認して、無線をとる。

 

「不戦勝の申し入れなら聞く気はありませんよ、古鷹」

《気にしなくても大丈夫です。そんなことをしたら重巡洋艦としての恥になりますから》

「そう、ならいいわ。やっとこれで真正面から殴り合えるわね」

《ですね、前回は両方『沈』で勝者なしでしたからね。あんな終わり方はもうごめんです》

 

 それは同感だった。勝負する以上、しっかりと勝敗をつけたいものだと思う。

 

《まさか、前回よりも射程が伸びたから勝てるみたいな甘い考えを持ってたりします?》

「それなら空母をやめて戦艦になんてなっていません。空母の射程は三桁キロですからね」

《そうですか? 砲戦の射程と戦闘域を区別できない状況ですけど、大丈夫?》

「そんな風に()()を甘く見てると痛い目に合いそうですよ、先輩」

《そうですね、気をつけましょう。……前回の約束、果たせるといいですね》

 

 そう言って古鷹が無線を一方的に切った。少なくとも小河原は古鷹にちゃんと伝言を伝えてくれたらしい。

 

「……負けるわけにいかなくなったわね」

 

 無線を切って呟く。あの人の前で「貴方の剣になる」と言いきったばかりだ。格好悪いところは見せられない。

 

 私は一人ではない。あの人の剣として、あの人の翼として、この危険だらけの海の上で健常であらねばならない。どれだけの困難が待ち受けているかは知らないが、それを成さねばならない。

 

 その決意を固めたタイミング―――――警報が鳴った。この音は。

 

「――――敵襲、ですか」

《みたいですね。残念です。やっと加賀さんとやりあえると思ったのに》

 

 古鷹との無線の合間に別の通信が割り込んだ。至急電だ。

 

《古賀だ。大島警戒線に深海棲艦が接触した。主力艦隊が既に出払っている状況で動けるのが限られるため、実験団も要撃体制に入る。現時点をもって演習WT0205160113YSを中断、戦闘出撃の用意にかかれ》

《こちら物部、加賀は南回りで回頭、真方位2-6-0へ転進し出撃ドックへ。実弾に換装します》

「了解」

 

 すぐに踵を返すようにして来た道を戻る。出てきたドックが遠くに見えるが、そこではすでに誘導灯が煌々と灯っている。そこ目指して速度を上げる。

 

《作戦をお上が承認した、ミッションナンバーEI0205160128YS。実験団所属全艦、緊急出撃用意。当面の指揮は私が統括する。久川二佐、センター所属艦の状況は?》

《こちら久川。睦月が対空装備ですぐに出せる。伊58と呂500が間もなくドックイン。出撃予定時間はネクスト03。夕張は試製長射程榴弾砲の試験装備のままじゃから換装するなら時間がかかる。体良く実弾も揃っとるからそのまま出すぞ》

《了解、まかせます。指揮はこちらで預かります》

《沈めたら承知せんぞ》

《そこは私を信頼してください。久川さん》

《こちら小河原、水上戦は何とかしますけど、空戦はどうする気です? 大型作戦のために空母系が軒並み出払ってるんですけど》

《そんなことを私が知らないとでも? 横田から要撃機(SC)が上がった。それで対応する》

《航空基地からの応援ってことっすか。どんなコネ使ったのやら》

《君には言われたくないな、小河原一尉。それに、使えるものは使うしかあるまい。近々太平洋の向こうからお客様がくるというのに》

《そろそろ海路を開けないとまずいですしね》

 

 無線が一気に騒がしくなるなか、出撃ドックに滑り込む。火器管理兵(ファイア・オードナンス・クルー)がすぐに駆け寄ってくる。

 

「缶は落とさなくて大丈夫です。すぐに換装します。マスターアーム・オフ、チェックを!」

「カットオフ、チェック。できる限り急いで」

 

 演習弾のカートリッジを連装砲が排出、新しいカートリッジがドックに運び込まれる。安全ピンを示す赤いリボンかこれでもかと揺れる。

 

「加賀さんっ!」

 

 隣のドックから幼い声が飛び込んできた。そちらを向くと既に艤装を背負った睦月が笑顔で手を振っていた。

 

「一緒に出撃は初めてなのですっ! 護衛なら睦月にお任せにゃしぃ!」

「期待しているわ。お願いね」

 

 睦月が嬉しそうに返事をして、安全ピンを作業員に渡し、海面に向け一気に飛び降りる。走ってきた勢いを利用し、一気に外の海原へと飛び出していく。一気に海上に出るのはバランスを崩しやすく事故につながりやすいのだが、睦月はここでは古参の部類だ。そんなヘマは踏まないのだろう。

 

「換装完了、いつでも出れます」

「ありがとう」

《加賀、出撃を承認。交通用認識符号(SIF)は7777にセット、海上交通センターから最優先交通権が承認されています。最速で浦賀水道を抜けてください》

「了解。加賀、出撃します」

 

 速度原速度赤黒なし。ドック内にいた整備員が一斉に敬礼した。それに答礼を返しつつ、速度を上げていく。沖では睦月と陽炎が待っていた。加賀は睦月がいることは知っていたが陽炎までいるとは知らなかったこともあり、少し面食らう。

