俺の部屋はかなり質素だ。
ペットもいないし、写真や貰い物の類もなく、ある物といえば道具箱、鏡、本棚、そしてベッドくらいだ。それ以外の物に必要せいを感じないというのもあるが、武器や防具に金をかけたいという理由の方が強いだろう。
誰も来たことがないこの部屋には、装飾品がいらないというのもある。だがどんなにこの部屋が地味でも、俺は気にしていない。寝る場所と物を置く場所があれば十分だ。
「砥石、持った。回復薬、持った。ハチミツ、持った……」
埋立地というのがあのおっさんが言っていたように、悪夢と絶望しかない場所ならば、忘れ物は命に関わる。強走薬グレートや秘薬も惜しみはしない。
戦闘の過酷さは、ウカムルバスとやりあった時を超えると想定した方がいいだろう。
クエストの内容自体は簡単だ。夜な夜な現れるというジャギィを1匹狩るだけ。慣れない場所での仕事いうのもあって、昼は埋立地の見学権が与えられている。
昼のまだ明るいうちに埋立地内の地理感を掴み、逃走経路や罠をしかけるポイント、薬草などが取れる地点を頭に叩き込む。それが一番無難な動き方だろう。
「忘れ物は、ないな。爆弾系は、小だけでいいか。G使うほどのやつは出てこないだろ」
あとは支給品次第だ。投げナイフかなんかがあったら助かるし、応急薬や携帯食料といった軽くて便利な物はないに越したことはない。
「だが、本当にここまでしなきゃいけないのか?」
風呂場でおっさんからくれぐれも注意するように言われたが、本当にここまで警戒しないといけないほどの相手なのだろうか。持てる物は全て持って、防具も武器も最高峰の物を持って行くつもりだが、本当にそこまでしなければいけないのかと問われれば、首をひねりたくなるところだ。
いざとなったら戻り玉を使用して、文字通り戻ればいいのだが、戻り玉で戻れるのはせいぜいベースキャンプ、支給品の保管箱や納品箱がある、一時的な休息場所までだ。
モンスターがベースキャンプまで追って来たと言う話は聞いたことがないが、戻ったからといって体力が自動で回復するわけでもない。
基本的には戻り玉を使わず、モンスターが逃げたタイミングで薬を使って体力を回復させるのが、ハンターの基本的な戦い方になる。
俺は部屋にあった荷物をポーチにしまい、集会浴場へと向かう。浴場は相変わらず賑やかで、様々なハンターがあちらこちらでモンスター素材材の取引をし、アイルーや装備の自慢などくだらないことに時間を費やしている。
そんな中、俺は浴場の隅にある小さな売店へと向かう。
売店で売り子をしている少女は、俺が来るなり満面の笑みを向ける。
「ザンカさん! 今日は売りですか? それとも買いですか?」
「商売根性の塊だな、お前は。今日は店に用事があってきたんじゃなくて、お前に大切な話があって来たんだ」
さりげなくこぼしたその一言で、浴場の空気が一気に凍る。まるでモンスターを狩りに行く時と同じような殺気。
「あっあの、ザンカさん……? 私としては、そういうのはとても嬉しいし、ザンカさんみたいな一流ハンターならなおさら……」
「一流じゃねぇ、まだまだ二流だ。それはともかく、お前に話があってきたんだがーー」
「話があるのはわかりますけど、まだ早いっていうか、もっと時間を掛けた方がいいというか……」
「は? 時間をかける余裕はねぇよ。さっさと終わらせる」
「時間をかけずにさっさと終わらせちゃうんですか!?
私ってさっさとやられて捨てられるんですか!?」
周囲から、あいつサイテーだよという避難の声がちらほらと上がる。避難されるようなことをした覚えはないのだが。
「時間かけるのも嫌だからさっさと言いたいことだけ言う。この村で一番情報が集まりやすいお前に、聞きたいことがある」
「……へ?」
「どうした、そんな不思議そうな顔して」
「情報が集まりやすい? えっ、仕事の話、しに来たんですか?」
「最初っからそのつもりだし、言ったろ。大切な話があってきたって」
「大切な話ってもしかして、ザンカさんっていう一人の人間としてじゃなくて、ハンターとしてってことですか?」
何を言っているんだ、こいつは。俺が根っこからのハンター気質であることを知らないはずがないだろうに。
「当然、そのつもりだ」
「…………」
ーーまぁザンカだからなぁ。
ーーあの子、かわいそうだね。めっちゃときめいた顔してたのに。
ーーザンカは空気読めないからなぁ。
ーーあれだからいつまでたっても童貞なんだよな、あいつ。ざまあみろ!
