【完結】気紛れ妖怪のひまわり喫茶   作:河蛸

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第三話「おいでませ!」

 めりめりっ、ばづーん。

 めりめりっ、ばぎゃーん。

 めりめりめりっ、ぼぎゃーん。

 

 

 

 

 

 どうも、最近とある喫茶店に雇われてしまったリグル・ナイトバグです。

 早速だけど、取り敢えず初めに釘を刺しておきたいと思う。この訳の分からない怪音の正体は何だとか、今はそう言った常識的なところ全てに目を瞑って貰って、まずこちらの言葉へ耳を傾けて頂きたい。

 

 おほん。

 

 最初に、この世にも奇妙過ぎる音の正体は、泣く子も心臓発作を引き起こす四季のフラワーマスター兼喫茶店の絶対店長である幽香さんが、気に食わない妖精や低級妖怪を引っ掴んでは引き千切り、心行くまでヒャッハーしている真っ最中であるとか、そんなスプラッタ全開な効果音なんかじゃないと言っておく。いや、逆に言えばそっちの方がまだ納得出来ると思うのだけれど、残念な事にこれはそんな常識的なお話じゃないのである。

 

 ぶっちゃけてしまえば、幽香さんがただ薪割りをしているだけの音だったりするのだ。いや本当に。

 

 先ず、一般的な薪割りのシーンを想像して欲しい。斧を振りかざして叩き割る何の変哲もない方法だ。それが普通のやり方。疑いようも無くスタンダートで一番手っ取り早い方法だと思う。

 では件のフラワーマスター方式は一体どんなものなのか。

 答えはなんと、丸太みたいな薪を素手で左右に引き裂くと言う、格闘家のパフォーマンスでも中々見られないエキセントリックな方法である。と言うか絶対そんなことする奴いない。

 

 取り敢えず把握して貰えた事だと思う。チョップで割るとかじゃなく、純粋な腕力を使って柔らかいチーズを引き裂くみたいに割っているのだと言う現実を。しかも薪はちゃんと均等に割れていると来た。これはまさに、薪割りの革命ってやつじゃないだろうか!

 

 尚、その革命によって私の非常識レジスタンスは見事壊滅した模様。どこの世界に薪割りならぬ薪裂きをやる奴が居るってんだ。目の前にいたわ。ここは何だ異世界か。

 

「ふぅー……やっぱり肉体労働は疲れちゃうわね。直ぐ肩が凝るわ」

 

 固まった体を和らげるべく伸びをするように、んー、と幽香さんは両腕を空へ向けて伸ばす。

 いや、肉体労働と言うより絶対その割り方に原因があると思うんだ。何故斧を使わないのか謎過ぎて脳が焦げそうになる。おまけに付け加えると、どうして道具を使わずにちゃんと薪が割れているのかが理解出来なくて悟りが開けてしまいそうだ。ここが幻想郷だと言う事を鑑みてもミステリー要素が濃すぎるせいで、幽香さんはこの世界の妖怪ではないんじゃないかとさえ思えてきた。どこか別世界からやってきたフラワーモンスターの類なんじゃなかろうか。例えるならアレだ、名前の響はポップだけど笑顔で敵を絞った雑巾みたいにしてしまうタイプの奴。

 

「蛍さん、そろそろ休憩にしましょう」

「えっ。あ、ハイ」

 

 皮肉にも私を混乱のドツボに叩き落としている元凶さんから話しかけられたことで、私は漸く不思議なゆうかりんワールドから意識を引き剥がす事に成功した。

 直後、私は幽香さんの奇行観察に全神経を奪われて、薪割りが全く出来ていなかった事に気がついた。

 やべぇ、と冷や汗を流したのも束の間。肩の後ろ辺りから、『あら』と嫌に澄み渡った声が私の耳へ滲み込んできた。

 もう一度、脳内に同じ言葉が巡る。やべぇ。

 

「薪割り、サボってたの? 怠けるのはいけないことよ」

「ご、ごめんなさいちょっとボーっとしてま」

「めっ」

「しゅんぶっっ!?」

 

 めっ、と同時に私の脳天へ剛力チョップが炸裂する。撫でるかの如くソフトな動作だったのに、まるで狩猟用の鈍器を使って殴られたみたいに重かった。あまりに痛すぎて視界に白光が瞬く。これ、下手をすれば脳ミソが飛び出てるんじゃないか。少なくとも頭蓋骨は陥没してそうだ。この威力は最早『めっ』なんかじゃなくて『滅っ』の領域である。涙が出て来た。