 

「なに狐につままれたような顔してるのよ」

「いえ、貴女がいるとは知らなかったので、陽炎」

「一応私も予備艦艇(リザーブ)扱いだから。便利屋じゃないんだから、緊急出撃に組み込むのは勘弁してほしいわ」

「使えるものは使う、そういうことでしょう」

 

 振り返ると同じく模擬弾から実弾に取り換えていたらしい古鷹とやたらと長い砲を背負った夕張が見えた。

 

「今動けるのはこれだけですか」

「足元にごーやちゃんとろーちゃんがいるのです」

 

 睦月の声に頷く加賀。

 

「まぁ、後続の部隊がくるでしょうけど、初動はこれだけかもね。どう? 初出撃だからやっぱり不安?」

 

 からかうような視線を送る陽炎に加賀は――――珍しく、笑みを浮かべた。

 

 これだけの味方がいて、新たな力強い武装があって、無線の奥には―――――あの人がいる。

 

 あの人の剣となり、翼となる。この先にはどれだけの困難があるかはわからない。その困難を乗り越える為の力が加賀(わたし)にはないというのだろうか―――――否。

 

 視線の先には青い海。穏やかな海の向うには私の、私達の戦場が待っている。それを見据え、自身の気概と誇りを胸に、高らかに宣言する。

 

 

 

 

「鎧袖一触よ、心配いらないわ」

 

 

 

 

 戦艦加賀が横須賀を発つ。船出を知らせる汽笛が鳴った。

 




最終話までお読みいただきありがとうございました。オーバードライヴです。

……最終話いかがでしたでしょうか?

今回の合作、執筆者それぞれがオリジナルのキャラクターを持ち寄り、また、使いたい艦娘をそれぞれ一人ずつ選んでそのキャラクターを中心にストーリーを展開するという形で執筆しました。最終話なのもあり、その割り振りを残しておきます。

艦息提督さん考案
物部 湊 特務三等海尉(自衛海軍 特種兵装開発実験団 実験艦隊 司令官)
加賀(特種兵装開発実験団実験艦隊所属艦)

帝都造営さん考案
小河原 淳 一等海尉(自衛海軍 浦賀水道警戒隊 司令官)
古鷹(浦賀水道警戒隊所属艦)

エーデリカさん考案
古賀 篤 海将補(自衛海軍 特種兵装開発実験団 司令長官)
陽炎(特種兵装開発実験団所属艦)

オーバードライヴ考案
久川 隆三 二等海佐(自衛海軍 特種兵装開発実験団 特種兵装研究センター センター長)
睦月(特種兵装開発実験団実験艦隊所属)

提海 蓮さん考案
平河 京太(株式会社 八重コンピュータシステムズ 研究員)
夕張(特種兵装開発実験団 特種兵装研究センター所属艦)

……と、こんな感じでキャラクターを振り分け、そのキャラクターが中心となる話はそれぞれの作者が書く形を基本としました。文体やノリを見てると誰が何を書いているかわかった方もいらっしゃるかもしれませんね(ちなみにあとがきでは一話を除いてその回の執筆量が多い人が登場しています。最終話はオーバードライヴが大暴れしたため……というより全てオーバードライヴが執筆したため、今こうやってあとがきをこねくり回しています)。


今回の合作は艦隊これくしょん~艦これ~のサービスイン3周年を記念して行おうというものでした。

私、オーバードライヴはWeb版をプレイさせていただいている『提督』であり、そのゲームに惚れ込んで長いことプレイさせていただいているユーザーです。その自分が艦これを祝うならなにができるだろうと考えました。活字を使って世界を切り取る字書きの端くれである以上、私は筆を使ってそれを祝う他ないと思い、この企画に参加しています。12月から始まった編纂会議は決して平坦なものではありませんでした。容易にできたとは口が裂けても言えません。それでも『参加してよかった』と言えると思っています。

これにてGF-FleGirAnSによる艦これ三周年記念合作『艦隊これくしょん~抜錨! 戦艦加賀~』は完結となります。

最後になりますが、皆様に謝辞を。

戦艦加賀の着想と素晴らしい日常系の話を展開してくださった艦息提督さん。世界観の考察や史実知識などで世界観を支え、堅実な文章を紡いでくださった帝都造営さん。編纂会議のスケジューリングや校正作業等の縁の下を力強く支え、心象の機微に溢れる文章を寄稿してくださったエーデリカさん。主催として場を提供していただいた提海 蓮さん。ありがとうございました。



そしてなにより、最後の最後まで読み進めていただいた、読者の皆様に、最大級の感謝を。本当にありがとうございました。



皆様の良いハーメルンでの読書・執筆の時間が送れることを願い、提督勢の皆様にはすぐそこに控えた2016春イベントへのエールを送り――――執筆者のわがままとして、この合作が少しでも長く皆様の心に残ることをひっそりと願いつつ、このあたりで筆を置かせていただきます。

改めまして、本当にありがとうございました。それではまたどこかでお会いしましょう。

最終話あとがき担当:オーバードライヴ
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