ーーハンターとしては一流、彼氏としては論外。マジで残念なやつだよなぁ。
ーーハンターじゃなかったら、あいつの未来はなかったな。
フロア内のさっきが一気に消え失せ、静かだったホールに活気が戻る。
売り子の少女は顔を紅潮させ、肩をプルプルと震わせながら絞り出すように声を出す。
「これだから一流ハンターは……」
「おい、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
「誰のせいでーー! 失礼。さっさと仕事の話を終わらせましょう。私、今日は帰って藁人形を作る予定ができたので」
両手を使って釘を打つようなそぶりをする彼女に、俺は埋立地のことを尋ねる。
「火山地域の禁止区域、ですか。行商人の方も、商品をおろしてる業者も、ハンターさんも、そんな話はしていませんでしたよ?」
「……そうか、お前も知らないか」
「私はただの商売人であって、情報屋ではないですからね。村の人たちの噂話とか、ハンターさんの愚痴や自慢話しか知りません」
村で一番情報が集まる場所は、町長のところかこの店のどちらかだ。そのうち、一番ハンターからの情報が集まりやすいのがここなのだが……。
「そうか、知らないか」
「残念ながら、です」
「まぁ、こうなることは分かってたけどな」
あのおっさんでさえも、具体的な情報を口にしなかった場所だ。情報が集まらない方が普通だろう。
「でも、火山の近くにテーマパークを作るという話は聞いたことがありますよ?」
「テーマパーク?」
復唱された言葉に彼女はうなづき、様々な商品が置かれた机の下から一冊の本をとりだす。
「デスニードラウンドというお話は、知ってますか? 最近人気の童話なんですけど」
「いや、聞いたことがない。俺がガキだった頃は、伝説のハンターの話とか、村を壊滅させたアマツマガツチの話とか、そんなんばっかだったからな」
「わぉ、ジェネレーションギャップってやつですね。私の代は皆デスニードラウンドですよ?」
「お前の代っていっても、5つの差だろ」
「5つは大きいですよ? たった5年で世界は変わりますから」
俺は差し出された本を手に取る。
耳が大きく、ピンク色のジャケットをきた、2本足で立っているネズミが表紙の絵本だ。可愛らしいデザインであるのだが、怖くなるくらい笑っているそいつは、薬をやってラリった人間を連想させなくもない。
「デスニードラウンド、モルモットが迫りくる死から逃げるためにホイールを回している時にみた夢の話で、教訓的な話が大半を占めているんです」
「子供向けとは思えないくらい、設定がえぐいな」
「今の子供はダークな設定を好むんですよ」
昔のハンターの英雄譚を語る時代は、もう終焉を迎えてしまったらしい。
「で、このデスニードラウンドが、どうかしたのか?」
「話の流れ的に察してくださいよ。このデスニードラウンドのテーマパークが出来るらしいんですよ」
「テーマパークって、なんだ?」
信じられないという風に目を見開く少女。そんな顔をされても、知らない物はどうしようもない。
「生まれてこのかた、娯楽は風呂しか知らなくてな。テーマパークってのが娯楽の一種ってことしかわからん」
「そんな根っこからのハンターって、まだいたんですね」
絶滅危惧種だがな、と自虐的に笑って見せる。
「テーマパークっていうのは、本とか劇の世界観を忠実に再現した、娯楽の集合体とも言える施設です」
「世界観を再現?」
視線を落とし、手元のネズミを眺める。
「こいつがいる世界を再現するってことか?」
「はい」
「つまり、こいつを現代において作り出すってことか!?」
「そういうことじゃなくて、世界観を疑似的に作り出すってことですよ。キャラクターの着ぐるみを作ったり、お話に出てくる施設を作ったり、話の内容を実際に体験できるアトラクションを作ったり」
「アトラクション?」
「トロッコみたいな物だと思ってください。トロッコを洞窟内で走らせて、洞窟の壁に動く人形をつけたりして、話の中の世界を体験できるようにするものが、アトラクションです。私の独自解釈なのであってるかわかりませんけど」
空想の中の世界を疑似体験するための場所。
「そんなののどこがいいんだ?」
「私は噂しか知らないから、詳しいことは言えないんですけど、遠くの村で作られたテーマパークは大盛況だったらしいですよ?」
俺は生まれてこのかた、風呂以外の娯楽に手を出したことがないが、この村で体験できる娯楽はごくわずかだ。行商人の話によれば、他の村と比べても娯楽が多い方らしいが、それでも俺は少ないと思っている。
ただでさえ娯楽が少ない村に娯楽施設ができればどうなるか。そんなこと、考えるまでもない。
「なるほどなぁ。突然開業させて皆を驚かせたかったから、立ち入り禁止区域にしたのか」