 

 頭を押さえてしゃがみ込み、私は激痛に耐え続けた。触ってみると幸い頭は凹んでおらず、脳ミソも出ていないようで安堵の息が零れ落ちる。こんな事に幸せを感じてしまっている私は、かなり幽香さん側の常識に毒されているのかもしれない。

 と言う事は、私はいつか幽香さんみたいな非常識の塊になるのだろうか。

 

 絶対に御免である。

 

「反省した?」

「はんぜいちまじた」

「良い子ね。それじゃあお店に戻りましょう。冷たい飲み物を出すわ」

 

 どこからか取り出した蔦で大量の薪を縛った幽香さんは、薪を定位置に片づけると軽やかな足取りで傍に立つ建物の中へと去って行った。

 

 今更だが、薪を割っていたのは幽香さんの知り合いのある業者さんに炭を作って貰うためだ。何でも、迷いの竹林と呼ばれる場所にかなり腕の良い炭職人の知り合いがいるとの事。

 そう言えば、幽香さんの交友関係は意外と広かったりする。竹林の炭職人に始まり、つい先日冷蔵庫を譲って貰った河童さんもそれなりの顔見知りだった様で、彼女は幽香さんが育てている畑のきゅうり食べ放題券と引き換えに喜んで冷蔵庫を置いて行った。それで良いのかと思わないでもなかったけれど、本人が幸せそうだったので考えるのを止めた。妖怪の価値観なんてそれぞれである。美味しいものを上げたら何でもホイホイ言う事を聞いてしまう友人が良い例だ。

 

 まぁ、それはさておき。取り敢えず許してもらった事だから店に戻るとしよう。流石に炎天下の中でずっと蹲っていたら、暑さで倒れてしまいそうだ。妖怪だからそんなに柔じゃないけれど、精神的に疲れてしまう。

 私はスカートの土埃を払いながら、そそくさとその場を後にした。まだこの格好に馴れなくて下半身が涼しく感じるけれど、慣れてしまいさえすれば、案外この服装も悪くないかもしれない。

 

 

 かち、こち、かち、こち。

 秒針が時を刻む音だけが、店内を往復し続ける。私も幽香さんも言葉を発さず、ただ各々が機械の様に、店の整理へ勤しんでいるのみだ。

 

 何とも言えない静けさの中、ふと幽香さんはカップを磨く手を止めた。

 

「蛍さん」

「はい、何でしょう」

「お客さんになってみない?」

「すみません、言ってる意味が分からないです」

 

 これまでお店を作らないか、店員にならないかと提案され続けて、今度はお客にならないかと来た。アレか。店を作って私を店員として雇い、お客さんが来ないのを口実に私を客へとクラスチェンジしてから骨の髄まで搾り取ろうって言う、回りくどすぎる新手の詐欺か何かか。

 で、でも、お金の無い私から搾り取れる物なんて無いはずだ。詐欺で嵌めようったって元から意味など無いのである。

 否定と安全を証明する言葉を探している最中、唐突に『人身売買』と言うフレーズが脳裏を過った。まさか私を奴隷にして売りさばいたりしちまう魂胆でせうか……!? 

 

 恐れ慄いた私の体から段々血の気が引いていき、釣られる様に体温も失われていく感覚が末梢から伝わってくる。

 しかし妄想の渦に巻き込まれていた私は、まるで膨らんだ風船が萎んでしまう様にふと我に帰った。考えてみれば、今の私は元から奴隷の様な立ち位置に縫い止められているのだ。奴隷化されたところでそう大差はない気がする。

 

 泣いても良いですか。

 

「ああ、ごめんなさい。分かり辛かったかしら、えーっと……一回服を脱いでから外に出てまた戻ってきて?」

 

 おい、何故そんな珍翻訳に辿り着いた。どうしてそれで分かって貰えると思ったんだ。それだと私が露出狂デビューしてしまうハメになるじゃないか。せめて制服を脱いで私服で来いって言ってよ。

 

「……あの、私は店員なのでお客さんにはなれないと思うのですが」

「だって、お客さんが来ないから暇なんだもの。気分くらい味わってみたいわ」

 

 少し膨れっ面になりつつ、口を尖らせて幽香さんは愚痴を零す。ちょっとかわいいと思ってしまった。

 

「まぁ確かに、開店準備は出来てても肝心のお客さんが来ないとどうしようもないですもんねー……。しかし幽香さん。私ちょっと思う所があるんです」

「あら、何かしら?」

 

 珍しい私からの能動的な発言に好奇心の花が咲いたのか、幽香さんがパッとにこやかになる。やべぇ、これで話がツマラナイって判定されてしまったら素敵スマイルを浮かべつつ岩に穴を空けられるパワーでデコピンされそう。そして私の頭部は潰れたトマトみたいになるのだ。

 

 想像したら開いた口が窄みかけてしまった。いけない、まだ彼女に対する偏見が抜けきっていないみたいだ。

 そう、幽香さんは以前から思っていたより粗暴な人じゃない。ただどこかネジが外れているだけなんだ。

 

 大問題じゃないか。

 

「んんっ! ええっとですね……このお店にお客さんが来ない理由についてなんですが」

「うんうん」

「宣伝をしていないから、だと思うんです」

 

 当然と言えば、当然な要因である。

 このお店は一応、オープンの体裁を保ってはいる。入り口の看板だってちゃんとした物に変えたし、基本的なメニューやそれを作るための食材だって揃えた。お客さんが来ればすぐにでも対応することが可能だ。

 けれど、この店の存在を伝える作業を全く行っていないのだ。

 

 ここは太陽の畑。しかも季節は夏の真っただ中である。つまり、妖怪の中でも別格と言っても差し支えないほど危険度が高いと囁かれる幽香さんが、頻繁に出没するレッドゾーンとして認識されているのだ。人間や並の妖怪なら近寄ることすらしない魔境に等しい。

 要は、全く人気のない場所にお店を建てている状態なのである。受動的に存在を知られる可能性は限りなく低いだろう。つまり、宣伝を行わずして人が自然に足を運んでくれる事はまず有り得ない。

 

 普通ならばすぐに思い付く改善点の筈なのだが、幽香さんはその発想は無かったと言わんばかりに目を丸くしていた。いや、私も今になって『そう言えば』と思い立ったんだけれども。

 

「宣伝……成程、盲点だったわね」

 

 いつも笑顔を浮かべている幽香さんの表情が引き締まった。顎に手を当て、真剣な目つきでふむむと唸る。

 

「宣伝と言うと、チラシでも配ればいいのかしら? うーん、これは蛍さんの宣伝用のコスチュームを新しく作って貰わないといけないわ」

 

 ちょっと待って。何さも当然の様に私が売り子をする方向へ話が進んでいるんだ。しかも宣伝用のコスチュームって、それ絶対派手な奴ですよね? 下手をすれば視線を集めるために露出全開仕様だったりするんですよね? この流れだとそう言う展開に発展しかねないってリグルは知ってるんだぞ。

 

「ゆ、幽香さん! 宣伝なら天狗のブン屋に頼りましょうっ! ネタを提供出来るからあちらも協力してくれるでしょうし、天狗さんによっては妖怪方面にも人間方面にも宣伝出来る筈です!」

 

 公然羞恥プレイの未来なんて無論全力阻止である。ここはひとつ、天狗さんに巻き込まれて貰って事を鎮静化させるとしよう。腹黒なんて言ってはいけない。これは天狗さんへネタを提供すると共に私の未来形黒歴史を解消し、かつ幽香さんのお店へ利益を齎すと言う一石三鳥の作戦なのだ。

 

 幽香さんは私の提案に納得してくれたようで、それは良い考えねと微笑んだ。

 

「じゃあ、早速天狗さんを探さなきゃね」

「妖怪の山に向かうんですか?」

「それだと時間がかかっちゃうから、別の方法で行くわ。……丁度今、こっちへ向かって一羽飛んで来ているみたいね。これから妖怪の山に帰るつもりなのかしら」

 

 しれっとエスパーみたいな台詞を吐く幽香さん。何故天狗の居場所が分かるんだと思うだろうが、どうやら幽香さんはテレパシーに近いナニカで植物と意思疎通が図れるらしく、よく植物から様々な情報を聞いているのだと言う。その情報網は凄まじく広く、行方を知らない筈だった私の居場所を短時間で特定した挙句に行動を先回りしたり、超プライベートな情報を入手することだって可能なレベルだ。