「そう考えるのが妥当なんじゃないですか? 火山に建設中のテーマパークの位置が、その禁止区域と合致するならですけど」
「おそらく間違いないだろうな。依頼主の話が本当ならな」
だが本当にテーマパークを開くつもりなら、警備のハンターの一人や二人、腕利きのを雇っていてもおかしくないはずだ。
俺みたいなギルドにハンターに任せず、お囲いのハンターを使えば低コストで済むはず……。
「今回の依頼、絶対裏があるな」
俺は手元の絵本のページをめくる。目に飛び込んでくるのは、大きな文字で書かれた気味の悪い言葉。
ハピデスを君に。
受付嬢から渡された地図を頼りに俺が向かったのは、火山の近くにあるベースキャンプ。火山で狩猟をするハンター達が、ボロボロになった体を休めたり、武器を研いだりするのに使用する場所だ。
俺がまだ駆け出しだった頃は、何度もここで体力を回復させたものだ。今はベースに戻るほどの怪我を負うこともなくなったので、火山での採取クエストでアイテムを納品するためにしか使用していない。
受付嬢の話だと、ここが禁止区域までの案内人との待ち合わせ場所となっているはずなのだが、来る気配は一切ない。
「時間、間違えたわけじゃなさそうだしな」
午前十時。案内人との待ち合わせ時間だ。
後ろを振り返って見てみても、そこにあるのは納品箱と簡易ベットだけ。
「クエストリタイアして帰った方が、得策かもな」
「そんなぁ……まだクエストも始まってないんですよぉ?」
隣から聞こえてくる声。
とっさに背中から太刀を抜き、構える。臨戦体制。
「ちょっ、そんなに警戒しないでくださいよぉ」
「なにもんだ、お前」
「なにもんって言われても。ギルドの方から聞いてないんですかぁ? 全くもぅ」
その言葉を聞き、全身に込めていた力を抜き、太刀を鞘に戻す。
「お前が案内人、か」
「いかにもぉ! 僕が案内人を務めるキャストですぅ」
「キャスト、それがお前の名前か」
「うーん、違うといえば違うし、あっているといえばあってるんですよねぇ。……紛らわしいから僕のことはKって呼んでくださいぃ」
やけに間延びした語尾が、俺の神経を逆撫でする。こいつは俺に感づかれることなく、隣を取りやがった。俺のハンターとしての、野生動物のそれに匹敵する感を持ってしても、こいつの気配すらわからなかった。
全身をクルペッコの装備で固めた中性的な顔立ちの男、Kは満面の笑みをこちらへと向ける。
「僕の依頼主から聞いてますよぉ。深夜のジャギィ退治をしてくれる、ザンカさんですよねぇ?」
「あぁ、ザンカで間違いない。気になるならギルドカードでも確認するか?」
「一応確認させていただきますねぇ。これで偽物だったら、ゲスツが怒っちゃいますよぉ……あっ、大丈夫そうですねぇ。それじゃぁ火山の禁止区域、テーマパーク建設予定地に、れっつらごー」
気の抜けた掛け声。腑抜けた顔。さっきま気を張っていた俺が馬鹿馬鹿しく見えてくる。
緊張感のない、スムーズすぎる動きでどんどん先に進んで行くクルペッコ装備。このKという男の動作の一つ一つが、人間業とは思えないほど、研ぎ澄まされている。
さっきの突然の登場といい、ハンターとしてはあり得ないほど力の抜けた動作といい、俺が今まであってきたどんな人よりもこの男は警戒すべきだろう。
「そういえば、ザンカさんは
「話だけは知っている。どうやら遠くの村では大成功だったそうじゃないか」
「ははは、だいぶ知られてるみたいですねぇ。依頼内容にDNRのことは書いてないって、主人は言ってましたからねぇ。まぁ、こんな突然、ジャギィ一頭だけを倒せなんてクエスト出されたら、いろいろ調べたくなりますよねぇ」
俺は少しだけ体に力を込める。いつこいつが牙を向いてきてもいいように。
「ははは、警戒しないでくださいよぉ。僕は依頼主に言われたことしかしませんからぁ。……あなたがDNRを知ってるなら問題ないですねぇ。えぇ、向こうの村では大成功だったので、こっちの方の村でも作るっていう流れになったんですよぉ」
「まぁそれはわかるが、どうしてこんな辺境の地、火山の裏側なんかに作ったんだ?」
「火山の裏には滅多にモンスターが出てこないそうですし、土地の値段も安かったんですよぉ」
そんなことだろうと思っていた。
最終的に人間が動くときは、金が絡んでることがほとんどだ。
「あっ、もうすぐつきますよぉ」
Kが指差す先にあるのは、白と青が基調の城。
「あれが夢の国デスニードラウンドです。……………………ハハッ!」
生きてるよ、私、生きてるよ。
というわけで第二話です!
息抜きにパパッと書いて終わらせるつもりが、楽しくなってついやりすぎちゃった。獅子舞はね、嬉しくなるとついやり過ぎちゃうんだ。
まぁこれからは遊戯王二次と並行して書いて行くので更新ペースは遅くなりますが、なるべく早くダークな展開をお届けできるよう、頑張ります。