 大雑把に言ってしまえば、草花が咲いている場所全てに幽香さんの目と耳があると思って良い。つまり、幻想郷の殆どが幽香さんの支配圏ゆうかりんランドなのだ。陰口とか叩いた暁には、出合い頭にいきなりスーパー鼻フックで頭蓋骨ごと脳ミソを抉り取られそうで困る。

 

 話が脱線してしまったが、大方店内の植物伝手で、外の向日葵や草花から近くに天狗が居ないかどうか聞いたのではないだろうか。ここまで草木と密接な関係なのに、幽香さん自身は植物の妖怪ではないと言うのだから、ますますもって意味不明な妖怪である。

 

 そんな幽香さんは、徐にキッチンスペースの棚をごそごそと漁り始めたかと思えば、

 

「タイミングも良いから、ちょっと行ってくるわ」

 

 鉄球を振り回して生じる遠心力を利用し、遠方へ飛ばして相手を絡めとるタイプの仰々しい網を取り出してきた。例えるなら、投網を凄く厳つくした雰囲気の代物だ。

 

「……あの、何で網が必要なんです?」

 

 と言うかそもそも、何故そんな物がキッチンに置いてあるのだ。客を物理的に逃がさない様にする為か。一度入れば二度と出られない店って何それ怖すぎる。これがフラワーマスタークオリティなのかと白目を剥きそうになった。

 用途不明の恐ろしい道具が理解不能な収納場所から出現した光景を目撃し、戦慄を覚える私を余所に、幽香さんはさも当たり前の様に言ってのける。

 

「空を飛ぶ鳥を捕まえる狩猟方法の一つに、網を鳥の飛行軌道上に投げて捕まえる手法があるんですって」

 

 …………幽香さんって、もしかしなくても脳筋だよね。この世の全てを腕力で解決してそうな思考回路をしているよね。

 まさか空を飛んでいる天狗を、パワーに物を言わせて捕まえようだなんて誰が思い付くだろうか。唖然とした私は彼女の行動を止める事が出来ず、軽い足取りで店を後にしていく幽香さんを、そのまま見送る形となってしまう。天狗さんの運命が決定してしまった瞬間である。

 

 半ば予想通り、僅か数秒足らずの事。ズバヂィッッ!! とまるで鞭が空気を切り裂いたかの様な熾烈極まりない音が炸裂したかと思えば、『あやぁーっ!!? な、なんですかこの網はって風見さん!? ちょっ、いきなりどうしてって待って待ってそんなに強く引っ張り降ろさないで網に絡まって色々見えちゃってますから文ちゃんのサービスショットが絶賛青空に提供されちゃってますからふぎゃあああ―――っ!?』と犠牲者の痛烈な悲鳴が、太陽の畑中に木霊した。

 

 見知らぬ天狗の不幸に合掌。序でに私の黒歴史が刻まれる未来を潰してくれてありがとうと感謝の念を送っておいた。南無三。

 

「ただいまー」

 

 ガチャリ、カランコロンと幽香さんの帰宅を示す音が鳴る。もうわざわざ語るまでも無く、網でぐるぐる巻きにされた哀れな鴉天狗を小脇に抱えた幽香さんが、素敵な笑顔で帰って来た。

 このフラワーマスター、本当に天狗を腕力と網で捕まえおったとは。しかし、幽香さんの十八番である極太ビームで焼き鳥にされなかっただけマシなのかもしれない。最善は捕まらない事だろうなんて言ってはいけない。

 

 ジタバタと、全く振りほどける様子を見せない幽香さんの腕の中で天狗さんが暴れる。

 

「い、一体全体何なんですかこの状況は!? 私、風見さんの怒りを買う様な真似なんてこれっぽっちもした覚えはありませんよ!? あと腕の力が強すぎますってお願い逃げませんから緩めてくださいこのままじゃ圧されてお口から色々出ちゃいます清く正しい私のイメージが前代未聞の危機に晒されちまいます―――っ!?」

「カラスさん、取材をお願いできるかしら?」

「その前に離してくださいいいいい出るうううううう!」

「ゆ、幽香さん、まずは一旦離しましょう!? 天狗さんの顔がどんどん青くなってますよ!?」

 

 ここで漸く気がついたのか、『あ、ごめんなさい』と幽香さんは天狗を手放した。重力に制御を奪われた天狗さんはそのまま床に激突する。何だかとっても可哀想に見えて来た。

 私と幽香さんは天狗さんに絡まった網を外しながら、立ち上がる補助を担う。

 

「大丈夫ですか?」

「おおう……私も長い事生きてきましたが、ここまで強烈な取材依頼は初めてですよ……」

「ごめんなさい。私、加減するのが苦手で」

「いやまぁ、幽香さんがトンデモ妖怪なのは昔からなので別に良いんですけど、超怖かったで――」

「これ、お詫びにあげるわ。今朝焼いたの」

 

 流れるように自然な動作で、幽香さんは半ば涙目の天狗さんに白い皿を差し出した。その上には、バター香る黄金色に焼かれたクッキーが鎮座している。

 天狗さんはキョトンとしつつも、誘われるままにクッキーを手に取り、一口。

 すると彼女は数回瞬きを繰り返したかと思えば、ひょいひょいパクパクとそのまま全部平らげてしまった。どうやらお気に召した様子である。

 

「んぐっ、これは中々……」

「美味しい?」

「美味しいです。是非作り方を教えて頂きたくなるくらい」

「本当? じゃあ、レシピと一緒にお土産分もあげちゃうわ。取材をしてくれたらカップケーキも付けてあげる」

「……いやー確かに酷い目には遭いましたけれど、何だかネタを提供して頂ける様子ですし、それも他ならぬあの風見さん関係と来ています。この不幸は貴重な情報の前払いって事でチャラにしましょう!」

 

 クッキーの欠片を頬に着けたまま、降りかかった不条理を笑い飛ばす天狗さん。クッキーとケーキで事が収まるとは思わなかったけれど、良い人ならぬ良い妖怪で本当に良かった。

 

「改めまして、射命丸文と申します。風見さんの事はご存知ですが……そちらのあなたは?」

「あ、リグル・ナイトバグです。ここで店員やらさ……やってます」

「店員さんですか? それはつまり、この建物って何かのお店だったりするのでしょうか。言われてみれば客席らしきものがチラホラと……」

 

 周りをキョロキョロ観察していた文さんは何か疑問を抱いたのか、おや? と首を傾げた。

 

「リグルさんが店員と言う事は……もしかして、風見さんが店長だったりします?」

「うん。私、喫茶店の店長さん」

 

 指摘されたのが嬉しかったのか、誇らしげに胸を張る幽香さん。勢いに乗じて揺れた。何が揺れたかは言わない。くそう。

 張り合う意味の無い所でしょげる私を余所に、天狗さんは増々テンションを上げていく。

 

「あや……あやややや、これはこれは、大変なスクープじゃあないですかっ。まさかあの四季のフラワーマスターこと風見幽香さんが、こんな所でお店を開いていたとは! 何時頃から開店していらしたので?」

「三日前から準備を始めて、開店は実質今日からね」

「めっちゃタイムリー! しかも独占取材! これはもう見出しは『四季のフラワーマスター、喫茶店のマスターになる』と言った感じで決まりですねぇ。うーん、久しく良い記事が書けそうです」

 

 ほくほくした笑顔を浮かべつつ、物凄い勢いでメモ帳に文字を刻んでいく文さん。表情と手の動きのギャップが凄まじくて、シュール極まりない光景だ。最早頭と腕が別の生き物に見えてくる。

 続いて、彼女は懐からレンズの着いた見慣れない機械を取り出した。確かカメラとかいう機械だっけ。風景を写真と言う名の絵として閉じ込める事が出来る、河童の面白い発明品だった筈だ。噂によれば魂を抜かれるとかで、某宵闇妖怪が凄く怖がってたけれど。

 

「写真、撮らせて頂いてもよろしいですか?」

「どうぞー」

「あっりがとうございまーすっ!」

 

 先ほどまでの受難はどこへやら。活き活きとした表情を浮かべて彼女は店内を駆け回り、パシャパシャと写真を撮り始めた。新聞作りが本当に好きなんだなぁと、彼女の楽しそうな姿勢から容易に伺う事が出来る。なんだか読みたくなってきたぞ。

 

「よく見ると建物の設計や内装に中々気を遣われておりますね。ここまで仕上げるのはかなり大変だったのでは?」

「そうねぇ。建てるのに一日、内装を完成させるのに一日かかったわ」

「そうですかー、完成まで丸二日は大変ですね……えっ、二日?」

「うん」

「……そう言えばさっき三日準備がかかったと言っていたような……。リグルさん、風見さんの言葉は本当なんですか?」

 

 事実です。残念ながら本当にこの妖怪はやってのけました。因みに私は非常識な部分を訂正しただけで何もしてません。つまり彼女の腕力でこのお店は出来上がってるんです―――私は引き攣った笑顔を浮かべながら、文さんに向けて首肯した。

 

 でも、うん。やっぱり幽香さんの方がおかしいんだなって、文さんの反応を見ていると漸く自信が持てたような気がする。この三日間だけで相当毒されていたものだから、本当は私の方がおかしいんじゃないかと疑心暗鬼になっていた所だ。やっぱりたった三日でお店を全部仕上げるだなんて、幾ら幽香さんが大妖怪でもおかしいんだよ! 

 

「はえー、流石は幽香さん。建築もコーディネートもお手の物と言う訳ですね!」

 

 私の常識の定義がぶっ壊れた瞬間だった。

 

「……ところで、記事を書く上で一つお伺いしておきたい事が」

「なぁに?」

 

 クルクルとペンを回しながら、文さんはまるで確信を突く様に幽香さんへ問う。

 

「このお店、名前は何て言うんですか?」

 

 瞬間、硬直。

 それは当たり前の事なのに、その当たり前のピースが抜け落ちていたと言う事実が、私と幽香さんを静寂の中に閉じ込めてしまう。まるで店内に氷河期が訪れたかのような気分になった。

 私達二人は、頭の中からすっかり外れていたその項目の重要さと、自分たちの間抜け振りを噛み締めながら、ゆっくりと互いの顔を見合わせる。

 クスッと、ちょっぴり苦笑い。

 

 そして口から言葉を零すように私が一言。

 

「決めてませんでした」

「あらまぁ」

 

 

 その日、幻想郷の空を一人の少女が駆けまわった。

 

 号外、号外と、耳にするだけで活気が溢れる様な明るい声が空気を震わせながら、少女は紙の束を幻想郷中へと届けて回る。幻想郷を一望できる寂れた神社に。魔法の森の一軒家に。血に濡れたように紅い館に。竹林の奥の日本屋敷に。妖が住む山の神社に。そして、人間が住まう里の中に。

 普段は届けない場所にまで、空を舞う少女は足を運ぶ。まるで、それが彼女の使命だとでも言わんばかりだ。

 

 そんな少女が紙束を置いて行った場所の一つ―――寂れた神社の気だるげな巫女が、疎ましそうな表情を浮かべながら、購読した覚えのない妖怪新聞を手に取った。

 紙面を覗いた巫女の目にまず映り込んだのは、大々的に綴られた一文で。

 

『四季のフラワーマスターがカフェのマスターに!? 太陽の畑で新たな喫茶店が堂々オープン!』

 

 思わず、巫女は手元の湯呑を転がしそうになった。妖怪に関わる者ならば誰もが一度は耳にするだろう二つ名の持ち主が、そのイメージを一八〇度覆す様な行動に出ていたのだから無理も無い。

 直ぐに平静さを取り戻した巫女は、長々と書き記された字面から、新聞を華々しく飾る写真へと視線を移す。

 

 そこには、一輪一輪が太陽の如く咲き誇る向日葵の群れに囲まれた一軒家が。

 そこには、向日葵に負けず劣らずの笑顔を浮かべた件の妖怪が。

 そこには、どこかくたびれた様な笑顔を浮かべつつも、満更でもなさそうな虫の妖怪が。

 燃える宝石が輝く夏空の下で、見惚れる様な一枚の『画』として切り取られていた。

 

「……、」

 

 巫女は徐に、分厚く歯ごたえ抜群な煎餅を一口齧る。景気の良い音が顎を震わせると共に、巫女の目は写真の横へ備え付けられた一文へと滑って行く。

 綴られた内容は、いたってシンプルなものだった。

 

『おいでませ! 陽だまりの中の「ひまわり喫茶」へ』

 

 巫女は緑茶を啜り、口に残った煎餅もろとも呑み下しながら一息。何となく上を見上げれば、視界一面に入道雲が栄える青い空。

 ミンミンと自己アピールを怠らない蝉の合唱が、何だかいつもより澄み渡って聞こえるようで。鬱陶しい筈の夏の暑さが、そこまで苦じゃなく感じてくる。

 

 どうやら、今日も幻想郷は平和らしい。

 

 巫女はそう独り言ちると、新聞を折り畳み、風鈴の鳴る神社の中へ姿を消した。

 

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